古代エジプト人の生活(風呂と飲み水と顔料について)

古代エジプト人は、

1.風呂に入っていましたか?
2.飲み水はどうやって調達していましたか?

ナイル川の水をそのまま飲むと腹を壊すと思います。

川の水をろ過して飲んでいたのですか?
ろ過するのはどうやっていたか教えてください。

古代エジプト人は鉱山を溶かして顔料にしていたそうです。

3.鉱山を溶かすってどうやっていたんですか?

A 回答 (2件)

1)と3)については


http://www.geocities.jp/kmt_yoko/QandA-2.html
に回答があります。
2)は井戸じゃないでしょうかね。ある意味ではナイル川の水を濾過していたことになります
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この回答へのお礼

ありがとうございます。

1)古代エジプト人はせいぜい沐浴程度でお風呂に入りません。

3)がどこに記載されているのか見つけれませんでした。
鉱山・顔料は違って言い方があるのですか?
専門用語なのかな。

お礼日時:2009/05/14 00:37

鉱山は溶かさないと思いますが(多分鉱物)、


75に「これらの鉱物は石のパレットの上で砥石ですりつぶされ、水と混ぜ合わせてペースト状にされ、指で目の縁やまつげに塗られました」
とあります
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この回答へのお礼

ありがとうございます。

鉱山ではなく鉱物ですね。

NHKスペシャルのエジプトが先週の日曜日にやっていました。

そのときに、
      「壁画の着色に鉱物を溶かして顔料にしていた」
      「1000km離れた地にある顔料となる鉱物をナイル川流域まで運んできた」
      「なぜ、エジプト人はサハラ砂漠の地に鉱物があることを知っていたのだろうか?」
      「古代エジプト文明の前にサハラ砂漠の地に古代エジプト文明の先祖がいたのではないか」
      「古代エジプト文明の先祖か、乾燥地帯になって各地からナイル川に流れてきた人の集まりかはいまだわからない」
      「ただ古代エジプトの壁画の技法と類似するものが数多く見つかっている」
      
と解説がありました。

磨り潰して、水と混ぜることを溶かすというのですね・・高温で鉱物を溶かしたのかと驚きました。

スタンカーメンの仮面とかは木製の仮面に金を塗っているわけですか?
金の塊を仮面の形にしたのでしょうか?

金を溶かす技術があるので、鉱物を高温で溶かすことも可能だったように思いました。

黄金の仮面の金も石ですりつぶして、水と合わせてペーストにしたのかな・・・疑問が多いですね

高度技術を持った古代エジプト人が突如歴史から消えるのも疑問です・・・

お礼日時:2009/05/14 15:34

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Q風呂に入る国と入らない国の文化的違いについて

今、ある調べもので風呂に入る国と入らない国の文化の違いについて調べています。しかし、調べてもなかなか入る国と入らない国のそれぞれで文化の共通点を見出すことができません。(風呂に入る=家に浴室がある、と考えています)

共通したそれぞれの文化をまず教えてくれますか? お願いします

Aベストアンサー

同じような疑問をもち、調べたことがあります。

結論から言うと、日本で言うところの「入浴」という習慣を持つのは日本しかない、です。
日本の入浴の習慣というか特徴を書きます。
A 体を石鹸などを用いて洗う。そのような道具が無い時代でも泥を利用するなどして体を清潔に保つ。
B 湯船にお湯を張り、その中に体を沈めて暖める。
C 上記の行為を同時に行わない。

実はこの日本的な入浴習慣とよく似た「入浴」をした民族がかつていました。ローマ人です。ローマ人は日本人と同様に、体を湯船とは別の場所(洗い場)で洗い、湯船にはお湯につかるために入っていました。それ以外にも寒い地方などではいまでいうサウナもあったようですが、一般的には日本の公衆浴場と非常によく似ていたといえます。
このローマ人の入浴はキリスト教の伝来とともにヨーロッパでは廃れましたが、コンスタンチノーポリ(現イスタンブール)を首都とした東ローマ帝国では文化として生き残り、中近東でもこの地域には入浴文化が残っています。

