泣きながら食べたご飯の思い出

官僚は2流の東大生がなるものですか?

A 回答 (3件)

タイトルと本文の言ってることは似て非なるものだと思いますが…



まあどちらにしても、世の中に「○○は××である」と単純に割り切れるものではほとんど無いでしょう。
特に、このような多数の対象をまとめた概念については尚更です。
にもかかわらず、多くの人がステレオタイプで物事を判断するのが好きですね。

社会、政治、経済等いずれも、長い間の歴史や、多くの関係者の思惑、また偶然などが重なり合って今があるものなので、
いくら勉強しても真実に近づくのは難しいし、ましてや簡単に理解することなど不可能です。
(それでも地道に勉強するしかないのですが。)
そんなとき、「悪者は○○だ!」と決め付けると、自分が持っているほんのちょっとの知識でも、
物語のようにうまく説明できてしまうのですね。

また、楽な思考方法であるというだけでなく、
悪人だ、怠慢だ、強欲だ、愚かだと見下すステレオタイプは、自分を優位に置きやすいです。
このことは戦争や人種差別、性差別、パワハラやDVなどさまざまな場面で行われています。
相手側に、そのような負の要素が一面としてあるかもしれませんが、
それを全体像であるかのように解釈して攻撃します。

官僚の仕組みや現状に問題があるのは事実と私も思いますが、
「問題がある」ことを「害悪でしかない」とまで拡大解釈するのは危ういことだと思います。

世の中には、不満のある相手でも、手を組んで協力し合わなければならない場面は多くあります。
パワハラ上司やライバルの同僚とも、他社に勝つためには協力するでしょうし、
ふだんいがみ合っているご近所のAさんと、地域にゴミ処理場を建設されないよう住民運動を起こすこともあるでしょう。
地域のライバル社同士が協力して大資本の参入を防ごうとすることもありますね。
国と国との関係でも見られます。

官と民、または政・官・財は互いに煙たい存在であり、また無くてはならないパートナーでもあります。
今、官僚排除が声高に叫ばれていますが、私には人気取りや、政・財の癒着を残すことの目くらましにも感じられます。

例えば財が暴走したとき、指導や規制をかける権限は行政にしかありません。
民間企業にそのような権限は無いのですよ。

政府や行政が存在しなくても、人間が生きていけないことはないですが、
私はそんな国はまっぴらです。
気分で官僚を叩いてると、少なくとも庶民層はとんでもないダメージをくらいかねないと思いますよ。
どこをどのように正すべきなのか、
一言に「国民」と言っても、人によって利害が異なる以上、どこを妥協点とすべきなのか、
気分ではなく真面目に考える必要があります。

参考に
「行政は必要ですか」
http://oshiete1.goo.ne.jp/qa2989601.html
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この回答へのお礼

回答ありがとうございました。

イメージだけで物事を判断してはいけませんね。

お礼日時:2009/08/26 14:50

入るまでは優秀なのですが、入ってから腐り始めます。


・もう作り変える時代がきました。民営化を断行しましょう。
小さな政府をつくりましょう。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございました。
組織によって個人がだめになってしまう場合もあるのですね。

お礼日時:2009/08/26 14:51

人間、磨かれなければ光りません。

自らの意思を持ち出し始めている官僚の組織は、磨かれる所でしょうか?自ら磨くことは、多くの人間にとっては難しいことです。両親の保護の下、勉強で一番を目指す、それは明らかな指標があって楽なものです。
磨かれなくなれば、その辺の石ころと変わらなくなります。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございました。

常に向上心を持ちたいですねえ。

お礼日時:2009/08/26 14:52

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