呀は啊と同じ意味。

文末に置いて感嘆を表す。


(1)
真 便宜(pián yi) 呀!
ずいぶんやすいですね

前の韻母がa,e,i,o,ü¨であるとき,‘啊a’が‘呀ya’に変わる

啊の前の音が『i』だから啊が呀に変化

(2)
没有 零钱(líng qián) 呀・・・
小銭がないなあ。

呀の前の音が『n』なのになぜ、啊じゃなくて呀になるんですか?

ここの呀の意味は、別の意味の呀になるんでしょうか?

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A 回答 (2件)

いや、「呀」や「啊」や「、どれがどれの変化形じゃないよ。


前の音との関係全然ないよ!
ただ、「啊」は感嘆という表現で、「呀」はびっくりするの表現。

でも、「真便宜啊」「没有零钱啊」もよく言います、使用するときは、表現したい気持ちに対して、使用すればいい。
実は、こういう質問は、研究の必要はないともう。
好きにして使えばいいですよ。
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この回答へのお礼

「啊」は感嘆という表現で、「呀」はびっくりするの表現。 ←ありがとうございます。

研究の必要ない ←そうだけど、気になると問題解決したくなってしまいます。

好きにして使えばいい ←まだ上手く使いこなせてないです。

お手数かけてすみません(汗)

お礼日時:2011/04/27 07:24

弱い啊が直前の「n」によって音便変化する場合は「哪」というのが定説ですが、もっと強い気持ちを表すとしたら、「哪」よりも「呀」の方がよいような気がします。



まあ、話し言葉では「n」まできっちり発音して終わらなければ、その前の母音のままの音便で「ya」になるのもわかる気もします。勢いで発音してみればそうなりますよね?ならない?
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    • 1
この回答へのお礼

先生に確認したところ、ここの呀は変化の啊ではなくて、もともと『呀』として使い、
「~だなあ」「~だね」という風に使うみたいです。

先生に辞書で確認したんですが、意味がでてこないです・・・。

呀を啊に変えても使えるみたいだけど、男性が使うと聞く側は鳥肌が立つようです(笑)

お礼日時:2011/04/27 07:21

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Q「好的」と「是的」の違いについて

最近中国語の勉強を始めました。
はい、イエスを意味する言葉として「好的」と「是的」がありますが
この使い分けはどうすれば良いのでしょうか?

Aベストアンサー

まず、「好的」は良い・OKなど、了承を表す意味を持ちます。

例:「明天9点半在学校門口見面、好ma?」→「好的」
(明日9時半に学校の校門前で待ち合わせでいいですか?→いいです)


「是的」は、その通り・合っているなどの肯定を表す意味になります。

例:「ni是日本人ma?」→「是的」(あなたは日本人ですか?→そうです)


あと、正反疑問文の「好不好?」「是不是?」で聞かれた場合は、その動詞に対応して回答します。

・「好不好?」→好/不好     ・「是不是?」→是/不是

ご参考までに。

Q中国語の「もし」(要是、如果、・・・話)

「もし・・・なら」という意味の中国語(普通話)は、
ぱっと思いつくだけでも
要是
如果
・・・話
があります(日中辞典によれば、もっとあります。)が、
この意味・ニュアンスの違いを教えてください。


如果・・・話
の代わりに
要是・・・話
という言い方は可能ですか?
可能なら、意味・ニュアンスはどう変わりますか?

