痔になりやすい生活習慣とは?

日本語「見る」「見せる」「見させる」の違いを説明してください。
特に「見せる」は文法上、どのように説明したら良いのでしょうか。
よろしくお願いします。

このQ&Aに関連する最新のQ&A

A 回答 (3件)

・「見る」は、自分の視覚で見ること。



・「見せる」は、相手から見えるところに物を差し出す、など。
 <例> 「『これね、この前旅先で撮ったの』と言って彼女は写真を見せた。」

・「見させる」=「見(る)」+使役の助動詞「させる」 ・・・ 見ることを強制する、など。
 <例> 「うるさい音が嫌いな老人に、民放のクイズ番組を見させては駄目だよ。」

>>>特に「見せる」は文法上、どのように説明したら良いのでしょうか。

一つの動詞と考えるのがもっとも合理的で、辞書でもそうなっています。
http://dic.yahoo.co.jp/dsearch?p=%E8%A6%8B%E3%81 …

なお、No.1の方のご回答が気になりましたが、
「見せることを指示」する場合は「見させる」ではなく「見せさせる」になるかと思います。
    • good
    • 2
この回答へのお礼

よく分かりました。ありがとうございました。
しかし、また新しい疑問が湧いてきました。
また質問しますので、その時は、またよろしくお願いします。

お礼日時:2010/06/02 23:09

私の出身地域の方言かもしれませんが…



見るのを嫌がる人に強制的に見るようにさせるときも、見させる、といいます。

#1さんの表現を使えば、(見させるですが)AとBの関係(見るのはBの人)です。
    • good
    • 2
この回答へのお礼

ABCを使って、学生に説明してみます。ありがとうございました。

お礼日時:2010/06/02 23:04

見るは自発的な行動で、主語となる対象の行動です。


仮にAとするとAが「見る」わけです。

見せるは他動的な行動で、主語となる対象が、第三者になにかを「見る」ことを指示することです。
AとBとすると、主語となるAではなく、Bが「見る」わけです。

見させるは「見せる」ことを指示することで、主語となる対象が、再三者がその他の第三者に「見る」ことを指示することを指示することです。
AとBとCとすると、Cが「見る」ことです。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

早速の回答、ありがとうございました。

お礼日時:2010/06/02 23:02

このQ&Aに関連する人気のQ&A

番組 嫌いな」に関するQ&A: 皇室のなぞ

お探しのQ&Aが見つからない時は、教えて!gooで質問しましょう!

このQ&Aを見た人はこんなQ&Aも見ています

このQ&Aを見た人が検索しているワード

このQ&Aと関連する良く見られている質問

Q見せると見させるの違い

外国人に「見せると見させるの違いは何ですか。どのように使い分けますか」と質問されましたが、どのように説明すればいいでしょうか。
いろいろな使用例を見ると同じ意味で使っている場合も多いようですが、働きかける相手に自発性の有無(そんな記述も見かけたのです)とか、相手に見るように使役する意味を持つとかで使い分けている場合もあるようですが、例えば「姿を見せる」の場合は自発性などないが使役の意味もなさそうです。
そのようなことを考えているとすっかり混乱してしまい、明確な説明に行き詰まっています。いっそのこと、自発性の有無を考慮せず、次のように割り切ればいいことなのでしょうか。
・「見せる」=相手から見えるところに物を差し出す
・「見させる」=使役の助動詞を使っているので、見ることを強制する

Aベストアンサー

【見せる】には多様な意味がありますが、今回の場合、大辞林の【(1)人に見させる。示して見えるようにする。】という語釈がご参考になると思います。
http://www.excite.co.jp/dictionary/japanese/?search=%E8%A6%8B%E3%81%9B%E3%82%8B&match=exact&itemid=DJR_miseru_-010
「人に見させる。」
「示して見えるようにする。」
という2つの意味があることになります。
(例1)『あの映画を彼に見せるつもりだ』
(ア)「彼を映画館に行かせて、上映中のあの映画を見せるつもりだ」(「人に見させる。」)
話者は「見る」という動作に直接的には関わらない。
(イ)「私が( DVD を操作するなどして)あの映画を彼に示す(見せる)つもりだ」(「示して見えるようにする。」)
話者は「見る」という動作に直接的に関わる。

