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1. その何ものかが《人知を超えている》というところまでは 人知が
及んでいるわけだ。

2. では その《超えている》そのもの(そのこと)の内容は 何か?
――超えているなら 分からない。

3. この場合の《分からない》の意味するところは 何か?

4. 《知り得ない》のか? ――いや。そうかも知れないが そうでな
いかも知れない。つまり 《知り得るかも知れない》。

5. つまり 《知り得ない》と言い切ったとしたら それは 知り得な
いと証明できたことを意味する。中身の分からないことについて証明も何
もあったものではない。――これは 《知り得る》と言い切った場合にも
当てはまるはずだ。

6. ならば 《知り得るか知り得ないかが知り得ない》と概念規定する
しかない。そこまでは 人知が及ぶ。

7. 人知を超えたものは けっきょくナゾである。つねにナゾである。

8. これが 世にいう神のことだ。




9. (5)をあらためて説明したい。《知り得るか知り得ないかが知り
得ないナゾ》なら 人びとの中には 《われは知り得た》と言う人が出て
来るかも知れないという問題だ。

10. ただしこの問題も はっきりしている。《おれは 神を見たんだ。
はっきり知り得たぞ》と言う人が現われた場合 そうだとしても その発
言ないし人知は それと同時に《いや それはただしいかどうか分からな
い》と成らざるを得ないということだから。

11. 言いかえると 神についての説明は 《知り得るかも知れない。
と同時に 知り得ないかも知れない》という相い対立するふたつの人知
(?)が同時に成り立っているというわけだ。
――ここから 《有る神》派と《無い神》派とに 人びとの信仰は 分
かれる。普遍神のナゾの普遍性ゆえである。

12. 世に蔓延る宗教は 《神を知り得た。この神を信じなさい》とそ
の一辺倒を押し進めるなら すべて完全にアウトである。それは 神では
ない。その人たちがこしらえた観念であるだけの神だ。

☆ いかに?

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A 回答 (16件中1~10件)

ごめんなさい、あなたの主題を完全に取り違えていたみたいです。



人知を中心に書きます。

コペルニクスが地動説を唱えた当時、当時の認識は太陽は地球の周りを
回っているということで固定されていました。その後もニュートンの
万有引力の発見まで、地動説は天動説に比べて遥かに矛盾の少ない理論で
あるのに、ガリレオ裁判の結果の影響で地動説については公に語ることも
できない状態を強いられ、天動説優位の状態は続いていた。

ここで、一般民衆にとっての理解を基準にするなら、地動説はキチガイが
思い込んでいる妄想の類あったろう。

だとするなら、当時の民衆の感情で言うなら、天動説は人知の及ぶ真理
であったし、地動説は明らかに間違った考えだったろう。

現代において、科学が確かに間違っていないということが真実と思われて
いるが、それが根本から覆る可能性がないとは言い切れない。それは天動説
が間違った考えだと今は証明されていることと同じだ。
正しくは、それが証明されているとの共通認識が現代、認められる。

物理学の最先端研究などは証明は後回しで、理論が先行するために最も知的
である筈の科学者が感覚的な閃きをもとに研究を続けるなどという、非科学
的な手法に走ることすらあるのでしょう。

流石に科学者であるので、閃きと発見を取り違えることはありませんが、
一般人ならどうでしょうか? その間違いを責める権利を持った人が
一体どこにいるのでしょうか?

ちなみにここまでは以下の4行に対する説明であり、人知の及ぶ及ばないの
話とは直接的な関係はありません。

ともあれ、今確かであると感じられてることは確かであるとは限らないと
言うのは真実足り得ると言って差し支えないでしょう。

話をまとめます。人知の及ぶ何かなどというものは一切ない可能性は永久に
捨てさることが出来ないということになるでしょう。

以上は人知に関する時間の及ぼす影響についてです。

つまり知り得ないことは、知り得ている(と思いこんでいる)ことにも及ぶと
結論できます。であるなら、仮に神を見たという発言があったとして、それが
真実だと仮定すると、それが真実たりうる条件を探ってみましょう。

この場合人知を超えた存在であるところの神が人知の及ぶ範囲に収まったと
すれば、何が問題になるのでしょうか?

