かなりきわどい質問ですが、南京大虐殺について質問します。長い間賛否両論が論じられてきた問題ですが、みなさんのなかで南京大虐殺についての確実な情報がありませんか?意見や知識よりも、自分が見た(これはいないかも…??)、あるいは直接こう聞いた、などの生の声をお待ちしてます。

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A 回答 (23件中11~20件)

南京大虐殺が(30万人の虐殺)があったこと、は、東京裁判の前後に出版された書籍が初出です。



実際には、(NO12の方はかなり強い確信を持ってご発言されていますが)、事件と同じ日に、何人もの日本人が南京市内に入っていますが、証拠となる写真は、いまだに一枚もありません。

南京には「約20万人」が居住していました。その時にそこに居合わせた日本軍の兵隊の数は、約2千人ほどだたということです。

殺害があり、確かな目撃者があった件数は、1件です。


仮に、「30万人の人々が、虐殺されたとしたら」、数が合わないところは、目をつぶったとしても(?)どんな方法で、どれくらいの時間をかけて、やったのか、また、当時、数多くの外来者(記者や文士等)が居合わせていた訳ですが、現在にいたるまで、「本物の」写真等は、一枚もありません。

残念ながら(・?)、検証の積み重ねではなく、当初から、喧伝と虚構の積み重ねであった可能性のほうが、非常に強いです。


東京裁判の時に、残された判決文書があります。ご存知のかたも多いかと思いますが、パール判事という方の書かれた、判決文書です。

このなかに南京大虐殺についての考察があり、一読をお勧めします。

「パル判事判決文書」講談社学術文庫下巻 560頁~



詳しい方がおられます。

以下、引用します。


例の南京戦虚偽捏造報道に関して下記の追加情報が来ました
ご参考にしてください
 
この度は自由主義史観研究会宛てにメールいただきありがとうございました。僭越な
がら、下の各人の所属した部隊がどのような行動をとっていたか、私の知る範囲内で
返信いたします。
 
==========(引用開始)===========
町田義成(89歳・仮名)
1913年生まれ
当時24才
第16師団歩兵第33連隊第3大隊
 
大田俊夫(89歳・仮名)
1913年生まれ
当時24才
第16師団歩兵第33連隊第3大隊
 
三木本一平(89歳・仮名)
1913年生まれ
当時24才
第16師団歩兵第33連隊第2大隊
 
===========(引用中断)==========
 
 第16師団歩兵第33連隊と38連隊は津市に本部を持つ第30旅団を構成しま
す。この第30旅団と第19旅団とで第16師団を構成しています。師団本部は京都
です。
 
 さて、まず33連隊の動きについて説明します。12月13日、南京が陥落した日
には、この連隊は昼間は下関を掃討し、夜は下関に野営しました。このうち、第2大
隊が14日に城内に進入し、宿営しています。
 この日の旅団命令では第33連隊は金川門より西中山北路ぞいの三角地帯、獅子山
を担当し、支那兵を撃滅すべしということでしたが、果たしてそこに第二大隊が向
かったところ、獅子山砲台で約200人の敗残兵に遭遇、これを投降させました。夕
刻に城内に入った第二大隊の羽田一等兵は市役所に集結した市内には死体をほとんど
見かけなかったと南京戦史にあります。また、歩兵33連隊史によれば、第二大隊が
獅子山にて武器を捨て便衣着用の残敵に遭遇、2-300人投降したと書いていま
す。
 
 しかし彼らが宿営した場所はラーベらが管理していた安全区の外であり、人っ子一
人見あたらないゴーストタウンの部分にいたに過ぎません。12月15日からは城外
掃討に移ったので、(つまり南京城の外)彼らの内14日に安全区に入って狼藉を働
くものがいるとすれば、三本木氏のみです。しかし、安全区には歩哨が立っていて、
ここには連隊長といえども入ることが許されていなかったので、第二大隊のメンバー
が安全区内の難民に危害を加えることは物理的に不可能です。すなわち、町田氏と太
田氏は南京戦に参加したと言っても南京城の外にいたのであって、難民ひしめく安全
区はおろか、南京市内そのものに入れたわけではありません。
 
 12月21日になると、新配備計画により、各部隊の配置が変更になります。第1
大隊と、第二大隊が城内を警備することになり、第3大隊は南京南方約30キロの江
寧鎮を守備することになりました。つまり、第3大隊は南京市内にここでも入ってい
ません。町田、太田の両氏は結局、南京市民とは接触していないはずです。また、第
二大隊が守備を命じられたのは住民が既に避難していないはずの南京市の南部であ
り、安全区があるのは漢中路以北でありますから、やはり住民との接触は考えられま
せん。三本木氏が南京市民と接触するとすれば14日以外は考えられませんが、先に
述べた通り、安全区内には入っていません。
 
 なお、この33連隊は1月22日以後北支にに向かったので、以後は南京市とは関
係ありません。
 
===========(引用再開)==========
田所耕太(86歳・仮名)
1916年生まれ
当時21才
第16師団歩兵第38連隊第1大隊
===========(引用終了)==========
 
