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漢字で書かない文字は基本的にひらがなで、しかし外来語はカタカナで、表記するというふうに小学校で習いました。

戦前は今のひらがなのような用い方でカタカナが使われていたみたいですね。

どちらも表音文字で、ある意味同型、つまりひらがなにはあってカタカナには無い音(逆も同様)はありません。

それならひらがなだけ使われたり、カタカナだけ使われたりして他方が廃れてしまっていてもおかしくないような気がするのですが、どうして両方の文字体系が存在しているのでしょう?アルファベットの大文字と小文字というのとは役割が違いますし。

A 回答 (4件)

ひらがなとかたなかの使い方の歴史的経緯をみると、必ずしも同じではありません。



カタカナのほうが「男文字」ですので、仏教経典などの学問的(むかしは宗教も学問だったのです)なもの、漢文を読み下すのに必要なカナとか注釈はカタカナで行われていました。
それに対して、鎌倉幕府以来武士階級の利用する文字はもっぱら漢字交じりのひらがな表記であり、鎌倉幕府開闢以降は「武士以下はすべて幕府の支配になる(公家と仏門・神道衆は、必ずしも幕府の権威が及ばない)」とされましたので、商人などもひらがな交じりの文章を書くようになります。
いわゆる大福帳なども漢字交じりのひらがな表記です。


これは推測ですが、明治になると天皇元首制に復活したことによって、公家が官僚として政府に入り込み、法律などを整備する際に、漢文体を選択したのでそのままカタカナが主流になったのだと思います。
仕事をしていれば分かりますが、法律に関係する書類や法律に沿った文章は結構多いため、法律がカタカナ交じりの文章でかかれていれば、一般的にもカタカナが主流になります。
ちょうど、鎌倉幕府以来のひらがな主流が逆転したようなものでしょう。

それが戦後になって、明治憲法以下古い制度を否定し、新しい日本国を作るという名目で、新憲法の発布からひらがな交じりの漢字表記に変わり、古い法律はそのままだったのですが、新しく作る法律はすべてひらがな交じりの漢字で表記されるようになりました。
また、国語も原則としてひらがなを先に教えるようになった、と記憶しています。

ちなみに古いまま存続していた民法や商法などはかなり後までカタカナ交じりの文章で書かれていましたが(20年前、法学部生だったころの六法ではカタカナ表記でした)平成に入ってから現代文に改める作業が開始され、今ではすべてひらがな交じりの現代文に変更されているはずです。

戦前まではこのようにして、カタカナ優位でありながら、大福帳のように商売ではひらがなも利用されるという使い方で併記されていたのだと思います。

戦後になって、ひらがな優位になったのですが、今度は大量に英語をはじめとする外国語が入ってくるようになり、戦前のように翻訳する余裕がなくなったために、カタカナで表記するようになったのだと思います。

戦前ならパリ=巴里、トンネル=隧道のように音をそのまま漢字表記にしたものや、日本語(漢字)に翻訳したもので十分だったのですが、戦後はそうもいかなくなり、ひらがなが標準的な表記になったために、カタカナを外国の音にあててそのまま日本語文章に挿入するようになったのです。

戦前(戦後すぐぐらいまで)の日本人が以下に外来語になれていなかったかの例を下に見ることができます。
映画「ロード・オブ・ザ・リング」の原書である指輪物語の初版の外来語表記です。
たとえばブラックライダーは「黒の乗手」、ゴラムは「ゴクリ」と約されています。
(ちなみにゴラム:Gollumも喉が鳴る音なので「ゴクリ」と意味は一緒。ゴラムは指輪の魔力で声がほとんどでないし、自分の名前を忘れてしまって、名前を聞かれても喉を鳴らすことしか出来ない)

その他の詳しい説明はWIKI http://ja.wikipedia.org/wiki/指輪物語
にありますので、参考にしてください。

まとめると、江戸時代までは学問的な文章(特に漢文読みのため)にはカタカナを、一般的な生活にはひらがなが利用されていたために、両方とも残っていた。
明治期はカタカナのほうが主流になったが、江戸期以来の表記(特に帳簿など)はそのままで残り、両方併記された。
戦後は、ひらがな主流になったが、外来語が氾濫するようになったために、翻訳が間に合わずカタカナでそのまま表記されるようになった。

ということです。
パソコンなんて、明治の人だったらどう訳すんでしょうね。ちなみにコンピューターの訳語は電子計算機です。
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この回答へのお礼

