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当か否か。 どうでしょう?

A 回答 (158件中1~10件)

コメントありがとうございました。


「《信じる》とは げんみつに言って何の
関係もない。痴呆――思考停止――とよぶ所以である。」
思考停止、ですか!
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この回答へのお礼

宗教――特に組織宗教――は ですね。




☆ エリック・サティは その作品 好きです。

今度 事務職にエリザベスという人が入って来たのですね。最初は分からなかったんですが。

お礼日時:2020/11/04 15:37

余談ですが、


日本人の神観念は西欧に比して特徴的ですね。
日本人にとって、神は力のあるもの、恐ろしいものであったと思います。
有名な例としては菅原道真は死んでから神として祀られるようになった。
それは祟りを恐れたからであり神として祀ることによって怒りを鎮めることができると信じていたからです。
徳川家康その他、人が死ねば神になる。神は恐ろしいもの、祟るもの、そんな神観念が歴史的に続いてきています。
したがってそのような伝統的な神観念に留まる人間とそうでない人間、
これが混在する日本、加えて明治維新政府が西欧列強の手前編み出した政策、一言で言えば神道は伝統という奇妙な政策が民衆を教化し、無宗教状態を現出させるに及びました。
相撲その他で「神事」と言うものが行われますがそれを見る民衆はほとんどが、それが「宗教行事」とは思ってもいません。単純に昔から長い間続いてきたものとして感慨深げに見ているだけです。
そんな日本であるわけですから質問として提起された問題が多くの一般人にとって理解の範疇外なのではないかと思うのですが。
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この回答へのお礼

★ 日本人の神観念は西欧に比して特徴的ですね。
日本人にとって、神は力のあるもの、恐ろしいものであったと思います。
☆ そのようです。

★ 有名な例としては菅原道真は死んでから神として祀られるようになった。
☆ ちょうどほかの質問で道真の話が出たところです。


★ それは祟りを恐れたからであり神として祀ることによって怒りを鎮めることができると信じていたからです。
☆ じっさいに祟りではないかと思われる死亡事件が起きましたからね。

・・・

★ したがってそのような伝統的な神観念に留まる人間とそうでない人間、
これが混在する日本、加えて明治維新政府が西欧列強の手前編み出した政策、一言で言えば神道は伝統という奇妙な政策が民衆を教化し、無宗教状態を現出させるに及びました。
☆ 昔からの職位ですが天皇が神のごとくまたはローマ法王のごとく位置づけられましたね。




★ 相撲その他で「神事」と言うものが行われますがそれを見る民衆はほとんどが、それが「宗教行事」とは思ってもいません。単純に昔から長い間続いてきたものとして感慨深げに見ているだけです。
☆ 民衆は 言われるがままに振る舞いますが 別に信じているわけではない。信じる振りをしているだけだと言います。


★ そんな日本であるわけですから質問として提起された問題が多くの一般人にとって理解の範疇外なのではないかと思うのですが。
☆ なるほど。歴史的事情などの背景についても 見方を共有する必要があると。

民俗学というのは 方法論のない科学行為ですが そういう意味では 重要な役目を持つかもわかりません。

どうすればいいか にわかには考えがまとまりませんが。

お礼日時:2020/11/04 15:35

「神は非知」を「神は知の対象ではない」と解釈した場合、


「神は無根拠」は否となるのではないしょうか。
「神は知の対象ではないと」ということであれば、
信仰はは理性ではない、
信じて仰ぎ見るのが信仰でありまさに神は信仰の対象である。
大宇宙の外側に更に宇宙が存在するのか否か、
少なくとも現代の科学の能力では何とも言えない。
存在すると信ずるか否かの問題とも似通っていますね。
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この回答へのお礼

ご回答をありがとうございます。


★ 「神は非知」を「神は知の対象ではない」と解釈した場合、
☆ 対象であろうとなかろうと 人間は 対象にするでしょう。認識したいんだと。でも 認識しうるかどうか それは 人間には分からない。分かるか分からないかが 分からない。


★ 「神は無根拠」は否となるのではないしょうか。
☆ するどい。つまり 正確には 《根拠があるかないかは 分からない》ゆえに 《非根拠》であると言わねばならない。

ええっとですね。あの質問では それにもかかわらずわざと《有る無し》といった相対性の概念で――つまり《無》で――表わしてみて 何が言えるか? また 言えないか? が知りたかったのです。

《無根拠だ》という言い方でも 神についての議論はかなりできる・・・のではないかという目論見での話です。



★ 「神は知の対象ではないと」ということであれば、
信仰はは理性ではない、
☆ 知の対象であることを超えている。つまりは 認識・知性・理性を超えています。ゆえに 感じる(感性の原野)や考える(思考の緑野)を超えたところとして 信じる(非思考の庭)を想定しそう呼んでいます。