それは神の定義になるのかもしれません。宗教に関わる人達は人知の埒外に
ある神を語ることが大好きなようで、色々な言い回しを使って神を語ります。
神について、ただ『知り得ない』だけでは満足せずに、どう知り得ないか、
なぜ知り得ないのか等、それぞれ個人の解釈を語るわけです。

それを語ることでありがたみが上がるという効果もあるのでしょう。

話がずれました。神を言語化する際に知り得ないことが絶対条件になるなら、
神という変数を用意した時点で、知り得ていないという状態に既に傷がついて
いるとは言えないでしょうか。

あなたは、知り得てないことを知り得ているという人について憤りを感じてる
と、ぼくは受け取りましたが、逆に考えるなら知り得ているという人のその
知り得ている事柄が実際は知り得てないことを指していることだとあなたは
知っているというのですよね?

あなたは、神はナゾと同義であり、人知を超えた存在であって、それはどの
ような解釈も拒絶する存在である、という解釈は何人も触ることの出来ない、
神聖で汚すことの許されない解釈であると言っているように聞こえます。
だとすれば、あなた自身が神を知っていると言ってるのと同義ではないで
しょうか?

問題があるとしたら、その点でしょう。

真実の条件を個人に収斂させるならあなた個人としてはこれを解決する必要
があるのでは?

つまり、あなたの忌み嫌う『神を知っている』人物はあなた自身でもあると
仮定することにもリアリティーがあるということです。

あなたは僕の回答の趣旨を全く無視して、そこに執着したことはそのナゾ
(=神)の話をぼくが触れずに蔑ろにしたからでしょう。若しくはあなたが
ナゾにしか興味がなく、それ以外の指摘に考えが及ばなかったか。


ともかく、宗教に関わる多くの人達にとっては、人知を超えた存在である
ところの神の定義に関する矛盾などには全く興味はなく、神について語り、
神の加護の下にあることによって幸福を得ていることを確認し合い、ここ
からが重要ですが、それらによって近隣住民と連帯することにしか興味が
無いのです。

それは社会的な動物であるとアリストテレスが言うのを正しいとするなら、
まさしく人間的な行為であります。
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この回答へのお礼

