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「虫の知らせ」「胸騒ぎ」は、何故起こる(感じる)のでしょうか?
心が感じ取ることなのか、
脳が憶測することなのか、
暗示や掲示がなせる業なのか、
状況・環境的に鋭敏になっている時なのか、
目には見えないはずの近い未来をどうして察知できるのでしょうか?

ご意見よろしくお願いします。

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A 回答 (8件)

ご不興を買うかもしれませんが、「虫の知らせ」も「胸騒ぎ」も単なる偶然にすぎません。



虫の知らせや胸騒ぎとは、
『結果としてそのとおりになった、「悪いことが起こりそうな漠然とした予感」』
と定義できるでしょう。
ところが、
『結果としてそのとおりにならなかった、「悪いことが起こりそうな漠然とした予感」』
も多数あったことを人は忘れがちなものです。

A という現象によって B が起こったと判断された場合、A は虫の知らせとか胸騒ぎとか呼ばれることになります。
ある人が亡くなる前日に黒猫が目の前をよぎるのを見た。
とかいったような例です。
しかし、このように A と B を関連付けたがる方は、たとえ横切ったのが白猫であっても「虫の知らせ」と判断すると思われます。
このような方にとっては、(黒猫や白猫が横切ったのが)前日ではなく2日前でも一ヶ月前でも良いのです。
また、「何かが横切っていなくても、別のことでも良い」のです。
別のこととは、たとえば、風も無いのにカーテンが揺らいだのを見たとか、いつも啼かない飼い犬がうるさく啼いたとか、突然の雨に見舞われたとか、チャイムが鳴って外に出てみたら誰もいなかったとか、
『普段とは幾分異なる現象』であれば何でも良いのです。

肝心なことは、この『普段とは幾分異なる現象』というのは、実は日常的に我々の身に起こっていることだ、ということです。
しかし、その後何事もないので見過ごされているだけなのです。
知人が亡くなるとかいった、何か特殊なことが発生すると、「(事前に発生していた)見過ごされていたはずの何か」とそれ(知人が亡くなったこと)を関連づけて考えたくなる、というだけのことです。

A という現象が起こった場合には必ず B という結果に繋がる、
という証明ができない以上、「虫の知らせ」や「胸騒ぎ」が科学的であるとは言えません。
人間の知覚は曖昧なものですし、偶然はどこでも、いつでも起こり得ます。

つまり、
>状況・環境的に鋭敏になっている時
:に起こりやすい(錯覚である)ということは言えるでしょう。

ただ、
>目には見えないはずの近い未来を
:察知しているわけではなく、関連づけることによって察知能力が自分にあるかのように(自己満足的に)錯覚したいという無意識的欲求の為せる業だということです。

気の優しい方、気の弱い方、悩みごとのある方、何らかの理由で日々の生活を疎んじている方、などがおそらく陥りやすい錯覚でしょう。
一時的なものにせよ一種の超能力ということになりますから、弱っている自我に対するカンフル剤的な自信を捏造しようとする無意識の働きであろうと推測されます。
 
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この回答へのお礼

偶然とは、さらさら流れる時間の中で、その流れが一瞬止まったような、インパクトのある一瞬なのだと思います。頻繁でないが故に、起こったことを重要視する・印象づける意識が働くこともあるだろうと思います。
普段とは幾分異なる現象が頻発していても、気が付かないのが常なのか、普段と異なるという基準が認識され辛いのか…確かに、単独の出来事では、錯覚だと思ってしまうのでしょう。そんな事柄一つ一つが連携できる共通点を持ったときに、どうしてなのだろう?という重要度を帯びてくる。。。自分が普段どれだけ無意識に過ごしているか分かったように思えます。
嫌なことが起こる前に、食器を割った――こういうことも、ことを結びつけた結果ですね。

ありがとうございました。

お礼日時:2009/08/14 00:23

「虫の知らせ」とはいえ虫が教えているのではないんですね。


目には見えませんが指導霊というお方がいて人生のポイントで知らせてるんですね。本人が霊的体質だと直接に、そうでない場合は友人や隣人の口を通じて知らせるのですね。
ポイントの時期だけですから生命の危険、就職、結婚などですね。
何故、未来が見えるかということですが、過去、現在、未来がごちゃ混ぜの世界が目に見えない世界なんですね。未来は確定してませんがご本人の選択で未来が確定しいくという世界というだけですね。
まあ、偶然などかけらもない摩訶不思議な世界に住んでいるということですね。
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この回答へのお礼