 問題はこの38連隊です。この38連隊は13日には城外北部を掃討にあたり、夜
は城外に野営しました。14日には第1・3大隊が入城しましたが、夜は城外で宿営
しました。15日から24日にかけては城外を掃討し、新配備計画が出ると38連隊
が安全区も含めて警備に当たりました。
 だから虐殺に関係したとすれば、38連隊の疑いが濃くなりますが、安全区内には
住民が20万あまり、敗残兵も2万人弱はおり、警備する日本軍は2千人弱です。さ
あて、これで中国がいうように30万人も虐殺できるのだろうか。(笑)
 
 田所氏は第1大隊だとのことなので、14日に南京城内に入ったことになります
が、これは安全区ではありません。城の北部ですが、この日は33連隊の第2大隊と
は違い、夜にはもう南京城を出ています。なお、安全区には金沢第7連隊の第1・2
大隊が担当しています。この第7連隊は12月24日をもって第9師団麾下の諸連隊
とともに蘇州へ転進し、南京を去っています。事務引き継ぎの関係上、第38連隊が
安全区を含めた南京北部を掌握するのは25日以後です。それまで第16師団の各隊
は南京城東方の敵と戦っていたので、南京市内にはいませんでした。なお、安全区内
に入ったのは、38連隊の中の1個大隊ということなので、実際に住民と接触があっ
たのは2000人の中の3分の1に過ぎません。
 
 さて、38連隊がそうすると虐殺を働いていたのか?ということですが、全ての安
全区内の文書の事例や残留外国人報告事例、ヴォートリンの日記の事例、ラーベの日
記の事例を全てたしても、殺人は91件です。いわゆる日本軍の非行を全て足すと、
全部でのべ967件あることになります。このうち、目撃者のいる事件はのべ101
件です。
 しかし、その中で立件可能な事件(記録者が明らかであり、被害者も特定でき、目
撃者もいる)は殺人が2件で、歩兵38連隊が関わった事件が1件です。いいです
か。たった1件なのです。
 あれだけ外国人ジャーナリストやら日本のジャーナリストやらがいて、目撃された
38連隊による殺人が1件とは。
 その事件は1月9日に起こったものです。安全区文書及びラーベ日記に記載のある
ものですが、山西路で追跡された支那人男性が射殺されたというものだが、これはあ
の誰何事件のことです。ちなみに洞富雄氏はこの原文がexecuteになっているにもか
かわらず、これを虐殺としているのです。
 
 私は残念ながら、久米宏が全体でどんなことを言っていたのかは知りません(最後
のところだけしか見られなかったため)しかし、あの文章を読み上げる久米の顔はま
るで悪魔教の経典でも読んでいるみたいだった(笑)。
 

xxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxx

 〒816-0943
    福岡県大野城市白木原4-2-23
           日本再生ネットワーク (いかるが です!)
                電話:092-582-3589

 日本再生ネットワーク
    http://homepage2.nifty.com/ikaruga/new_page_9.htm

 日本再生ニュース(メルマガ)
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 抗議仲間募集!(メルマガ)
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 事務局長(いかるが)
    http://homepage2.nifty.com/ikaruga/

  ◆ このメールへの返事は、特に必要ございません ◆
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「三千人 丸を二つで 三十万」


これが真実です。
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>異論とか歴史学的な検証をする事自体を批判されることです。

検証=
>疑義と見られ、その事だけで虐殺を正当化したような扱いをされてしまいます。

 これは間違いです。
 南京事件の論争史をすこし調べればわかりますが、検証の歴史の
積み重ねです。

>南京大虐殺が歴史的には疑義があることは、学問的
>には常識であると言われていますが、表立ってそれ
>を学者が表明することは、日本の学会では困難のようです。

 表だって表明する事が困難なら、なぜそれが常識になりうるでしょう?

 南京大虐殺が歴史的に疑義がある事は、学問の常識でも
何でもありません。それはデマゴギーです。
 南京事件があった事が常識なのだし、資料もそれを裏付け
ています。
 南京事件の論争史は否定派のそうしたデマのウソを、地道な資料発掘に
よって一つ一つ検証していったプロセスに他なりません。

 南京事件論争史については秦郁彦氏の「南京事件」中公新書に簡潔に
まとめられています。
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>本国に送った状況報告や日記に色々な数字が飛び交っていますが、


>小林よしのり氏の著書で、5万という数字の信憑性の「低さ」
>について説明しています。

ラーベの推定した約5万人は、秦郁彦氏が日本側資料の戦闘詳報に
記載された「処分された捕虜」の総計から推計した数字とほぼ一致
しており、信頼が置けます。

 小林よしのりの「戦争論」や「ゴーマニズム」は、元資料には
載っていない事やあからさまに嘘をついていたりするので、全く
信頼できません。
 
 資料を重視している故板倉氏などから突っ込まれてあわてて
単行本化したときに言い訳を書いたりしていますが、作中で
豪語しているように本当に資料を読んでいれば犯すはずのない
間違いです。
 読んでいないか、読んでいたのなら読者を騙すためにわざと
偽りを書いたかのどちらかしかあり得ません。
 
 
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確実な情報源としては以下の二つがあげられます



(1)南京事件資料集I
   南京事件資料集II
   南京戦史
    発行元:偕行社
    
(2)南京大虐殺を記録した皇軍兵士たち
    発行元:大月書店

 特に(1)は旧日本陸軍士官学校のOB会が、南京事件を否定するために
当時の資料(陣中日誌、戦闘詳報、仕官と兵士の日記その他)を集めたもの
です。ところが当初の意図と反して出てくる資料が全て南京大虐殺を裏付け
るものばかりだったため、南京大虐殺を認めざるを得なくなったというもの
です。
 
