心は形を求め 形は心をすすめる
という言葉が好きなのですが 誰の言葉なのか改めて検索してもうまく見つかりません。
仏教の言葉ということは何となくわかったのですが...
また、意味合いも解釈の仕方が、たくさんあるようで...
答えはひとつではないと思うのですが、
この言葉について知識がある方ご返答いただけるとうれしいです。

また、もしこの言葉の英訳ができる方がいましたらそちらも返答宜しくお願い致します!

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A 回答 (4件)

「形直ければ影自ずから正し」


という言葉を思いだしました。
昔から言われている言葉だと思います。

心が生みだす形象と形象が求める心の一致を指しているのだと思います。
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 仏教での由来はお二方の仰せのとおりでしょう。


 形、状況、そして環境などは私たちのような初心のものには良い方向にも、そうではない方向にも大きな影響や効果があるものです。
 そのことは相当に行をしてきている人にも言えることではあります。
 パタンジャリはご存じと存じます。
 ヨガシュードラで、修行での基底のものから順次高度なものへの段階を説明しております。
 ヤマ、ニヤマ、アサナ、プラナヤマ、プラチャハラ、ダラーナ、ディヤーナ、そしてサマディです。
 ヤマ・ニヤマは倫理、宗教の遵守と実行です。
 アサナは心身の構え、形です。そしてこれは決心と信仰の態度です。
 プラナヤマはプラナという意識と生命性のコントロールです。したがって、呼吸と意識、精神心理の制覇です。
 それからプラチャハラは、生命と意識を現象から根幹に戻す行です。
 ダラーナは陀羅尼と成っていますが集中です。
 ディヤーナはダイアナにもなっていますが、瞑想です。
 そしてサマディは三昧ともなっていますが、根幹一体です。
 ここでアサナはいろんなヨガの教室がつまんで教えている、いわゆるポーズを含みますが、肉体や精神心身のきちんとした形です。
 40年や50年でも、私たちにもこの形は修行には大切です。
 修行も大きくはそういう現れているもの、形状ですが、その目的は解脱です。解脱はどこかに脱出するのではありませんが。
 解脱にはそういう修行も大事なことです。
 ご参考までに。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。

お礼日時:2009/06/23 15:26

「心は形を求め 形は心をすすめる。



仏像の譬でしょう。 形というのは仏像(シンボル)のことですね。
信仰は仏像を必要とし、仏像は信仰を勧める。という意味ですね。
いろんな風に使われますが、本来は仏像の意義でしょうね。
偶像否定の宗教文化から出てる言葉ではないですね。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。

お礼日時:2009/06/23 15:27

「心は形を求め 形は心をすすめる」いい言葉ですね。


 出典元は私もわからないのですが、仏教の教えらしい言葉で
「内を変えたければ外を変える、外を変えたければ内を変える」
というのがあるそうです。

心はまだ表に現われていない内(裏)に秘める想像力、可能性。
形(表)そのものが機能の現われでもない。
自分の想像力、可能性を変更をしたければ、とりあえず形から入ってノ
リやすくして?相手や環境が耐えられないものならば、受け入れたり自
分が変わると相手は変わらずにおれないものとなったり
段々見え方もが違ってきたりする。

分岐点は突然来るもののようで、採用に迷って止まるよりは、手探りで
も行ったことのない道に一歩踏み出すなら珍しい拾得物を増やして得す
ることだってある。(とも限らないが)なんて自己流な解釈です。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。

お礼日時:2009/06/23 15:28

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Q他人の言葉で 心が傷つくか?