現在ではこれらの地域を除いて「入浴」する民族や国はありません。
ただし、Aをする民族はたくさんあります。この場合Aは沐浴と呼ばれることが一般的です。
特に東南アジアからインドにかけての熱帯地方にする人々はほぼすべて沐浴します。特にインドのガンジス川で行われる沐浴は有名ですが、微妙に宗教的な意味合いも含みます。
日本人も江戸時代までは、大切なお願いをする際には沐浴(井戸の冷たい水を体にかけるなど)してお参りしていましたので、文化的な要素としては仏教が伝来したアジアでは一般的な行為なのだと思います。

逆に中国の東北部やアジアの中央高原、中近東の砂漠地帯などでは体を水で洗う、という習慣が見られません。ひとつには水が貴重なことが上げられるのでしょうが、乾燥した地域であれば洗わないほうが清潔を保てるのかもしれません。

欧米についていうと、シャワーが一般的です。西部劇などではお風呂がでてきますが、あれは日本の入浴とは違います。どちらかというと、シャワーのように流水でお湯を使うことができないから、バスタブにお湯を張ってその中で体を洗っている、という行為になります。
入浴と違って洗い場は必要ないのは、お湯につかることが目的ではなく体を洗うことが目的でお湯がシャワーのように流して使うのが難しいからためているだけです。

また北欧ではサウナが発達史、ロシア帝国を通じてシベリアまで伝えられていました。朝鮮も寒い地方に入りますが、チムジルバンと呼ばれるサウナ(岩風呂)があります。


ということで共通した、または独特な文化を列挙しておきます。
・風呂にはいくつかの種類があります。お湯につかることを目的とする入浴、蒸気を体に当てるタイプのサウナ、温度が高い部屋で汗をかくこと目的とする岩風呂、体を洗うことを目的とするシャワーなどです。

・日本式の入浴は体を温めるためにお湯につかるという点で独特です。たぶんに温泉が沸く風土が影響していると思われます。

・水で体を洗うという行為自体は、宗教的な要素から習慣化されたものであり、仏教の伝来に深く関わっています。またイスラム教でもそれに近いことをします。

同じような疑問をもち、調べたことがあります。

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日本の入浴の習慣というか特徴を書きます。
A 体を石鹸などを用いて洗う。そのような道具が無い時代でも泥を利用するなどして体を清潔に保つ。
B 湯船にお湯を張り、その中に体を沈めて暖める。
C 上記の行為を同時に行わない。

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本能寺の変で、謀反が明智だと知らされた信長は
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 下級武士のご新造さんの一日(朝のみ)。
(1)最初にご新造が起床、用便を済ませます。汲み取り便所だから臭いですね。蛆が湧いています。ハエが便所に限らず、そこいらじゅうブンブン飛び回っています。しゃがんでウンコ・オシッコするのはきついですぞ。
(2)次に井戸端で洗顔します。釣る瓶で水をくみ上げて、その水で洗顔、大体は外の吹きさらしですから、これからの季節は寒いですぞ。
(3)朝食の準備にかかります。井戸端で味噌汁の実にする大根を洗い、米を研ぎます。台所の水がめに水を張ります。ブリキのバケツではなく、木の桶で運びますから重たい。道具は何でも重たくて大変。飯炊きの釜や薬缶もアルミ製のものはありません。みんな鉄か瀬戸物です。
(4)カマドに火を着けます。火打ち石でやります。なかなか火が着かず難しいです。火吹き竹で空気を送り込んでやっと景気よく燃え出しました。飯を炊きます。一人当たり三匹の目刺をあぶります。
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(8)井戸端で盥で洗濯します。これも大変です。

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>「1ヶ月滞在するとしたら、おそらく大多数の現代人にはこれが苦痛だろう、あるいは無理だろう」 と考えられるのは、どんなものでしょうか?
・・・夏場の暑いときに一ヶ月滞在すれば、参るでしょう。
・網戸がないので蚊に食われる。
・ハエがブンブン飛び回る。食卓の食べ物にハエがたかる。
・冷房や扇風機がないので暑い。雨の日は雨戸を閉めるのでこれも暑い。
・便所が臭く、人の体も臭い。
 夏場でいいことは、行水などで女性の裸を見る機会が多いことくらいかな。