 編集部が資料の裏を取るために資料提供者や部隊の生き残りに確認に
言ったりしていますので、資料としては最も確実です。
 編集委員に本職の南京攻略部隊の各部隊の代表と歴史学者二人、秦氏と
並んで資料重視派だった故板倉重明氏が加わっています。
 いまのところ、これが最も確実で基礎的な日本側の資料です。
 
 一部を抜粋したものはここで見る事ができます。
http://www5.tok2.com/home/JOHNVOID/index.htm

○南京市の人口について
 南京大虐殺の大部分は、戦闘終了後に捕虜となった中国の南京防衛軍の兵士が
殺害されたものですから、南京の一般市民の人口をいくらいじったところで、
殺害された人数は出てきません。

○略奪について
 略奪は無人となった民家や、外国公館、あるいは商店を狙って行われたので
あって、避難民を狙ったのではありません。
 略奪については上記の「南京戦史資料集I、II」に収録されている第16師団
中島師団長の日記や、飯沼上海派遣軍参謀長の日記に出てきます。
 中島師団長に至っては自ら略奪を行い、蒋介石の執務や住居を荒らして略奪品を
集めています。それを上司の松井司令官にたしなめられると、「略奪の何が悪い、
うるさいジジイ」と開き直って得意げに日記に記しています。
 これは松井司令官と中島中将の日記双方から確認できます。


○便衣兵について
 南京では便衣兵はいません。
 殺害された兵士は皆、国民党政府の南京防衛軍の兵士たちです。
 日本軍は投降してきた捕虜を片っ端から殺害したので(これは
飯沼参謀長の日記から確認できます)、生き残るために軍服を脱
ぎ捨てたのです。
 南京国際安全区委員会に日本軍との間を取り持ってもらい、生
命の保証を得ようした投降兵もいましたが、全員殺害されました。
 

参考URL:http://www5.tok2.com/home/JOHNVOID/index.htm
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そうですねぇ。

私としては南京大虐殺は大と呼ぶには程遠く、実際にはそれほどのものではなかったように思います。
当時南京の人口は100万人と言われているようですが、日本軍が南京に上陸したさいに蒋介石の国民軍(八路軍でしたらすみません)と市民80万人は南京を脱出してしまったそうです。残った20万の人々は貧困により脱出が不可能であった人たちのようです。
その残った市民は安全区という一区域にいたそうですが、その周りにはすでに逃げた金持ちの家がたくさんあるので、なぜわざわざ市民の中に入って略奪する必要があったのでしょう。こういっては失礼ですが、貧乏な人より金持ちから奪ったほうがよかったのでは?
当時の支那兵は便意兵とよばれるゲリラ的なものでした。兵隊が守るべき自分たちの国民から衣服を略奪し、一般人の格好をしていきなりおそってくるのです。一般人がげりらか、すくなくとも私には性格に見分けて攻撃するようなことはできません。
旧日本軍の兵隊のかたも相当苦労されたはずです。国際法でゲリラは殺してもよかったのです。
中国人への虐殺行為が批判されるなら、当時満州にいた日本人の邦人300人が虐殺された事件はどうなるのでしょう。そのほかにも残虐行為をうけた日本人は多くいたのです。数の問題ではない!という方もいらっしゃるようですが、そのとおりです。数ではありません。一般市民が犠牲になったことがいけないのです。日本も中共も被害者を抱えていたのです。
当時の自分たちの蛮行を日本軍が行ったものだと押し付けて批判している中共には嫌気がさします。
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>当時南京の安全地帯で一部始終を目にしたという、ドイツの民間人


>(だったと思いますが

ジョン・ラーベかな?その人は南京安全区国際委員会委員長だった人です。

本国に送った状況報告や日記に色々な数字が飛び交っていますが、小林よしのり氏の著書で、5万という数字の信憑性の「低さ」について説明しています。

また、殺されたのが民間人と言われているけど、便衣兵だったとか(ゲリラを殺すことは国際法上合法)、中国兵が衣服を奪うために中国人民間人を襲った分まで日本軍が殺した数字にカウントしていたりとか。。。

米軍の原子爆弾や焼夷弾は、明らかに民間人殺害を目的とした作戦行動であり、国際法の上では南京事件より罪は明らかですが、当時においてはGHQの言論統制により表立って問題にならず、現在においてはサヨク活動の成果により表立って問題になっていないのでしょう。
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#5


>インドネシア、マ-レシア,シンガポ-ル、フィリッピンの人々も、
>そのような考えでしょうか。
存じ上げませぬ。
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この回答へのお礼

回答をしてくださいました皆さん、ありがとうございました。最近読んだ本のなかに、当時南京の安全地帯で一部始終を目にしたという、ドイツの民間人(だったと思いますが、なんせ立ち読みなので詳しくは忘れてしまいました)の証言によると、確かに日本兵による虐殺があったそうです。ただ、その数は中国側が主張する30万にはほど遠い、自分が見た限りではせいぜい多くて5万であろう、ということでした。
南京大虐殺について論議されるべき本当の理由として、虐殺の人数ではなく民間人が殺されたと言うことであり、これは戦争の国際ルールを外れたものであるということでしょう。そう言う意味で、日本におとされた原子爆弾や沖縄の問題がうやむやにされていることはどういうことか、と思ってしまいます。
これは政治的な問題であると言う通り、歴史の真実を付きとめることもさることながら、外交的なカードでもあるのでしょう。