Aベストアンサー

 こんばんは。

 まず、「・・・話」ではなく、「・・・的話」のように覚えましょう。

 それから、「もし・・・なら」という意味の中国語と言えば、次のような言い方は全部ありえます。意味は同じで、言葉の硬さぐらいの違いなので、お気軽に考えてください。

書き言葉、話し言葉
1.如果      

話し言葉
2.如果……的話  
3.要是      
4.要是……的話
5.……的話     

 「如果」はちょっと硬い感じの言葉なのですが、それでも会話でしばしば使われます。

「もし明日雨が降ったら、私は行きません。」

1.如果明天下雨,我就不去。
2.如果明天下雨的話,我就不去。
3.要是明天下雨,我就不去。
4.要是明天下雨的話,我就不去。
5.明天下雨的話,我就不去。

 硬さを順に並べると、1>2>=3>4>5のようになっていると思います。また、条件節を受ける働きとして、よく二番目の文節に「就」が来ます。

 ちなみに、「明天」を「如果」と「要是」の前か後ろか、どちらに置いてもかまわないのですが、「我」を「就」の前に置くべきです。つまり、このようなことです。

○如果明天下雨,我就不去。
○如果明天下雨的話,我就不去。
○要是明天下雨,我就不去。
○要是明天下雨的話,我就不去。
○明天下雨的話,我就不去。

○明天如果下雨,我就不去。
○明天如果下雨的話,我就不去。
○明天要是下雨,我就不去。
○明天要是下雨的話,我就不去。
○明天下雨的話,我就不去。

×如果明天下雨,就我不去。
×如果明天下雨的話,就我不去。
×要是明天下雨,就我不去。
×要是明天下雨的話,就我不去。
×明天下雨的話,就我不去。

×明天如果下雨,就我不去。
×明天如果下雨的話,就我不去。
×明天要是下雨,就我不去。
×明天要是下雨的話,就我不去。
×明天下雨的話,就我不去。

 こんばんは。

 まず、「・・・話」ではなく、「・・・的話」のように覚えましょう。

 それから、「もし・・・なら」という意味の中国語と言えば、次のような言い方は全部ありえます。意味は同じで、言葉の硬さぐらいの違いなので、お気軽に考えてください。

書き言葉、話し言葉
1.如果      

話し言葉
2.如果……的話  
3.要是      
4.要是……的話
5.……的話     

 「如果」はちょっと硬い感じの言葉なのですが、それでも会話でしばしば使われます。

「も...続きを読む

Q中国語 ”不可以”と”不能”の違い

中国語で ”不可以”と”不能”はどうちがうのでしょうか?
たとえば、「日本可以 ロ乞 鮮魚片。」の否定文は
「日本不能 ロ乞 鮮魚片。」ですが、
「日本不可以 ロ乞 鮮魚片。」といえるのでしょうか?

Aベストアンサー

こんにちは。私も単なる中国語の“いち学習者”ですが、大変懐かしい疑問でしたのでお答えします。
可以と能、そしてもうひとつ“会”の使い分けは、日本人の中国語学習者なら、必ず一度は通る関門なのですよ。えぇ、私だってこの2つには大混乱しましたとも!(^^)

例えば同じ『食べられない』という事を言う時、日本語であれば どんな場合も『食べられない』という言葉を使い、では何故食べられないのかを説明する時には、先に理由を述べてから表現します。つまり…

(1)この刺身は私のものではないので ←理由を述べて → 食べれない 
 = 中国語は一言 不可以口乞 と表現(食べようと思えば食べられる)

(2)今日は魚を買い忘れたので刺身は ←理由を述べて → 食べれない
 = 中国語は一言 不能口乞 と表現(物理的に食べるのは無理)

…と言うようにです。(1)と(2)の日本語、違うのは前の説明文であって、結局は どちらにも同じ『食べられない』を使っていますね。
ところが中国語では『出来る・出来ない』という表現方法が何種類も用意されているのです。ここでの話ならば、日本には1つしかない『食べられない』が、中国語では3つも4つもあるのですね。この辺はお分かりでしょう。
最初は面倒に感じるでしょうが、慣れてしまえば日本語のように長々と理由を述べなくても、一言で意志を伝え理由を理解出来るのです。その表現方法の代表が可以と能(会)です。


初めて納豆を見た中国の人が あなたに食べられますか?と聞く時も、その方が 能口乞ma? とあなたに聞いたとすれば、それはあなたに『これはそもそも食べる事が出来るものか?』とか『中国人の私にも食べられるものか?』というニュアンスの『食べれるか?』です。

一方、可以口乞ma? と聞いた時、それは単にあなたに食べる許可を求めているという事になります。

…難しいかな? (というか説明も難しいんです)(^_^;)
残念ながら、これは自分で色んな場面を考えて、この場合は可以かな?能かな?と考え、慣れて行くしかないと思います。
今後は さらに会という表現、また~得(不)了とか ~得(不)下 などの出来る出来ない表現も出てくるでしょうから、まずはシッカリ可以と能の使い分けを体得しましょう。
頑張って!!

