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はじめまして
以前テレビで江戸時代などに矢のかわりに使用する目的で庭などで栽培していた(硬い?鋭い?)植物を見たことがあります。
その植物の詳細を教えてください。
よろしくお願いいたします。

A 回答 (4件)

お礼に対する再度の回答です.



>テレビで見たときは竹には見えず、
>大人の膝下ぐらいの植物に見えました。

まず質問に『矢』として記述があるので,他の回答者同様,
『弓』に使用する『矢』の連想から考察し先の回答になりました.

矢の長さは,
使用する人物の身長に比例して長さが決まります.

つまり,江戸時代に弓矢の弓として使用されていたものであれば,
当時の武士階級の身長にあわせて矢の長さがほぼ決まるのです.
そこで考古学的に身長の数値を考えると,
当時の平均身長は1.5~1.6メートル程度と考えられています.
この数値の根拠を説明すると,江戸時代の一般的な埋葬法として,
遺体を陶器製の甕棺や,木製の棺(寝せ棺)や棺桶(座り棺)に納める,
土葬方式でしたので,当時の多くの遺骨は残っています.
発掘の際にその大腿骨を計測し,その長さから解剖学的に身長が推測されたものです.

私も随分昔の1966(昭和41)年ころに,
福岡市西区有田の丘陵地にあるお寺の広大な墓地を整理して,
墓地の一角に納骨堂を建立する際に,納骨堂の基礎工事に先立ち,
それまでの古い墓地の発掘がおこなわれましたが,
その改葬で発掘する際に立ち会った事がありました.
その時,掘り上げられていたのは,墓碑名から判断されたのですが,
江戸時代の直径約1m程度の陶器製の甕棺でした.
多くの甕棺から拾い上げられた遺骨は,その横の地上に一旦並べられていたので,
手に持ち自分の足と比較した経験があります.

そこで弓矢の矢の話に戻りますが,例えば1.6mの身長の場合,
人は両手を水平に広げた時にはほぼ同じ1.6mになるのです.
その場合の水平に両手を伸ばし,利き腕を肩に当てた両手の間隔(弓を構えた状態)に,
一握りの長さを加えたのが,弓の基本的な長さになるのです.

弓矢は武器であり,武器としての矢にも当然殺傷能力を最大限求めます.
矢の『到達有効距離』や『貫通力』などの『武器性能』を最大限に引き出すには,
弓道での持ち方は知りませんが,少年期の体験を含めて説明すると,
弓のツルに,矢の矢羽より後部切り口『矢尻』を乗せるようにして,
親指と人差し指の第一関節の部分で強く挟み,
それを弓から引き離し最大限引き絞った状態で狙いを定めてから矢を放つのです.
そうなると,当時の戦に出る成人の場合は最低でも1mの長さが絶対的に必要になるのです.
多分1mの矢も無いはずです.

>「大人の膝下ぐらいの植物に見えました。」
この場合,現在の身長1.6mの人物の膝下の寸法は50~60cmの間になります.
その長さから直線部を使用し矢を作るとすると,その長さはもっと短くなります.
「殺すか殺されるか」の生命をかけて戦う戦場では,
当然絶対的な殺傷能力が必要な武器としての『矢』は,
お話のものから取れる長さの矢では威力が落ちまったく意味をなしません.

ちなみに,武器としての和弓は昔から全長2m程度の長さがあります.
現在弓道に使用されている矢で,1m以下の物は,
『絶対』を付けてよいほど「間違いなく存在しない」と断言できます.

ちなみに故郷:宮崎県は,現在日本国内で『和弓』の生産量が一番のところです.
弓道に関係した人物であれば,宮崎県都城と言えば,
そこで作られる弓道製品の優秀さは誰でも知っているはずです.

宮崎県串間市の『四間的(しはんまと)』名付けられた
戦国時代から武士以外の農民や町民が使う弓矢の競技があります.
射場から的まで四間半,弓・矢ともに四尺五寸,的が四寸五分で,
全て四半であることから四半的と呼びます.
戦に援軍として出兵した農民に,褒章みたいな感じで許可が出たと聞いています
4間(約7.2m)離れた先の的を射る,娯楽競技として発生したからです.
1間は約1.8mです. 弓・矢・的の寸法の四尺五寸は,約1.65mの長さになります

一般的にTVや映画などで時代劇製作の場合,
『時代考証』を担当する専門の人物がいます.
歴史物などでまじめに製作される映画などの場合,
例えば,NHKの歴史大河ドラマなどの忠実性を求められる場合は,
その時代にあった風景や家並みなどを当時の状況にあわせ,
道具や小物を再現し現実感を醸し出して撮影~映像化するのです.
ご質問の映像はその時代的知識が乏しい人物が監督されていた可能性も考えられます.
ただし『バラエティー的や漫画的な映画』などの場合は,
厳密な時代考証を省略している場合もあります.

または単に庭の飾りの下草として,笹が植えられていた可能性も考えられます.

またはその番組のシーンを好意的に考えた場合,
庭の矢竹が生育途中の苗の状態であった設定だったのかもしれません.