お礼日時:2001/04/26 01:21

happy people さんのご回答をいただきまして,ありがとうございます。

このヒント の「中華思想」「東夷秩序」が、インドネシア、マ-レシア,シンガポ-ル、フィリッピンの人々も、そのような考えでしょうか。私の知人のインドネシアの方も私と同じことをいっていましたので。本題の質問とはずれてすみません。 
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#3


>アジアでなぜ短期間なのに旧日本軍は評判は悪く,長く植民地していた欧米は
>憎まれにくいのでしょうか。私はこれがいつも疑問です。

「中華思想」「東夷秩序」がヒントになると思います。

支那・朝鮮において日本を含めた三国は「支那>朝鮮>日本」の序列で考えられており、当時の日本の行動はこの序列に逆らうものだったと捉えられているのでしょう。
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Q往路復路が異なる航空券について

台湾に旅行に行こうと考えており、往路は関空→台北で行き、台北→高雄は電車・バス等で行き、復路は高雄→関空で行こうと考えていますが、「往路が関空→台北」、「復路が高雄→関空」の様に往路と復路が異なる格安航空券はありますか?

Aベストアンサー

>「往路が関空→台北」、「復路が高雄→関空」

実際に台湾と関空の間でどういうルートがあるのか私は知らないのですが、
方式としては「オープンジョー」と呼ばれる買い方です。
格安航空券でも可能ですが、チケットによるので、「オープンジョー可」と書いてあるチケットにしてください。
検索サイトで試してみたら、あるかどうか分かるのでは。

参考URL:http://abroad.travel.yahoo.co.jp/tif/prepare/030.html,http://oshiete1.goo.ne.jp/qa2915462.html

Q(再)南京大虐殺で「三十万人大虐殺」を行った日本軍が・・・

前回も質問しましたが、納得のいく回答がなかったので、再掲します。


南京大虐殺の遺体処理についての質問です。

日常のニュースを見ていて思ったことなのですが、
例えば、殺人事件の発覚のキッカケが死体から放たれる異臭というケースが多々あると聞きます。
経験者が言うには、あれほど人間として耐え難い悪臭はないそうです。
しかも、たった一体の腐敗臭でさえ広範囲に漂うそうです。

1、ナチスドイツはホロコースト(ユダヤ人大虐殺)を行うにあたって、初めから死体処理工場を準備していました。ナチスに100%の遺体処理が可能だったのは、工場を建設し、あらかじめ犠牲者を収容所に監禁していたからです。

2、ソ連軍がポーランド軍の将校を抹殺したカティンの森の虐殺でも、あらかじめ将校たちに自分の墓穴を掘らせたうえで射殺しています。

3、モンゴルのチンギスハーンは、都市国家の国民を皆殺しにしたが、全員殺してしまったために死体を処理する者がおらず、死体が全部腐ってしまった。そのあまりにも悪臭に耐えかねて、チンギスハーンはその都市を放棄したそうです。



【質問1】
死体処理について何の準備もなく、偶発的に「数十万人」を虐殺した軍隊が、ただの一体も腐らせずに処理するなどということが可能でしょうか?

【質問2】
中国側のいうような「三十万人大虐殺」がもし本当にあったのならば、
99%の遺体を処理したとしても(絶対に不可能ですが)
残りの1%の、つまり3千人の遺体が現場に残されているはずです。
それならば多くの人々が腐敗臭に苦しんだという証拠が残っているはずです。
そのような証拠はありますか?

【質問3】
前準備もなく「数十万人」を虐殺した日本軍が、どのように遺体から悪臭を発せずに処理したかを教えて下さい。

前回も質問しましたが、納得のいく回答がなかったので、再掲します。


南京大虐殺の遺体処理についての質問です。

日常のニュースを見ていて思ったことなのですが、
例えば、殺人事件の発覚のキッカケが死体から放たれる異臭というケースが多々あると聞きます。
経験者が言うには、あれほど人間として耐え難い悪臭はないそうです。
しかも、たった一体の腐敗臭でさえ広範囲に漂うそうです。

1、ナチスドイツはホロコースト(ユダヤ人大虐殺)を行うにあたって、初めから死体処理工場を準備していま...続きを読む

Aベストアンサー

No.7 で何か述べている人がいますが、結論は変わりません。
> 当時の日本兵の手紙:「もう支那兵の死人が暖かになって腐
> るので、悪臭が鼻を切るように匂ってくるよ。全く戦地だね。
> 揚子江の隅には死人の山で□の如くだよ。一寸内地の人が見
> たら驚くね。腐ってどろどろになって居るよ…」

 で、これは「死体」であることは示していますが、大虐殺による死体であったことは全く意味しません。正規軍同士の戦闘結果であろうが天安門での虐殺結果であろうが、死体は死体です。五十歩百歩と言えましょう。