こんにちは。私も単なる中国語の“いち学習者”ですが、大変懐かしい疑問でしたのでお答えします。
可以と能、そしてもうひとつ“会”の使い分けは、日本人の中国語学習者なら、必ず一度は通る関門なのですよ。えぇ、私だってこの2つには大混乱しましたとも!(^^)

例えば同じ『食べられない』という事を言う時、日本語であれば どんな場合も『食べられない』という言葉を使い、では何故食べられないのかを説明する時には、先に理由を述べてから表現します。つまり…

(1)この刺身は私のものではないので ←理由を...続きを読む

Q(中国語)就是について・勉強方法もおしえてください!

今、中国語の勉強のために中国の方のインタビュー記事を
読んでいます。その中に「就是」という単語がよく出てきます。

なんとなくは分かるのですが、これは日本語でいう「まあ」みたいな
あまり意味のない言葉として捉えていいのでしょうか。
それとも、ないと文法的におかしいのでしょうか。

例えばこんな感じです。
「~有一点舒服、可是就是唯一就是朋友都不在。」
 ~快適だったが、唯一(寂しかったのは)友達がいなかったこと
 です。

といった具合にこんな短い文の中に2つも就是が入ってくるのです。
中国人のように喋りたい!と思って勉強しているのですが
自分ではこんな風には喋れないだろうな~と思うのです。

「就」とか「就是」を会話の中で自然に入れてみたいのですが、
どうすればいいのでしょうか。
(不是~就是などの構文は使うことは出来るつもり…)

あわせて勉強方法も教えていただけたら嬉しいです。(中級者)
今はこのインタビュー記事を聴き取り、内容を理解し
暗記しようとブツブツつぶやいています。
でもつい就是のような細かい(?)部分が気になって
先に進まないというか…。
気にせずにどんどん暗記したほうがいいのでしょうか。
これから中国語スクールにも通う予定です。

どれかひとつでも構いません。
アドバイス等よろしくお願いいたします。

今、中国語の勉強のために中国の方のインタビュー記事を
読んでいます。その中に「就是」という単語がよく出てきます。

なんとなくは分かるのですが、これは日本語でいう「まあ」みたいな
あまり意味のない言葉として捉えていいのでしょうか。
それとも、ないと文法的におかしいのでしょうか。

例えばこんな感じです。
「~有一点舒服、可是就是唯一就是朋友都不在。」
 ~快適だったが、唯一(寂しかったのは)友達がいなかったこと
 です。

といった具合にこんな短い文の中に2つも就是が入っ...続きを読む

Aベストアンサー

この場合の就是は、日本語の「ほんとに、やっぱり、まさに」と言った意味の使い方ですね。すっごく強調したい、まさにこう言いたい。
意味は違いますが、英語だと「you know」というのがありますが(「まあ」、「えーと」、「あのー」の語感)、こちらは、あまり知的とは受け取られません。
有名人の真似をするのは、そういう趣味の世界では楽しいですが、会話の中で、こんなに入れる必要もないと思いますよ。
きちんと、意味のある場所に的確に使うのでないと、変に流行り口調にかぶれてるだけだとか、あまりよい印象はもたれないのではないでしょうかね。

>でもつい就是のような細かい(?)部分が気になって
と書かれているように、変に入っていると、聞きにくいですよね。(笑)
こういう表現は、本当に自分の感覚に馴染まないうちは使わない方がよいです。(勘違いして使ってしまう恐れもありますから。)
そういうわからない点、あいまいな点を除いたら、「気にせずにどんどん暗記したほうがいい」と思います。
そして、ある程度馴染んできたら、少しずつ取り入れれば、会話にリズムが出てくることでしょう。