★ 信じて仰ぎ見るのが信仰でありまさに神は信仰の対象である。
☆ わたしの定義で 《非知なるナゾを無条件に無根拠にてわが心に受け容れること》が《信じる》です。


★ 大宇宙の外側に更に宇宙が存在するのか否か、
☆ 《外》ではないのです。内と外との境界は 人知が及ぶでしょう。そのすぐ外は どうか? というような事態ではないはずです 神は。


★ 少なくとも現代の科学の能力では何とも言えない。
存在すると信ずるか否かの問題とも似通っていますね。
☆ よろしかったら 次の理論整理をごらんください。
【Q:一般および個別絶対性理論 ならびに 特殊絶対性仮説 または 宗教への絶対批判】
https://oshiete.goo.ne.jp/qa/11868850.html

お礼日時:2020/11/04 13:09

エネルギーが全ての「本来の姿」である事から神の本来の姿もまたエネルギーなのです


神も人の本来の姿がエネルギーであることからそれぞれがその姿が本来の姿に戻ればそれぞれ「同一」となる
エネルギーを基準にすれば神と人はその他の全ての事象・現象と同様にエネルギーのバリエーションであり根源的には同一の存在である
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よくわからんけど、人間(生物)の肉体1つとっても、その肉体を構成する細胞からすれば、人間の心が神に等しい存在なんだと思いますよ。



人間(神)が死ねば、肉体を構成する様々な細胞も死に絶えます。

なので、人間が自分自身を神と意識していないように、この宇宙が神だったとしたら、京を超える1つ1つの星々のことなど関知しないでしょうね。

そうなると、すべての自然が「神々」ともいえるかもしれません。
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この回答へのお礼

ご回答をありがとうございます。


★ よくわからんけど、人間(生物)の肉体1つとっても、その肉体を構成する細胞からすれば、人間の心が神に等しい存在なんだと思いますよ。
☆ 神が――霊性〔のチカラ〕として――ひとにやどる。とは推理し得ましょう。絶対性が相対存在を覆い包みそこに――霊性として――存在するという可能性は 論理的な推論であり得ます。

ただし 人間=神だというのは 少々らんぼうすぎます。

★ 人間(神)が死ねば、肉体を構成する様々な細胞も死に絶えます。
☆ 絶対性である神は 生死ないしそういった時間過程を超えています。


★ なので、人間が自分自身を神と意識していないように、この宇宙が神だったとしたら、京を超える1つ1つの星々のことなど関知しないでしょうね。
☆ 絶対性は いかなる数量の相対存在をも超えているのです。


★ そうなると、すべての自然が「神々」ともいえるかもしれません。
☆ 神即自然と言ったのはスピノザです。精確には 神が霊性として遍在するという言い方になりましょう。

お礼日時:2020/10/28 19:04

「マルチバース理論」によれば無限に宇宙は存在しています


加えて不確定性によって理論上同一の宇宙は存在し得ないのです
仮に神が存在し得れるとしても
不確定性によって理論上存在する全ての宇宙に何らかの神が存在し得ないのです
よって「何らかの神が存在する宇宙」と「普遍神を含め如何なる神も存在しない宇宙」が存在するのです
更に量子物理学の実験によって異なる者たちが同時に「同一の空間や物質」を観測しても観測者毎に観測結果が違うことが判明しました。
要するに人それぞれ見えている世界が違うと言う事です
上記は観測と言う行為が主観の現れだからです
よって人それぞれ見えてる世界が違う事からそれぞれ見えてるいる世界が他人の見えてる世界と「完全に同一」にはなりえないのです
これは不確定性によっても言えるのです
よって「何らかの神が存在する世界」を観測している者と「普遍神を含め如何なる神も絶対に存在していない世界」を観測している者が存在するのです 
観測が主観の影響を受けることから「何らかの神が存在している」とする者は当人のその主観によって「何らかの神が存在している世界」を選択するので結果としてのその者の見ている世界においては「何らかの神が存在し得る」のです
同様に「普遍神を含め如何なる神も絶対に存在しない」と考えている者は当人のその主観によって「普遍神を含め如何なる神も絶対に存在しない世界」を選択するので結果としてその者の見ている世界においては「普遍神を含め如何なる神も絶対に存在」しないのです
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神がいないこともまた根拠はありません


全能かつ善良な神はいないですけど
邪悪な神ならいるかもしれないし
全能でないだけで必死になにか良いことをしてもこの程度という神なら
いるかもしれないわけで
まぁそれを神というかどうかは別ですけど
存在するという根拠などはもちろんありません