> これが不衛生な都市の悪臭か、あるいは死体の匂いなのかは、
> 質問者及びこのWebをご覧になっている方の判断にお任せしま
> す。

 というか、この文章からしたら死体の臭いにしか読めないのですが、
他者の読解力をずいぶんと甘く見ていますね。要するに、自称「ほぼ同じこと」が全くもって「ほぼ同じ」などではなかったというだけのことです。

> それで「3月中旬までは未処理の死体が残っていた」事は確
> 認できます。(それ以降がどうかはこれだけではわかりませ
> ん。)

 戦争が行われたのですから、死体が残っていないわけがありません。誰かが「死体が残ってい」なかったという意見を述べているとでも思っているのでしょうか。私ですら死人の存在を明言しています。
 問題は、「三十万人大虐殺」という量であり、それにより生じた三十万体の死体を処分する作戦行動の命令書の有無であり、処理し切れなかったと仮に想定した場合において残ったであろう死体の発する腐敗臭です。
 決して「死体の臭い」などという量を無視した概念ではなく。

No.7 で何か述べている人がいますが、結論は変わりません。
> 当時の日本兵の手紙:「もう支那兵の死人が暖かになって腐
> るので、悪臭が鼻を切るように匂ってくるよ。全く戦地だね。
> 揚子江の隅には死人の山で□の如くだよ。一寸内地の人が見
> たら驚くね。腐ってどろどろになって居るよ…」

 で、これは「死体」であることは示していますが、大虐殺による死体であったことは全く意味しません。正規軍同士の戦闘結果であろうが天安門での虐殺結果であろうが、死体は死体です。五十歩百歩と言えましょう...続きを読む

Q損してる?格安航空券について

先日台湾へ旅行に行こうと思い格安航空券を購入しましたがなんか損していそうな気がしてなりません。皆さんの意見を聞きたいと思います。

台北と高雄に行こうとして以下の日程で旅行会社に相談しました。

1日目 成田→高雄 午前便利用 高雄泊
2日目 高雄→台北 バスにて移動 台北泊
3日目 移動なし 台北泊
4日目 台北→成田 午後便利用

このとき、成田→高雄の直行便がないらしく予約が取れた便は以下の通りでした。

チャイナエアラインCI107便 成田→台北 9:40-12:10
チャイナエアラインCI193便 台北→高雄 13:15-14:10
チャイナエアラインCI018便 台北→成田 14:20-18:30

料金は70,000円ちょうどでした。成田と台北の往復だけでしたら35,000円位からありますし、台北→高雄の片道だけでしたら10,000円弱であるのですが、両方の組み合わせになると急に値段が跳ね上がります。他の旅行会社に問い合わせてみたのですが、どこも同じような値段になるとの事でした。

ここで2つ質問があります。
1.70,000円も出せば、成田・高雄の往復券が購入できます。今回、私は帰りの高雄→台北間の料金まで取られているのでしょうか?
2.なぜ、成田・台北間の往復券と台北→高雄の片道券の組み合わせ(45,000円)で購入できないのでしょうか?

本来なら航空券を購入するときの質問すればよかったのですが、早く予約がしたかったのでいろいろとあせっていたため、そこまで頭が回らなかったのです。
よろしくお願い致します。

先日台湾へ旅行に行こうと思い格安航空券を購入しましたがなんか損していそうな気がしてなりません。皆さんの意見を聞きたいと思います。

台北と高雄に行こうとして以下の日程で旅行会社に相談しました。

1日目 成田→高雄 午前便利用 高雄泊
2日目 高雄→台北 バスにて移動 台北泊
3日目 移動なし 台北泊
4日目 台北→成田 午後便利用

このとき、成田→高雄の直行便がないらしく予約が取れた便は以下の通りでした。

チャイナエアラインCI107便 成田→台北 9:40-12:10
チャイナエアラ...続きを読む

Aベストアンサー

度々#4です。
結果論ですが・・・

(1)チャイナエアラインCI107便 成田→台北(中正) 9:40-12:10
(2)自力で移動 台北(中正)→台北(松山)
(3)マンダリン航空(例えば)AE273便 台北(松山)→高雄 15:40-16:30
(4)チャイナエアラインCI018便 台北(中正)→成田 14:20-18:30
を、
(1)+(4)=台北往復
(3)=片道
と分けて手配すれば、(2)があるにせよ安く上がったのでしょうね。


多分ですが、CI193便単独では、手配先を替えようが日にちをずらそうが、
先に書いたような理由で出来ないと思います。

Q南京大虐殺

日中戦争について知りたいことがあるのですが、
(1)日中戦争全般での中国側の兵士、民間人、ゲリラを問わず日本兵により殺害された人数の合計

(2)南京攻略後「市内」にて、中国側の兵士、民間人、ゲリラを問わず日本兵により殺害された人数の合計

(3)第二次上海事変以降から、南京攻略までの中国側の兵士、民間人、ゲリラを問わず日本兵により殺害された人数の合計

どなたか詳しいかたがいれば回答お願いします。なお、回答においては
単に~です、ではなく根拠となる資料もできればお願いします。

Aベストアンサー

(1)ウィキでは、1350万としていますね。(抜粋)