この場合の就是は、日本語の「ほんとに、やっぱり、まさに」と言った意味の使い方ですね。すっごく強調したい、まさにこう言いたい。
意味は違いますが、英語だと「you know」というのがありますが(「まあ」、「えーと」、「あのー」の語感)、こちらは、あまり知的とは受け取られません。
有名人の真似をするのは、そういう趣味の世界では楽しいですが、会話の中で、こんなに入れる必要もないと思いますよ。
きちんと、意味のある場所に的確に使うのでないと、変に流行り口調にかぶれてるだけだとか、あまり...続きを読む

Q「知道了」と「明白了」の違い

どちらも「わかりました。」という意味だと書いてあるものと、「知道了」は、
「知っています。」と書いてあるものがありました。使い分けをおしえてください。

Aベストアンサー

明白了とか、知道、あるいは了解については、なかなか難しいですね。
まあ、雰囲気的にすっきりした、はっきりした場合の「わかった」が「明白」で、知らなかったことがわかったのは「知道」ですかね。
こんな記事もあります。↓
http://blog.mag2.com/m/log/0000118755/105369720.html

「知道了」は「知っています」というか「知りました=わかりました」ということですね。
「不知道」を日本語にするときに「知ってない」という表現には、よく出くわします。(笑)
(通常は日本語としては「知っていない」と言う方が違和感がありません。)

以上で、明白了[ロ馬]?

Q中国語の「読む」の念。 读。 看。の違いについて

ネットでこの3つの違いを質問したところ、簡単にまとめると下の3つの違いになりました。

(1)我念书。 声を出して読む。 音読。「勉強する」という意味もある。
(2)我读书。 声を出して読む。 音読。「勉強する」という意味もある。读书の方がやや硬い表現。
(3)我看书。 声を出さずに読む。黙読。雑誌や趣味の小説などを読む場合。勉強で本を読むではない。

では、参考書を読む場合は、どうなるのですか?
参考書は勉強で読むので、念、读を使います。
しかし、参考書を読む時に声に出して読んだりしません。
あえて、声に出して参考書を読む場合は、問題ないです。

参考書でも、声に出さずに読む場合は、看を使うのか?
それとも、念、读を使うが、黙って読む。のように中国語の「黙って」という単語を入れるのですか?
念、读を使ったからと言って、必ずしも声を出して読まなければならない、訳ではないなら大丈夫ですが・・・

(1)念、读でも絶対に声を出して読む訳ではないのか?
(2)それとも、声を出さない場合は、勉強で本を読む場合でも、看を使うのか?

細かい部分ですが、知っている方がいれば教えてください。

ネットでこの3つの違いを質問したところ、簡単にまとめると下の3つの違いになりました。

(1)我念书。 声を出して読む。 音読。「勉強する」という意味もある。
(2)我读书。 声を出して読む。 音読。「勉強する」という意味もある。读书の方がやや硬い表現。
(3)我看书。 声を出さずに読む。黙読。雑誌や趣味の小説などを読む場合。勉強で本を読むではない。

では、参考書を読む場合は、どうなるのですか?
参考書は勉強で読むので、念、读を使います。
しかし、参考書を読む時に声に出して読んだりしません。
あ...続きを読む

Aベストアンサー

中国語学習経験者です。

「我念书。」は音読、「我看书。」は黙読、「我读书。」は音読黙読どちらにも使えるんだったけどうだったっけ、と覚えていました。
そこで、中国で出版されている基本的な辞典「现代汉语词典」でご質問の3つの単語を調べてみました。

まず「读」から。
意味が4つ載っていました。原文で書きます。
(1)看着文字念出声音 (文字を見ながら声を出して読み上げる)
(2)阅读;看文章 (閲読;文章を見る)
(3)指上学 (学校で学ぶことを指す)
(4)(この質問には関係ないので省略)