【見させる】
使役の助動詞が使われていますので、強制的(強引)に何かをさせる、という使役の意味になります。
辞書にあるように、不干渉・放任といった意味を分けても構いませんが、これも消極的強制には違いないので、今回は、同じ「使役」としておきます。
(例2)『あの映画を彼に見させるつもりだ』
(ウ)「彼を映画館に強制的に行かせて( OR 連れて行って)、強引にあの映画を見せるつもりだ」
(エ)「私が( DVD を操作するなどして)強制的にあの映画を彼に示す(見せる)つもりだ」
(オ)「私が花子に強制(指示)して、あの映画を彼に見させるつもりだ」

少しまとめてみると、
【見させる】と【見せる】は似通った意味を持つ。
ただ、【見させる】には、「強制」「強引」という要素が顕著である点、また、第3者の介入も想定可能な点が「見せる」との大きな違い。
ということが言えるように思います。

【見せる】には多様な意味がありますが、今回の場合、大辞林の【(1)人に見させる。示して見えるようにする。】という語釈がご参考になると思います。
http://www.excite.co.jp/dictionary/japanese/?search=%E8%A6%8B%E3%81%9B%E3%82%8B&match=exact&itemid=DJR_miseru_-010
「人に見させる。」
「示して見えるようにする。」
という2つの意味があることになります。
(例1)『あの映画を彼に見せるつもりだ』
(ア)「彼を映画館に行かせて、上映中のあの映画を見せるつもりだ」(「人に見させる。」)
話者は...続きを読む

Q「見る・見せる・見させる」などの動詞について

1.「見る・見せる・見させる」は次のように使いますが、それぞれの場合の実際に「見る」という動作主体は誰ですか。その場合の人物は「自分(話し手)A」と「相手(聞き手)B」とします。A、Bで答えてください。
  絵を見る(   ) 絵を見せる(   ) 絵を見させる(   )
  着物を着る(   )着物を着せる(   )着物を着させる(   )
2.また、このように三つの言い方が揃っている動詞をご存じなら、教えてください。
   《この質問は、使役態(使役形)に関する一連の質問の一つです》

Aベストアンサー

う~ん、主語と話し手がごっちゃになっているような。
「絵を見る」だけでは主語が話し手かどうかは分かりません。
そこはちゃんと指定しないといけません。

たとえば、
X:太郎は何をするの?
A:絵を見る。(話してはAですが、主語は太郎です)


Aが絵を見る(見るのはA)
AがBに絵を見せる(見るのはB)
AがBに絵を見させる(見るのはB)

Aが着物を着る(着るのはA)
AがBに着物を着せる(着るのはB。ただし、Bは何もせず、ただ突っ立っているだけで、AがBに着物を掛け、帯を結んでやっている)
AがBに着物を着させる(着るのはB。Aは指図をするだけ)


>三つの言い方が揃っている動詞

この三つの動詞形が揃うためには以下の二つの条件を満たす必要があります。
1.元が他動詞であること(見る、着る)
2.「させる」が付く活用でなければならないので、上一段か下一段活用であること

何とか絞り出したのがこれ。

似る 似せる 似させる
浴びる 浴びせる 浴びさせる
寝る 寝かせる 寝させる

Q見せる見させる着せる着させる

こんにちは。
これは韓国の「質問&回答」の問題です。
なんとなく僕はそれぞれ「見させない、着させたが回答のような気がしますが、間違いでしょうか。ご指導をお願いします。

* 田中選手はもともと 弱みを 他人に (㉠見せ/㉡見させ)ない.
* 母親は 娘の 亡骸に 純白の ウェディングドレスを (㉠着せた/㉡着させた).

