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たとえば、リスク対効果で言えば法律を犯したほうがお金を稼ぐ手段としては有効ですよね。それを、ほとんどの人間が理解しつつも、法律を破るのは全体から見ればごく小数です。

人はなぜ、もっとも有効である手段をとらずに、一見、不合理とも思えるルールに従うことを許容しているんでしょうか?

また、自分以外の人間が法律を守ることを当然と感じますが、なぜそのように感じるのでしょうか?

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A 回答 (8件)

自分という存在は肉体だけではなく、自我という精神の


存在も無視できません。
自我は社会が作った共同幻想に支えられています。
人に迷惑をかけてはいけないとか、法律は守るべきというのも
共同幻想です。人は共同幻想の一部を取り入れ自我に組み込み、
他人と共有することによって社会生活を送れます。
法律は守るべきだという共同幻想を取り入れた人が、
法律を破ると自我の安定が崩れて自分を正当化できなくなってしまいます。自我が崩壊したままで、組みなおすことが
出来なければ発狂するしかないのです。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%B1%E5%90%8C% …
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個人的には#2の方の回答に賛成です。

本能的なものだろうと思います。

人間は、群れで生活する生物だと思います。群れで生活する生物は、アリであれ、羊であれ、群遊する魚であれ、チンパンジーであれ、別に強制されているからというわけでなくとも、何らかの秩序を守って生きているように思います。逆に言えばそういう本質を持っているからこそ群れでも生活できるのかもしれません。群れる動物は一般的に弱いので、仲たがいしていたら生存できないです。一定の秩序に基づいて行動することが、群れ全体としては一番効率のいい生存方法なのだといえます。それを本能的に刷り込まれている(そういう遺伝子を持った個体が自然淘汰されて生き残っている)ため、法律のようなものにも基本的に従おうとするのだと思います。これに対して個々で生存していける動物は、個々の利益を伸ばすことがもっとも生存効率を上げるので、法律は守らなくてもいいということになるのではないでしょうか(このあたりは自信ないですが・・)。もちろん人間の中にも多様な種類がいるので、法律を破る人も出てくるわけですが。これに対して群れとしては、それは全体としての生存効率を下げるので、罰を与えるような仕組みになっているのだといえます。

法律に違反したら罰則があるので法律を犯さないのだ、というのも一見合理的な説明には思えるのですが、個人のレベルでみると、確かにそれだけでは全ては説明できないと思います。本能的なものが多くを占めていると思います。
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 ということは、あなたの財産を違法に誰かに奪われたとしても、その人にとっては有効な手段であったので、一切かまわないですということになるのでしょうか。

ではないですよね。自分の財産を違法に奪われるのは誰でもいやでしょう。税金取られるのもいやなのに。
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>リスク対効果で言えば法律を犯したほうがお金を稼ぐ手段としては有効ですよね。



そんな場合もあるだろうけど、必ずしもそうではないのでは?

また、リスク対効果だけ着目すればともかく、リスクが大きい場合にはいくら効果が望めてもその手段を選択しない、ということはあるでしょう。

>人はなぜ、もっとも有効である手段をとらずに、一見、不合理とも思えるルールに従うことを許容しているんでしょうか?

具体例を出していただけないと答えようがないです。現在ある法律の大半は合理的にできていると思います。
ごく一部に何らかの理由で非合理性を残している場合もないとはいえませんが、一部を持って全体であるかのように考えるのは「愚考の典型」と批判されても仕方ないです。

>また、自分以外の人間が法律を守ることを当然と感じますが、なぜそのように感じるのでしょうか?

質問者様がそう感じるのがなぜかは他人には推し量るすべもないです。
私は、大半の人がきちんと守っている法律(例・刑法、親族相続法など)と、
相当割合の人が守っているとは考えにくい法律(例・道路交通法、著作権法)があると感じています。
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>足 個人にとっては、不合理では?


>たとえば、法律がなければ、いまとっている手段が合理的ではないでしょう。

補足要請に対してお答え頂き、ありがとうございます。しかし全く意味が分かりません。

「合理的」の「理」とは「ことわり」(世界共通の倫理や不変の法則)のことですが、あなたの仰る合理とは一体何を指すのかが不明です。

法を犯して人から物を盗む。当然、犯罪です。盗む側からすれば、汗して働くより盗むことで一時的にせよ、豊かになるかもしれません。しかし盗まれた側からすると、他人のものを奪って一方的に豊かになる人間の行動は合理的と言えるでしょうか?

「合理」とは、どの人間にとっても公平に当てはまらねばならないのですよ。

この回答への補足

>>他人のものを奪って一方的に豊かになる人間の行動は合理的と言えるでしょうか?
いや、本来というか、本能的にはこれがもっとも合理的でしょう。多くの動物はそうやって生きていますし。ただ社会的な発展は阻害されるでしょうが。

>>「合理的」の「理」とは「ことわり」(世界共通の倫理や不変の法則)

そんなものがあったら、世界はもっと平和になるんでしょうけどね。

一応いいますが、法律を否定しているわけではありませんよ。社会には不可欠なものです。
ただ、いつの間にか法律に従うことを人間は許容しているわけです。

これって、すごく不思議だと思いませんか?

