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国文学(古文)では「西面の武士」「北面の武士」なる言葉は良く聞きますが、反対に「東面の武士」「南面の武士」なる言葉は存在したのでしょうか。西面の武士とは大内裏・宮城の「西側を睨んで警備する警備兵の事」北面の武士も「北側を睨んで警備する警備兵の事」だとすると「日の国」日帝の由来たる東や南を睨んで警備していたとは考え辛いが「大内裏・宮城の警備なら別に関係無い話」現実に存在していたようにも思えるので、質問する次第です。

A 回答 (3件)

天皇の御所の警備担当は検非違使庁でしたが、


白河上皇が院政を敷くにあたり、院の御所を警備
する人の詰め所を作り、その位置が院の御所の北に
あったので、その武士を北面の武士と呼ばれました。
これはその後も長く続き、東面、西面、南面の武士が
置かれることはありませんでした。
つまり院を守る武士 = 北面の武士だったのです。
此の武士は殿上人でそう多くはないが、皆郎党を抱え
総数千人に達したそうです。

西面の武士はのちの後鳥羽上皇が、鎌倉幕府と
対抗する兵力として集めたもので、承久の変で
後鳥羽上皇方が敗北すると、消滅しました。
臨時的なものでした。

結局東面、南面の武士が置かれることはありませんでした。
WIKI参照。
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この回答へのお礼

貴方の回答が一番「懇切丁寧な」回答でした。どうも有難うございました。

お礼日時:2011/01/13 01:14

北面の武士


西面の武士

駐屯地の方角が、北や西であり、警備方面のことではない。
また、祭礼的な必然性が生まれる御所ではなく、上皇のボディーガードの詰所ですので、方角の深い意味はない。
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 北面の武士、西面の武士は、北や西だけを守ったからそう名付けたのではなく、下記のように四方を護衛する武士の詰所があった場所を指しているからです。


http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8C%97%E9%9D%A2% …
http://www.weblio.jp/content/%E8%A5%BF%E9%9D%A2% …
 御所の北に詰めていた武士は「北面の武士」西に詰めていたのは「西面の武士」です。

この回答への補足

丁寧な御回答で誠に嬉しいのですが「結論としては結局、存在していたのですか」東面の武士とか南面の武士とかは・・・・??!!

補足日時:2011/01/11 11:43
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