Aベストアンサー

見せる⇒自らの意志および行動によって他者に何かを見えるようにする行為
見させる⇒他者に命令するなど、能動的に働き掛けることで他者が何かを見るように誘導する行為

着せる⇒自らの意志および行動によって他者に何かを着用させる行為
着させる⇒他者に命令するなど、能動的に働きかけることで他者が何かを着用するように誘導する行為

それぞれの言葉を噛み砕くと上記のような内容になると思います。
従って普通に考えて、見せる、着せた、が正しいと判断します。

Q「見せて頂く」という日本語の使い方は正しいですか。

最近「○○させて頂く」という言葉遣いをよく耳にしまして、凄く気になるので気をつけてはいるのですが…

例えば会社などで、「資料作らせて頂きました」とか、「私が担当させて頂きました」などははっきりとおかしな使い方なのだと分かります。

又逆に「フリーペーパーを(お店に)置いて頂く」ですとか、「お客様にお召し上がり頂く」などの使い方は間違ってないのだと判断しています(あってますか??)。

ただ、この間「出来上がった写真を見せて頂く」のような表現を耳にしまして、この使い方は正しいのだろうかと思い、質問しました。
『拝見した』『お見せ頂いた』など別の言い方も考えられると思うのですが、「見せて(或いは見させて)頂く」自体はどうなのか。どなたかご教授お願い致します。

Aベストアンサー

コールセンターの管理に従事していた関係で、敬語の使い方については気になります。私の思うことをコメントさせていただきますので、正しいか否かは分かりません。

先ず、「資料作らせて頂きました」、「私が担当させて頂きました」については、質問者様は正しい使い方はどのようにお考えですか?(参考にさせて頂きたいので。←このように使ってしまうのです^^;)

恐らく二重敬語になっているのでは?とお考えなのでしょうか?
敬語は基本的に「動詞+れる(られる)」や、「動詞+~せて(させて)いただく」となっているので、「作る+られる」と「頂く」が重なっているため二重敬語と判断できると思います。
なので私が校正するのであれば「資料を作成致しました」が無難だと考えます。故に後者も「担当『させて』『頂く』」が二重敬語と判断し、「私が担当致しました」となるかと思います。

ですが、既に回答されている方のコメントにもありましたが、日本文化の相手の関係性から自身を「へりくだる」表現として、二重敬語は当たり前のように使われていることも事実です。「日本語」としては正しくなくとも、慣例化されている例と言えるのではないかと思います。

明らかに間違いと言えるかどうかは「尊敬語と謙譲語を誤って使用する」ことではないでしょうか?ですので、この例では二重敬語ではありますが、明らかに間違いか?と言えば・・・日常生活の上では、そうとも言い切れない気がします。(日本語としては正しくありませんが。)

では次ですが厳密には前後の文にも関わってくるかと思うのです。(それは最初の文もそうなのですが)

敬語には正しく分類すると3種類ありますよね?
尊敬語、謙譲語、丁寧語。なので、会話している相手との関係性や、文章全体として成立しているか否かなどの判断が必要になると考えます。

「フリーペーパーを(お店に)置いて頂く」
↑の場合、関係性は相手が上、自分が下とハッキリしたものがあるので、使う言葉は尊敬語+謙譲語になります。「お店に置く」という行為はお店側に対して尊敬語として表現すべきだと私は考えるのですが、そうなると「置かせていただく(=動詞+~せて(させて)いただく)」が正しいのではないかと思います。

「お客様にお召し上がり頂く」
↑これは文章として抜粋の形式で「~頂く」の後にどのような文章が続く前提なのかによって回答が違う気がします。

誰かにお客様へ「このお菓子をお客様に食べてもらって」と依頼(命令)するような想定では、「お客様にお出ししていただけますか?(依頼系の丁寧語)」という表現が適切のように思います。
恐らく、お客様の前で「お客様」とは言いませんので、お客様に食べていただく「前提」か「報告」になるのかと想定するのですが、「報告」の場合は「お客様『に』」という「てにをは」の部分で違和感が生じるので、「報告」では「お客様『は』お召し上がりになりました」でよいように思います。

さて、前置きが既に長くなっておりますが、本題の「出来上がった写真を見せて頂く」も、会話の相手や会話の流れで異なるように思います。
正しいか正しくないかだけで言えば、「動詞+~せて(させて)いただく」の文章で構成されているので正しいと言えます。

ここで「拝見」という動詞を変形させた尊敬語が登場するわけですが、「見せていただく」を「拝見」という言葉に変化させる場合には、より丁寧な尊敬語を使っているという認識かと思うのです。

