902さんの質問「神は死んだ。」のなかで神の定義が話題になっています。
http://oshiete1.goo.ne.jp/kotaeru.php3?q=75125

「神を信じますか」という問いは、よくもちだされますが、問う人も
問われる人も、神という言葉の意味・定義・解釈・語感が、まったく
まちまちであるという感想を昔から持っていました。

皆さん、神とは何だと思われますか。

学問的な答え、個人的な考え、もちろん宗教的な教えも、
なんでもいいです。いろいろ聞かせてください。

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A 回答 (32件中11~20件)

やってますね。

stomachmanです。
 既にあちこちのお家でmori0309さんにお話ししていることと重なる部分はなるべく略すとして、
 私の信仰するバブリング創世記によれば、信仰が神を生みました。この神はいわゆる「ミーム」でしょう。誰かの脳の中で生まれ、ヒトからヒトへ伝染する概念の伝染。神を信じて生き残った者共が自分らの教会を造り神を広めていきます。時に膨大な信徒を抱える。色々変わった神も出てきます。倒立した教会の神すらある。何にせよ神を信じて滅亡した連中の神は残りません。今も神は生まれては淘汰されています。
 一方、河口慧海の「チベット旅行記」など読みますと、死地において信仰の力が度胸を支えてくれる、そのおかげで切り抜けた、という場面が何度もあります。いかなる状況にもビビらないための装置として、実用上の価値を確かに持っていると思いますよ。なればこそ、現代日本のような~のほほん~とした社会では値打ちも下がろうというもの。彼方此方に縋る神にも事欠いた無神君が呆然と佇立するようでは、末法の世と嘆くいとまもあらばこその自転車操業ですな。
 なお、漢字の「神」は元来妖怪・物の怪の類を指し(捜神記なんて奇書もありますね)、仙人よりランクが下らしい。仙界の上には天界がある。こっちはヒトのことなど構ってくれないスピノザの神、つまり宇宙とその法則を作った創造神の世界で、これを拝んでもしょうがない。いや、物理の分厚い教科書を神棚に納めて灯明を上げたら、それはそれでアリですけど。瓶詰めのタキオンも売ってる位だから。
 願わくばこのアブノー・マルな回答に「神」のいかずちの落ちませぬように。
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この回答へのお礼

やぁー! stomachmanさん、白雲の彼方で仙人会議かなにかだったのですか。
おひさしぶりでーす。ありがとうございまーす。あちこちの家の、お帰りを
祝う歓声が聞こえてくるようです!

 小生、面と向かってはとてもできない恥ずかしい話を、あいもかわらず
そっちこっちで、くりかえしております。stomachmanさんはじめ「真の自分」で
お世話になった方々に教えていただいたことを、柳行李に入れて持ち歩いて
います。いつも感謝しています。

> 誰かの脳の中で生まれ、ヒトからヒトへ伝染する概念の伝染。・・・
> 何にせよ神を信じて滅亡した連中の神は残りません。今も神は生まれては淘汰
> されています。

 神も進化論の原理の枠内にいるのですね。神にとりつかれている人は、精神を
「神ウィルス」に占領されてしまった人と言えるでしょうか。私は「思想」や
「教義」がウィルスになることはあっても、神がウィルスになることはないと
思うんです。(「神」という「教義」は、神ではないです)
(あの、反論じゃないですので)

> 漢字の「神」は元来妖怪・物の怪の類を指し、仙人よりランクが下らしい。

 godの訳に「神」の字をあてた人は誰なんでしょう。日本人の頭には古来godと
いうものはなかったのですね。だから西欧人から見て東洋人は遅れている野蛮人だった
わけですね。西欧の神って、なんだか擬人化した道徳律のように思えます。(そして
それはなんだか冷たいです)

> 願わくばこのアブノー・マルな回答に「神」のいかずちの落ちませぬように。

○ 大君は 神にし座(ま)せば 天雲の いかづちの上に いほらせるかも

天かける巨匠、stomachmanさんですもの、神のいかづちなど、紙のかなづちほどの
力もありますまい。(あぁぁ、お許しを・・・すいません。センスないんです)