別の回答者が、「共同幻想」に触れていますが、どの時点でそれが発現したんでしょうね。

補足日時:2009/05/23 18:54
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一言で言えば、法を犯せば処罰される。

処罰されるのはいやだから、法を犯さない。よく言われる「刑罰の犯罪抑止力」ですね。

でもそんなことより理解していただきたいのは、人間がもつ道徳、倫理観です。これは個々の人間がどんな倫理観をもっているかではなく、人類が誕生以来、自然災害、民族間の衝突、疫病、紛争、戦争などさまざまな危機を乗り越えて、その結果として身に付けた知恵の産物として道徳、倫理が大前提として存在し、その上に共通ルールたる法律があるということです。国際条約も同様の産物です。

この点では人類全体の共有する文化の一つが法律であるわけです。

法だけですべてが解決するわけではありません。また法を守っていれば豊かな生活、平穏な生活が出来るという絶対保障があるわけではありません。しかし法に代表されるような人類の共通ルールがなければ、家庭、社会、国家も、そして世界も破滅してしまうでしょう。

あなたのご質問の中に疑問があります。「法が一見不合理と思えるルール」である、としていますが、法律違反との財産的バランス以外に何が不合理なのでしょうか?

この回答への補足

個人にとっては、不合理では?
たとえば、法律がなければ、いまとっている手段が合理的ではないでしょう。

補足日時:2009/05/23 09:50
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人間の本能的にそうなるんじゃないですか?

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>人はなぜ、もっとも有効である手段をとらずに、一見、不合理とも思えるルールに従うことを許容しているんでしょうか?



強いて言えば捕まるというリスクがあるからでしょう。また、その場合世間の目も気になりますね。

>また、自分以外の人間が法律を守ることを当然と感じますが、なぜそのように感じるのでしょうか?

法律は道徳、モラルを持っています。それは普段の生活において当たり前の事という解釈になります。
ですので、当然の事と感じるのではないでしょうか。
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Qなぜ法を守らなければならないのですか?

本質問はこのカテゴリではなく、哲学カテゴリに挙げようと思ったものです。
が、法律カテゴリの方はどういう回答を寄せてくださるかちょっと興味があるもので、先にこちらに。

タイトルに書いた「法」は質問の性格上必ずしも法律の意味ではないのですが、
ここは法律カテゴリなので、法律に限定させていただこうと思います。

私的には、守るべきは法律ではなく、社会秩序であろうと考えています。
ですから、きわめておおざっぱに言ってしまえば、法を守るかどうかはケースバイケースの判断で良いのではないかと。
あまりにおおざっぱ過ぎるので反論など多々あろうと思われますが、申し訳ありませんが、議論をするつもりはありません。
私見は回答例として挙げただけで、本質問はあくまで、法律に精通されている本カテゴリの皆さんのご意見を伺いたいだけのことです。
ちなみに、法を守る必要などないというご意見や、法を守らない権利があるというようなご意見も歓迎いたします。

質問がカテゴリ違いの感はぬぐえないのですが、大目に見てくださる方、ご回答のほどよろしくお願いいたします。

Aベストアンサー

>きわめておおざっぱに言ってしまえば、法を守るかどうかはケースバイケースの判断で良いのではないかと。

確かにおっしゃるとおりです。

とはいえ、それでは「法的安定性」の問題が生じます。極めて例外的な場合には確かに、「法を破ったほうが、むしろ法の目的である正義と衡平が実現できるときもあります」が、その例外をどこまで認めるのか?それを判断できるのは誰か?等と考えると極めて難しい問題が生じます。例外を認めすぎるとそもそもその法律の意味がなくなりますよね。

ところで、そもそも法律は長い年月の試練を経たものですから、そこそこ上手く出来ています。

例えば、人を殴ったり、殺したりすることは通常当然法律に反しますが、場合によっては、正当防衛や緊急避難によって違法性が阻却されたりします。(少し正確な表現ではないが、場合によっては人を殴る行為、殺す行為も必ずしも法律違反にはならんということであり、そもそも法律の中に、ケースバイケースを組み入れているともいえる)

とはいえ、所詮人間が作ったものですから、完璧ではありません。

例えば、3.11の大震災の後に、「他人の自動車が自分の家の敷地内に流されているのだが、どかしてよいか?」等という問い合わせが役所には多くあったそうです。これは現行法ではこのような状況を想定していなかったため、勝手に他人の車をどかすことは法律的にみて、問題が生じる可能性があり、役所は「法的には問題が生ずる可能性があるから、自己判断でお願いします」と当時答えていたらしいです。


