オランダで安楽死法案が可決された。
皆さんは安楽死の是非を如何に?

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A 回答 (14件中11~14件)

私は 難しいことは解りません。


それに、自殺は絶対にすべきではないと思っています。
でも、もし、自分が亡き義父のように、癌が体中に転移して 強い薬でただ延命処置を施されるだけで 自分と看ている家族の苦しみが先延ばしにされるだけならば 安楽死を選択するかもしれません。
苦しむだけ苦しんで、最終的には 栄養剤を一本 二本と減らされて、痩せ細って亡くなって行った義父をみていて思ったことです。
でも、義父は 最後まで自分は治るものだと思っていました。(癌と知らされてはいませんでした。)
だから、私は告知を受け入れ、医者と家族と話し合った上で 自分で選択するのであれば あってもいいのではないかと思います。あくまで、本人が選択するのなら、です。

この回答への補足

>それに、自殺は絶対にすべきではないと思っています。

何故そう思うんだね?

補足日時:2001/04/12 20:24
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難しい問題ですね。


わたしとしては「本人の意思が書面で意識のはっきりしているときに残されていること」
「これ以上の治療の望みがないこと」
「あくまでも本人の苦しみを取り除くためであること」
(家族が望むだけでは、、経済的な理由でそれを望む家族もいると聞いたことがあります。状況は判らなくもないですが、「死」という結果をだすのはあくまでも本人であるべきです)
これが定着しない限り、(本人が意思を残すことが当たり前のことにならない限り)
「安楽死」は行われるべきでないと思います。
このことが(自分の生と死を自分で選択することが)一般常識の中に定着したとき、初めて「本人が選ぶ死」として安楽死は選ばれても良いのではないかと思います。

この回答への補足

>わたしとしては「本人の意思が書面で意識のはっきりしているときに残されていること」
「これ以上の治療の望みがないこと」
「あくまでも本人の苦しみを取り除くためであること」
(家族が望むだけでは、、経済的な理由でそれを望む家族もいると聞いたことがあります。状況は判らなくもないですが、「死」という結果をだすのはあくまでも本人であるべきです)
これが定着しない限り、(本人が意思を残すことが当たり前のことにならない限り)
「安楽死」は行われるべきでないと思います。

なるほど。しかしこれは「死」を端で見ている側からの意見であることは間違いないね?現在考えられている大多数の日本人の死生観から導き出されるのはやはりこの様な条件になるのだろう。
それではこの次は「安楽死」だけではなく「死」とはなにか?
あなたのお考えを伺いたく思うのですが如何か?

補足日時:2001/04/12 20:27
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つい最近NHKでやってましたので記憶に新しいです。



現在の医療は人の死を可能な限り引き延ばすことができます。
しかし、治療を受けている本人にとって、耐え難い苦痛の中でのその医療が
はたして望まれるべきものなのか疑問です。
確実な死が避けられない状況の中で、苦痛だけが伴う毎日だったとしたら?
そろそろ日本でも「終末医療」の在り方について話し合いがもたれるべきです。

参考URL:http://www.nhk.or.jp/fukushi/

この回答への補足

返信ありがとう。

幾人かの方々からの返信でやはり皆さんが「終末医療」の在り方について関心をお持ちであることはわかりました。
そこでお尋ね致しますが、人が病床にて「死」を迎えることは何せ今に始まったことではないのに、どうして今この問題(?)に非常な関心を皆が寄せているのか?
そこのところはどうでしょうか。

補足日時:2001/04/12 20:41
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 安楽死の是非についての争点は、「自分のいのちを自ら断つことを権利として認めるかどうか」というところにあると思われます。

安楽死に反対するひとは、よく、普遍的な生命の重要さや曖昧な人道観念を説きますが、そのような曖昧なものが果たして、どれほど個人の権利に対抗できるでしょうか。人の生命は病気や事故などの、自分ではどうしようもないような災難に脅かされます。人間は自分の生命をどうすることもできないように作られているみたいです。しかし、生きている間に死よりつらい苦しみ(少なくとも自分がそう感じるほどの)を味わったとしたら・・・、そして自分の意思でその苦しみを回避できるとしたら・・・、それを権利として保障してもいいのではないでしょうか。だれに迷惑をかけるわけでもありません(家族が悲しむでしょうが・・・)。厳格な要件のもとでなら、安楽死を認めても良いのではないでしょうか。

この回答への補足

>安楽死の是非についての争点は、「自分のいのちを自ら断つことを権利として認めるかどうか」というところにあると思われます。

なるほど・・・生き死にに関する問題もいまや権利が食い込んでるんだ。
大変な時代だね。
ところで僕はいつも思うんだが、安楽死の争点を議論すると本人以外のところから必ず挙がる声がすなわち「権利」だ。
生きている人は死んでゆく人を取り巻いて一体何が本当はしたいのだろうか?