お礼日時:2001/06/05 00:51

>なんだか現世と変わらないですね。



仏教では神も迷いの存在であるとしますので。

>神は、高い立場から人間を支配・統治・裁定・処罰・褒賞するような存在でしょうか。

そういう役割の神が「閻魔大王」とされてます。
人間だけではなく、神をも含めた生けとし生ける者その功徳と罪によって地獄から神々の世界まで輪廻の先を裁量されます。
ですからお釈迦様自身の(考古学的にもかなり確率の高い)言葉でも、輪廻の世界を「閻魔の領域」と表現されました。
本当に閻魔が居るかどうかは別問題として、まあ判りやすい輪廻の仕組みの説明だと思います。
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この回答へのお礼

nekoucchaliさん、再回答ありがとうございます。

> お釈迦様自身の(考古学的にもかなり確率の高い)言葉でも、輪廻の世界を
> 「閻魔の領域」と表現されました。

 この領域は、お釈迦様は関知しないということなのですか。お釈迦様の力でも
閻魔大王の力を捻じ曲げることはできないということですか。閻魔大王は
人格的存在というよりも宇宙の絶対法則という感じですね。だとしたらお釈迦様
という言葉に象徴されているものは何なのでしょう。法則でもない、超越的権力
でもない、もちろん外部人格でもない、、、だとすると、、、「真の自分」だと
思うのですが。
(また、また、また、やってしまいました。しょうのないmori0309です)

お礼日時:2001/06/10 19:13

僕が言葉足らずなので、申し訳ありません。



>すみません。ちょっと理解できませんでした。「神」は「言葉」にすぎないということでしょうか。全存在・全世界から「私」だけを切り取れば、それが「神」だということでしょうか。
 
そうです、少なくとも「私」は切り取ってます。「言葉」という言葉は目いっぱい可能に意味付けてくださいみてください。
 こんな説明しかできなくて悔しいです。申し訳ありません。
 

 

 

 
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***補足***



「個」と「公」の問題についてです.
某大某教授(かなり有名な人)は,
<私>と<私たち>の両義性について述べておられました.

授業のレジュメを渡せればよいのですが,無理そうですね.

個と集団とに対して現象学的なアプローチをなさっています(よく解んないけど).

自分の自我が形成される中で,新しい自我が何の影響を受けているかと言うと,
母親を始めとする外界にある集団でしょう.
そして私たちが成長すれば,逆に集団の考え方などに影響を及ぼし得る.
集団に影響できる頃でも,もちろん集団から影響されることもあります.

そうやって連綿と時間の中に紡がれていく様を見ると,
<公>に心を開くのは一種の<祖霊信仰>と言えるかもしれません.
ですが,よくよく考えると,何も,成長して公に大いに影響を与えた後でも,
公から影響をこうむることもありうるので,
「祖」だけとは限らず,<霊信仰>と言うべきでしょうか?
(って自分でもよく解ってないかも)
当然,ここでは「霊」も「信仰」も比喩と捉えた方がいいでしょうけど.

※ここで,社会実在論と社会名目論の対立を問題にしたり,
 人間が前時代の人々の考えに規定されるなら,自由は全くないと言ったり,
 そんなことをしたいわけじゃないです.

では.
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この回答へのお礼

reneさん、再回答ありがとうございます。

> <公>に心を開くのは一種の<祖霊信仰>と言えるかもしれません.

 国家や民族に魂があるだろうかと、ときどき考えます。文学的には
「ある」と考えてよさそうですけど、科学的にはまったく相手にされ
ないですね。でもサッカーのあの熱狂ぶりを見ると、私たち個人は、国家や
民族という巨大な魂の分霊ではないか、それもかなり実体性のある・・・
なんて考えてしまいます。しかし私はもっと上位の「公」の存在を
信じたいです。ナショナリズムは所詮セクショナリズムであって、多分に
動物的ですから。

 セクショナリズムを克服すればするほど、われわれは神に近づいていく。
(あー、またやってしまった。お許しください)

お礼日時:2001/06/10 19:17

幻想だとか、存在しないとか言ったつもりじゃないんだけどなぁ。


ただ、あるかないかは別にして、一般的な定義としては
「こうなんじゃないかなぁ?大きくまとめると。」
ってことを書いただけですよ。
誤解なきように。

なお、「法律や国家や財産」云々についての僕の考えについては
参考URLにまとめてあります。

僕の言いたいことは、hdkさんの意見に近いことなんですけどね。

参考URL:http://oshiete1.goo.ne.jp/kotaeru.php3?q=55517
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この回答へのお礼

oni_ocさん、ありがとうございます。

 主観論や実在論、本当にむずかしいです。下記URLへのお礼が遅れていて
たいへん申し訳ありません。これを考え出すと仕事が上の空になるので、
弱っています。考えたところで、生きる上での実利は何もないのに。
哲学という学問の真の目的は何なのでしょう。

 何でも「真の・・・」にこだわる私の思考法をまず手術しなければならない
のでしょうね。

お礼日時:2001/06/10 19:25

※この解答は前のものとは方針が異なります.