なお余談ですが、私は法学部の教授に講義の中で
「もし君たちが将来警察官になり、橋の上で飛び降りようとしている人間がいたら、どうしますか?」と質問されました。警察官は職務執行法第5条によれば、犯罪の予防や防止のためには、その行為を制止できますが、自殺は刑法上犯罪ではないので、身体を接触して制止していいのかどうかは疑義があります。

悩んでいたところ教授曰く「後ろから羽交い絞めにしてでもいいから、飛び降りを阻止しなさい。もしそれで処罰を受けなければならないのなら、胸をはって処罰を受けなさい。」と言っておられました。未だにこの言葉は忘れられません。

>きわめておおざっぱに言ってしまえば、法を守るかどうかはケースバイケースの判断で良いのではないかと。

確かにおっしゃるとおりです。

とはいえ、それでは「法的安定性」の問題が生じます。極めて例外的な場合には確かに、「法を破ったほうが、むしろ法の目的である正義と衡平が実現できるときもあります」が、その例外をどこまで認めるのか?それを判断できるのは誰か?等と考えると極めて難しい問題が生じます。例外を認めすぎるとそもそもその法律の意味がなくなりますよね。

ところで、そもそも法律は長...続きを読む

Q1.法はなぜ必要か? 2.日本法の特色は?

法学のレポートの課題です。社会規範として作用する存在には法の他にも道徳や宗教などが考えられそれぞれに存在意義があるが、特に法が存在している意義を理解することが大切である。さらに、わが国の法は、明治の社会を境に、今日、先進諸国の国々と同種のルーツ、原理をもつものでもある・・というような観点からまとめると良いと言われたのですが、まとめられなくて困っています。なにかレポートを書くための手がかりが欲しいです。よろしくおねがいします。

Aベストアンサー

「法」が存在している意義、それは近代国家の権力者の権力濫用と関連しています。

前近代において、法がなかった時代には領主等による刑罰権の恣意的な濫用がなされていました。これは日本でもみられることですが、その日の裁判官の気分により軽微な犯罪でも死刑になってしまったり、刑の執行方法も火あぶり等、残虐なものであり、犯罪が多分に倫理的色彩の濃いものであったりと、刑罰権の行使というものは、犯罪取り締まり目的を大きく超えて、国民の生活を脅かすものですらありました。
民事などにおいても権力者の恣意的な法の適用により不当な判決が数多く為されました。

それがフランス革命等により領主からの支配から解放されるようになると、個人の自由が大きく認められるようになり、「権力者のための刑罰」ではなく「権力者の権利をうまく制限するような刑罰」が求められるようになりました。民事においても権力者というものはしっかりと監視しておかないと不当な判断を下すようになるからなんとかするべきだと思われるようになりました。

そこで、そういった権力者による恣意的な濫用がなされないために、裁判の手続きやトラブルが起こった時の解決方法を明文化して、明文に示されているように裁判を進行させるなどによって不当な判決や恣意的な法の適用をなくそうとしたのが法のはじまりであり、存在意義です。


日本法の特色ですが、
1 全体的に諸外国と比べて刑罰が軽い(理由は調べてください)

2 戦前の反省から倫理的、宗教的意味合いの強い刑罰があまり存在しない

3 立法による法制定の意欲があまりないため、それをカバーするための判例の役割が非常に大きい

等でしょうか。

「法」が存在している意義、それは近代国家の権力者の権力濫用と関連しています。

前近代において、法がなかった時代には領主等による刑罰権の恣意的な濫用がなされていました。これは日本でもみられることですが、その日の裁判官の気分により軽微な犯罪でも死刑になってしまったり、刑の執行方法も火あぶり等、残虐なものであり、犯罪が多分に倫理的色彩の濃いものであったりと、刑罰権の行使というものは、犯罪取り締まり目的を大きく超えて、国民の生活を脅かすものですらありました。
民事などにおいても...続きを読む

Q法律って必要でしょうか?

タイトルの通りです。

法律の必要性ってなんなんでしょうかね?


最近そのようなことを考えるようになったんですが、なぜ「法律」なのかということを考えると堂々巡りになってしまいます。


漠然とした質問ですみませんが、皆さんの考えを聞きたいです。よろしくお願い致します。

Aベストアンサー

たびたびすいません。
わたくし的に、興味深い質問、なおかつ上手く回答できていないので、何度も投稿してしまいます。
どうして回答の的がズレてしまったのかというと、
質問文を『法律は必要か?』、と解釈してしまったからです。

【数学の世界でもないので、『必要』かどうかは判定のしようがない。というのがまず感じたことで、
さらに人の集合(数学用語での集合)を、一般化して、系を構成する要素としてみれば、そこには自然に『律』(法律を含めた規則性を一般化したもの)が、現れるのでは?】

・・・ということが言いたかったのです。
しかしこれは『法律の必要性ってなんなんでしょうかね?』という軽い問いかけを誤って解釈したもののようでした。
なので参考として、『法律は必要か?』に対する回答として【】内を見てもらえれば、と思います。

なんか煩わせてしまったようですみませんでした。


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