<第二次世界大戦の結果、ファシスト・イタリアが倒れ、ドイツと日本が降伏した。犠牲者数は世界でおよそ6,000万人と言われる。主要参戦国における死亡者数の概数は、ソ連2,000万人(軍人1,300万人・市民700万人)、中国1,350万人(350万人・1,000万人)、ドイツ730万人(350万人・380万人)、ポーランド540万人(12万人・530万人)、フランス60万人(25万人・36万人)、イギリスおよびイギリス連邦50万人(45万人・6万人)、日本210万人(170万人・38万人)、アメリカ40万人(40万人・0.17万人)、イタリア40万人(33万人・8万人)と推定されている。>

 イギリスのタイムズ社のデーターをグラフにしたものでも、それに近い数字が出ています。
http://www2.ttcn.ne.jp/~honkawa/5227.html

 戦争前と戦争直後の地域ごとの大雑把な人口推計を足し合わせてその差を戦争死者としたのではないかと思います。ですから、餓死や病死(戦争の影響によるものも、そうでないものもあるかもしれません。)についても含んでいる可能性があります。

(2)
 日本は明治時代から、戸籍制度が完備しており、戦争に兵士として参加した人数などはほぼ正確ですし、民間人の死者の推計も戸籍台帳が空襲で焼失したりした場合でも、戦中・戦後できる限りの復元・情報収集が行われました。

 それに対し、中国は清の滅亡前から太平天国の乱など、国内で騒乱が相次ぎ、秦の滅亡後は軍閥が割拠して半独立国状態で、蒋介石が北伐を完了(もっとも、軍閥は蒋介石の政権下に入っただけ。)したのが1928年で、それから全国的な統治組織を整備し始めたのですから、全国統一基準の個人の住所・年齢・性別・名前の把握などは、1931年の満州事変・1937年の日華事変勃発時には、全くできていませんでした。

 ちなみに、中国が正確な人口把握を行うのは、2000年の国勢調査からで、それまでは無戸籍の人は調査されていなかったようです。
http://www.peopledaily.co.jp/j/2000/03/24/newfiles/a1330.html

 ですから、中国の戦争死者数は、日本に比べるとかなり大雑把で、南京事件の死者数の推計に対しては、中国側に基礎となる正確な資料がなく、日本側の軍の報告書などをもとに推計するのが一番実情を反映しているのではないかと推測されています。(当時、日本側には隠ぺいしようとする動きがほとんどなく、現地指揮官の手記や軍上部への報告書は、かなり信頼が置けるものと言われています。)

 南京事件の死者数では、秦郁彦氏(元大蔵官僚・防衛大学校教官)の行った日本側の資料を基にした推計が、一番確かなようです。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A7%A6%E9%83%81%E5%BD%A6

 尚、中国側も犠牲者30万については、証明できないことを専門家が認めています。(北京週報日本語版。ネット上で長く見ることができましたが、先日削除されました。)

(3)
 上記のような状況なので、時期を区切った数字は一層、不明です。

(1)ウィキでは、1350万としていますね。(抜粋)

<第二次世界大戦の結果、ファシスト・イタリアが倒れ、ドイツと日本が降伏した。犠牲者数は世界でおよそ6,000万人と言われる。主要参戦国における死亡者数の概数は、ソ連2,000万人(軍人1,300万人・市民700万人)、中国1,350万人(350万人・1,000万人)、ドイツ730万人(350万人・380万人)、ポーランド540万人(12万人・530万人)、フランス60万人(25万人・36万人)、イギリスおよびイギリス連邦50万人(45万人・6万人)、日本210万人(170万人・38...続きを読む

Q特典航空券と格安航空券の座席について

私は特典航空券、友人は格安航空券でソウルに行く予定です。
(特典航空券はANAマイレージでアシアナの特典航空券発券)

そこでお尋ねですが、事前に座席指定をInternetなどでしてない場合、特典航空券と格安航空券であっても座席は横にしてもらえますか?


また、特典航空券や格安航空券でも事前座席指定はできるのでしょうか?

Aベストアンサー

 こんにちは。
 ANAマイレージでアシアナ便の座席指定はできないと思います。
 私も何年か前に私が特典航空券、連れが格安航空券でアシアナ便に乗りましたが、横並びの座席が取れましたよ。
 よほど混雑していない限り希望は聞いてもらえると思いますが。

Q南京大虐殺の真相について

・日中戦争における【南京大虐殺】は、日本が兵の【意識高揚の為に、でっち上げた虚偽】である事を証明できる歴史的証拠や根拠は有りませんか?
・僕が報道や新聞で見た限り
(1)二人の日本兵の写真しか無い(虐殺された死体の山が写った写真が無い)
(2)報道の中で聞いた話ですが、実際に行なわれたはずなのに、中国側の被害者の家族が出てこない。
(3)当時は銃器が主兵器であり、日本刀での殺戮は想定しずらい。

・事実の究明とは別に中国の教育では【南京大虐殺】が、おまじないのように出てきます。
・【天安門事件】には触れずに、有った事が立証できない【南京大虐殺】が平然と中国国民に教育される実態に不満を通り越して恐怖すら感じます。

Aベストアンサー

アイリス・チャン著「ザ・レイプ・オブ・南京」
http://web.archive.org/web/20040622232004/http://www.history.gr.jp/nanking/iris_chan.html

Q航空券に航空券引換証って書いてあるんですが・・・。

旅行会社の個人向けフリーツアーを申し込んだら宿泊クーポンと往復航空券引換証が送られてきたんですが、その航空券引換証が普通の航空券に航空券引換証って書いてあるやつなんですけど、普通の航空券と同様にそのまま自動チェックイン機でチェックイン出来ますか?