虫の知らせが本当に虫からだったら、虫の存在価値は、高尚で、高級霊に値すると思います。
そうでないことは、明らかなので、その起因をとても不思議に感じています。
摩訶不思議な世界には、考える、想像する・気付く・追求する・体験するなどの余地が大いにあるということだと思います。
生きている限り、発見につながる道は、用意されているのでしょう。。。

ありがとうございました。

お礼日時:2009/08/14 19:13

あの大槻教授(疑似科学批判でTVにもよく出演した)が最後まで、論理的に説明できないと考えていたものが「虫の知らせ」だそうです。



『大槻教授の最終抗議』大槻義彦 集英社新書に詳しく、
その経過が書かれていますので、読まれることをお勧めします。

簡単にふれますと、大槻さんの父が戦地で死んでいた当日、実家で父の手帳やメガネを偶然見つけていたという。当初は大槻さんも霊的なものではないかと思ったそうだ。

しかしこれは「偶然起きた2つの現象の重なり」だという。
戦争終結を聞かされた日から、父はいつ帰ってくるか、早く会いたいと、毎日思っていた。明日には帰るかと、10ヶ月をすごした。その間に県知事の訪問。この日に父が亡くなっていればやはり虫の知らせと感じたはず。
父の両親も家にやってきた。その日が父の命日だったら、やはり虫の知らせと感じたはず。父の自転車が盗まれた日、父の尺八を発見した日、この日に父が死去していたら、やはり霊的なことと結びつけたに違いない。

父の実家に訪れれば、父の匂いのものを探すだろう。この日父の手帳やメガネが見つかったのは、死んでゆく父からのメッセージでもなんでもなく、神経が過敏になっていた私が部屋の隅々を探索した結果にすぎない。

つまり「虫の知らせ」とは、偶然2つの現象が重なったとき、自らの心から生みだされたもので説明できる。
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この回答へのお礼

あの大槻教授が解明できないことを証明するのは、かなり険しい道のりなのだと思います。(宇宙人は存在しない説より、難易度高めと言う事ですね。)
心で感じる「虫の知らせ」は、暗示・啓示に値する霊的なもにまで発展しますが、記憶や経験などの脳の部分、物事や自分との関係性、その時の精神状態などが起因となると、やはり単独では、起こり得ない2つ・2つ以上の要素が複雑に組み合わさっているのだろうと予測できます。。。
お勧めの書籍も、何かを学ばせてくれるでしょう。読んでみたいと思います。

ありがとうございました。

お礼日時:2009/08/14 18:40

 こんにちは。



 ○ 虫の知らせがあったとします。その知らせの意味が あとで何らかの事件が起こった〔のを知った〕とき その事件に関連づけることによって ほんとうのことだと知ったという場合。この場合には あくまで主観の問題だと考えます。
 ○ その当事者一人ひとりの主観の問題であり その主観だけの問題であると。
 ○ なぜなら 事件が起こったあとで関連づけることになるからです。関連づけられない《虫のしらせ》の候補もあったはずだからです。

 ところが 以心伝心という事態があります。
 ○ ほぼその《虫の知らせ》と同時に その内容が分かるという場合です。
 ○ 一般にこれは 互いのかかわりの度合いが強い場合に限られたかたちで起きると考えます。
 ○ まだ知りあったばかりの相手であっても構わないわけです。ただし互いにかかわりをつよく持ったという場合です。
 ○ そのとき互いに近くにいる場合は言うに及ばず 離れていても 相手の意向や心の動き これが分かるという場合が起こります。
 ☆ ですから 《虫のしらせ》というよりは 《以心伝心》と言うほうが適当だと考えます。

 ★ 状況・環境的に鋭敏になっている時なのか、
 ☆ これは関係ないでしょう。自分の状態はどうであろうと関係ありません。単に
 ★ 心が感じ取ること、
 ☆ です。すべて受け身です。受け身として感じるのです。
 ★ 脳が憶測すること
 ☆ や事前の思いなり行ないなりは一切かかわりませんし していない状態で起こります。
 ★ 暗示や掲示がなせる業なのか、
 ☆ 掲示というのは 誰かが《暗示》のほかに そのものとして《提示》したという場合をいうでしょうか? 暗示はあるかも知れませんが 提示はないと思います。こちらに何らかの準備があるといった状態ではないのです。

