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一ヶ月前に17才の愛犬を亡くした物です。

私自身は犬のいた実家を離れている身ですが、愛犬が体調を崩してからは
頻繁に犬の元にかよって介護を手伝っていました。
(実家を離れるまでの5年は寝食を共にしていました)

さて、明後日その愛犬が亡くなって一ヶ月を迎えます。
私はもちろん、つきっきりで世話をしていた実家の両親の悲しみもまだ癒えていない状況で、
今ひとつ冷静な判断ができないのでご相談させていただきます。

皆様は大切な愛犬の最初の月命日はどのような供養をなさったでしょうか?
動物なので特別なことをしていない・・など冷静なご意見も歓迎します。

ペットの死は初めてではありませんが、両親の年齢から、今回なくなったのが犬を飼う最後であろうこと、
17年と大変長生きしてくれ、しかも最後の一年は文字通り付きっ切りの介護が必要だったことなど、今までのペットより
かなり情が深くなっている状況です。

できれば長寿のペットとお別れした経験のある方のアドバイスをお願い申し上げます。

A 回答 (7件)

まずは、愛犬のご冥福をお祈りいたします。



私も2年前に17才の愛犬を見送りました。悲しみでいっぱいのお心のうち、ひとごととは思えぬほど・・・お察しいたします。とくに亡くなって1~2ヶ月ころって本当に辛かったように、わが身では記憶しています。

うちでは火葬場で「遺骨」にしてもらい、しばらくは居間のいつも愛犬の寝床のあった場所に写真と一緒に置いておきました。しかし主人があまりに、いつまでも辛そうにするので・・・やがて写真だけを飾り、「遺骨」は寝室の収納にしまいました。私ひとりだけの時にコッソリ出してみては、ときどき懐かしんでみたりしていますが・・・特別に儀式などはいたしませんでした。

でも、供養の仕方はそれぞれでしょう。近所に住んでいる老夫婦が、老いた柴犬を飼っておりましたが、やがてそのワンちゃんが亡くなり・・・しばらくたった頃でした。私は、デパートの物産展で買って来た駅弁を軽い手土産がわりに持って、ご機嫌伺いに訪ねて行ったのですが。玄関で挨拶するや否や「あがってくれ・・・あがってくれ。」と、強くうながされて居間に通されてしまいました。
その居間には、葬儀用のとっても豪華で立派な祭壇が置かれておりました。老夫婦とは、道で会えば挨拶する間柄ながらも、部屋に通されたのは、その時がはじめてでした。しばらく状況がのみこめずにいましたが。祭壇の遺影を見てすぐ納得しました。そう、亡くなったワンちゃんの供養のために用意された祭壇だったのです。少しだけビックリしましたが、生前にとっても可愛がっていたのを知っているので、こういうカタチで悲しみを癒そうとしている方達なのだなと思えば、理解は出来ました。
ただ・・・お土産に買っていった駅弁が供物として祭壇に上げられたのを見て、もう少し相応しいものを買ってくれば良かった・・・と申し分け無かったコトだけは忘れられずにいます。

最近、知り合った、とある裕福そうなお年寄りに聞いた話ですけど・・・その方は数年前に、愛犬の最後を看取った際には「お坊さん」を複数人呼んでお経をあげて、ちゃんとした「葬儀」をしたと話していました。下請けや取引先が「香典」を、持って来たよ。と話していました。私が、実際に葬儀に出席して、この目で見て来たたわけではありませんが・・・身につけてらっしゃる服装なども立派な方で、あながちウソとも決め付けられないと思っています。

どのようなカタチであれ「逝ってしまった魂」と「残された魂」が、慰められる方法があるのであれば・・・例え世間から見て「滑稽だ」と笑う人がいても、私はかまうものかと思います。とくに相談者様は、ご両親の悲しみを思いやっていらっしゃるのですよね。

「虹の橋」という詩を、ご存知ですか?愛犬を亡くした悲しみに出会ったすべての方に、知ってほしい「詩」だと思います。よろしかったら、ふと思いついた時に「虹の橋」と検索してみてください。
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この回答へのお礼

お返事が遅くなってすみません。

今週末で49日を迎え、ワンコのお骨も共同墓地に移される日が
近づいていて、冥福を祈りながらも
新たな悲しみが押し寄せている毎日です。
お骨と言えども分かれるのがつらい気持ちでいっぱいです。
自宅にも少しだけお骨を持ち帰っているのですが、こちらも近いうちに
犬が元気なころに散歩に出かけた場所に散骨する
そうです。

犬を亡くすのは初めてではないのですが、これほど長生きし、痴呆ゆえに24時間手のかかった子は初めてですので
本当にこの悲しみが消える日が来るのだろうか、という
毎日です(特に両親は・・)