歴史的な変遷について触れていただきありがとうございました。

戦前の本では、ひらがなとカタカナが完全に逆転してましたよね。数学の本で「るじゃんどるノ函数」とか初めてみたときはとても奇妙に思ったものでした。

自分も仕事で法律を調べなきゃならないことが何度かあって、古い年代に制定されたものだとカタカナばかりで読みづらい思いをしたことがあります。

時代の流れに沿った説明はとてもわかりやすかったです。
ありがとうございました。

お礼日時:2011/06/23 21:36

>それならひらがなだけ使われたり、カタカナだけ使われたりして他方が廃れてしまっていてもおかしくないような気がするのですが、



それにも拘らず、両方が使われていますね。何故でしょうか。答えは簡単です。その便利さを我々日本人は骨の髄から経験して来たからですね。

で、何が便利なのでしょうか。それは、そうすることによって日本人はある概念を表すのに、多次元的な自由度を手に入れているからです。例えば英語やフランス語や韓国語のように表音文字しか持っていない民族、あるいは中国語のように表意文字しか持っていない国は、世界を記述するのにあたかも1次元の世界に住んでいるようなものです。ところが、日本語には表意文字と表音文字、更に表音文字の中に、歴史的な偶然として男文字のカタカナと女文字のひらがながあった。ですから、我々の言語世界は、他の1次元的な世界にではなくて、3次元の世界住んででいる訳です。

確かに、男文字と女文字が出来たのは偶然ですが、それでも、そのお陰で我々の文化は表現能力において、他の文化には見られない自由度が手に入った。そのために、日本語による表現は世界でも類を見ないくらい、多様で豊かな方法で世界を認識できるようになっているのですね。

質問者さんは、お金持ちと貧乏人の一番大きな違いは何だと思いますか。皆さん色々なことを言いますが、実は一番大きな違いは、お金持ちは好きなときに貧乏人になれるが、貧乏人は好きなときにお金持ちに成れないと言うことです。要するに、お金持ちには貧乏人の持っていない自由度がある。そのために、世界を見る目が、貧乏人には見えない所まで見えるようになると言うことです。

我々の世界観は途轍もなく複雑で深く、そして豊かです。その複雑な世界観を表現するのに、表音文字だけとか、表意文字しか持っていない国の人々は、何と不自由で同情すべきことでしょう。我々日本人の先祖達が生み出した表音文字と表意文字を使い分けると言う能力をもつ文化に生まれて来た今の日本人達は、人類的に見て何と幸運だと私は常々思っております。

幸運にも、人間はこのより高度な表音文字と表意文字を使いこなすだけの能力があると言うことを日本の文化は世界に証明しているのですね。それなのに、私はその両方を使いこなせない。だから、どちらかに統一しようなんて、もしそんなことを言い出す方がいたら、多分その方は日本人のレベルから見て途轍もなく程度の低い方なのではないでしょうか。
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この回答へのお礼

日本語はとても豊かな言語ですよね。

二種類の表音文字を使い分けるし、今では外国語をカタカナにすらしないでアルファベットのまま平気で文章中に使うし。

良い意味での節操の無さと自由性が豊かさの基礎を形作っているのかもしれません。

お礼日時:2011/06/23 21:30

・日本語は 音節が非常に少ない


・そのため漢字に当てる読みは同音異義語が非常に多く、韓国などでは廃止された、漢字による表記をいまだに使っている。
・韓国語では「分かち書き」をするが、日本語ではしないため、片仮名を使うと読みにくくなる。(分かち書き→「これ は にほんご の ぶん です。」)
・漢字を使わざるを得ないのと同様、外来語を区別して読みやすくするため片仮名を使用している。
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この回答へのお礼

字の種類が変わることで、空白の代わりになるということですね。読みやすさの理由としてうなずけます。

ありがとうございます。

お礼日時:2011/06/23 21:27

こんにちは。



こたえは、あなたのご質問文の1行目に書いてあります。
外来語をひらがなで書くと、文章がとても読みにくくなります。

もう一つ理由を足すとすれば、日本人は他国の言葉である英語やフランス語を礼賛する民族だということです。
パソコンのことを個人用計算機と訳さず、マウスも鼠と訳さず、そのまま言葉を輸入しています。
さらには、甘い食べ物のことを従来どおり「甘いもの」と言えばよいのに、近年わざわざ「スイーツ」と言い換える有り様。
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この回答へのお礼

> 外来語をひらがなで書くと、文章がとても読みにくくなります。

そうなんです。現代の人はそれに慣れているのでそうなんですが、それが当たり前でなかった時代の人がなぜそこに目を付けたのかに興味をもちました。

> 礼賛する民族

カタカナが発明されたのは、当時最先端の外国語であった中国語にルビを振るのに、やまとことばの漢字だと画数が多いから省略形として用いられたのがきっかけだそうですね。

外国のものを何でも取り入れる日本の特徴が表れているのかもしれません。

ありがとうございました。

お礼日時:2011/06/23 21:25

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