 問題は 
 ○ 一般に《互いに強いかかわりを感じている》ところの《二人》のあいだに 一人の側に思いや行ないが起こると同時に即座に 他方にも伝わるという事態が起こることです。
 ○ 一般にその思いや行動を起こしたということを 相手に知って欲しいという意向もあると言うべきだと考えます。

 事例は控えます。ということは 聞き流されても仕方のない回答ではあります。
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この回答へのお礼

「以心伝心」と言うのも、不思議ですね。これは、相手(対象)が心を持った存在である、と言うことになるのでしょう。。。心と心が言葉なしに通じ合う、これには、絶対的な信頼感や親しみあってのことなのだと思います。(相手の心を懐疑的に探ることでなく、愛情を持って察する)
これを思えば、「阿吽の呼吸」や、人間同士がめぐり合う「縁」なども不思議なことに思えてきました。
色々、気付くことが出来ました。
掲示は、私の変換ミスで、啓示です。(意味が、ぜんぜん違いますよね…)すみません。

ありがとうございました。

お礼日時:2009/08/14 17:54

私は虫の知らせはあると思います。


身近な実例をお話しします。

私の祖父は昭和53年10月23日に他界しました
身内の人たちが幾日も前から見守っていたのですが、明け方の6時頃に静かに息を引き取りました。
後日、祖父の姪子にあたる人に聞いた話しです。
ちょうどその日の6時頃に玄関で、おはよう!という声がしたそうです
聞きなれた声で、あ・おじさんだ、と思ったそうです。
家族皆ながはっきりと聞いたので間違いないという事でした。
挨拶に行ったのだろうな、と身内で話ししたものです。
生前は姪子の事をだいぶ心配していたとも聞きました。
その人は気味が悪いというよりも、有り難く思っているようです。

あと私の母が若かった頃の話しですが
戦争中に東京の親戚の人たちが田舎に来て帰ろうとした時の事だったそうです。
一緒に東京へ行こうという事で、駅で切符を買いホームで皆なと一緒に列車が来るのを待っていた時、なぜか急に行きたくなくなったそうです。
理由は無いのだけど、どうしても行きたくなくなったそうです。
皆なに勧められても断ってしまい、とうとう行かなかったそうです。
そして、東京に戻っていった人たちは、その後幾日もたたずに大空襲に合い皆な亡くなってしまったそうです。
母は今もその話しをすると不思議だねと言います。
母がその時東京に行っていたら、私はこの世に生れてこなかったという事でもあるのですが・・・

虫の知らせとかの話しはいくらでもあるのではないでしょうか。
どうして起きるのかは私にも分かりません。
悪い話でなければ、あっていいものなのかなとも思います。

まったく哲学的な答えにはなつていませんが、虫の知らせは確かにあると思いますので、ご参考になさってください。
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この回答へのお礼

私もこれまでの人生で、物事との不思議なめぐり合わせを何度か経験したことがあります。「虫の知らせ」「胸騒ぎ」などの言葉があったため、こういうこともあるんだろう。。。と思い、その正体を追求せずに通り過ぎてきました。皆さんの回答から、分からないことを突き詰めるのも面白いな、と思ったり、物事は、多くの見方・考え方があり、その幅が、個性だな、とも思っています。
世の中の謎の部分には、体験談も役に立つものです。

ありがとうございました。

お礼日時:2009/08/14 17:28

例)



ある人は、ふとここ10年くらい交流が無くなった他県に住む友人のことを思い浮かべていたら、なんとその人から電話がありびっくりした。

「今 あなたのことを丁度思い出して、電話をしようと思っていたら、あなたの方から電話があった! 偶然とは思えない。」

この正体はなんだと思います?


お互い結婚をして、片方は他県に住むことになったが、電話で交流を続けた。
しかし育児や近所との付き合いが多くなり、5年前くらいで電話のやりとりが途絶えていた。


その二人がそれぞれ昼間、視聴率の高いドラマを見ていたってことは十分ありえる。
CMタイムで台所にお茶を取りにいって、ふと「そういえばあの人今どうしているかしら」と思った原因は、CMの一つが二人が交流を盛んにしていた時期にヒットしていた曲だったから。


CMがトリガーとなりお互いを相手を想起した。
が、CMは無意識に聞いていたので、突然無性に相手に会いたくなった理由がわからなかったわけです。


暗示も似たようなもの。
ベートーベンの運命を聴くと、裸になって踊りたくなる と暗示をかけると、相手の人は普通に会話していて、運命の音楽をかけた途端、服を脱いでいく。
音楽を止めると、「いや 失礼」と急いで服を着るが、また音楽を流すと脱ぐ。
音楽を止めると、「なんか 暑いですよね~」と言い訳をする。

行動のトリガーが、音楽だとはわからないので、自分が公衆の面前で服を脱ぎたくなるのが理解できず、暑くてしょうがないのだろうと推測するしかないわけです。



>目には見えないはずの近い未来をどうして察知できるのでしょうか?