分かりやすい例で申し上げますと、「~です。~ます。」という「ですます調」という言い切り方がありますが、これは丁寧語です。なので敬語となるわけですが、より丁寧に表現するのであれば「ございます」という言葉に変化します。

「見せてもらう」という行為を第一段階で丁寧にするなら「見せていただく」。もう一段階アップするのであれば「拝見する」となると思うのです。

「出来上がった写真を見せて頂く」も文章として言い切ってない(終わっていない)ので、前後の流れでの変化が予想されますが、いくつか例を挙げてみます。

<許可を取る>
Lv1:「~見せて頂いても宜しいでしょうか?」
Lv2:「~拝見しても宜しいでしょうか?」←ここで「拝見『させて』を使用するのは明らかに二重敬語です。

<事後報告>
Lv1:「~見せていただきました」
Lv2:「~拝見致しました」←するの丁寧語は「致す」です。

仕事柄、日本語を正しく使う勉強をしているものの、正しいか正しくないかということだけでなく、慣例化されている言葉は沢山あることも学びました。

よく「とんでもございません」と耳にしたり、お使いになる場合もあるかと思いますが、これは日本語としては全く正しい言葉ではありません。正しくは「とんでもないことでございます」となります。ですが、そのようにおっしゃっている方は・・・私はお会いしたことはありません。

日本語はとても美しい言葉だと思っているので、私ももっと勉強して正しく綺麗な日本語を話せるよう努力したいと思っております。

コールセンターの管理に従事していた関係で、敬語の使い方については気になります。私の思うことをコメントさせていただきますので、正しいか否かは分かりません。

先ず、「資料作らせて頂きました」、「私が担当させて頂きました」については、質問者様は正しい使い方はどのようにお考えですか?(参考にさせて頂きたいので。←このように使ってしまうのです^^;)

恐らく二重敬語になっているのでは?とお考えなのでしょうか?
敬語は基本的に「動詞+れる(られる)」や、「動詞+~せて(させて)いた...続きを読む

Q「~になる」と「~となる」の使い分け

複数の人で手分けして報告書を作成しており、現在校正中です。
今悩んでいるのは、ある人は「~になりました。」と書き、別の人は「~となりました。」と書いているところがあり、報告書全体としては「に」と「が」が混在している状態なので、この表記の揺れをなくすために、どちらかに統一すべきかどうか、ということです。
「に」でも「と」でも全体の文意は同じのような気がするのですが、ニュアンスや文法的な違い、あるいは使い分け方法があれば教えていただきたいと思います。
よろしくご教示のほどお願いいたします。

Aベストアンサー

格助詞「に」と「と」の違いですね。この質問は過去に2,3回ありましたのでその1つを1部付け加えて回答しておきます。
「に」「と」はともに帰着または結果を表しますが、ニュアンス的には少し違いがあります。
「雨が降れば川になる」というのは平板で当然の帰結としての言い方の場合は「に」
「蛇行を繰り返し小川や多くの支流を集めて大河となる」のように紆余曲折を経る場合は「と」です。
「すったもんだの末、結局彼が村長となった。」
「すんなりと彼が村長になった」
あなたの会社の報告であれば:
「計算の結果予算は○○円になりました。」
「いろいろ審議を重ねて検討した結果○○円となりました。
また、「へと」と 「へ」との違いについての質問にも私が回答したのがありますので参考にしてください。

参考URL:http://okwave.jp/qa1126103.html

Q「~やら~やら」と「~とか~とか」の違い

物事を複数並列する時に「~やら~やら」と使っていますが、
最近の若者がよく使っている語で、同じようなものに「~とか~とか」があります。
「~やら~やら」と「~とか~とか」は、どう違うのでしょう?
なんとなく用法が違うとは思うのですが、正確にはわかりません。
以前から気になっています。どうぞ御教示ください。

Aベストアンサー

「~」の部分に入るものを名詞に限定して書かせていただきます。

「~やら~やら」には意味が二つあります。
1 名詞の並列
  例:スーパーでパンやら牛乳やら買った。
2 どちらか決めがたいことをあらわす。
  例:真っ黒に日焼けして、どちらが前やら後ろやらわからないほどだ。

それに対して「~とか~とか」には、
1の名詞の並列の意味しかありません。

それでは
「スーパーでパンやら牛乳やら買った。」

「スーパーでパンとか牛乳とか買った。」
は完全に同じ意味でしょうか?