次に「念」。
2つ意味が載ってまして、(1)は「读」(1)に同じ、(2)は「读」(3)に同じです。

最後に「看」。
たくさん意味が載っていますが、この質問に関係あるのは
 使视线接触人或物 (視線を人や物に触れさせる)
です。

まとめると
★「念」は必ず声を出して読む
★「读」は音読する場合(意味1)と黙読する場合(意味2)とがある
 #读(2)に「默读」という用例が載っていました
★「看」は「見る」ことであって「声を出す」という意味はないので本を読む動作に使うときは黙読の意味になる
となります。

また「读(书)」や「念(书)」は上の读(3)にもあるように「勉強する」というよりは「学校に行く」というニュアンスです。
家などで自習する場合には使わないと思います(その場合は「学习」を使う)。
大昔に中国留学経験がありますが、そのとき「学校に行く(通学する動作を指すのではなく学校で学ぶことを指す)」という意味で「读书」という表現をよく聞きました。

なので、勉強のために参考書を黙読するのは
「我看参考书。」
という表現でいいと思います。
質問文で書いていらっしゃるように一般的には参考書は勉強する目的で読むので、動詞「看」には「勉強する」というニュアンスはありませんが「看参考书」という表現で「勉強のために参考書を読む」と普通の人は理解すると思います。
「勉強のために」というのを強調したいのであれば
「我为了学习看着这本参考书。」
と表現すればいいでしょう。
逆に、楽しみのために参考書を読む(黙読)のであれば
「我为了取乐看着这本参考书。」
と言えばいいでしょう。

中国語学習経験者です。

「我念书。」は音読、「我看书。」は黙読、「我读书。」は音読黙読どちらにも使えるんだったけどうだったっけ、と覚えていました。
そこで、中国で出版されている基本的な辞典「现代汉语词典」でご質問の3つの単語を調べてみました。

まず「读」から。
意味が4つ載っていました。原文で書きます。
(1)看着文字念出声音 (文字を見ながら声を出して読み上げる)
(2)阅读;看文章 (閲読;文章を見る)
(3)指上学 (学校で学ぶことを指す)
(4)(この質問には関係ないので省略...続きを読む

Q中国語で「そういえば」ってなんていうんですか?

質問2つあるんですが。

「そういえば」と「とにかく」って中国語でなんていえばいいんでしょうか?

誰かわかる方教えてください!

Aベストアンサー

いつもお世話なってます。

「そういえば」⇒「说起来、・・・」あるいは「对了、・・・」
「とにかく」⇒「不管怎么说、・・・」あるいは「总之、・・・」

となります。

ご参考になれば幸いです。
よろしくお願いします。

Q中国語(台湾)で我等你の意味

中国語(台湾)を話す人にとって
我等你という言葉はどういう意味合いになりますか?
詳しい方いましたら回答宜しくお願い致します。

Aベストアンサー

あなたを待つ。あなたが実行することを待っているのです。それが会いに行く事なのか、就職することなのか、懸案事項に着手することなのか、求婚なのか、わかりませんけれども。

Q中国語の質問

中国語で、あいづちを打つ”そっか”は、どのように言うのですか?
教えてください。

Aベストアンサー

はばかりながら、ちょっぴりおせっかい。
ggooo123さんが、もしも中国語学習者でなかった場合に
混乱するのではないかと思い、補足させていただきますね。
先の方々が回答されている [口屋]とか[口奥][口恩]という
のは、日本語の「口という字+屋という文字」の2文字ではなく、
「口ヘンに屋」「口ヘンに奥」で一文字の中国漢字です。
日本語のフォントでは出せない中国文字を工夫して表記したモノ
です。他も同様。
私はよく「是[口馬]」[シーマ]というのも使いますねぇ。
「そうなんだぁ」というニュアンス。でも、このシーの発音が
微妙に難しいかも。文章で説明するのは極めて困難。でも、
タイミングよく発すれば通じるはず! がんばってくださいね~♪