ご回答をありがとうございます。

★ 神を言語化する際に知り得ないことが絶対条件になるなら・・・
☆ 人知を超えているからには 初めにどういう条件がつけられるか 
これは 分かりません。

神についての人間の認識は 《非知》だと定義しています。

○ 世界についての人間の認識のあり方 ~~~~~

 経験事象
  可知
   既知:間違っていたと分かる場合もある
   未知:いづれ知り得ると見なしている

  不可知:知り得ないと知り得た(証明し得た)未知

 非経験の場:経験世界を超えている場を想定
  非知:知り得るか知り得ないかが知り得ないナゾ

~~~~~~~~~~~

☆ 神が 非経験の場であり 認識にとって非知です。

これは 不可知と違って ひょっとして知り得るかも知れないのです。
しかも そのとき同時に 知り得ないかも知れないという認識を持っ
ていなければならない。

《おれは神を見たぞ》と言えるという反面で その同じ人が 《神を
見たなんてあり得ない》と言う場合をも 同時に認めていなければな
らない。

――こういった話になっています。




★ あなたは、知り得てないことを知り得ているという人について憤
りを感じてる
☆ ですから 神については 《おれは知り得たぞ》という一面の主
観のみを 一方的に吹聴するのなら それは 間違っていると言って
問うています。



★ どのような解釈も拒絶する
☆ のではなく 非知なるナゾは 人間のどのような解釈をも許容し
ている。と同時に その主観は 主観内面においてのみ みとめられ
る。

なぜなら ふたりの人のあいだで神を共有したと知り得たなら 人知
を超えていなかったとなるから。

こういう神論を提出して 問うています。




★ つまり、あなたの忌み嫌う『神を知っている』人物はあなた自身
でもあると仮定することにもリアリティーがある
☆ としたら わたしの理論についてその間違いを指摘してください
となります。



★ 人知を超えた存在であるところの神の定義に関する矛盾
☆ 哲学カテの質問としては その《矛盾》ないし《分からない》と
は どういうことか? を問題としています。

お礼日時:2017/10/17 06:17

取り敢えず、ある人が正しく理解したことを説明した


として、他の人も理解できるとは限らない。

だから、理解できない他の人にとって、理解できた人は
人知を超えた存在を理解できる人であるので、現象が
彼の言ったとおりであるなら、理解できなくても彼の
理屈を認めざるをえない。

それが、理解できない人にとっては人知を超えている
と言えるでしょう。ですから、人知には個人的なレベルと
全体的なレベルの間に差異があります。

それが例えば、天動説より地動説のほうが説得力があり、
矛盾がなかったので、天体の動きを精密に予測できるように
なったという事実から、その理論を理解できない人も認めざる
を得なかったし、長い間事実上の真理たり得たのでしょう。

ただ、心理学周辺で言われているように人間にとって、
特に幼少期の承認欲求を満たしてあげることは重要らしく、
その本質である『自分は特別な存在である』ことへの肯定の
観点では、おそらく今でも地動説は害のほうが大きいと言える。

これは重要で、単純な『お天道様は地球を照らすためだけに
存在する』からの流れで、自分を特別選ばれた人間だとする
宗教理論は、その感情を守り育てる重要な要素だったはず。

皆がふんわり納得できていた合意が破棄されることになった
影響は強烈だったのだろう、カトリックに至っては地動説を
認めるのが最近まで先送りされてしまった。

そうして現代社会は選民意識をくすぐる色々な手口が、科学
に因ってかなり片付けられてしまって、ともすると自己否定
ばかりする消極的で非活動的な解答しか導き出せない人間が
多く育つ社会になっているのかもしれない。

そういう、皆がなんとなく合意できる理論を持てない弱者が
『とにかく信じろ!』という教えを伝えることにたどり着く
のだろう。ただ、それだけで『とにかく信じろ!』を単純に
悪であると定める条件が揃ったとはいえないのではなかろうか?

例えば、旧来からある伝統的な宗教なら大丈夫と言い切れる
だろうか? 指導者連中によってはひどい目にあうことも
あると考えるのだが。

キリスト教では、公式には聖書に書いてあることは全て事実
であるという前提はまだ崩れていないし、それを強制はしない
ものの否定出来ないことは問題じゃないのだろうか?
また、十戒を授かったモーセはその論だとインチキ宗教者の
ように見えるが、どうだろう?

あと、幸福の科学の出版物は、その内容はともかく、文章力
は初期に比べると目にみえて向上しているが、そのように、
信仰も成長することもあるとの考えは間違っているだろうか?


ぼくの結論は、劣悪な宗教家を見極める方法はその人をじっくり
観察した上で判断するより他ないだろう、ということです。
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この回答へのお礼

ご回答をありがとうございます。

★ 現象が彼の言ったとおりであるなら、
☆ ここでは 《〔理解できたにせよ出来ないにせよその〕神》と
そして《〔経験世界における〕現象》とが 言わば地続きであると
いう認識があるとみとめられます。

これは 分かるか分からないかは 分からないナゾだと捉えるもの
ではないでしょうか? 地続きであるかどうかは ナゾだと。
――というふうに 検証して行くことになると思うのですが?

★ 人知には個人的なレベルと全体的なレベルの間に差異がありま
す。
☆ 経験事象について そう言えるかも知れません。けれども《人
知を超えた》ところについては 人知の個別性も全体性も 直接に
はかかわっていないと考えられます。


★ 天動説より地動説のほうが説得力があり、・・・
☆ これは あくまで経験科学の・つまり人知の及ぶ経験世界とし
ての現象の問題ですね。


★ ~~~~
ただ、心理学周辺で言われているように・・・

自分を特別選ばれた人間だとする宗教理論は、その感情を守り育て
る重要な要素だったはず。
~~~~
☆ これも 《人知のおよぶ範囲》つまり経験世界における宗教の
問題ですね。

宗教は 《神とわれとの関係たる信仰》・つまり人知を超えたとこ
ろについて触れてはいますが むしろそれを《人知が及んで知り得
たのだ》という一側面だけを押し出して 話を大きくしています。