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(2)次に井戸端で洗顔します。釣る瓶で水をくみ上げて、その水で洗顔、大体は外の吹きさらしですから、これからの季節は寒いですぞ。
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Q古代エジプト 服

レポートで古代エジプトの服について調べていたのですが
ロインクロスとシェンティの違いがわかりません。
どちらも腰巻や腰衣ということが書かれているのですが
何が違うのでしょうか?長さとかですか?

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シェンティについては分らなかったのですが、
ロインクロス(Loincloth)については下のサイトの右の絵のように腰巻のことのようです。http://en.wikipedia.org/wiki/Loincloth

また、高校の世界史図説(東京書籍)の服装の歴史に
「古代エジプト〈前1500年ころ)王族の印である宝冠をつけ、カラシリスを着用する王と王妃。気候風土に合った亜麻布が使われ、衣装が地位のシンボルでもあった。」という記載がありました。

下の上から二番目の絵がカラシリスの装いの絵です。
http://www.mein-altaegypten.de/internet/Alt_Aegypten_2/Volk/Kleidung.html

Q小さな虫が部屋に飛んでいます。。困っています。

毎日暑いですね、
本文を開いていただいてありがとうございます。

数週間ほど前から部屋に小さな虫が飛んでいます。
虫の特徴は
・体長2mm、体幅1mmほど、色は黒っぽい
・主に台所で多く発見する。
・でも居間でも、よく視界を横切る。むしろ自分の体によくまとわりついている気がする。(しかも家族の中で自分にだけ(泣))
・フラフラ~スイスイーと飛んでいて、退治しようとすると、パッと視界から消えてしまう。
・おそらくコバエではないと思う。←羽が体長2mmに対して、1mmほどと小さめだから
・生ゴミなどのゴミ袋が台所にあるときは、そこにたくさん(だいたい5匹くらい)いるが、ゴミが無いときも、辺りを飛んでいる。

何が原因でこのような虫が発生するのでしょうか
部屋はまあまあきれいにしていると思いますが、どこかに原因があるのでしょうか
去年までは出ていなかったのに、急に出てきてストレスを感じています。
何か有効な対策方法を教えていただきたいです。

よろしくお願いいたします。

Aベストアンサー

私も同じ様な虫でストレスを感じています。
たぶん、ショウジョウバエかコバエだと思うのですが、台所の生ゴミから発生している様です。
テレビを見ていると顔や手足に向かって飛んできて、変にまとわりついてとても不快に感じます。
発生原因は生ゴミに違いないので、調理後の生ゴミはその都度薄く小さなビニール袋(スーパーで貰えるやつ)に入れて縛ってから捨てています。生ゴミを虫に触れさせないようにした事でかなり数は減りました。
さらに部屋に飛んで来ている虫は、自作の「蠅取り器」を作って処理をしています。適当に考えた物ですが、結構捕れます。
昔の「蠅取り紙」があればその方が捕れるのでしょうが、使った事が無いのと見た目で何となく使う気になれないので、簡易的に「蠅取り器」を考えたのですが、簡単なので一応作り方を書いておきますね。

1.綿棒の容器の様な内側のつるつるした容器を用意する。
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3.居間の虫をよく見かける所に置いておく。
4.1日1回は交換して下さい。中にうっすらと雲みたいな物が見えたら、たぶん卵だと思うので、早めに液を交換して下さい。

それだけなのですが、果汁の臭いで近づいてきて自分から落ちていきます。置き場所が台所では他の誘惑が多いようで、あまり効果がありませんでした。又、人工の甘味では効果がうすいみたいです。
取りあえず、発生させないことが一番重要みたいなので、流し台周辺の掃除と生ゴミの処理をその都度キチンするしかない様です。

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たぶん、ショウジョウバエかコバエだと思うのですが、台所の生ゴミから発生している様です。
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Q現在のエジプトにも王族っているんでしょうか