デ・ジャ・ビュの正体 ご存知でしょうか?
脳が省エネモードの時に起こりやすい。
今体験していることを、今ではなく過去と脳が誤認識したもの。


未来を的中させる実験。
占い師・刑事・統計関係を専攻とする大学生。
一番当てたのは大学生。偶然の確立以下の的中率だったのが占い師。


虫の知らせも、分析すればそうなるトリガーがあったはずです。
ただ、本人はトリガーを意識していないので、「なんで予見できたのだろう」としか思えないわけです。


カルト宗教の教祖のほとんどは精神的に問題がある。
自分は神から啓示があったと言う。
彼らが犯罪を犯して逮捕されて、精神病だったとわかることがある。
ある病気は、100人に1人の割合で発病するとってもポピュラーな病気。
恐らく古代よりあったのでしょう。

この病気にかかると、自分の思考なのか外からの情報なのか区別がつかなくなる。
時には患者は「電波で伝えてきた」「エレパシーで直接脳に伝えてきた」と表現する。
自分が過去の読んだ本の内容にすぎないと、認識できない。

だから、「自分はかつてイエスだった 仏陀として生まれたことがある」とか言い出して、過去に本で読んだ内容を自分が過去世で語ったことだとして、教団を立ち上げるわけです。

彼らは病識(病気の自覚)が無い。

虫の知らせ、むな騒ぎということになった誘因があったと認識できない人も同様です。誘識が無い とでもいいましょうか。


そういえば、子供の頃、ラジオでルーレットゲームがあり、どの数字か当てるってコーナーがあったんですね。
グルグルグルって音が出ている最中に、私の脳にある数字がひらめく。

その番組は視聴者の1人と電話でつながっていて、視聴者が数字を言う。
結果が出る。
その結果の数字は毎回私がひらめいた数字だった。
100%の正解率。
予知能力者か あたしは? と思ったが、、、恐らく記憶のすり替えでしょうね。
結果の後、私はその前にその数字を想起した経験があると、脳が記憶を摩り替えていたんだと思います。
デ・ジャ・ビュみたいなもの。
むかしから ぼーっとしたお子さんだったので。笑

この回答への補足

誤)確立→確率です。すみませんでした。

補足日時:2009/08/13 23:03
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この回答へのお礼

起きて、目を開けて、行動をしていても、自分の意識範囲を全部使いこなしてフル稼働させているわけでは、ないのですね。
無意識となっている部分に、トリガーとなるキッカケが訪れたとき、脳での記憶や目に映ったものが、あたかも未来を予測したように思える…しかも、キッカケが訪れたことや何がキッカケか分からないとなると、
摩訶不思議としか感じられない。。。からくりが解けてきました。
暗示や啓示は、洗脳された上に、興味や関心を引かれる何かがあって、追求してしまうような、意図的な部分も大きいと気付きました。(この場合の予感は、勘違いの可能性が大きいですね。)

私も、かなりぼーっとしているせいでしょうか…デジタル時計の数字が、見るたびに誕生日である確立が、何故こんなににも多いの?などと思ってました。(笑)

ありがとうございました。

お礼日時:2009/08/13 22:53

意識しすぎの気のせい。

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この回答へのお礼

意識し過ぎると、想像や妄想は、大きくなるし、それが期待や不安につながることもありますね。。。

ありがとうございました。

お礼日時:2009/08/13 17:31

自分が思うに、今まで得てきた様々な情報を、極めて敏感で繊細な感受性と分析力で、無意識のうちにまとめ上げて生み出した、現段階での‘答え’なのだと思います。


人間の得られる情報というのは限られていますので、「虫の知らせ」「胸騒ぎ」というのは当たる事もあれば外れる事もある訳です。
で、それが当たった時にだけ「虫の知らせってあるんだ」と信じるのが人間の心理な訳ですね。

例えば、飛行機に頻繁に乗る人であれば、周囲の人はそれだけ「飛行機事故に会うのでは」という心理が強く働くわけですね。これが最もシンプルな「虫の知らせ」の形で、それが本人が自覚出来ないくらいよりデリケートで緻密な情報分析による予測となると、それがあたかも何も根拠も無くフとわいたような「虫の知らせ」になるのではないでしょうか。