趣旨説明の(12)のように考えます。

★ カトリックに至っては地動説を認めるのが最近まで先送りされ
てしまった。
☆ これも 《人知を超えた場》について 人知が及んだのだとい
う問題だと考えます。

(12)の問題は 次にも当てはまると思います。
★ ~~~~
皆がなんとなく合意できる理論を持てない弱者が 『とにかく信じ
ろ!』という教えを伝えることにたどり着くのだろう。
~~~~~

★ キリスト教では、公式には聖書に書いてあることは全て事実で
あるという前提はまだ崩れていないし、・・・



★ 幸福の科学
☆ どうぞご自由にと言う以外に わたしは今は 言葉を持ちませ
ん。

★ ぼくの結論は、劣悪な宗教家を見極める方法はその人をじっく
り観察した上で判断するより他ないだろう、ということです。
☆ わたしには 宗教はお呼びではないです。

お礼日時:2017/10/16 21:44

返信します。


質問者さんがいう非知なる普遍神(普遍ということで、絶対の存在として、全知全能の神と考えていいのだと思いますけど)は人智を超えている、考える問題ではないので、考えたり、想像することも出来ません。
つまり、人智が及ばないので、私はもちろん質問者さんも考えられません。
しかし、この問題について考えている時点で、それは人智を超えていないし、この問題があるとしても人智を超えているので私たちには考えられません。このどちらかになると思います。
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この回答へのお礼

ご回答をありがとうございます。

★ 質問者さんがいう非知なる普遍神(普遍ということで、絶対の存在
として、全知全能の神と考えていいのだと思いますけど)は人智を超え
ている、考える問題ではないので、考えたり、想像することも出来ま
せん。
☆ 《不完全性定理》のような《考える問題ではない》と言いました。

非知なる神をいだくことと 経験世界について考えることとは 両立
します。



★ つまり、人智が及ばないので、私はもちろん質問者さんも考えら
れません。
☆ 誤解です。

《人知を超えている》ことと《人知が及ばない〔と証明された〕》と
は 別です。

人知を超えていて 非知なるナゾであるものについては 考えてもよ
いし考えなくてもよい いづれにしても それが何であるかは 《知
り得るか知り得ないかが知り得ない》と定義しています。

人知が及ばないかも知れないし 同時に 及ぶかも知れないのです。

それが 神です。



《おれは神を見たぞ》という主観は 《その体験による人知は 間違
いであるかも知れない》という見方を余地として残しているなら 誰
も否定することができません。




★ しかし、この問題について考えている時点で、それは人智を超え
ていないし、この問題があるとしても人智を超えているので私たちに
は考えられません。このどちらかになると思います。
☆ いいえ。人知は どうしてどうして。おっとどっこい 仮説法
(アブダクション)という手法があります。

非知なら非知として《想定すればよい》のです。定義を 想定によっ
ておこなえばよい。

そうすれば 少なくとも世に言う《神》という言葉や《信じる》そし
て おまけに(なぜなら 批判するためにだからですが) 《宗教》
について かなりの程度でその内容をあきらかにすることが出来るの
です。

これは 哲学です。そこまででよいし そこまでは可能です。

お礼日時:2017/10/09 22:43

返信します。


質問に対する私の考えを正確に理解していただくには、不完全性定理を理解して頂くのが得策と考えてです。

ここで言われている神を全知全能の神とそうでない神とに分けるためです。

アインシュタインの例は宇宙には絶対の法則があり、人間がその法則を知りえていない=人智を超えたもの(現在では知りえないし、解明できないもの)。と、いうものは量子論により、アインシュタインの考え方は否定され、宇宙を支配する普遍的な法則はないということが証明されているということです。

質問者さんは意見に移ろい得ない根拠を求めているようですが、経験事象という考え方も移ろいゆくを得ないものです。
また、質問者さんは経験事象を超えたもの、私の認識を超えた、あるいは、認識以前のもの、つまり絶対=神というものを知りたいのかもしれませんが、その答えは私はすでに不完全性定理という形で提示しています。

一番初めの質問の答えはこれです。
絶対ということ、つまり、そのように考えたときの神を知りたいなら不完全性定理について考えて見てください。
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この回答へのお礼

ご回答をありがとうございます。

★ 不完全性定理を理解して頂くのが得策と考えてです。
☆ その定理は あくまで公理系を前提として思考する場合では
ないのですか?

★ ここで言われている神を全知全能の神とそうでない神とに分
けるためです。
☆ その理解は わたしの見方からは 間違っています。

神は 普遍神ひとつしかありません。名前が違うだけですし ま
た人によっては 《有る神》派と《無い神》派とに分かれますが
それだけのことです。普遍神ひとつです。

この神について属性を推理すれば 絶対が付与され そこから全
