映画のエンドロール観る派?観ない派?

思春期であろう中高生がブログや携帯サイトで
自分は人間関係がつらい
死にたい
親には話したくない
友達も信用できない…


などなどを吐き出しているのを見ると
自分の思春期とはまるで違う世界がそこにはあるのかなと思ってしまいます。

決まって
心療内科に行ったら楽になるのかな
安定剤がほしい
うつ病かな…

という言葉に胸が痛むというか
こんな簡単なことなんだろうかという憤りさえ感じてしまいます。
自分は心が狭いのだと思います。
悩みを自分の中で消化できないでお医者さんに行く…少々安易な発想(思春期ゆえと思いますが)に恐ろしさを感じます。

ネットの中で
見ず知らずの誰かが
うつ病だよ
病院行けよ
薬飲んだら楽になるよ
と簡単に答えてしまう。

ものすごい違和感を感じてなりません。
偽善者でしょうか
意地悪でしょうか…

簡単にだれかがうつ病だなんて言えるんでしょうか?
そもそも思春期の悩みは心療内科の管轄なんでしょうか?

かく言う私も通院しておりますが(三十代)
こんな嫌なものになりたがるなんて何故だろうという気持ちになります。
あんたの時代とちがうんだよと言えばそれまでなのかもしれませんが
不自然さを感じるばかりです。

A 回答 (6件)

楽しいことも多いはずですが、それに比例して色々と悩み苦しむ事の多い年代ですね。


昔は、利用料金も高く中高生には手が出せない携帯電話。現在は手軽に手に入り、通信料金も定額制になった事もあり携帯電話でネットにアクセスして様々な情報が氾濫しています。
私が回答している内容が全て正しいかどうか、不安な事もありますが、その内容に対してある程度の責任感は感じています。
時に、間違った対応策の回答がなされ、その結果がかえって事態の悪化を招いている事は否定できません。
思春期の年代では、「親に相談するなんて恥ずかしい」なんて思う子供も多いのではないのでしょうか。そこで、気楽に質問ができるサイトに簡単に掲載し、正しい情報か確認する事も無くレスポンスがあった書き込みの内容を鵜呑みにして問題がさらに悪化している事も事実です。
インターネットと言うある程度匿名性が確保される環境でしか、壁にぶつかっている事に対して意見を求める事が出来ないのだと思います。
親も友達も信用できない。
うわべだけの友達関係では、本当に困っている事など相談できないと思います。たとえ返答があったとしても、根拠に乏しい無責任な回答であることが多いと思います。
何より問題を感じるのが親を含め家族に相談できない家庭環境がこのような事が増大する原因にもなっているのではないでしょうか。
親も「忙しい」とか、「そんな事は甘えだ」等と自分の子供の危機管理に責任を感じず、逃避しているのも多い事は事実です。
こんな相談の書き込みに対して他人がこんな事を返答しているから、「どうせ同じだから同じ内容の回答をすればいいや」なんて単純に考えている人も多いのではないでしょうか。

>簡単にだれかがうつ病だなんて言えるんでしょうか?
そもそも思春期の悩みは心療内科の管轄なんでしょうか?

うつ病、もしくは他の病状から抑うつ状態になってしまい、鬱に関する治療を受けた経験のある人であれば、その体験と照らし合わせて、うつ病「かも」しれないので病院に行ってみたら?と言うのは「あり」だと思いますが、抑うつ症状=心療内科と言う事には疑問を感じます。
心療内科は基本的に内科です。専門領域は精神科の方が正しいのではないかと感じます。(あくまで、患者さんの症状にもよりますが)思春期であるのであれば「児童精神科」になるのではないかと思います。
大きな病院であれば、どの診療科にかかるべきか分からない時に「総合診療科」がある病院もあります。
総合診療科の医師の判断で、どの診療科で診療をすれば良いのか判断してもらうのが一番だと思いますが、総合診療科がなくても、看護師が患者の話を聞いて、どの診療科へ行けば良いか相談に乗ってくれる診療相談がある病院も数多くあります。