ここから先は、個人の語感によって、或いは世代によっても意見が分かれそうな部分ですが、
私は「パンやら牛乳やら」からは、並列の意味に加えて、「いっぱい」や「必要もないのに」という印象を受けます。
「パンとか牛乳とか」の方は並列の意味に加えて、ちょっとあいまいに表現しようという気持ちが感じられます。

これは例文を変えてみるともうちょっとはっきりするかもしれません。
1「バーゲンでコートやらスカーフやらいっぱい買ってしまった。」
2「バーゲンでコートとかスカーフとかいっぱい買ってしまった。」
1の方がいっぱい買ってしまった感が強いような気がします。
2の方は普通の並列ですが、この言葉を言う人によっては、本当はコートとスカーフ以外に重要なものを買ったんだけどそれをわざとぼかして言っているような感じも受けるかもしれません。

1「彼女の気を引くために、バッグやらアクセサリーやらプレゼントした。」
2「彼女の気を引くために、バッグとかアクセサリーとかプレゼントした。」
これも、1の方があれこれたくさんプレゼントした感じがよく出てると思いますがいかがでしょう。
2は素直な人が話しているなら単なる並列。
ものをはっきり言わない人が話しているなら、ひょっとしたら車もプレゼントしているかもしれません。

とまあ、こんなところです。
前にも書きましたが、ここまで来ると、個人の語感や世代によって感じ方はさまざまだろうと思います。
色々な回答がつくといいですね。

「~」の部分に入るものを名詞に限定して書かせていただきます。

「~やら~やら」には意味が二つあります。
1 名詞の並列
  例:スーパーでパンやら牛乳やら買った。
2 どちらか決めがたいことをあらわす。
  例:真っ黒に日焼けして、どちらが前やら後ろやらわからないほどだ。

それに対して「~とか~とか」には、
1の名詞の並列の意味しかありません。

それでは
「スーパーでパンやら牛乳やら買った。」

「スーパーでパンとか牛乳とか買った。」
は完全に同じ意味でしょうか?
...続きを読む

Q日本語の他動詞文における直接受身と間接受身の相違

前略、日本語教育歴浅いため、「日本語の他動詞文における直接受身と間接受身の相違」をうまく説明出来ません。いろいろ調べましたが例文そのものがわかりにくく余計混乱しています。イメージしやすい例などで指導等いただける大変ありがたいです!

Aベストアンサー

簡単に言えば、
直接受動:他動詞文の「を」が「が」になる受動文
間接受動:受動文を能動態にしたとき、主語の「が」が「を」にならないもの

英語では能動態の直接目的語を主語にして、受動態を作ります。
日本語ではこれを直接受動と言います。

日本語には、直接受動以外に間接受動もあります。
これは、直接目的語を主語にしない受動態です。

直接目的語が主語にならないと言うことは、
1.受動態になっても直接目的語の「を」が存在する。

太郎は 花子を 殴った。
 → 花子は 太郎に 殴られた。(直接受動)

花子は 太郎の 顔を ひっぱたいた。
 → 太郎の顔が 花子に ひっぱたかれた。(直接受動)
 → 太郎は 花子に 顔を ひっぱたかれた。(間接受動)


2.自動詞文で、目的語がなくても可能。
雨が 降った。
 → 雨に 降られた。(間接受動)

赤ん坊が 泣く。
 → 赤ん坊に 泣かれる。(間接受動)

Q「してから」と「したあとで」の違いは何でしょうか

 日本語を勉強中の中国人です。「してから」と「したあとで」の違いは何でしょうか。教えてください。

 また、質問文に不自然な表現がありましたら、それも教えていただければ幸いです。よろしくお願いいたします。

Aベストアンサー

こんにちは。以前書いたもののコピーですが。

48.4 V-てから
 「~あとで」と同じく、時間的前後関係を表しますが、より「順序」という
意味合いがあります。ふたつの事柄のうち、どちらが前か後かを述べる場合は、
「~あとで」でも「~てから」でもいいのですが、順序が決まっている事柄の
場合は、「~てから」の方がぴったりします。