補足日時:2001/04/12 20:42
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Q安楽死ディベート反対側の意見について お助け願います。

来週、安楽死についてディベートをします。私、個人的に賛成なのですが反対側から討論しなければいけません。

そこで安楽死を反対する理由についてご意見を持っているかたなどいらっしゃいましたらおしえていただけますか?

反対する理由を宗教的にしか今のところ見出せません。
ぜひおねがいします。

Aベストアンサー

私も安楽死には大賛成ですが、ディベートをなさるなら次のような点を、「反対」の論拠とすればよいでしょう。

もし、安楽死が法的に認められると、

● 介護に伴う負担をなくすために、安易に安楽死を選んでしまうようになる。この場合の負担とは、介護する側の金銭的・物理的負担もさることながら、患者自身の(介護で迷惑をかけているという)精神的負担の両方を意味します。

● 医師あるいは病院が、経営上の観点から、あまり金を取れない患者(儲からない患者)にベッドを占領され続けるよりは、新しい患者を入れるべく、安楽死を勧めるようになる可能性がある。

● 最も重要な要素として、安楽死が本当に患者本人の意思に基づくものかどうか疑わしい事例が頻発する可能性が高い。
  つまり、上の1番目の理由とは逆に、介護を続ける苦痛(特に金銭的負担)を安易に回避する手段として、安楽死させられる可能性がある。
  安楽死の対象となるような患者には、意識のない患者や、自己の判断が出来ない患者が多いはすである。このような患者本人の意思を、どのようにして「証拠」として残すことができるのか、大いに疑問である。

「宗教的に安楽死は認められない」とか、「人は生きようとする努力を惜しんではならない」といった反対理由は、ディベートの論拠としては弱いので、避けたほうが無難でしょう。

私も安楽死には大賛成ですが、ディベートをなさるなら次のような点を、「反対」の論拠とすればよいでしょう。

もし、安楽死が法的に認められると、

● 介護に伴う負担をなくすために、安易に安楽死を選んでしまうようになる。この場合の負担とは、介護する側の金銭的・物理的負担もさることながら、患者自身の(介護で迷惑をかけているという)精神的負担の両方を意味します。

● 医師あるいは病院が、経営上の観点から、あまり金を取れない患者(儲からない患者)にベッドを占領され続けるよりは、新し...続きを読む

Q自ら死を選ぶのはよくないことか?

まず最初に、私は自殺をしようと考えていませんからご安心ください。
一般に自殺は良くないことと考えられていますが、それはどのような理由からでしょうか?
「残された家族が悲しむ」・・「身寄りがなければよい」
「神の意志に逆らう行為」・・「人の意志は聞き入れないのか」
「その時は苦しくてもいつかはよいときが来る」・・「何を証拠にそのような未来が来ると判断できるのか」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
生まれる時は自分の意志を反映できないのだから、死ぬときは自分の意志に従って行動してはなぜいけない?数多の動物がいるが、人間だけが自らの意志を持って命を絶つことができる、言い換えれば人型の動物と異なる点の一つに自殺という概念を持ちうるかどうかがあげられる。病気や希望の喪失などの理由はどうあれ、自殺というきわめて人間的な行動を、否定する理由は何でしょう。
オランダでは安楽死がすでに合法化されています。安楽死は肉体的苦痛からのがれる一つの方法ですが、これを押し進め経済困窮自死、願望達成自死、迷惑回避自死などを否定できるのでしょうか。(正常な精神状態において)
宗教論旨はぬきでお答えください。

まず最初に、私は自殺をしようと考えていませんからご安心ください。
一般に自殺は良くないことと考えられていますが、それはどのような理由からでしょうか?
「残された家族が悲しむ」・・「身寄りがなければよい」
「神の意志に逆らう行為」・・「人の意志は聞き入れないのか」
「その時は苦しくてもいつかはよいときが来る」・・「何を証拠にそのような未来が来ると判断できるのか」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
生まれる時は自分の意志を反映できない...続きを読む