透視、千里眼、予知・・・等、脳を使う「超能力」と言われる類のものは、全て同様の「極めてデリケートで緻密な情報分析」により起こるものなのではないかと思います。

この回答への補足

先に訂正で失礼します。
質問文中・掲示でなく、啓示でした。
すみませんでした。

補足日時:2009/08/13 16:50
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この回答へのお礼

虫の知らせを聞くことが出来るのは、豊富な経験・知識あっての、見通しの出来る範囲から導き出された答え、と言うことですね。
確かに、初めてや不慣れなことには、脳どころか感覚さえ使うのが困難な気がします。
デリケートな情報分析には、仰るように、ある種の恐怖感も隣り合わせでなければ、ならないのでしょう。

ありがとうございました。

お礼日時:2009/08/13 17:21

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Q『虫の知らせ』の『虫』の種類を教えてください。

といいますか、『虫の知らせ』この言葉の起源は何ですか?

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藤田紘一郎先生が、「虫の知らせ」の虫は回虫であるということを、確かにご本の中に書いておられましたね。典拠があるのかどうかは失念いたしましたが、なるほど、一番合理的な説明かもしれないと思いました。でも、語源的には、「三尸虫」の説明のほうが本当っぽいですね(すいません、私には答えはわかりません)。

ただ、日本語の「むし」というのは、鳥獣魚介を除いた生き物のすべてを指していたようです。ですから、蛇もカタツムリも、それから見たことはないけれど、腹の中にいるらしいものも、みな「むし」だったのだと思います。

日本語の「おに」という言葉と、ちょっと似ているところがあると思うのです。「おに」は、敵対するもの、正規のメンバーに数えられないものは、みな「おに」になってしまうわけでしょう? 「死者」も「もののけ」も「異民族」も「朝廷に反抗する地方の民」も・・・、みな「おに」と呼ばれましたから。

「むし」も、鳥獣魚介としてカウントされないもの、わけのわからない生き物などは、一緒くたに「むし」と呼ばれていたのではないでしょうか。

「むし」という言葉の語源も、諸説あるでしょうが、「生し(むし)」(お寺さんの庭石など、苔が生すって言いますよね)に由来するという説があります。何か、こう、生まれてくる雑多なもの、というイメージなのでしょうか(参考URLをご覧ください)。

ですから、「むし」の正体については、私はわからないのですが、こういう、雑多なカウントされないものが知らせてくれる「認識外」の知という語感がそもそもあったのではないかと、私などは想像します。

また、「虫の知らせ」というと、語源としては、「体の中のむし」がメッセージを伝えてくれるということなのでしょうが、実際には、外から来た虫が何かを知らせてくれたということもあるでしょう。
ユングの著作の中にも、氏がある答えを探して思念していたときに、窓ガラスにコツンと当たるものがあり、窓をあけてみるとそれが「スカラベ(カブトムシ)」で、それにより答えが与えられたというエピソードがあるそうです。

あまり回答になってなくてすみません。

参考URL:http://www.surugaya.com/kodawari/mushiyomo/index.html

藤田紘一郎先生が、「虫の知らせ」の虫は回虫であるということを、確かにご本の中に書いておられましたね。典拠があるのかどうかは失念いたしましたが、なるほど、一番合理的な説明かもしれないと思いました。でも、語源的には、「三尸虫」の説明のほうが本当っぽいですね(すいません、私には答えはわかりません)。

ただ、日本語の「むし」というのは、鳥獣魚介を除いた生き物のすべてを指していたようです。ですから、蛇もカタツムリも、それから見たことはないけれど、腹の中にいるらしいものも、みな「む...続きを読む

Q虫の知らせ

 虫で検索するとたくさんのご質問があります。

 でも私のどうしても知りたいことにはめぐり合えませんでした。
 どうかよろしくお願いします。

 “虫が好かない”、“虫唾が走る”、“虫の知らせ”、“虫がいい”、“腹の虫が収まらない”というのが共通している“虫”かどうかは存じませんが、これら、又は、この中のどれかで、その“虫”とはこういうことだよと、教えて頂きたく、質問の投稿を致します。

 どうかよろしくお願い申しあげます。

Aベストアンサー

語源ですね。
参考までに↓
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1111714931?fr=rcmd_chie_detail

http://www.melma.com/backnumber_164809_3484545/


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