     買物をしてから、映画を見ました。
     これが終ってから、あちらの仕事に取りかかろう。
     歯を磨いてから朝御飯を食べますか、朝御飯を食べてから歯を磨き
     ますか。
     見てから読むか、読んでから見るか。
     ピカッと光ってから、どーんと音が聞こえる。

 以上の例では「~あとで」でも言えますが、以下の例ではどうでしょうか。

     切符を買ってから中に入る。
     ちょっと口をすすいでから歯を磨く。
     準備運動をよくしてから、泳いでください。

 これらは、「~あとで」で言えないことはありませんが、少し不自然です。
これらの「AてからB」のAは、Bをするために必要なことで、「あと」にす
るのでは無意味な場合です。 

 また、時間の経過を表す場合も、「~あとで」は不自然です。

     夜が明けてから人家を探そう。(?あとで)
     秋が来てから、急に人通りが多くなった。(×あとで)
     日本に来てから、3か月になります。
     占領が終わってからでも、もう50年近くの時間が過ぎた。
     最初の文明が生まれてから1万年。

 「だ」が付いて文末に来る場合もあります。「~のN」の形にもなります。

     乾杯は会長が来てからだ。
     起こすのは医者が来てからでいい。
     そのあとのことは、まずやってみてからの話だ。

 「V-てからでないと、~ない」という表現がよく使われます。

     まずモノを見てからでないと、何とも言えませんね。
     入会金を払ってからでないと、アクセスできません。

 それから、「Aのあと今まで(に)」「A以来ずっと」の場合も「~てから」
が使われます。

     勉強を始めてから、多くのことを学びました。
     生れてから、ずっとこの町に住んでいます。
     パソコンもウインドウズになってから、多少使いやすくなった。

 「AてからBまで」の形にもなります。

     小学校に入ってから大学を出るまで、ずっと机の前に座っていた。
小学校に入ってから大学を出るまでの16年間

 「は/も/より」などの副助詞をつけることもできます。

     来てからは/も  来てからさえ(も)  来てからより(も)  
ここに移ってからは、時間がゆったりと流れるようです。

こんにちは。以前書いたもののコピーですが。

48.4 V-てから
 「~あとで」と同じく、時間的前後関係を表しますが、より「順序」という
意味合いがあります。ふたつの事柄のうち、どちらが前か後かを述べる場合は、
「~あとで」でも「~てから」でもいいのですが、順序が決まっている事柄の
場合は、「~てから」の方がぴったりします。

     買物をしてから、映画を見ました。
     これが終ってから、あちらの仕事に取りかかろう。
     歯を磨いてから朝御飯を食べますか、朝...続きを読む

Q「を通じて」と「を通して」の使い分け

 私は中国人で、日本語を勉強中です。「を通じて」と「を通して」は形的にも意味的にも非常に似ています。皆様はどのように使い分けをするのでしょうか。中国人の著者が書く参考書で調べてみたのですが、使い分けの説明が付かずに例文しか並んでいません。疑問に感じるのですが、下記の例文の中の「を通じて」と「を通して」とお互いに交換できるでしょうか。また、これらの例文は中国人の著者が作った例文なので、不自然のところがありましたら、ご指摘いただけますと幸いです。

P.S.「を通じて」の「一年を通じて」、「一生を通じて」、「生涯を通じて」のような使い方はさておき。

「を通じて」
1.秘書を通じて社長との面会を乞う。
2.学生会を通じて、学校側に意見を出した。
3.テレビを通じて広告をする。
4.問題があると、民主的論議を通じて解決する。

「を通して」
1.書物を通して世界を知る。
2.両国の文化交流を通して、相互理解を深める。
3.仲人を通して娘の縁談を進める。
4.臨床実践を通して治療経験を積み重ねる。