Aベストアンサー

 つまり、そのままではあくまで引換証で、航空券ではないのですが
チェックインすることによって、航空券に引きかえることができるというものですね。
換金しないようにしているのでしょうか。
裏に磁気がついていれば、自動チェックイン機でチェックイン可能ですよ。

Q南京大虐殺

南京大虐殺の真実
http://www.nextftp.com/tarari/
南京事件 小さな資料集
http://www.geocities.jp/yu77799/

中国側の主張する30万人説は間違いにしても、上のようなサイトを見ると、南京大虐殺はあったと思われます。
しかしネット上には、いまだに否定派が幅をきかせているようです。
たとえば、
http://www.nextftp.com/tarari/nankinhodo.htm
のような記述は、否定派は否定できるのでしょうか?
私としては、「戦争のあるところ、南京大虐殺のようなことは起こりうる可能性がある。だから、戦争回避の努力をすべきだ」ということで、片付く話だと思うのですが、なぜ否定派は否定しつづけるのでしょうか?
中国側にも、「中国人でも状況が重なったら、南京大虐殺のようなことをするかもしれない。だから、自らも襟を正すべきだ」ということもできると思います。
なぜ否定派は不毛な否定をつづけるのでしょうか?それとも、南京大虐殺がなかったという決め手はあるのでしょうか?
どなたかコメントお願いします。

南京大虐殺の真実
http://www.nextftp.com/tarari/
南京事件 小さな資料集
http://www.geocities.jp/yu77799/

中国側の主張する30万人説は間違いにしても、上のようなサイトを見ると、南京大虐殺はあったと思われます。
しかしネット上には、いまだに否定派が幅をきかせているようです。
たとえば、
http://www.nextftp.com/tarari/nankinhodo.htm
のような記述は、否定派は否定できるのでしょうか?
私としては、「戦争のあるところ、南京大虐殺のようなことは起こりうる可能性がある。だから、戦争...続きを読む

Aベストアンサー

こんにちは.

南京大虐殺は,歴史の問題ではなく政治の問題になってしまったので,学問ではなく政治で決着をつけなくてはならなくなってしまいました.否定派が後を絶たないのはそれが原因だと私は考えています.

>しかしネット上には、いまだに否定派が幅をきかせているようです。

幅をきかせているかどうかは判断が分かれますが,否定派は無視できるほどの少数派ではありません.
その理由はあなたご自身がよくご存じのはずです.

>中国側の主張する30万人説は間違いにしても、

あなたは中国側の主張する30万人説に疑問を持っている,または,疑問を挟む余地があると考えている,ということですね?

あなたは南京大虐殺の否定派の一人です.
あなたが望まないとしても,否定派としてカウントされます.
あなたは,自分が否定派であることを自覚して下さい.

南京で日本軍と中国人の間に不幸な事件が起きたことを否定する人はいません(いますが,無視できるほどの少数です).が,今現在,南京大虐殺を(政治の問題ではなく)歴史の問題としてメスを入れようという試みは,南京大虐殺を否定する行為としてカウントされてしまうため,否定派は後を絶たないのです.

南京大虐殺が政治の問題になってしまった以上,それはやむを得ないことなのです.

こんにちは.

南京大虐殺は,歴史の問題ではなく政治の問題になってしまったので,学問ではなく政治で決着をつけなくてはならなくなってしまいました.否定派が後を絶たないのはそれが原因だと私は考えています.

>しかしネット上には、いまだに否定派が幅をきかせているようです。

幅をきかせているかどうかは判断が分かれますが,否定派は無視できるほどの少数派ではありません.
その理由はあなたご自身がよくご存じのはずです.

>中国側の主張する30万人説は間違いにしても、

あなたは中国...続きを読む

QJALマイレージ航空券と格安航空券について

JALのマイレージ特典航空券でハワイへ行きたいと思っています。夫婦ふたりなのですが、一人分しか特典航空券はありません。個人手配でもう一人分のチケットを購入することになると思うのですが、JAL系列のJALパックではなくほかの格安航空券を発券しているHISなどでも、一人は特典航空券、一人は格安購入の航空券、といったように旅行申し込みはできるものなのでしょうか?

Aベストアンサー

こんばんは、miletravelerと申します。

まず手順ですが…。

特典航空券は既に予約・発券できていますか?HP上で希望日の便が取れるかどうかの確認はすぐにできますので、そこから始めた方がいいですね。

そして、特典航空券が取れる場合は、多くの場合正規割引航空券(いわゆるJAL悟空など)用の席は空いていると思いますので、同時並行で有償航空券をwebで購入。そうすれば、間違いなく同じ便で二人分の予約が完了します。

日系の航空会社の場合は、正規割引航空券も結構お手ごろな価格だったりします。包括運賃(いわゆるツアーのバラ売り)のチケットよりマイルの積算率も良いので、ハワイへ行くのなら、わざわざ格安券でなくてもいいと思いますし、旅行代理店を通す必要性も感じないのですが…。JALのホームページで今回のようなケースは全て用足ります。

