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最近、再生医療やクローンなどが注目されています。不老を目指している会社もあります。これらの物が発展していけば、死なない人間を作ることに行き着くと思います。そこで、この死なない人間というのはあったほうがいいのか?人間は死ぬべきなのか?などの意見をお聞かせください。
ちなみに僕は死なない人間賛成派です。

A 回答 (19件中1~10件)

 私は反対です。


 たしかに、人間は病苦や死、老いといったものに苦しめられます。愛する者がもがき苦しみながら死んでいくのを悲しまない人間はいないでしょう。老いていくほど弱くなっていくところもあり、心は喜びよりも労苦のほうに身構えてしまうようになっていくかもしれません。
 でも反対です。
 人生とはなんのためにあり、どのようなものなのかと考えるからです。
 私は、どの人間も前の世代から受け継いだものを後の世代にバトンタッチするのが人生だと思っています。生命も含めて、受け取ったものをもっとよりよい形で渡そうとたゆまぬ努力をすること、それが生きることだと考えています。(注:私はたいへんに自堕落な人間なので、「たゆまぬどりょく」がどの程度のものなのかはあんまり聞かないで下さい・・・理想ってやつです)
 それに、人間の喜びも苦しみも、生と死の間の少しの間にあるべくなっているのではないのかと思うんです。
 不老不死になったとしても、人間の感情はそのままだという気がするんです。だから、もしそうなったら人間は成長する喜びを味わえなくなるのではないかと思うっていう意味です。
 人間は、死ななくなったら生きる意味を見失い、傲慢になっていくいっぽうのような気がします。
 また、死なないということは子供を作ることもできないということです。おそらく、不老不死が広まってからしばらくして子供をもうけることが、超特権階級だけに許される贅沢になるのではないでしょうか?
 あるいは、不老不死の技術そのものがその特権階級だけに止まり、彼らは為政者として君臨し続ける、といったSFチックな話におさまらないとも限りません。

 死ぬと考えるのはつらいことです。
 世界は広く、知りたいことはあまりにも多く、人生はあまりにも短い。
 何千年先はどれほど違った世界が開けていることでしょう。そのすべてを知ることができるほどの寿命がないのは、私にはとても切ないことです。もしかしたら、3千年後にはタイムマシンができていてビッグバンから恐竜から、過去の偉人物に会うこともできるかもしれません。そう考えると、口惜しくてなりません。若さや健康さも重要なことなのでしょうが、私にとって長く生きられるということは、知りたいことをたくさん知ることができるという一点につきます。
 でも、同時に、死はある意味では歓迎すべきことなんです。はっきりそう思います。私は本を時々読み、老いについて少しは知っていることがあります。
 時間は容赦がなく、重い軛です。私は自殺を肯定するわけではありません。
 でもayakosanさん、もし自分が死なない体になった後でずっと拷問され続けることが決まったとしたら、どうします(^^;)?
 極端な一面だけ取り上げるとしたら、愛着のある者が死ぬより恐ろしい目にあうときには、死はむしろ望ましいことでもあるのかもしれません。
 私の好きな雑誌NewsWeeksに死についてくよくよ考える作家の新作から主人公の言葉を引用してありました。
 「燃える薪を見るのが好きなのは、それが人生のように思えるからだ。すべてのものは時間に消費され、最後は灰になる。それでも燃えている間は暖かく、生きる力を放っている。」
 死なない体になるということは、多分私の想像では、生きているわけでもなく死んでいるわけでもなく、ただひたすら倦怠の中を幽鬼の様にさまよわなくてはならない、そういうことだと思います。
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この回答へのお礼

熱いお言葉ありがとうございます。
心に響くものがありました。

> 私は、どの人間も前の世代から受け継いだものを後の世代にバトンタッチする
>のが人生だと思っています。生命も含めて、受け取ったものをもっとよりよい形
>で渡そうとたゆまぬ努力をすること、それが生きることだと考えています。
ついつい、その先を考えてしまうのです。バトンタッチが永遠に続いて、その後どうなるのだろうかと。せっかくそういうことを考えることのできる生物に生まれたのに、その能力を捨て置かなくてはいけないのかと。

> 不老不死になったとしても、人間の感情はそのままだという気がするんです。
>だから、もしそうなったら人間は成長する喜びを味わえなくなるのではないかと
>思うっていう意味です。
なるほど。成長する喜びですか。味わえなくなったらやっぱりダメなんですかね。