 また、質問文に不自然な箇所がありましたら、併せてご指摘いただけますと幸いです。どうか、よろしくお願い致します。

 私は中国人で、日本語を勉強中です。「を通じて」と「を通して」は形的にも意味的にも非常に似ています。皆様はどのように使い分けをするのでしょうか。中国人の著者が書く参考書で調べてみたのですが、使い分けの説明が付かずに例文しか並んでいません。疑問に感じるのですが、下記の例文の中の「を通じて」と「を通して」とお互いに交換できるでしょうか。また、これらの例文は中国人の著者が作った例文なので、不自然のところがありましたら、ご指摘いただけますと幸いです。

P.S.「を通じて」の「一年を...続きを読む

Aベストアンサー

他の方(No.4の方)にもお答えいただいて、よかったです。
私の自信のない(誤っているかもしれない)回答で、質問者の方が誤解したまま終わってしまうようなことがあったらいけないですから。

#2でも少し書きましたし、No.4のご回答でも似た指摘がありますが、
>4.臨床実践を通して治療経験を積み重ねる。
という文は、(「通して」「通じて」の問題以前に)
意味がわかりにくく、何か読みにくいような、くどいような、自然でない印象を受けます。
(でも、「日本人はこんな文は書かない」と言えるほど不自然な文ではないです。)
なぜそう思うのかはよくわからないのですが、以下の理由があると思います。
・「臨床実践」という言葉を聞き慣れない。医学の世界ではどうか知らないが、普通の日本人が使うような言葉ではない(#4のご回答でも指摘がある。)
・「臨床実践」「治療経験」・・・四字の漢語が二つもあって、重苦しい印象を受ける。更に「積み重ねる」があることによってごてごてした印象を受ける。

私なら、もっと軽い感じに、
「実践的な臨床経験を積み重ねる。」
「臨床経験を積み重ねる。」
「臨床の経験を重ねる。」
「臨床の実践経験を積む。」
などなどでもよさそうに思います。


#4の方もおっしゃっている通り、質問の例文に関しては、#2と#4は、似ているようです。
特に、思うのは、

>4.問題があると、民主的論議を通じて解決する。
→このとおり「つうじて」
>2.両国の文化交流を通して、相互理解を深める。
→「つうじて」
>3.仲人を通して娘の縁談を進める。
→このとおり「とおして」

この三例は、#2と#4で同じですし、自分が改めて考えても、この通りでおさまりがいいと思います。
改めて、いくつか意見を述べておきます。

一つ目は、
「民主的論議」「文化交流」などの長めの漢語があると「をつうじて」で、
「仲人」というような和語だと「をとおして」の傾向があるのではないか、
ということです。
(短めの漢語は、中間。)

二つ目は、
「を通じて」というのが、何か形式的な印象を与える、ということです。
「仲人をつうじて」とはあまり言わないような気がしますが、
もし「仲人をつうじて」と言えば、何か仲人を(人ではなくて)道具のように扱っている感じがします。

三つ目は、
「を通じて」は、二つのものの間に「何かが挟まっている」が、その間に挟まっているものそのもの(秘書、書物、・・・)を重要視せず、二つのものの関係を重要視している。
「をとおして」は、「間に挟まっているもの」を重要視している、ということです。

四つ目は、
「を通じて」という表現は、公式であり外向きであるが、
「をとおして」という表現が、ややくだけた表現だということです。

これらは、「まあそんな気がするかな」程度の意見なので、きちんと詳しく検討する必要があるだろうと思います。

改めて考えても、#2#3も、#4のご回答も、みんな正しいような気がするのです。

#4では
>「通して」という場合,文字通り「それを通り道にして」という意味があるように思います.(q304さんの#3のご意見と矛盾してしまうのですが...あくまで私の個人的印象です.)
とのご指摘がありますが、必ずしも矛盾とまでは言えず、別のご指摘かもしれません。
#3では
>「秘書を通じて」というのは、秘書を、単にそういう地位とか役割のようにとらえていて、
>(秘書を単なる「とおりみち」のようにとらえている。)
>具体的な人を思い浮かべていないんじゃないかな、
>ということです。