Aベストアンサー


去った者に代わって私が、皆の耳に届くように、大声で言います。
現代社会において、のうのうと、霧に包まれたようにぼんやりと暮らしている、より多くの人たちには、その苦しみはわかりません。非情な話だと思います。人の気持ちもわからないんです。そのような人たちのなんてかわいそうな事ですか?自分の実の傷の痛みも知らないからです。
何故死ぬ事を悪いとするのでしょうね。何故、生きることは正しく、死ぬ事は避けるべきものと考えるのでしょう。死ぬも生きるも、命なんだと皆わかっているのに、。
善いか悪いかを論ずるのは問題外です。「自殺する」。この行為があると言うこと、自殺という行為をそのまま見つめなければ、自殺は見えません。
わたしはそう思います。
私は、ジョンレノンのように、イエスなんて信じない、仏陀なんて信じない、ジンマーマンも信じない、ビートルズなんて、信じない。信じるのは、僕とヨーコだけ。
という姿勢に、涙します。
又、彼はいいます。頭の上には円碧な空があるだけ。天国などないんだ。
 
当たり前です。頭の上には空があり、空を越えると、深く輝く宇宙空間があります。天国は、指で指し示すようにあるのではありません。それぞれの、人の、中にあるんです。天国がないわけがない。イエスを信じなくても、仏陀を信じなくても、ヨーコと僕を信じなくても、天国は、実に、その存在の中にあります。上(天国)から来たという、上とは、中のことです。光とは、中のことです。影の中の、光を知るべきです。その光が、「隙間無く輝る光」といわれたことの・意・味・を、知るべきです。
ジョンは天国を知りませんでしたが、天国にいました。
天国にいない者は天国を求めるべきで、すでにいる者は、それを知るべきです。
それを知る事で、天国への門が広くなるからです。それを慈悲といいます。

自殺者とは、霧に包まれて生きる現代人60億人のことです。
つまり、より多くの皆は、すでに自殺しています。二度と死なないように気をつけるべきです。
 
イエスの行為は自殺行為ですか。日蓮の行為も自殺行為ですか。
それは、生きるための死です。命は命でのみ生きる。彼らの自殺が、かほど生きることなのか、。尊い行為とはこういう行為です。

ーーーーーーーー以上回答ーーーーーーーーーー以下余分ーーーーー
身近な話をします。
しかし、彼女は何かおかしいと感じ、ある日お姉さんの日記を見てしまいました。そこで初めて自分が白血病にかかっていることを知るのです。

 彼女は悩んだ末にこの深夜番組に相談してきたのであります。それから何回かこの番組に電話で出演しておりましたが、残念な事に、彼女は発病から一年後の十八歳の時に亡くなりました。
 その話の中で自分ので死期が近いことを知った彼女は、「もし自分が死んだら、このテープを番組に送って欲しい」と、死ぬ三日前に自分でテープにメッセージを録音して、親に託したそうです。彼女は、放送では滅多に苦しいとか悲しいとか言わず、いつも明るく振る舞っていました。

 しかし、テープの中で彼女は「死にたくない」と初めて自分の本心を切に訴えておりました。また 「今、自分の勝手で自殺する人がいます。その命を私にください。御願いします。」
それを聴いたとき、私は涙が止まらなく、やるせなさと、今まで自分が深く考えた事のなかった命とは、こんなに大切なものなのかと考え込んでしまいました。

 また、彼女の親から送られてきた、彼女の日記にはこのように書かれております。
 
 
  「私は老いていきたい。老いるという人生を歩んで行きたい。」
 

傲慢とはどういう姿勢でしょうか。


去った者に代わって私が、皆の耳に届くように、大声で言います。
現代社会において、のうのうと、霧に包まれたようにぼんやりと暮らしている、より多くの人たちには、その苦しみはわかりません。非情な話だと思います。人の気持ちもわからないんです。そのような人たちのなんてかわいそうな事ですか?自分の実の傷の痛みも知らないからです。
何故死ぬ事を悪いとするのでしょうね。何故、生きることは正しく、死ぬ事は避けるべきものと考えるのでしょう。死ぬも生きるも、命なんだと皆わかっているのに、。
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