親も自分の子供の異常に対してもう少し敏感になる事、なんでも相談ができる環境を整える事。
これは、親としての義務ではないかと考えます。
親のコミュニケーション能力が低下している事。それに比例して子供のコミュニケーション能力が低くなる傾向はあるようです。

子供の危機管理にどう対応するか、なんでも相談できる家庭環境を作るのが親としての責務です。
それができない親が増えているのではないでしょうか。
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この回答へのお礼

>抑うつ症状=心療内科と言う事には疑問を感じます。
心療内科は基本的に内科です。専門領域は精神科の方が正しいのではないかと感じます。(あくまで、患者さんの症状にもよりますが)思春期であるのであれば「児童精神科」になるのではないかと思います。

ありがとうございます。
携帯のQ&Aサイトをみるとびっくりするくらい
心療内科心療内科と出てきます。
おなかが痛いんです。心療内科に行くべきですか?
正直閉口してしまうこともあります。

ちょっと待った、まずは近くの内科でもいいんじゃないかね?と思うのだけれど
なんだか様子が違います。

子供のたちの中で、少なくとも心療内科を受診したことがない子供たちの中で
心療内科ってどんな印象なんだろうなあ~とも思いますが。

おなかが痛いなら親に話してみたらと大人は思うのですがそうもいかないのが今の子供たちなのでしょうか。

お礼日時:2010/12/15 14:54

>簡単にだれかがうつ病だなんて言えるんでしょうか?


 そもそも思春期の悩みは心療内科の管轄なんでしょうか?

目に見えない心の問題ですから、そういった病気は判断が難しいものですね。
しかし、『思春期の悩み』と一概に言えるのかどうか。

現代は 子育て自体を放棄してしまう親が増え、どんどん生き辛くなる社会になっています。
また、本人にはどうにもならない 複雑な問題の中で生活している子どもも多いでしょうし…。
それに加えて、思春期という誰もが悩みながら過ごすときが重なるのです。
そう考えると、専門の知識と技術をもった方の手助けが必要な子も少なくないのでは と思います。



>悩みを自分の中で消化できないでお医者さんに行く…
 少々安易な発想(思春期ゆえと思いますが)に恐ろしさを感じます。

jinno39さん同様、子どもの苦しいという声を見ると、私も胸が痛みます。
ただ、その発想は、ただ“子ども故の安易な”ものではなく
その子を取り巻く周囲の大人、日々入ってくる情報(メディアを通したものを含め)が
大きな要因となっている気がします。

子どもは、“大人”や“社会”を映す鏡だと聞きます。

うつ病、心療内科、薬…といったことにすぐ繋げてしまうのは、私たち大人と、
その大人がつくってきた社会を そのままに受けとめているからではないでしょうか。


回答No.1さんの
『>心療内科のお医者さんなら自分の話を否定せず(←ここ重要)じっくり聞いてくれると思うからこその発言なんだと私は思います。
それだけ、まわりに自分の話を聞いてくれる人がいないと思い込んでいるか、実際そうなのかのどちらかなんだと思います。』
というご意見にも同意です。

地域の繋がりもなくなり、“身近な大人”=『親』『先生(学校、塾)』、になってしまった子どもが多い中
最も簡単な手段であるネットで誰かに助け(意見)を求めたり、悩みを漏らしたりするのは
ある意味、自然な流れなのかもしれません。



社会のしくみや、私たち自身が変わっていかなければ と思います。
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この回答へのお礼

回答に感謝いたします。
そうですね、大人が変わらなければいけませんね。

私がこんな疑問を感じてしまったのは、私のことなど何も知らない少女がいろんな話をしてくれたことが
きっかけでした。
どうして私なんかにこんなに一生懸命話してくれるのだろうと思うとともに
この子の周りの大人は
この子の話をどうして聞けていないのだろうと思いました。