そして、予約が完了したら、eチケットの控えを持って、当日二人でチェックイン。事前に座席指定なぞしていなくてもほとんどの場合、その場で二人並び席で座席をアサインしてくれるはずです。実際この方法で特典航空券の同行者と購入した私とで、席がバラバラになったことはありません。ただし、空港へは早めに行くことが前提です。

なお、当日早めに行けば、予約がされていない範囲で居心地の良い席を確保できることもあります。(バルクヘッド=前が壁の席や非常口席=前に席がないので足元が広い)
だめもとでリクエストしてみることをお勧めします。

また、他の方のアドバイスにもあるように3月までの搭乗ならおともdeマイルも割安ですね。

よい旅を。

こんばんは、miletravelerと申します。

まず手順ですが…。

特典航空券は既に予約・発券できていますか?HP上で希望日の便が取れるかどうかの確認はすぐにできますので、そこから始めた方がいいですね。

そして、特典航空券が取れる場合は、多くの場合正規割引航空券(いわゆるJAL悟空など)用の席は空いていると思いますので、同時並行で有償航空券をwebで購入。そうすれば、間違いなく同じ便で二人分の予約が完了します。

日系の航空会社の場合は、正規割引航空券も結構お手ごろな価格だったりします...続きを読む

Q「南京大虐殺」

皆さんこんにちは。

私は、普段から疑問に思っていたことを、皆さんのご協力で解決していただければ、ありがたく思います。

今回は「南京大虐殺」があったとかなかったとかではなく、「あった」とされる人は、いったい何を根拠に、何を理由に「あった」と信じているのか、それを教えていただければ幸いです。

私は「南京大虐殺」の真偽には興味はないのですが、「あった」とされる側の根拠、理由がいまいちわかりません。

今さら証拠などとはいいません。ささいなことでも良いのです。
極端な話、「どこかのサイトでみて信じている。」でも結構です。

なお、私は中間的な立場のため異論、反論は一切致しません。
また他の回答者様どうしの論争も困ります。
純粋に知りたいだけなので、何卒よろしくお願い致します。

Aベストアンサー

当時の日本軍の性格からしまして、占領地の住民への虐待が無かったと考える事にそもそもムリがあります。
規模の大小は別にしまして、無かったはずがないのが正しい見解でしょう。
旧日本軍の場合、食料などの物資は、現地調達が原則であり、補給の確保をないがしろにしており、必要最小限の物しか補給しませんでした。
このやりかたは、ナポレオンが積極的に利用し、急速な軍の移動に効果的でしたが、占領地住民の多大な反発を買い、反ナポレオンへとかりたてます。
現地調達といいましても、正当なる代価を支払えば問題ありませんが、戦争中の軍隊にそれができるはずはなく(特に補給の劣悪な日本軍では)、いきおい強制徴収となりかねません。
当然それに対する反発はあったでしょう。
日本国民に対しても高圧的であった日本軍が、占領地の住民に寛大であったとは思えません。
そういった住民の不満が、なんらかの原因で爆発したとき、虐殺・虐待はあって当然であると信じています。
また当時の中華民国軍では、便衣隊なる軍の制服を着用しない(できない)部隊がありました。
また崩壊した軍の兵士が軍服を脱ぎ人民にまぎれて逃げ出していました。
そういった兵士への対処において、一般の人民への犠牲は当然起こりうるものです。
一般住民への対処を非常に注意しているイラクやアフガニスタンのアメリカ軍においても、それは避けられない事であるため、一般住民への犠牲がかなり出ています。
当時の日本軍が、現在のイラク中流アメリカ軍以上に占領地住民への犠牲に関して注意をしはらったとはとても思えません。
こういった事から、無かったと考える事にムリがあります。

これらの問題を話題にする時に、「証拠が無い」という言い方は言ってはなりません。
「証拠が無い」という言い方は、かえって逆効果をうみ、外の第三者からは、証拠を隠滅しているとしか見えません。
国際世論は、陪審員製の裁判と同じで、証拠の有無よりもどれだけ陪審員を納得させるかが勝負となります。
そんな状況において、開き直るような態度は、日本の立場を悪くするだけです。

犠牲者の数においても、加害者側と被害者側の見解の相違から大きく異なる事は、当然です。
かりに当時の日本軍兵士が、暴動鎮圧のために空にむかっって銃を撃った場合、日本軍としては犠牲者0(一次被害者)と認識します。
ところが被害者側では、パニックにむなって転んで負傷した(二次被害者)り、そのためにはたらけなくなり子供が餓死した(三次被害者)なども集計されます。
これは、現在のイラクでの被害者が、米軍発表のものとNGO発表のものと大きく食い違う原因にもなっています。

当時の日本軍の性格からしまして、占領地の住民への虐待が無かったと考える事にそもそもムリがあります。
規模の大小は別にしまして、無かったはずがないのが正しい見解でしょう。
旧日本軍の場合、食料などの物資は、現地調達が原則であり、補給の確保をないがしろにしており、必要最小限の物しか補給しませんでした。
このやりかたは、ナポレオンが積極的に利用し、急速な軍の移動に効果的でしたが、占領地住民の多大な反発を買い、反ナポレオンへとかりたてます。
現地調達といいましても、正当なる代価を...続きを読む


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