> 極端な一面だけ取り上げるとしたら、愛着のある者が死ぬより恐ろしい目にあ
>うときには、死はむしろ望ましいことでもあるのかもしれません。
そうですね。そういう状況が増えるかもしれません。ただ、ずっと拷問し続ける人もいるわけです。その人は果てしなく続く人生をずっと拷問に使おうと思うでしょうか?それなりの対策が取られると思います。
つまり言いたいのは、「死なない人間」が出たら次々とシステムが変わっていき、それはそれでみんな普通に暮らせる世界ができるんじゃないかと思っているわけです。慣れてしまえばみんなの価値観も変わるんじゃないかと。

本当にありがとうございました。

お礼日時:2003/02/14 04:22

 手塚治虫の「火の鳥」あたりを読んでみれば、永遠の生命が如何に残酷なものなのかがよく分かります。

この回答への補足

医療で死ななくするのと、不死身になるのは別のことです。

補足日時:2003/02/15 14:01
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No.1です。


>今の生態系があるのは、好気生細菌が地球を酸素で”汚した”結果、できたものです。
これも自然の営みでしょう。

>本当に人間に害のあることなのでしょうか?人間ではそれを回避できないのでしょうか?
人間の自分本位な環境破壊、大気汚染など、人間を含む全ての生物に様々な影響を及ぼしていますよね。

ベニクラゲにしても進化の結果ですから、それもひとつの生態系といえます。
しかし、人間のように品種改良や遺伝子操作などするような生物は他にはいません。(進化や変異を除いて)
これも生態系といえばそうかもしれませんが、自然界のバランスを崩すような生物は私の知っている限りでは人間だけです。
ブラックバスが生態系を壊していますが、これもやはり人間の手が加わった結果です。

今、人間が自然保護や野生動物を救うなど活動していますが、その行為自体おこがましい行為だと重います。
保護するのではなく、破壊を止めないと解決できないと思いますよ。
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この回答へのお礼

好気性細菌が酸素を放出して当時の生態系に大打撃を与えたのが自然の営みであれば、今の人間の行いも自然の営みでしょう。
人間が他の生物と違った特別なものだとお考えのようですね。

生物は生態系のバランスを保ちながら進化しているわけではありません。常に生態系のバランスを崩しにかかったものが優位に立ち、それに対応しようとしていろいろな進化が発生するわけです。
そうでなければ昔と今と生物の形態がここまで違うということはないでしょう。

自然保護の話になっているようですが、僕が言っているのは死なない人間をどうお考えかということです。
死なない人間=人間が増え自然破壊促進ととりこの話につながっていますが、そもそも人口は何をしなくても増え続けているのですから、あまり関係ないと思います。
また、死なない人間が可能になった時にさえ、人口を増やし続けるほど人間もバカではないと思います。
ご回答ありがとうございます。

お礼日時:2003/02/15 14:00

「死なない人間」ってのはやはり、夢で終わるような気がします...


あと200年位は寿命を延ばせるかもしれませんが....

それに、今の状態で、不老になっても、生きていくのに飽きる人が多いかと思います。
この人生80年の時代でも生きていくのに飽きている人はかなり見られますから...

精神の治療が正確にできるようになったら、実現するでしょうね...
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この回答へのお礼

精神の治療ですか。神経の止まってしまった分裂を再開させるだけではだめなのでしょうか。
実現しそうにないから死なない人間については考えないということですね。
回答ありがとうございました。

お礼日時:2003/02/15 13:44

いやー、何度も書き込みして、荒らしているわけではないのですが・・・。


しつこく、すみません。
>最後は我慢して死んでもらうしかないということですね。
ということですが、私の『生死』に対する考えを言えば、死は確かに、怖いものだとおもいますが、『最後の日』に満足した状態で終えれるよう、人生をまっとうするイコール一番最初の書き込み、
>>死というものがなければ、『生きる』ということも薄れていくでしょう。
ここでいう『生きる』は、息をするというだけでなく、
人生を全うするということです。
ということにつながると思うのです。

死を恐れずに、一日一日を大切に生きたいと思います。
死が恐ろしいが為の延命はなんか違うような・・・。
お年寄りに聞いたら、また違った答えが返ってくるとおもいますよ。
(ちなみに私は21歳です。)
>人間は環境に適応できる生物だと思っています。
もし自分が、皆が不老の時代に生まれてきたらそれを普通だと思い、適応できると思います。
政治家に任せてはダメでしょうかね。
ということですが、私の言いたかったことは、医療費や人口が増えた場合の雇用問題、住居問題といった問題が出てくることが想定されることへの解決策が必要になってくるな、ということです。それから野口英世やアインシュタインが生きていたらいいな、という方もいましたが、歴史に偉業を積んだ方ならなおさら、健在であれば時代に影響を及ぼすと思うのです。

これから数日間、パソコンが触れないので、これがもしかしたらこの話への最後の投稿になるかもしれませんが、閉じられていても皆さんがどのようにお考えか、見に来ようとおもいます。