「秘書を単なる「とおりみち」のようにとらえている」
というのは、"単なる" に意味の重点があって、
「秘書に重きをおかない」という意味です。


ところで、質問では、
「皆様はどのように使い分けをするのでしょうか。中国人の著者が書く参考書で調べてみたのですが、使い分けの説明が付かずに例文しか並んでいません。」
とありますが、
この著者自身、本当に使い分けすべきと考えているのでしょうか。

他の方(No.4の方)にもお答えいただいて、よかったです。
私の自信のない(誤っているかもしれない)回答で、質問者の方が誤解したまま終わってしまうようなことがあったらいけないですから。

#2でも少し書きましたし、No.4のご回答でも似た指摘がありますが、
>4.臨床実践を通して治療経験を積み重ねる。
という文は、(「通して」「通じて」の問題以前に)
意味がわかりにくく、何か読みにくいような、くどいような、自然でない印象を受けます。
(でも、「日本人はこんな文は書かない」と言えるほど...続きを読む

Q「同じくらい」と「同じぐらい」とはどう違う?

いま、ある文章を書く依頼を受けています。
書いていて気づいたのですが、「同じくらい」と「同じぐらい」とは、どちらかが正しいのでしょうか?
また、なぜ2種類あるような印象があるのでしょう?

教えていただければと思います。

Aベストアンサー

通信社・新聞社の用字用語辞典(*)では、
助詞(副助詞)としての「くらい」「ぐらい」に触れていないか、あるいは用例のみを示すにとどまっています。
(*)時事通信、共同通信、朝日新聞、毎日新聞、読売新聞

唯一、『NHK ことばのハンドブック』には、以下の説明があります。
------------------------------
~くらい・~ぐらい
 「このくらい(ぐらい)の広さ」「10歳くらい(ぐらい)の子」
などの「くらい」「ぐらい」は,どちらを使ってもよい。
 以前は,次のような使い分けが行われていた。
(1) 体言には「ぐらい」が付く。
(2)「この・その・あの・どの」には「くらい」が付く。
(3) 用言や助動詞には,普通は「ぐらい」が付くが,「くらい」が付くこともある。

 「ぐらい」と連濁する場合はひらがな表記も濁音表記とする。
 〈例〉10歳ぐらいの子
------------------------------

以前は使い分けが行われていたが、現在は「くらい」「ぐらい」のどちらでも良いという説です。

手もとの国語辞典(*)には、どれも「くらい」の主見出しで名詞の「位」と、そこから転じた副詞(副助詞)の「くらい」の解説がありますが、ほとんどは『「ぐらい」とも』としています。「ぐらい」は参照見出し(空見出し)になっています。
(*)新明解、広辞苑、岩波、大辞林、明鏡

『明鏡国語辞典』だけは、「くらい」の項の最後に以下の説明がありました。
----------------------
[語法]
「くらい/ぐらい」は、今は区別なく使うが、伝統的には、体言には「ぐらい」、コソアド系の連体詞には「くらい」、活用語には「ぐらい」「くらい」ともに付いたという。
----------------------

結論として、
伝統的には使い分けがあった。
現代語ではどちらを使っても間違いではない。
というのが、事実上の正解でしょう。

現実には、個人の言語感覚によってかなり差があると思います。年代差や地域差もあるかもしれません。


ここまで書いて、以前別の場所で同じような話があったことを思い出しました。

『きょうのことばメモ』
  〔早稲田大学の飯間先生(日本語学)のブログ〕
http://yeemar.seesaa.net/article/14552277.html
「くらい」の清濁 2006年03月09日

「以前は」「伝統的には」というのは、江戸時代の頃のようです。

通信社・新聞社の用字用語辞典(*)では、
助詞(副助詞)としての「くらい」「ぐらい」に触れていないか、あるいは用例のみを示すにとどまっています。
(*)時事通信、共同通信、朝日新聞、毎日新聞、読売新聞

唯一、『NHK ことばのハンドブック』には、以下の説明があります。
------------------------------
~くらい・~ぐらい
 「このくらい(ぐらい)の広さ」「10歳くらい(ぐらい)の子」
などの「くらい」「ぐらい」は,どちらを使ってもよい。
 以前は,次のような使い分けが行われて...続きを読む


このQ&Aを見た人がよく見るQ&A

人気Q&Aランキング