>神を信じるということは、絶対的全知全能者に、すがりついて、庇護をおねがい
>するということ・・・・・でしょうか。
>
>それは違うと私は思うのですが・・・・

私も違うと思います.

話題が逸れてしまうかもしれませんが,
そもそも親というものは,それほど絶対的な存在ではないと思えます.
親が絶対的であるわけではなく,
子供が絶対的に<依存>するほかないということでしょう.
その絶対的依存の時期も,ごく幼い時期に限られてきます.
それ以後は,依存を捨てるわけではありませんが,
絶対的な依存とは言えないでしょう.

ただ,mori0309様の質問においては,
ここでいう人間は,絶対的依存を求めていると言ってはならないと思います.
子供が成長すると依存と自立を合わせ持つことになるように,
人間も,その<神>に対し,依存しながらも,自立する存在であると思います
(ここで<自立>が実際には具体的にどういったことを指すのかは解り兼ねますが).

親と神の違いは実体性の相違でしょう.
つまり親は存在しているのは確実ですが,
神が存在しているのは確実ではありません.
但し,神の存在を否定するわけではなく,
神を手に取って確かめられる具体的な存在ではないという意味です.

もちろん,以上のように言えるのは,信仰の対象としての神だと思いますけれど.
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この回答へのお礼

reneさん、再回答ありがとうございます。

神からの自立とはどういうことだろうと考えました。

1.いっさいの神だのみをしない。宗教的行為をしない。
2.自分の理性とその思考ですべての問題を解決できると信ずる。
3.自分の運命は自分で切り拓けると信ずる。
4.不運や悲劇に見舞われても運命を恨まない。
5.自分以外の上位者・超越者の存在を認めない。

 うーん、こういう生き方を死ぬまで貫徹するというのは、ちょっと無理だという気が
します。(たぶん私の考える「神からの自立」が浅はかなんですが・・・)

 神を信じなくても、他者や社会、すなわち「公的なるもの」に対してこころを
開いて謙虚にならなければ、人は生きていけないと思います。

 私にとって、この「公的なるもの」という言葉の語感と「神」という言葉の語感は
かなり相通ずるものがあります。「公的なるもの」は「神」だという気がします。

「個」が「公」をつくり「公」が「個」をつくる。
「人間」が「神」をつくり「神」が「人間」をつくる。
「公」・「神」は「環境」・「時代」・「歴史」・「社会」・・・・置き換えて考えることが
可能なものが無数にあります。

 人間は自由単身の孤独な自立者ではない。かといって上位の存在に影響を受けるだけの
ロボット的存在でもない。主と客は実は同じなのではないか。神と人間も。
だから自由意志的に生きることと神に従って生きることとは矛盾しない。同じことである。
そんなふうに思います。

 ご回答に対する批判や反論ではないです。私のただの空想です。

お礼日時:2001/05/29 23:16

 「神」は不確かさから生まれたのではないかと私は思います。

不確かさは不安を生じさせ、人はどうにかして不安を解消しようとします。「戸締りしてきたかな?」というような不安は、確認すれば解消することができますが、確認しようのない不確かさに基づく不安は、忘れてしまう以外、いつまでたっても解消されることはありません。そこで、そうした不安を解消する装置として、「宗教」「神」が発明されたのではないでしょうか。「宗教」とは、一言でいえば、人間の理解できないものを説明する説明体系だと言えるでしょう。「宗教」はその不確かさを「神」を用いて説明し、不安を解消します。「科学」もまた、説明体系として同様に不安を解消する機能を持っています。「宗教」と「科学」は同じ「説明」という機能を持っていますが性格を異にしています。

 「宗教」は、その性格を端的に表すならば、「絶対的主観」と言うことができます。「宗教」の根幹には、独自のドグマ(教義)があり、それ自体が成立する、しないという議論を受け付けません。「神」を信じる「宗教」においては、「神」がいるとか、いないという議論は受け入れられられず、論じるまでもなく「絶対に神はいる」のです。しかし、それは主観でしかありません。