知全能がみちびかれる。というに過ぎません。



★ アインシュタインの例は宇宙には絶対の法則があり、・・・
☆ 神は 法則の問題ではありません。

全知全能がみちびかれたなら そこから じつは確かに《摂理》
という概念が出て来ます。つまり 《法則》です。

ですが もしその内容が知り得たのなら その内容は 《人知を
超えたナゾ》ではなくなります。

つまり 《非知なるナゾ》としての神――これは 絶対です――
とそして つねに人知の及ぶ範囲としての経験世界とがある。こ
の区分は 重要です。

なぜなら 非知は 《知り得ない〔と証明されたもの〕》ではな
く 《知り得るか知り得ないかが知り得ないナゾ》であるからで
す。


★ 宇宙を支配する普遍的な法則はないということが証明されて
いるということです。
☆ という人知は 普遍神にとって 何の問題も起こしません。



★ 質問者さんは・・・絶対=神というものを知りたいのかもし
れませんが、その答えは私はすでに不完全性定理という形で提示
しています。
☆ 《非知なるナゾ》説を 問い求めのための解として提示して
います。

不完全性定理は 公理系を決めて推論する問題だと理解します。



★ 絶対ということ、つまり、そのように考えたときの神を知り
たいなら不完全性定理について考えて見てください。
☆ 非知なる普遍神は 《人知を超えている》つまり《考える問
題ではない》と仮説して問うています。

お礼日時:2017/10/09 22:13

返信します。


初めの問いに答えると、まず、不完全性定理を理解してないように思うので、一度でもいいのでは調べて見てください。そうして、これは絶対法則を否定する量子論の立場に立つものなので、絶対というものはなく、アインシュタインが言った神はサイコロを振らないを否定しています。つまり、偶然が発生したり、絶対というものを否定しています。

物理空間と情報空間(頭の中やコンピュータの中など)を分けて考えます。
物理空間に存在しないものは、存在していないと言えますか?
つまり、頭の中の思考や想像または、コンピュータ内の情報は存在していないのでしょうか?
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この回答へのお礼

ご回答をありがとうございます。

★ 初めの問いに答えると、まず、不完全性定理を理解してない
ように思うので、一度でもいいのでは調べて見てください。
☆ 質問趣旨のどこについて どういう問題が発生しているとい
うのか? そのように説明して批判してくださるとありがたいで
す。


★ そうして、これは絶対法則を否定する量子論の立場に立つも
のなので、絶対というものはなく、
☆ それなら ここでの問題とは別ですと申さねばならないでし
ょうね。

《人知を超えている》は 《絶対》のことです。

これを否定するのなら 理由説明をどうぞ。

★ アインシュタインが言った神はサイコロを振らないを否定し
ています。つまり、偶然が発生したり、絶対というものを否定し
ています。
☆ サイコロを振るを否定しているのでは? あぁ その立ち場
を否定して 確率の問題だという意味でしょうか。

だから 絶対を否定するというその根拠は 何でしょう?

★ 物理空間と情報空間(頭の中やコンピュータの中など)を分け
て考えます。
☆ それらは 分けたとしても ともに経験事象です。


★ 物理空間に存在しないものは、存在していないと言えますか?
☆ ですから 時空間を超えているナゾを いまは問題にしてい
ます。


★ つまり、頭の中の思考や想像または、コンピュータ内の情報
は存在していないのでしょうか?
☆ それらは 経験事象であり 移ろいゆかざるを得ないものご
とです。

その経験事象を超えているナゾについて 問い求めています。

お礼日時:2017/10/09 21:25

神と言ってもいろいろな神をさすと思いますが全知全能の神の存在は不完全性定理で否定されています。

(詳しくは検索してみてください)これらは世界の科学者や宗教家の共通認識です。

そうして、神は信じる人の心には存在すると思います。

これは例を挙げるとアトムです。
手塚おさむの頭の中にしかありませんでした。初めは。次に、作品を発表して世の中に広まると色々な人がアトムを知りました。今日本では、アトムをかなりの人数の人が知っていると思います。これらの人の頭の中にはアトムが存在します。つまり、物理空間にアトムは存在しなくとも、頭の中には存在しています。
仮に、薬物のせいで神を見ても見た人の頭の中には神は存在しています。
ここで、宗教との違いはその神を皆が共通認識しているかそれとも個人的なものかの差です。
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この回答へのお礼

ご回答をありがとうございます。

★ 神と言ってもいろいろな神をさすと思いますが全知全能の神の存在
は不完全性定理で否定されています。(詳しくは検索してみてください)
これらは世界の科学者や宗教家の共通認識です。
☆ 無矛盾なら 不完全であるという場合がある。けれども 無矛盾で
完全である(真偽が分かる)場合がある。のでは?

《全知全能》というのは 非知なるナゾが《絶対》という概念で説明さ