ながながとすみません。お付き合いくださって、ありがとうございます。

この回答への補足

失礼致しました。「我慢して」というのは、周りの人が…という意味です。
よって死が怖くての延命ではありません。
bellflowerさんは人生を全うしたいと思っていて、その為にしっかり生きていきたいということですね。
ずいぶんと話がずれてしまったようですが、貴重な意見ありがとうございました。

補足日時:2003/02/15 13:26
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何度も書き込み、すみません。


>また、大切なヒトが寿命で死にそうな場合はどうしますか?(助けられる場合)
ということですが、それは、ケースバイケースだと思います。
ドナー提供しかり。
なぜなら、本人の意思、及び私自身だけでなく、ほかの家族、経済的なこと、と単純ではないと考えるからです。
本人の意思に関しては、病気・事故etc...ありますが。
どのような延命方法かにも、よると思います。

私の彼氏は頸椎損傷で首の骨を折っているので(出会う前)、
医療に頼らなければ、今、この世にいないでしょうし、
私自身も、手術を受けた経験があり(足の障害のため)、術後に酸素マスクなどなければ、生きていられなかったですね。

私の考えでは、『生きる』ための医療と、『永遠に死ななくする』ための医療は別である、という考えに基づいている、と思います。
なぜ、『思います』という抽象的表現か、というと、私自身、ジレンマになっていて、時々考えるのですが、どうも答えが出ないのです。

それは、実際にそういうヒトがまだ存在しなく、それに対して世界がどう動くか(時事問題・法整備等)というのが想定しか出来ないからだと思います。
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この回答へのお礼

>何度も書き込み、すみません。
何度も回答をしていただいてありがとうございます。大変うれしいです。
しっかりと自分の意見を受け止めていただいて感激しています。

>私の考えでは、『生きる』ための医療と、『永遠に死ななくする』ための医療は>別である、という考えに基づいている、と思います。
そう思いますか。最後は我慢して死んでもらうしかないということですね。

>それは、実際にそういうヒトがまだ存在しなく、それに対して世界がどう動くか
>(時事問題・法整備等)というのが想定しか出来ないからだと思います。
そこまで考えなくてはいけないのでしょうか?
人間は環境に適応できる生物だと思っています。
もし自分が、皆が不老の時代に生まれてきたらそれを普通だと思い、適応できると思います。
政治家に任せてはダメでしょうかね。

回答ありがとうございました。

お礼日時:2003/02/14 12:51

こんにちは



人間の寿命って医療技術の発達と共に徐々に伸びてきていますね
どれだけ長生きできても内臓寿命がくれば死んでいくしかないと聞きます
クローン技術が進めば,常に新しい人工臓器に置き換えて行き長生きできそうですね
そのうち人口の脳も出来て記憶移植なんて・・・
でもこれってコピーしたマスターの方はどうなるのでしょう?
イメージとしてはアーノルドシュワルツェネッガーの映画
「シックス・デイ」のようになるように思います
ある意味不死ですが,ある意味自分のコピー人間が生きていくだけみたいですね
話が変わりますが,臓器は消耗品なのでしょうか??
臓器に寿命があるといわれているところでですけど・・・・
私なりの勝手な解釈・仮説になりますが
人口が増えすぎないように,太古の昔から遺伝子の情報の中に
この年齢が来たら,「死んで行きなさいよ」と細胞に命令する部分が
存在して,いわゆる細胞単位の自殺をしているのでは無いかと
考えたりもしています←あながち嘘でも無い様な気がしませんか!!
人体の不思議ってまだまだ解明されてないことが多いと思います
ではでは
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この回答へのお礼

幹細胞なんか使って脳の成長を再開させることができそうだという論文をみたことがあります。だからわざわざ脳を置き換えなくてもいいと思ったんですが。

がん細胞はいまだに無限に増殖し続けているそうですよ。
テロメア以外にも寿命に関する部分がやはりあるのでしょうか。

ご意見ありがとうございました。

お礼日時:2003/02/14 12:38

わたしも賛成派です。



どれだけ優れた人間でもせいぜい100年で死んでしまうのは
もったいないですよね。
優れた科学者・芸術家・指導者・政治家などの人には、人類が
生きてる限りずっとがんばって欲しいものです。

「風の谷のナウシカ」(コミックのほう)でも、指導者が
若い体に次々と移植されて、、、というような話があります。
そういうことができるようになったら、優れた人物に限り、
是非やってほしいものですね。
手塚治虫・黒沢明・野口英世・アインシュタインなどなど。
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この回答へのお礼

>どれだけ優れた人間でもせいぜい100年で死んでしまうのは
>もったいないですよね。
>優れた科学者・芸術家・指導者・政治家などの人には、人類が
>生きてる限りずっとがんばって欲しいものです。
そうですよね。付け加えると凡人のまま終わってしまうかも知れない人も、優れた功績を残せるかもしれない可能性にもつながると思うんです。