エジプトって、古代エジプト王朝などと王族云々の史実が多数残っていますが、現在王朝政治は無くなったとしても王族の生き残りとかがリッチな生活をしていたり…ということはあるんでしょうか。それとも元王族って人たちすら存在しなくなってしまったんでしょうか。
政治力統治力は持っていないとしても、「まだまだ元王族は人気」とか「財閥化してお金持ち」とかあるのかな?と思いました。あれほどの王族がいなくなっちゃうのかなと疑問だったのですが、調べてみてもよくわかりませんでした。
お詳しいかたいらっしゃいましたら教えてください。

Aベストアンサー

古代エジプト王朝の末裔は今も生き残っているかということですね。

古代エジプト最後のプトレマイオス王朝の女王クレオパトラの娘(父はアントニウス)は北アフリカ(現在のモロッコ)のマウレタニア王家に嫁ぎました。ローマ帝国による傀儡国家です。クレオパトラのひ孫の代にカリグラ帝の反感を買い王(プトレマエウス)は処刑されます。

紀元後3世紀にプトレマエウスの娘の子孫と称するゼノビアが中近東のパルミュラ帝国の女王となりますが結局はローマ帝国に敗れてしまいます。ゼノビアはローマに捕らえられますがローマ人貴族と再婚します。子孫が5世紀まではいたそうですがその後は系図がたどれません。

http://en.wikipedia.org/wiki/Zenobius_of_Florence
6世紀のカトリックの聖人、フィレンツェのゼノビウスをゼノビアの子孫と考える人もあるようです。ゼノビアが本当にクレオパトラの末裔であったとしても結局は聖ゼノビウスを最後にプトレマイオス王朝の子孫の記録は途絶えてしまいます。

Q古代の人の下穿きはどんなものだったのでしょう?

 よく弥生時代の日本人の服装として、貫頭衣が図鑑に載せられたり、博物館に展示されています。
 そこでふと疑問に思ったのですが、その下にはなにを着けていたのでしょう。女性ならまだしも、男性は何もなしだといろいろと不都合があると思うのですが。
 エジプトなんかだとふんどしみたいなものを穿いてますよね。日本人はどうしていたのでしょう。

 下らない質問かとは思いましたが、調べてもわからないというか何をあたれば良いのかわからなかったので、ご存じの方がいらしたら教えて下さい。よろしくお願いします。

Aベストアンサー

ざっと調べてみましたが、魏志倭人伝の頃は麻を織った布を身体につけているだけで、男性は布状のものを巻きつけているだけ、女性は貫頭衣を着ているだけで、下着らしきものはつけていなかったようです。

しかし、古事記が編纂されることになると、男性はふんどし状の下着をつけ、女性は裳という下着(アンダーウエアというより、服の一番下という感じ)をつけていたようですが、いずれにしてもこれらの下着を身に着けられるのは高貴な人だけで、それが戦国時代まで続きました。

江戸時代になると木綿を国産できるようになり、布の価格が下がって、ふんどしも庶民化しましたし、手ぬぐいなども現れました。

日本人の誰もが下着をつけるようになったのは、江戸時代からのようです。

さて、女性の場合は日本書紀にふんどしをしている記述がるそうですが、基本的には「畚褌」と呼ばれる、前垂れのないタイプのようでした。この下着は裳の下に来ていたようですが、戦国時代にそれまでの装束(十二単のような宮中装束)が廃れてくると、畚褌も廃れ腰巻に変わるようになったようです。

しかし生理日には畚褌を用いたり、ふんどしを用いたりしてその間に布や縄などの吸い取り用具をいれ、処理をしていたようです。
これも江戸時代になると、布が一般的になりますので、現在の布ナプキンの形に変わっていったようです。

女性のふんどしも一般的だったようですが、どちらかというと生理用品の意味合いが強いようですね。

ざっと調べてみましたが、魏志倭人伝の頃は麻を織った布を身体につけているだけで、男性は布状のものを巻きつけているだけ、女性は貫頭衣を着ているだけで、下着らしきものはつけていなかったようです。

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