 あり得ないのではないだろうか。


 おのれのやましさ〔なる行為〕によるよりほかに 心が落としめられたり傷ついたりすることは あり得ないと考えられる。マチガイを侵さないのに どうして心が沈むのか。


 この質疑応答の場でも やり取りの中で 相手の言葉づかいが元で傷つき ついに退会したといった議論が聞かれます。

 おのれの心のやましさによるのでないなら どうして傷つくことがあるだろうか。

 情況が自分にとって必ずしも良くはないときにさらにその思いを必要以上に噛みしめねばならなくさせるような酷い言葉やののしりの言葉などを聞けば まづひとはおどろく。しかも きよらかなおそれをつねに持つひとは ひとたびはおのれの身の振る舞いについて返り見ることをおこなう。心に――その心なる海のおもてに――波風が立ちそのような一時的・心理的なゆらめきさえを覚える。

 けれども 心にやましくなければ 心が傷つくなどということは あり得ない。
 せいぜい 相手がまだ人間における心の深さに気づかずその高みにも到っていないことをおもんぱかり 何とか助けにでもなれないものかと心をいためるのみである。


 もし傷ついて去って行ったとするなら それは そのひとのあやまちであるしかない。おのれの心にやましいところがあったからである。

 精神が傷つくことはあり得ない。
 心なる海の上に波風が立つのみ。


 成否・当否を問います。どうでしょう。

 あり得ないのではないだろうか。


 おのれのやましさ〔なる行為〕によるよりほかに 心が落としめられたり傷ついたりすることは あり得ないと考えられる。マチガイを侵さないのに どうして心が沈むのか。


 この質疑応答の場でも やり取りの中で 相手の言葉づかいが元で傷つき ついに退会したといった議論が聞かれます。

 おのれの心のやましさによるのでないなら どうして傷つくことがあるだろうか。

 情況が自分にとって必ずしも良くはないときにさらにその思いを必要以上に噛みしめねばならな...続きを読む

Aベストアンサー

 常識と非常識。

 常識的に心に傷を付けられるのは・・・
 それは自分以外の人、によって。

 非常識的には・・・
 ブラジュロンヌさん云う処の“傷”、それを付けるのは神仏。
 やましさと云う心は神仏の心(或いはそれと同質)。心に具わる“良心”が“やましい心”を糾弾する。

 糾弾=傷

 ☆ 常識的に傷を受ける心を、非常識的に取り上げると“傷”の内容が違ってくる。 

Q皆様の、 好きな言葉、嫌いな言葉は、何かありますか? 僕は、 好きな言葉は、 『煩悩菩提』(=迷

皆様の、
好きな言葉、嫌いな言葉は、何かありますか?

僕は、
好きな言葉は、

『煩悩菩提』(=迷いがあって初めて、悟りもある。)、『光が強ければ影もまた濃い。』
(byゲーテ)、

『絶望出来ない者は生きている必要は無い。』
(byゲーテ)

『一匹狼』

『ポーカーフェイス』

『鳴く蝉よりも鳴かぬ蛍が身を焦がす。』
等です。
m(_ _)m

そして嫌いな言葉は、
『弱肉強食』
『就職』
『チームワーク』
等です。
m(_ _)m(^∀^)ノ

Aベストアンサー

リベルテさん。初めまして。
この場を提供してくれて有り難う。
おかげさまで"共感・共有"が、私のお気に入り言葉になりました。

『煩悩即菩提』は煩悩が菩提心を起こすきっかけになる、と云う事ですね。
煩悩=菩提ではない、と思っています。

『光が強ければ影もまた濃い』に付いては、濃い影には強い光が必要だ、と受け止めたいです。

『絶望出来ない者は生きている必要は無い』
これに付いての本能的,反射的思いは"反発"です。
たぶん、絶望したことが無いから。
私は生きる資格はないのか、と思ってしまいます。
もちろん、こんな短絡的な解釈は間違っているのだろうとは思いますが。
絶望したことのある人にとって、この言葉はどんな意味や、力が有るのでしょうか。
聞いてみたいですね。

『鳴く蝉よりも鳴かぬ蛍が身を焦がす』
これを、
『鳴けぬゆえ焦げるわが身のなさけなさ』
と、してみました。

やっぱり蝉のように鳴かなければ、、、
蛍、ではないのだから、、、と思います。

№13の"お気に入り言葉"も、みんないいですね。

Q知的好奇心≦痴的好奇心

独断ですが、ここのサイトでは性に関する質問も回答も多い気がします。やはり人間は知的≦痴的存在なのでしょうか?この不等号が逆転したら、人類滅亡に向かうのでしょうか?