 「科学」を、同様に表現すると「相対的客観」と言うことができます。「科学」は現在まで、様々な「理解できないこと」を説明してきましたが、決してそれが最終的な答え(真理)だとは主張しません。もし、これから、より相応しい理論が確立されれば、その新しい理論に道を譲るでしょう。しかし、その理論もまた絶対ではありません。前の理論と比較して、より相応しいというだけにすぎません。いつまで経ってもその繰り返しです。

 mori0309さんの言葉を借りるならば、
 「詩的真実」は絶対ではあるけれども主観でしかない。
 「科学的真実」は客観ではあるけれども相対でしかない。
 そして、どちらも正しい。

 要するに「神」は、いる人にはいて、いない人にはいない。そして、「科学」では「神」はいるとも言えないが、いないとも言えない。だから、普段「神」の存在を信じていない人も「困ったときの神頼み」なんかするんじゃないでしょうか。こんなありきたりな結論を書くのに長々と書いてすいません。
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この回答へのお礼

hdkさん、回答ありがとうございます。お礼が遅くてまことに申し訳ありません。

 宗教と科学のちがい、そのスッキリとした解説。たいへんうなずけるものが
あります。

 が、主観と客観がどう違うかということについては、考えれば考えるほど
わからなくなります。「自分だけの目」と「大多数の他人の目」それが主観と
客観のちがいでしょうか。人間などの認識者がこの宇宙からいなくなっても
客観は存在するのでしょうか。それとも消滅するのでしょうか。客観とは何で
しょう。それは本当にあるのでしょうか。

 主観と客観。自分と他人。人間と神。これら問題にはなにか底辺で通じるものが
あるように感じています。本当は分離不可能なものではないかと・・・・・

お礼日時:2001/05/28 11:53

「神」とは、「私」を切り取った「言葉」です。



(注釈:この場合の「私」は僕、caballeroのことでは、当然ありません。
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この回答へのお礼

caballeroさん、回答ありがとうございます。お礼が遅れて失礼しました。

> 「神」とは、「私」を切り取った「言葉」です。

すみません。ちょっと理解できませんでした。「神」は「言葉」にすぎないという
ことでしょうか。全存在・全世界から「私」だけを切り取れば、それが「神」だ
ということでしょうか。

お礼日時:2001/05/29 22:33

「神=人類の敵」という設定のマンガやゲームなどがよくあります。


PSにゼノギアスというゲームがあるので、それをプレイすれば
神の正体・人類がどの様に現れたか・人類が繁栄する理由、が描かれているので
参考にしてみるのも面白いと思いますよ。
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この回答へのお礼

NIbrandさん、回答ありがとうございます。

「神=人類の敵」というのは物語のテーマとしては面白いですね。
神が超越的な能力を持っていて人間や生物を創った。そしてそれは神自身の欲望や
野心やエゴイズムを満足させるためであった。ということになるのでしょうか。

私の感覚では欲望や野心やエゴイズムは、神からもっとも遠いものです。
そういうものを神とは呼びません。神というのはやっぱり「愛」であり「いのち」
であり「こころ」であり、そういうものを生まれさせる「ある力」だと思います。

あの、ご回答への批判ではありません。ご回答をもとにした私の空想です。
ご回答は、たいへん参考になりました。

「愛」だの「いのち」だのをあからさまに口に出すと、場に違和感や気恥ずかしさを
もたらしますね。そういうことを言う人はからかわれたり、ときには毒舌でつっこまれ
たりしますね。それはまったくマトモなことだと思います。

お礼日時:2001/05/29 22:28

神とは存在だと思います。

私も、随分、考えた時期があります。身の周りにある全てのものが、自分の分身もしくは仲間であり、すべてを合わせて神の姿であると思います。神を信じるということは、自分を信じることであり全ての発生する物事に意味があると感謝すること。うーん。こんなことしか言えなくて、すみません。でも、本当に、そう思っているんです。
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この回答へのお礼

ryoumimanさん、回答ありがとうございます。お礼が遅れて申し訳ありません。

> 神を信じるということは、自分を信じることであり全ての発生する物事に
> 意味があると感謝すること

同じ思いです。これはやはり理屈ではないですね。生きていくうえでの心の
姿勢だと思います。それはつねに努力して維持しようとしなくても、こころを
素直にしていれば、自然とよりよいかたちが保たれる。肉体に病に対する自然
治癒力が備わっているように。私はこの、こころや肉体をよりよい方向にもど
してくれる、または、よりよい方向に向かわせてくれる、はっきりとは分から
ない「ある力」、それが神だという気がしています。

お礼日時:2001/05/29 22:07

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