ちょっと変わったマニアな作品が集結

833年 清原夏野ら(令義解)撰上。
927年 藤原忠平ら(延喜格)撰上。
というように年表に撰上という言葉をよく目にするのですが撰上ということばの意味がわかりません。また私の辞書にも載っていないので誰か教えていただけたら助かります。 

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A 回答 (2件)

広辞苑より



せん 【撰】
(1) 詩文を作ること (記念碑の文章を作成するなど)
(2) 詩歌・文章の編集 (歴史書や歌集を編集するなど)

と定義されています。ご指摘の例では、(2)の意味で使われているわけです。

同じく広辞苑より

じょう 【上】
(1)から(7)は略
(8) さしあげること。たてまつること 用例:上呈、上書、献上、進上

つまり、年表の簡略化された記載

833年 清原夏野ら(令義解)撰上

は、文章に直すと
「838年に清原夏野らが『令義解』という書物を編集して(天皇に)たてまつった」
となります。
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この回答へのお礼

ありがとうございました。解決です。

お礼日時:2009/03/25 00:19

確かに「撰上」だと、上撰のお酒ばかりヒットして要領を得ないね。



こんな時は、「令義解」の方で検索してみる。
すると、ウィキでの解説
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BB%A4%E7%BE%A9% …
にありました。

清原夏野さんらが、「令義解」と言うタイトルの令の解説書を作って、天皇に献上した。
天皇の勅命によって作ったので、結果を天皇に奉り上げたという事でしょう。

辞書では似たような表現として
撰進というモノもあり。
こちらは、文章の集などを編んで君主に奉ること。
という解説もあるので、類推すればニュアンスは通じる?
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この回答へのお礼

ありがとうございます ウィキが役に立ちますね。

お礼日時:2009/03/25 00:20

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Qイデオロギーって何ですか???

イデオロギーとはどんな意味なんですか。
広辞苑などで調べてみたのですが、意味が分かりません。
どなたか教えてください。

Aベストアンサー

イデオロギ-というのは確かに色んな解釈をされていますけど、
狭義ではそれぞれの社会階級に独特な政治思想・社会思想を指します。

つまり分かりやすく言えば、人間の行動を決定する根本的な物の考え方の
体系です。一定の考え方で矛盾のないように組織された全体的な理論や思想の事を
イデオロギ-と言うんです。

例えば、人間はみんな千差万別であり色んな考えを持っています。
だから賛成や反対といった意見が出てきますね。
しかし、イデオロギ-というのはみんなが認める事象の事です。
イデオロギ-には賛成・反対といった概念がないのです。

例えば、環境破壊は一般的に「やってはいけない事」という一定の考えに
組織されています。つまりみんなが根本的な共通の考え(やってはいけない事)として組織されているもの、これがイデオロギ-なんです。
しかし、社会的立場によってはその「やってはいけない事」を美化して
公共事業と称して環境破壊をする人達もいますけど。
ここでイデオロギ-という概念に対して色んな論説が出てくるわけです。
一応これは一つの例ですけど。

というかこれくらいしか説明の仕様がないですよ~~・・。
こういう抽象的な事はあまり難しく考えるとそれこそ分からなくなりますよ。
この説明で理解してくれると思いますけどね。

イデオロギ-というのは確かに色んな解釈をされていますけど、
狭義ではそれぞれの社会階級に独特な政治思想・社会思想を指します。

つまり分かりやすく言えば、人間の行動を決定する根本的な物の考え方の
体系です。一定の考え方で矛盾のないように組織された全体的な理論や思想の事を
イデオロギ-と言うんです。

例えば、人間はみんな千差万別であり色んな考えを持っています。
だから賛成や反対といった意見が出てきますね。
しかし、イデオロギ-というのはみんなが認める事象の事です。
イデオ...続きを読む

Q『古事記』編纂~誦習の意味~

『古事記』編纂の工程として、 稗田阿礼が誦習、太安麻呂が筆録とあります。筆録は「メモした」ということですぐに分かるのですが、誦習とはいったいなんですか? その編纂作業自体がイメージできません。おしえてください。

Aベストアンサー

古事記原文はこうなってますね。
「時に舎人有り。姓は稗田、名は阿礼、年はこれ廿八。人と為り聡明にして、目に度れば口に誦み、耳に払るれば心に勒す。即ち阿礼に勅語して、帝皇の日継及び先代の旧辞を誦み習はしめたまひき。」
さてこの「誦み習はしめ」とはどういう意味か、手元にある小学館日本古典文学全集「古事記」の注を見ますと、次のように書かれてありました。
 ”暗唱と解する説と古記録(帝紀や旧辞)の訓読と解する説がある。「誦」は節をつけて読む意、「習」は繰り返し慣れる意に用いられる点から、古記録を見ながら古語で節をつけ、繰り返し朗読する意に解すべきであろう。”
 当時の記録のほとんどは漢文だったわけですが、その漢文の記録を朗々と訓読する技術を持っていた人は少なかったのでしょうね。


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