話を聞いてくれる人がいない。と言いました。
ごくごく普通の家庭のお嬢さんのような印象でした。

こんなにも心を痛ませてしまうくらい、大人の態度って冷たいのかなと思ったり
とにかくいろいろ考えさせられました。

最後に私なんかの話を聞いてくれてありがとうございましたと書いてくれていて
本当に心が痛みました。

お礼日時:2010/12/15 14:48

No.3です。



書き忘れがあったので、再度失礼します。

結局、思春期の子達は家族間、学校、世の中に居場所を見つけることができていないため、病院を頼るしかないのではと思います。

私達が思春期の頃は、うつ病って聞いたこともなかったのに、携帯やテレビなどでうつ病の情報が入りやすくなってしまったため、気軽に病院へとなってしまってると思います。

もしかして、私達大人もその情報に振り回されてるところはあるのかなとも思います。

私も過去に心療内科に受診したことがあったので、子供達が心配です。
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31歳女性です。



質問文を拝見し、私自身考えたことがなかったことだったので、とても興味深く感じ、私自身もいろいろ考えさせられました。

まず、やっぱり「時代の変化」ですね。

今思春期の子達は、「過保護」や「過干感」で育っているため、人とのコミュニケーションの取り方がよくわからない子が多いかと思います。
思春期の悩みを家族で解決できるような、家族環境でなくなってるんだと思います。

他の回答にもありますが、親だけが悪いのではなく、社会や学校にも責任はあると思います。

私個人の意見としては、携帯電話の普及が大きいと思います。私が思春期の時は、携帯電話なんて会社の社長が持つ物だと思ってました。

携帯がない分、人とのコミュニケーションを、なんとか自分の肌で感じながら、友達との悩みを解決していったり、親との関係なんかも学校の先生に相談したりして、学校の先生の立場って今よりは大きかったのではないかと思います。

今は便利な携帯電話があるからこそ、人と現実のコミュニケーションを取らなくなってしまっているんだと思います。

でも、今も昔もコミュニケーションを取りたい気持ちは変わってはないので、便利な携帯電話で、知らない誰かとコミュニケーションを取り、安心を求めているんだと思います。

結局、家族や友達の間で解決できてきたことも、最近ではできなくなってきているので、気軽な気持ちで「心療内科に行けばいい」とか書き込んだり、ネットの書き込みの相手から何らかのアドバイスがあることで、安心を求めているんだと思います。

切ない世の中ですよね。
もっと、現実の人間とのコミュニケーションを大切にしてほしいなって、私は思います。

今後の日本が心配です。
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この回答へのお礼

>携帯電話の普及が大きいと思います。私が思春期の時は、携帯電話なんて会社の社長が持つ物だと思ってました。

ありがとうございます。
そうですね。こんなにも気軽に子供までもが持ててしまうようなお手軽なものになるなんて思いませんでした。
顔も見たこともない声も聞いたことがないどこに住んでいるのかもわからない誰かに
びっくりするくらいに心をさらけ出せることができるのに
身近な大人に打ち明けるくらいなら
閉ざしていたほうがまし・・・

子供が弱い。と言えばそうなのかもしれないけど
大人も大人で、無関心なんでしょうか。
ここまで大事に育ているのだから大丈夫みたいな大人の安心感が、逆に子供を不安にさせているのかなあ。

誰かも知らないPCの向こうの人間に叫べるなら
身近な大人に話してごらんと
気軽にもなんだか言えない。

本当に切ないです。
でも、時代なのかなあ。

回答ありがとうございます。
感謝いたします。

お礼日時:2010/12/15 14:36

個人的な見解ですが・・・



いまどきの子は(と言ってしまいますが)、私の年代からみると全体的に過保護で弱くなっていると思います。ただ、その背景は本人や親の責任だけでなく、社会的な問題もあり複雑です。

たぶん、思春期の子どもたちの気持ちの揺れ(「死にたい」といった気持ち)は、私の時代にもあったでしょう。さらに上の世代の方がむしろ死を美徳のように言っていた世代もあり、そのあたりはこの年頃の特徴であって「今」だからということではないと思います。

ただし、これまではそれぞれがそう思っていただけでしたが、今はそれを不特定多数の人間に簡単に発信できてしまいます。そして、これまでは自分に近い事情に詳しい人間しかいなかった相談相手が、名前も顔も自分の「本当の姿」も知らない人に変わり、いくらでも本人の都合のよい答えを引き出すことが可能になりました。相談される方もまたしかり、相手の本当の事情もわからず言えることは本当は限られているのですが、それではこういったサイトの存在意義がありません。需要と供給の関係です。「答えを求めている(それが偏ったものでも)」人がいて「答えを与えたい」人がいる。それが高じて、本当なら自分で考えるべき、悩み成長していくべき問題を自分で考える前にオモテに出し、また慎重な判断がされるべき問題もつい「こうだ」と判断してしまう人が出てしまっているのではないでしょうか。