Aベストアンサー

率直な質問で面白いですね。
 結論から言えばおっしゃるとおりです。
 なぜなら知的好奇心の源である「知性」は、人間を動かす衝動のうちの
 ごく一部でしかありません。
 一方で人が恋愛に向かう源である「感性」は、人間を動かす衝動の
 全体だからです。
 数学で使うベン図を頭に描いてください。
 あれの外側が「感性」、内側が「理性」という構造になっています。
 
 哲学ということばが「知」を愛する、という語源を持つことは
 広く知られていますが、その「哲学」の(少なくともヨーロッパにおける)
 始祖であるソクラテスも、がちがちの「弁論家」「知性主義」であるかの
 ように見えながら
 最終的には、最高善が「エロス」に向かうことを喝破しています。
 
 最も真実を見た魂は、哲学、芸術、そして「恋をする人間」になる
                    ( パイドロス より )
 
 あるいは中国の歴史を見てください。戦乱が収まり、政治が安定に向かい、
 何の不自由もない身分に(なったはずの)君主や皇帝も
 何代かすると必ず美女と美衣美食におぼれ、また国を傾けます。
 本当に「ほかの価値はないのか?」と問いたいぐらい
 人間にとっての価値は「色(色欲)」が最上位に来ます。
  
 

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Qガラスの心が鋼の心になるには?

昔から家族にも、学校の先生にも、大人になり職場の上司にもよく言われます。

「あなたはまじめだけれど、こころが弱い。ガラスみたいでもろい」と。

自分でも弱いなという自覚はあります。弱くて、自己中心的というか(悲劇のヒロインのよう)。
なぜ、こんなに弱いのか、自分でもわかりません。

こころをきたえるということはできますか?

Aベストアンサー

ガラスはかなづちで叩くと割れます。鋼だってミサイルを使えばこっぱ微塵です。
inno39さんに必要なのは柔軟さじゃないでしょうか。
真面目があだになって、自分の弱さを受け入れられないから強さを求めるんじゃないでしょうか。
強さを求めているうちは弱いままではないでしょうか。

Q『ニーチェの言葉』『ニーチェ道をひらく言葉』について。

『ニーチェの言葉』『ニーチェ道をひらく言葉』について。

ニーチェの本を購入しようかと考えています。
どちらかが良さそうだなと思うものの、どちらがお勧めと言うか、内容的にどんな感じなのか、知りたいです。読まれた事がある方、是非とも教えてくださいませ。

よろしくお願いいたします。

※本屋で中身を見ればいいだろう…って思われるでしょうが、『田舎へ泊まろう』以上ともいえる田舎に住んでいるもので…

Aベストアンサー

私は、「ニーチェの言葉」を持っています。
人生に対する肯定的な言葉が並んでいて、好い印象を持ちました。
しかし、ニーチェを知っている人からすると、「ニーチェの言葉を断片的に取り上げているだけ」と、かなり手厳しい声を聞きます。

ニーチェの言葉カスタマーレビュー
http://www.amazon.co.jp/product-reviews/488759786X/ref=dp_top_cm_cr_acr_txt?ie=UTF8&showViewpoints=1

ニーチェ道をひらく言葉は、読んでいないです。カスタマーレビューもまだないですね。
しかし、「これがニーチェ哲学の真打ち。善も悪も乗り越えた、すべてのエッセンスがこの一冊に。強く生きるための教え228。」と言う宣伝文句から想像するに・・・228の言葉からニーチェを語れるはずもなく、断片的なニーチェ紹介になるのは、やむおえないと思います。

参考までに・・
 


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