れ得ますので そこからみちびかれた推理であり それは 神の属性で
す。

つまり 《絶対》についての議論をしなければ その全知全能の問題は
解けません。

★ そうして、神は信じる人の心には存在すると思います。
☆ というその人の主観が 人間の成す経験合理性にもとづく議論では
否定されることがない。という意味だと思います。

★ これは例を挙げるとアトムです。(後略)
☆ それは 残念ながら 観念の問題です。思考ないし想像力の問題だ
と思います。

次も 観念の問題だと考えます。
★ ここで、宗教との違いはその神を皆が共通認識しているかそれとも
個人的なものかの差です。

お礼日時:2017/10/09 20:38

なんか 知ったかぶりの演説に聞こえる



☆ いかに?
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この回答へのお礼

ご回答をありがとうございます。

なんか あたまデッカチが 初めて選挙権を得て 選挙演説を聞いた
ときの感想に聞こえる。

お礼日時:2017/10/09 10:08

天地万物を創造された主、俺たちは神から創られたコピー、天使も悪魔も創られた、神に聞き従うしかない、悪人のまま死ぬか善人のまま生き残るかそれだけ、神が創られたゴールは天国タイムリミットは近い。

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この回答へのお礼

ご回答をありがとうございます。

★ 神が創られたゴールは天国タイムリミットは近い。
☆ これは 脅しである。

神も神をいだく人も そういうことは言わない。

お礼日時:2017/10/09 08:25

お礼文を読んで、一つ問いが生まれたので問うておきたいと思います。


信じる事において、神の名を受け入れるのか、神の本体を受け入れるのか、これはどちらでしょうか。
神の名を受け入れる事はそう難しいことでは無いように思います。
神の本体を受け入れるとなると、その受け入れが行われる場、心というものの、経験の場と非経験の場との間の中立性が問われる難しい話になるように思われます。
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この回答へのお礼

ご回答をありがとうございます。

★ 信じる事において、神の名を受け入れるのか、神の本体を受け入れる
のか、これはどちらでしょうか。
☆ わたしの感覚(?)では 神の名を受け容れます。

各言語での《かみ》という言葉を受け容れる〔だけ〕です。あるいはその
名としてのオホモノヌシやブラフマンやヤハヱ―や《アルケー》や また
《無い神》やです。

そのとき・つまりそのような味気ない意志行為をおこなうとき もし《神
の本体》が――超越する普遍神として――あるとしたら それが 勝手に
あたかもわが心に入って来るのではないかと。

と言いますか すでに《かみ》という言葉をいやというほど聞いていて
なるほどいるかも知れないとか いやいや そんな得体の知れない者がい
るわけないではないかとか 何らかの反応を起こしているはずです。

それゆえ 味気ない受け容れのときにも 何らかのケミストリーが起きる
のかも分かりません。

われに還る・つまり わたしがわたしである自然本性の状態に立ち還るこ
とが出来るのかも分かりません。

《かみ》という言葉を最初に持った場合は どうなのか? もののあはれ
を感じたときなどに 同じような自己還帰の感覚(および直観)をおぼえ
て か・み という音を声にして分節したかも分かりません。


★ 神の本体を受け入れるとなると、その受け入れが行われる場、心とい
うものの、経験の場と非経験の場との間の中立性が問われる難しい話にな
るように思われます。
☆ おそらく《超越性なるア・プリオリ》の問題なのではないか。

それゆえにも 《息もしくは風》を表わす言葉――アートマン・〔ブッダ
ター〕・ルーアハ・プネウマ・スピリトゥス・・・――が いわゆる《霊》
として用いられ 神〔のちから〕を表わすようになった。

われらが心配を上回って 神のチカラ・そのハタラキがあると想定されま
す。もしくは そんなものがあるものか――アン‐アートマン(無‐霊我)
なる《無い神》――という想定。

おそらくわれわれ人間は このとき 意識しうる経験行為としては 《き
よらかなおそれを いだく》ことくらいであり そのように心は 《中立》
なのだと思われます。

遺伝子操作は このきよらかなおそれなる中立性を侵すものかどうなのか。

中立だから 問い求めの手はゆるめない・・・でしょうか。

お礼日時:2017/10/07 06:27

取り急ぎ説明したことについて、とてもよく理解して下さっているようで、言うことありません。


非経験や非知や神の話はもう一つの質問と交わっているので、そちらと合わせて考えたいと思います。
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この回答へのお礼

ご回答をありがとうございます。



まことにありがとうございます。質問魔冥利です。

お礼日時:2017/10/07 05:45

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