すべてが悪いことではないと思います。年代も住む場所も違う広い意見を聞くことは、プラスになることも多いです。そして昔は「うつ病」はどこか隠された病気のイメージがありましたが、広く認知されてきたことで、実際に救われている人がいるのも事実です。

>うつ病だよ
>病院行けよ
>薬飲んだら楽になるよ

は確かに簡単に答えていますが、それでも実際問題として本当にうつ病だったら、の可能性を考えると否定できません。そしてその判断は「病院」でしかできないのですから、「疑わしいこと」がある以上は「とりあえず病院へ行け」という答えは間違っていないと思います。

これから今以上に病気のことが認知され、「これくらいのものでは病気でない」といった明確な判定が広く知られてくれば、この発想は多少減るのではないでしょうか?

>ものすごい違和感を感じてなりません。
>偽善者でしょうか
>意地悪でしょうか…

これはこれで全うな感覚だと思います。
こんな風にえらそうな回答をしている自分のことも「偽善的で歪んでいる」と感じることがあります。
それでも、その回答によって本当に質問者の疑問や不安に対する手助けになれたとしたら、やはりそこは素直に嬉しいと思ってしまうので、こんな書き込みをしてしまっています。

長文、本当にごめんなさい。
ご参考まで。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。
質問をしておきながらお礼をどのように書けばよいかわからなくなるほど、皆さんの回答に考えさせられ、また違う視点で物事をみる必要を痛感いたしました。

お礼日時:2010/12/14 15:33

私も思春期ではなかったですが、二十代前半に異様に落ち込む時期があり、心療内科を受診しようと真剣に考えた時期がありました。


その時は本当に出口のない真っ暗なトンネルの中に、右も左も分からず味方もなく、たった一人で取り残されているような絶望感と喪失感、「このまま消えてしまいたい」という思いにとらわれて、生きる希望さえありませんでした。
たとえ思春期の悩みだとしても、その悩みの重さは本人にしか分かりません。他人が「その程度で?」と思っても、本人には真っ暗なトンネルに一人でいるようなものかもしれないのです。
しかも、昨今の人間関係は希薄さに拍車がかかっており、家族でも本音を言い合える関係が築けていないのが現状です。

そうした中で、心療内科のお医者さんなら自分の話を否定せず(←ここ重要)じっくり聞いてくれると思うからこその発言なんだと私は思います。
それだけ、まわりに自分の話を聞いてくれる人がいないと思い込んでいるか、実際そうなのかのどちらかなんだと思います。
ただネットでの書き込みなどで、簡単に発言している人がいることはさすがにいいとは思えません。そういう人は実際に苦しい思いをしたことがない、または自分自身に向き合う度胸のない人なんだと思います。こういう人は無視するしか方法はないでしょう。

日本の子供のアンケートに「自分は生きている価値があると思うか」と問いに、はいと答えている子供が外国の子供より極端に少ないというデータがあります。
いわゆる自己肯定感が日本の子供には少ないようです。そんな中で一番悩みを抱える思春期に、自分の悩みを話す相手がいなかったら、行き着くところは心療内科や精神科になってしまうのではないでしょうか。
それでも、そう言えるのならまだましです。
そういうSOSさえも口に出せない子供が、水面下に潜んでいることは確かでしょうから。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。
お礼が遅くなり済みませんでした。何度もパソコンに向かうのですが、なかなか自分の言葉に表すことができずにすぎてしまいました。

行きつくところはやはり、心療内科のでしょうか・・・やっぱりどうしても腑に落ちないんです。
つらいだろうし、苦しいだろうし、自分なんかいなくなればいいんだ。っていうことを
そういう時期だからで片づけたいわけではなくて・・・。
うまく表現できずもどかしい気持ちですが、決してbaroque203様の意見への反論ではありません。

お礼日時:2010/12/14 13:48

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