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真珠湾攻撃では、僕はてっきり港を一番に攻撃したと
思っていましたが、こんな一文を発見しました。

真珠湾攻撃のトリオの一角で愛知の99式艦上爆撃機が
ハワイのヒッカム飛行場に開戦第一弾を投下した。
とありました。

質問です。
1、上記の文は本当でしょうか?

2、違うならば、どこに最初に攻撃したのですか?

3、戦闘機についてですが、零戦は三菱を始め全国的な企  業ですが、愛知(愛知時計でいいの?)の99式も
  有名らしいですが、愛知時計は当時は全国的に
  有名だったのでしょうか?
  また、愛知時計ってどんな会社だったのですか?

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A 回答 (4件)

まず、最初にお詫びを2つ。



似たようなタイトルの複数の本を開いていたので、本のタイトルを間違えてしまいました。正しくは、

『日本航空機総集』(出版協同社。値段は↓を見てください。私が買った十数年前と値段は変わっていないみたいです。)
http://www.ships-net.co.jp/backs/kyodo/aviationj …

手元の『愛知・空技廠編』の最後の方のページを確認したら、全7冊ではなくて全8冊でした。(私は第8巻を持っていないということになります。)
初版が1959年(『愛知・空技廠編』)、改訂版が1981年(同)発行なので、今でも売っているというのが正直言って驚きました。でも、第1巻、第6~8巻が載っていないということはもう在庫が残っていないということなのでしょうか?(それだと私が困る(笑))

また、ANo.#2の『彗星』は空技廠の設計で、『愛知』は生産のみでした。(『愛知・空技廠編』によると総生産機数は4型式1812機だそうです。)

さて、補足の回答です。

>ということは、艦爆隊はきちんと2発の信号弾を見たということなのですね。

そうです。

>では、日本の戦争の第一発は99式の
一発目を合図に攻撃開始したんですよね?

合図と言えば合図でしょうか。艦爆隊が攻撃を開始したのを見て、艦攻隊は慌てて攻撃を開始したようです。

>あと、パールハーバーって映画ありますよね。(2年くらい前)
>あれを、見ても信号弾の勘違いや、ヒッカム飛行場の攻撃が出ていますか?私は『パールハーバー』を観ていないので、

私も観ていないので、わかりません。

>そもそも、何で、時計を作るメーカーが飛行機や兵器を作る事になったか分かりますでしょうか?

『愛知・空技廠編』の『愛知時計略史』によると(以下抜粋)、

名古屋伝統の時計工業から始まった精密技術を基盤に、古くから海軍の信管・機雷・魚雷発射管等を作っていたことから、大正9年に、横須賀海軍工廠設計のロ号甲型水上機の生産を始め、それ以来海軍指定工場として、水上機・小型飛行艇の生産を引き受け、後に艦上爆撃機の大部分を引き受けるようになった

とのことです。当初、水上偵察機や飛行艇の開発・生産を行っていた『愛知』が、艦上爆撃機の開発・生産を行うようになったのは、大正末期にドイツのハインケル社と技術提携を結んだことが大きいようです。『愛知』製九四式、九六式艦爆は、ハインケル社が開発したHe50(実際には同社がわざわざ日本向けに改造したHe66)を原型にしています。

参考URL:http://www.ships-net.co.jp/backs/kyodo/aviationj …
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まず、港は攻撃目標でなかったことを認識してください。


あくまで、攻撃目標は真珠湾の主力艦です。
その目的を達するため、艦攻には魚雷を積んでました。
さて、米国が日本の攻撃を知ってる場合は、当然航空機による反撃が予測されましたから、強襲の場合は艦爆に先に飛行場を攻撃させ、離着陸不能にする必要がありました。
奇襲の場合は艦攻が先に攻撃(飛行場の煙などに邪魔されない)し、後から飛行場の攻撃と順序が逆でした。
実際には、#1の方の言われる通り、艦爆隊の誤認で、同時攻撃となってしまいましたが、先に攻撃したのは、艦爆で間違いないです。
第二次攻撃で、港湾設備を攻撃しなかったのは、あとあと悔いを残すこととなります。

さて、「愛知飛行機」ですが、戦後愛知時計電機と、愛知機械工業に分裂しています。
愛知機械には、いまだに「熱田」と発動機が展示されてるはずです。
元々は、機体メーカーじゃなくて、発動機メーカーじゃなかったなぁ・・・
愛知機械のHPを見れば書いてあるかも知れません。
現在は、日産の1500cc以下のエンジン、トランスミッションなどを作ってますよ。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。

そういえば、港というより艦を狙わないと
意味ないですもんね。
相手の軍事力落とすには、艦や飛行機を使えない
ようにしないとだめですもんね。

でも、戦後は第二次大戦後ではないですよね??

お礼日時:2003/07/20 14:15

ANo.#1で3番目の質問に回答するのを忘れてしまいました。



『愛知時計電機株式会社』(昭和18年に航空機部門を『愛知航空機株式会社』として別会社化)は、(全国的に有名だったかどうかは知りませんが)飛行機・飛行艇・エンジン・魚雷・通信機等の製造を行っており、九九式艦爆の後継機である『彗星』『流星』、イ400型潜水艦搭載用特殊攻撃機『晴嵐』、九三式酸素魚雷等を生産しています。

私の手元に『日本軍用機総覧』という7冊セットの解説書がありますが、『愛知時計電機』が設計・開発した機体が『愛知編』として1冊にまとめられ、『三菱編』や『中島編』と同程度の厚さがあります(『九州飛行機』『立川飛行機』等数社は7冊目1冊にまとめて収録されています)から、試作機も含めれば、『愛知』が設計・開発した機体は、数の上では『三菱』や『中島』並ということになります。

この回答への補足

再び補足です。

愛知時計電機のホームページを見ました。
今は全然、兵器とは離れていますが。

そもそも、何で、時計を作るメーカーが
飛行機や兵器を作る事になったか分かりますでしょうか?

補足日時:2003/07/18 17:11
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この回答へのお礼

再び補足です。

日本軍用機総覧という本を一度見たいと
おもいました。

出版社と一冊の値段教えてもらえますか?

お礼日時:2003/07/18 17:21

作戦計画では、



『奇襲』成功の場合には、爆弾の爆発で発生する煙で視界が妨げられないように、港を先に攻撃する。

事前に敵に発見され、『強襲』となった場合には、敵戦闘機の発進を妨げるために、飛行場を先に攻撃する。

はずだったのですが、攻撃開始を伝えるための信号弾を発射する際に、戦闘機隊の一部が信号弾を見落としたと判断した淵田攻撃隊長が、信号弾をもう一発発射してしまったために、それを見た艦爆隊が強襲と勘違いして(信号弾一発は『奇襲』、二発は『強襲』の合図)、港への攻撃に先立ってヒッカム飛行場に爆弾を投下してしまいました。

当時、アースが不完全でエンジンから発生するノイズを拾ってしまい、航空機用無線電話がほとんど使い物にならなかった日本海軍ならではの錯誤といえます。

この回答への補足

ありがとうございます。

ということは、艦爆隊はきちんと2発の
信号弾を見たということなのですね。

では、日本の戦争の第一発は99式の
一発目を合図に攻撃開始したんですよね?

あと、パールハーバーって映画ありますよね。(2年くらい前)
あれを、見ても信号弾の勘違いや、ヒッカム飛行場の
攻撃が出ていますか?

補足日時:2003/07/18 17:02
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