Q「会」の使われ方がよくわかりません

中国語を独学している初学者です。

中国語で以下の文章を書いたところ、日本語を勉強している中国人の大学生からいくつかの添削が入りました。
いずれも、“会”の使い方がダメらしく、文中“ ”でくくったように“会”についてたくさん間違いを指摘してもらいました。
どうしてここに“会”が必要なのかが、よくわかりません。

#1 自分の故郷が舞台になっている映画について書いた一節:
所以看了这部电影,我就经常"会"想起我故乡。
(だから、この映画を見ると、私はいつも故郷を思い出してしまいます。)

#2 友だちが、クリスマスにホームパーティーに招待してくれた時のエピソードの一節:
每年她的丈夫都"会"为(/给)我们做许多晚会的料理,我"会"提供几瓶日本酒,而别的朋友也"会"提供几瓶葡萄酒。
(毎年彼女の夫が私達の為にたくさんの料理を作ってくれます。私は何本かの日本酒を、別の友達は何本かのワインを提供します。)

“会”そのものの意味の他、たぶん、自分は中国語的な文章のつくり方・発想が理解できていないのだと思います。
日本語に、意訳でなく、直訳していただけるとその発想の違いが感じ取れるのかもしれません・・・。
どうぞよろしくお願いいたします。

中国語を独学している初学者です。

中国語で以下の文章を書いたところ、日本語を勉強している中国人の大学生からいくつかの添削が入りました。
いずれも、“会”の使い方がダメらしく、文中“ ”でくくったように“会”についてたくさん間違いを指摘してもらいました。
どうしてここに“会”が必要なのかが、よくわかりません。

#1 自分の故郷が舞台になっている映画について書いた一節:
所以看了这部电影,我就经常"会"想起我故乡。
(だから、この映画を見ると、私はいつも故郷を思い出して...続きを読む

Aベストアンサー

「就」や「都」などの副詞や「会」、「能」などの助動詞(能願動詞)は、日本語に慣れているとなかなかうまく使えませんね。
語気助詞を含めて、ニュアンスを出す話法は、本場の会話で雰囲気をつかまないとなかなか頭では理解できても使えません。

まず、#1 の「会」は、英語の「must」で考えるとわかりやすいかもしれません。
「~しなければならない」の方ではなく、「~に違いない」「~のはずだ」の方です。
「当然、そうだ」という場合の「会」で単に辞書にある「可能性」よりももっと強いものです。
可能性よりも必然性と言ってもいいでしょう。必ずそうなるのです。

なお、否定したときの「不会」には「できない」以外に「~はずがない」という用法があります。

つまり、淡々と「いつも思い出す」のではなく「本当に(←就)いつも、必ず(←会)思い出す」のです。
このようにして、自分の言いたいことを誇張気味に話すのが中国語の特徴です。
相手に伝えたいことがある以上、控えめなんてことはありません。(笑)

#2 の用法では、#1 と同様に「当然のように~する」という意味があります。
辞書にも「~するものだ」という意味が出ていると思います。
それ以外にも「会」には「上手である」という意味もあります。
つまり腕前を強調しているので、単に「毎年恒例なので当然~する」以上に「うまくこなせる」「手馴れている」という意味にもとれます。
「会」がはいっていないと単純な習慣の事実を記述しているだけですが、「会」が入ると、毎年やっていて生き生きとした動作と楽しげな雰囲気が感じられるようになります。

以上、個人的な解釈が多分に含まれていますので、文法的な正解を踏み外しているかもしれませんが、それが言葉と言うものだと思っています。

「就」や「都」などの副詞や「会」、「能」などの助動詞(能願動詞)は、日本語に慣れているとなかなかうまく使えませんね。
語気助詞を含めて、ニュアンスを出す話法は、本場の会話で雰囲気をつかまないとなかなか頭では理解できても使えません。

まず、#1 の「会」は、英語の「must」で考えるとわかりやすいかもしれません。
「~しなければならない」の方ではなく、「~に違いない」「~のはずだ」の方です。
「当然、そうだ」という場合の「会」で単に辞書にある「可能性」よりももっと強いものです。
可能性...続きを読む


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