また考えられる事は,ご質問の
>「以前テレビで江戸時代などに矢のかわりに使用する目的で
>庭などで栽培していた(硬い?鋭い?)植物を見たことがあります。

>『矢のかわりに使用する目的』のこの意味は,
つまり「矢のかわり」に使用されたとする弓を使った『もの』としては,
『矢』以外に浮かんできません.
かわりに使うとしたら,武器として完成された,
またはそれに順ずる物があるのでしょうか?
弓矢の矢としては,先述したように武器としては短すぎて意味を成しません.
質問者さまがどのような理由で,そのような意味を知ったのでしょう.

それに近い弓を使わない小物の武器として考えられる物に,
小柄(こずか)と呼ばれる,日本刀の鞘(さや)に差している,
細身の特殊な小刀がありますが,
時代劇で武士が瞬時に鞘から外し,隠れた場所に要る曲者に突然投げつける,
あのシーンで使われる刃物です.

小柄の刃は金属でできております.瞬時に必要な物を庭に植えているだけでは,
敵が襲ってきて瞬間的な小柄を投げなければならない緊急時に,
竹や笹などを使おうとすると,まず手で折り取り葉を外し
小柄や手裏剣のように投げつける手順になり,とても短時間では不可能です.
しかもこれらは繊維質が縦方向のために,折れるだけで手による切断はできません.

では竹や笹を事前に武器として製作していれば,当然乾燥して保存するために
重さがなくなり軽すぎて武器的な意味合いはまったくありません.
そのため竹・笹などには金属の刃先を使わねば,武器としての効果はありません.
そのような物があれば武器の名として知っているはずですが…
それより,庭に敷き詰めた小石の方が,攻撃や防御の役に立つでしょう.

こうなると,やはり笹や竹では「弓矢の矢」の用途以外,
他の武器は思い浮かびません.

ご質問に対する回答は,これが限界でしょう.
もし質問が有る場合は,極力詳細な記憶情報を加え別の質問でお願いします.

充分な記述時間が無く,
休み時間などに少しずつ書き重ねており読み直す時間がありません.
重複や文章表現の誤りなどあるとかと思いますが,
その場合,ご質問者さまの既知にてご判断され読み進めてください.
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この回答へのお礼

丁寧なご回答ありがとうございました。

お礼日時:2009/10/11 07:50

こんにちは.



>『矢のかわりに使用した植物』
>はじめまして
>以前テレビで江戸時代などに
>矢のかわりに使用する目的で庭などで栽培していた
>(硬い?鋭い?)植物を見たことがあります。
>その植物の詳細を教えてください。

分類:イネ科 ヤダケ属
和名:矢竹 (「へら竹」とも呼ばれる)
学名:Pseudosasa japonica

ご質問の「矢の代わりに使用する」は誤りです.
本来「弓矢の矢」として使用されていたのは,
当初から竹で作られていたのです.

この竹の特徴としては,その断面は筒状で,
節の凸部分の出っ張りが少なく,
更に節間が長いために矢を作るのに適していたからです.

なお魚釣りの際に使う「釣り竿」に使用するところから,
別名として「へら竹」とも呼ばれています.

私の住む「福岡市」は,
江戸時代の基本的な名称として,
町人の街である『博多』部と,
お城を中心に武士が住む『福岡』部と呼ぶ
ふたつの区域から構成されていました.

この両地域を分けるのが,
福岡平野を縦貫し流れる『那珂川』です.
その那珂川を境に東側を『博多』,
西側を『福岡』と分けて,現在も使用されているのです.

当時の下級武士は,俸禄だけでは食べる事ができないため,
戦の無い日常は生活のために畑を耕していたそうです.
さらに家の周囲に高級武士の様に土塀を作る余裕も無く,
代わりに家の周囲を囲む垣根として見栄えもよく,
さらに戦時に必ず必要な『矢』の材料となる
『矢竹』を一石二鳥として植えていたそうです.

『珍竹林(チンチクリン)』と言う言葉がありますが,
その意味は,足軽などの下級武士は
武士とは言え,実際の日常生活は苦しく,
畑を耕す百姓の様な生活部分を多く持つ事から,
その様な下級武士のチグハグな所を揶揄する意味で,
『珍竹林』と言う様になったそうです.

現在「福岡都市高速“百道(ももち)”出入り口」の,
陸側にある「地行(じぎょう)」と言う地名がありますが,
そこは幕藩時代には,下級武士の居住区域であったことから,
そこでもご多分に漏れず,垣根に「矢竹」が植え込まれていたために,
昔は「地行の珍竹林」と呼ばれていました.

もちろん現在は,地行浜の沖合いが埋め立てられ,
病院・商業施設・放送局・福岡ドームなどが立ち並んでいます.

それでも本来から存在する地行地区は,
今でも近所付き合いが濃密な下町の風情が残っています.
私も少年期から青春時代を一時過ごした懐かしい地区です.

この回答が,ご質問者さまの疑問解消の一助になれば幸いです.
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この回答へのお礼

丁寧なご回答ありがとうございました。
テレビで見たときは竹には見えず、大人の膝下ぐらいの植物に
見えました。

お礼日時:2009/09/27 08:06

ヤダケ(矢竹)でしょうか?



http://www.geocities.jp/kasugayamamap/yadake.htm
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございました。

お礼日時:2009/09/27 08:07

普通は、篠竹という笹です。


http://www.edu.city.kyoto.jp/hp//takenosato-s/ta …
武家屋敷の裏には大抵竹林があります。防風林やかご細工などに使う用途もあります。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございました。

お礼日時:2009/09/27 08:07

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