宗教において神を規定することは
ごっこ遊びというと聞こえは悪いですけど
認識を共有する
ないし個人でそう規定することで
精神が安定するのであるなら
しないよりするほうが合理的です
規定することが合理的である
という人間が一定数存在することは
間違いなく確かな事実です

まぁ変な教義にかぶれて邪悪な行動をとる団体がいたら困りますけど
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この回答へのお礼

ご回答をありがとうございます。


★ 神がいないこともまた根拠はありません
☆ そのようです。根拠があるか否か 人間は答えようがない。


★ 全能かつ善良な神はいないですけど
☆ いえ。それも 確かではないですね。いる・いないのどちらも。

★ 邪悪な神ならいるかもしれないし
全能でないだけで必死になにか良いことをしてもこの程度という神なら
いるかもしれないわけで
まぁそれを神というかどうかは別ですけど
存在するという根拠などはもちろんありません
☆ 存在するしない どちらもですね。



★ 宗教において神を規定することは
ごっこ遊びというと聞こえは悪いですけど
認識を共有する
ないし個人でそう規定することで
精神が安定するのであるなら
しないよりするほうが合理的です
☆ それはですね。まづ そのひと個人としての自己表現 これは 自由です。

しかも そこに神が入ってくると その規定は どこまで行っても――いまちょうど上で捉えて来たように―― その成否や当否が 確かなものとして決まることはない。となるはずです。

それを承知で いちいちわざわざ宗教者が 神を断定的に規定するとなると その行為は 精神錯乱のなせるわざであるとなります。要するに そういう宗教家は 阿呆です。


★  規定することが合理的である
という人間が一定数存在することは
間違いなく確かな事実です
☆ いいえ。合理的であるかどうかは まったく確定することはない・・・のです。神にかんしては。



★ まぁ変な教義にかぶれて邪悪な行動をとる団体がいたら困りますけど
☆ 神を――自分の規定し説く神は それがただしいと一方的に断定して――かかげるなら その組織宗教は アウトです。

お礼日時:2020/10/28 15:08

スレが閉まる前に一言。


神という概念が萌芽して発展してきたのは
精神機能の進歩に伴う必然の流れだと理解していいと思います。
神が実際にいるかどうかとはそれ自体は全く関係ないことだと。
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この回答へのお礼

★ スレが閉まる前に一言。
☆ これはこれは。ご回答をありがとうございます。お見苦しかった点がありましたら ご勘弁のほどを。



★ 神という概念が萌芽して発展してきたのは
精神機能の進歩に伴う必然の流れだと理解していいと思います。
☆ でしょうね。でしょうけれど つけ添えるならば:
★ 概念が萌芽して
☆ というその前に やはり まづ――人間が世界に生きる経験を積んで 雷=神鳴りなどのあたかも超自然的な現象に接してその――感覚が じゅうぶんに概念形成をうながすほどの知覚として持たれていた。



★ 神が実際にいるかどうかとはそれ自体は全く関係ないことだと。
☆ 神鳴りの説明としてのエネルギー全般の解明――自然科学による研究――と 価値観を排除しない一般科学としての哲学による追究とで 神は何であるかが 成しうるならば 知られるようになるでしょうよ。

お礼日時:2020/10/28 08:23

応答なしならこれでフィニッシュ


質問者さんの神論はあくまで「質問者さんが見ている世界」・「質問者にとって質問者さんが存在している世界」で言えること 
少なくとも「如何なる神も存在しない」と言ってる人達には通じない話
何故なら「如何なる神も存在していなと言ってる人達の見ている世界・存在している世界」には「普遍神を含め如何なる神も完全に存在しない」からです  
それは私も同じです 
よって質問者さんの神論は「何らかの神が存在していると考えている人達」にすべきです
私同様「普遍神も含め如何なる神も完全に存在していない世界」に存在している人達にはすべきではないでしょう
少なくとも私には不用品でしかありません
これにて終了予定
なお神論を必要に返答するなら
終了撤回となります
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ムカリンさんは「覚悟」したようですね。



こうなれば、ブラジュロンヌさんが閉めねばなりません。

コロナ禍時代を、生き抜けねばならない人々、、に思いやりを!
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この回答へのお礼

えっ? 
★ 「覚悟」した
☆ のでしたら もう放っておけば――するにまかせれば―― いいのでは?




ええっと。そうですね。もう――同じ内容の投稿なんですから―― ほうっておきます。応答なしで応答します。どこまでも。

お礼日時:2020/10/27 21:09
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