優れた人物にかぎり、ですか。それを決めるのは難しそうですね。
僕はお金があれば不老になれるようになったらいいなと思います。

回答ありがとうございました。

お礼日時:2003/02/14 12:32

人間、いつかは死んでいしまうと思うから頑張れるんじゃないでしょうか。

「いつやってもいい」という状況下では急ぐ必要なんてないでしょ?何のために生きてるのって感じになると思うんですよね・・・。長く生きられる今の日本では昔よりも『必死』に生きている人はいないんじゃないかと思います。映像でしか知りませんが貧困といわれる国で生きている人のほうが生き生きとしていると私は感じます。だから不老不死なんて夢見るだけで充分だと思います。
例え不老不死の世の中になったとしても人口が減らないわけだから違うことで問題が増えていくと思いますし。(具体的になんて突っ込まないでくださいね)
#自分の意見なので自信ありってことで。
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この回答へのお礼

>人間、いつかは死んでいしまうと思うから頑張れるんじゃないでしょうか。「い
>つやってもいい」という状況下では急ぐ必要なんてないでしょ?何のために生き
>てるのって感じになると思うんですよね・・・。長く生きられる今の日本では昔
>よりも『必死』に生きている人はいないんじゃないかと思います。映像でしか知
>りませんが貧困といわれる国で生きている人のほうが生き生きとしていると私は
>感じます。
つまり、「死」があるから必死に生きる。なければ必死に生きない。
死に追われているからがんばるのであって、追われなければ人間は走るのをやめてとぼとぼと歩いてしまうということですね。やっぱそんなもんですかね。

>例え不老不死の世の中になったとしても人口が減らないわけだから違うことで問
>題が増えていくと思いますし。(具体的になんて突っ込まないでくださいね)
僕もそう思います。きっといろいろ大変になりますよね。
不老はそのリスクを越えられないのでしょうか。。

ご意見ありがとうございました。

お礼日時:2003/02/14 12:25

私は、「死なない」というのは恐ろしいことだと思います。


ただでさえ地球の人口は増え続けています。
人間がもっと長生きするようになったら、
死なないようになったりしたら、いったいどうなるでしょうか。

人がみな100歳位まで生きるようになる、という程度なら、
人口に対する老人の比率が増加するだけで、まあ何とかなる…かな?
でも、本当に皆が若いまま、望むだけ生きられるようになったら…
地球は人間で溢れてしまうのではないでしょうか?

関係ない話かも知れませんが、テロメアの話が出ていたので…
細胞と言うのは本来不老不死です。
単細胞生物は、分裂を続けながら、永遠に生き続けます。
しかし、進化して、多細胞生物という集団活動を行うようになって、
細胞は「寿命」を獲得しました。テロメアはそのためのしくみです。

私は専門家ではないので不正確かも知れませんが、
多細胞生物という全体の利益のために、細胞は「寿命」を持つように
進化したのです。
「人間」という種の存続のためには、やはりある程度の「寿命」は
必要なのではないでしょうか?

あと、これは感覚的な意見ですが、
やはり「死」あってこその「生」の価値である、と思います。
科学や医療は、ただ、人を長生きさせるというのではなくて、
人を寿命ギリギリまで元気に、健康でいさせてくれる、という方向に
進化していって欲しいと思います。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

>でも、本当に皆が若いまま、望むだけ生きられるようになったら…
>地球は人間で溢れてしまうのではないでしょうか?
そうでしょうか?
中国の例を見るとどうもそうはならない気がするんですが。
不老になったらそれ相応の法律ができると思います。

>私は専門家ではないので不正確かも知れませんが、
>多細胞生物という全体の利益のために、細胞は「寿命」を持つように
>進化したのです。
下にも書きましたが、進化はそもそも環境に適応するためのものだと思われます。
生きるためのものなのに、なぜ死ななくてはいけないのでしょうか。

テロメアはDNAの複製の時にプライマ―がつく部分で、複製されない部分です。
単細胞生物の環状DNAと違って「端」が存在するために、作らなくてはいけない構造です。
僕はこれはDNAを二本鎖にする時の、多様性に引き換えのリスクだと思っていました。

>やはり「死」あってこその「生」の価値である、と思います。
>科学や医療は、ただ、人を長生きさせるというのではなくて、
>人を寿命ギリギリまで元気に、健康でいさせてくれる、という方向に
>進化していって欲しいと思います。
なるほど。人間ならではの考え方ですね。
やはり、人間であるので「死」について考え、「生」の価値を求めるのですね。

どうもありがとうございました。

お礼日時:2003/02/14 12:16

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