「逝ってしまった魂」と「残された魂」が、慰められる方法・・
これからも探し求めていきたいです。
回答ありがとうございました。とても勇気付けられました。

お礼日時:2008/10/29 17:54

私の愛犬は、去年の12月頃に9歳と1ヶ月位でなくなりました。


病気で、病院にあずけている時に急変したため、家族で看取ってあげる事はできませんでした。ただそればかり悔やんでいました。

私の家の場合は、2日で火葬し、最初の月命日には、家族で、お骨を保管してもらっている所に行き、お参りに行きました。
(大好きだったものを持って…食べ物…)
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私の場合、11才と11ヵ月で亡くしました。

介護等もする必要がある状態ではなかったので少し状況が違うかと思いますが。。。

月命日に特別なことはしませんでした…。
してあげた方が良いとも思ったのですが1ヶ月ではまだショックから完全に立ち直れていませんでしたので。

ペットの共同墓地に埋葬されています。毎年命日には花を持って訪れ冥福を祈りつつ近況報告等をしています。そのお墓はいつも花がたくさん供えられていて個別の墓に埋葬するよりも良かったと思っています。
部屋には写真をたくさん飾っていますし、悲しむのはやめにしましたが忘れたことはありません。

飼い主さんのお気持ちがこもっていればどのような供養でも喜んでくれると思います。月命日に供養してあげたいと思ってらっしゃるならそれもいいと思いますし、日にちにこだわらず時間のある時に冥福を祈ってあげるのも良いと思います。
どのような方法であれ、間違いなんてないと思いますので。
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こんにちは。


私も1年前に実家の17歳の愛犬を亡くしました。

うちでは母が自分の近くに置いておきたいということで、庭にお墓を作りました。なので、母は毎日お花とお水をあげて話しかけているようです。
私は実家から遠い所に住んでいるので、1年に2回ほどしか里帰りできませんが、自宅の玄関に写真を飾って、毎日「おはよー」「行ってくるね」「ただいま」など話しかけています。

亡くなった日は、お坊さんに来てもらいお経をあげてもらいましたが、その後は特に法要のような供養はしていません。ただ、月命日には母と電話で「今日で○○が天国に行ってから何ヶ月だね」などと話しています。
みなさんが仰るように、家族が思い出してあげるだけでも供養になるのではと思います。
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とても大事にされて幸せなワンちゃんですね☆


約2年前に愛犬を亡くしました。
悲しみのあまり、愛犬が使用してたリード、食器、ゲージなど
すべて処分しました。
当時は物があると思い出して泣けてくるからです。
でも元気な頃の微笑んでる写真をテレビボードの一番目立つ場所に
お花とお水と好物だったおやつと共に飾っています。
お線香は使いませんがいつも通り話しかけてます。
お庭の花壇の脇にはセメタリーも作りましたので
庭に出たら同じように話しかけてます。

現在、2頭のワンコがいますが今でも前のワンコの名前を
間違って呼んだりするので一日たりとも忘れることありません。
いつも愛犬のこと思ってるって気持ちは天国のワンちゃんも
嬉しいのではないでしょうか。
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16歳8ヶ月生きた犬と6年前にお別れした者です。


最期の瞬間も看取りました。

お気持ち、非常によくわかります。
居るのが当たり前の家族の一員として生活していました。
亡くなった時は、こんなに悲しい事が世の中にあるのかと思ったほどでした。
最期のお別れは、出来る限りのことはしました。

我が家の場合ですが、最初の月命日だからといって
何か特別にしたりはしませんでしたよ。
普通に、お線香あげて~ってぐらいです。
6年経った今でもそれは変わらず、月命日にはお線香をあげてます。

何をどう、形で示すか、ではないと思ってます。
今も、普通にその犬の話はしてますし、今でも大切な家族です。
それで、十分なのではないですか?
これからもずっと、月命日、命日、誕生日はあるわけで、
最初だから・・・ではなく、これからも当たり前に過ごしていけば
いいのではないですか?

余談ですが・・・
今はまた縁があり、犬の居る生活をしています。
もう犬は飼わないだろうと我が家も思っていました。
私の両親も60代ですが、楽しそうですよ。
別れを考えるとまたつらくなりますが、
今は出来るだけたっぷり愛情を注ぎ、
たっぷり癒してもらおうと思ってます。

でももう一度、亡き愛犬に会えるなら
もう一度会いたいと、心から思っています。

kanasiminoさんの愛犬のご冥福をお祈りいたします。
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私は両親の実家で飼っていた犬が二頭死んでいます。


一頭は私が生まれる前から、一頭は私が生まれてから、共に10年以上一緒に過ごしました。
ですが、特に供養をしたことはなく、今後する予定もありません。
情が無いわけではなく、やはり特別な供養をする必要がないと判断しているので、あえてやりません。

時々生前の事を思い出すことはあります。
私はその程度でも十分供養になるのではないかと思います。

人によっては家族そのもののように思っている方もおられるので。。
参考にならなければすみません。

この度はご愁傷様でした。
嘸お辛いことかと思いますが、
あまりお気を落とさないようにしてください。
心からご冥福をお祈りします。
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