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エロ=癒しと説いている哲学者はいませんでしょうか? 大学教授、学者でもかまいません。
物故者でも、生きている人でも、どちらでもかまいません

A 回答 (4件)

>エロ=癒しと説いている哲学者はいませんでしょうか?



人間の性欲・性行動等について少しは現象学的に考察した人たちなら、例外なく「エロ=癒し」であることに気づいているのではないでしょうか。
ただし、ここでいう「癒し」とは、人間における自我性・個人性の、一種の《死》に近い意味とご理解下さい。

というのも、セックスでの「癒し」といったところで、これがセックスにおけるオルガスムス、すなわち性感の絶頂後に訪れる《弛緩》状態を意味するとすれば、古来、これがエクスタシス(恍惚・無我・脱自等)と呼ばれてきたこととちゃんと符合するからです。

たとえば、フロイトは『快感原則の彼岸』で人間の性衝動を《エロス(生の欲動)とタナトス(死の欲動)》というように両義的に捉えていますが、これをもう少しわかりやすく言えば、セックス(性)は興奮・快感(生の欲動)と癒し・安らぎ(死の欲動)の両方を包含しているということになると思います。

また、フロイトの影響を受けたD.H.ロレンスは、セックスを、それ自体としては断片的、無機的でしかない世俗的自我(個人)が死んで、より有機的な生命の原理(全体)に再生する、一種の聖なる復活の儀礼に喩えられる営為と捉えています。
要するに、セックスとは世俗的な個我という重荷からの解放(=死)であるが故に、「癒し」たり得るということです。

さらには、バタイユは代表作『エロティスム』で、エロティスムとは人間を個体という生命の非連続性からの解放(=死)であり、具体的には、個人を個人たらしめている世俗的な道徳、法律等の諸制度に対する侵犯であるというように、特に「エロ」の暴力的な側面に注目した、興味深い論を展開しております。
その意味では、彼の「エロ」論は、われわれが本当はその実体や価値の曖昧さに気づかず、後生大事に執着したがる《自我》とか、《個人》とかといった妄想からの覚醒を促そうとしたものと言えるかもしれません。

なお、「エロ=癒し(死)」たるためにも、まず人は強烈なエロスの衝動(旺盛な性欲、強い性的エネルギー)に見舞われることが必須要件だと思われます。
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回答になりませんが、


日ごろ私は女性たちに
エロス(Ἔρως)は生命力の源泉であると言いつづけてきておりまして、
質問者さまの質問で、
個人的には生命力に癒しなども包含して話していることに改めて気づきました。
まぁそれはともかく、
質問者さまのエロはエロスではなしに
昔日のエログロナンセンスの流れのエロなのかもしれませんが、
であれば、資料は無数にあるのではないしょうか。
日比谷図書館とか国会図書館などで容易に探し出せると思います。

ご成功を祈ってます。
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 recreationって日本語でもレクリエーションですが、創造しなおすという意味があるんでしょう。


 レクリエーションにエロ的なものを包含すると、これを専門にして研究したりお仕事をされている方々は顰蹙されるでしょうね。
 しかしレクリエーション(グループ・ワーカーという職業もあります。また作業療法士もあります)などは癒しをその機能や目的にしていますね。
 そういうなかで、範囲を拡大すればエロを癒しにすることも考えられないこともありませんね。
 哲学者という意味もありましょうが、レクリエーションの概念と範囲、そして作業療法ということなどを視野にいれれば方法としては考えられるでしょう。
 まぁ神聖なご職業に失礼になりましたら、どうかお許し下さい。
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エロかどうかはわかりませんが、


精神科医ではありますが、フロイトは、
人間は無意識の世界にある性の衝動(リビドー)に支配されている とする「性欲理論」、
全ての人間行動を性でとらえる「精神分析」で有名ですよ。
近親相姦だの、サディズムだの、なんだかいかがわしいです。

それまで、タブーだった、性の観点から人間を考えたという点ではすごいですが、
何でもかんでも性に結びつけるような個人的イメージ。
でも、偉い人なんです。
彼から影響受けた哲学者はいるかもしれませんね。
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