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人名と同じ地名を見ると、そういう苗字の人が多く住んでるのかな~と、気になることがあります。

地名と苗字が関係がある可能性として、

・ある人がその地で活躍して、その人の功績をたたえて、その人の名前を地名にした
・地名が先にあって、その地で活躍した人が、権力者から地名と同じ名前を与えられた
・地名が先にあって、苗字を持たなかった農民などが、地名からそのまま苗字をつけた

などを考えましたが、歴史学、民俗学、統計学的には、地名と苗字の関係性というのはやはりあるのでしょうか?

また、関係性がある場合、その傾向として、どの時代に多く見られるかといったことはありますでしょうか?

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A 回答 (3件)

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%AC%E8%B2%AB

鎌倉時代以降で言えば「名字を冠することは、所領の相続権を意味するようになった。これにともない名字の発祥地である「一所懸命」の地は「本貫」、「本貫の地」と呼ばれ」というようなことになります。

※ 承久の変で、西国に関東武士の領地が増えた。元寇の時に幕府から「ちゃんと西国の地頭職の場所に住むように」という司令が出されたので、関東武士の分家が本家の名字のママ別れた。
鎌倉市二階堂を本願の地とする二階堂氏が、今、大分で麦焼酎を作っていたりするのはこのため。

※ 室町時代では、複数の守護職を持ち、守護国が変わったりした。斯波氏が越前国の守護の時に家来になり、越前の織田劔神社の神官の出である織田氏が、斯波氏が尾張の守護になった時に付いていったのが織田信長の先祖。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。

お礼日時:2012/09/20 20:19

藤がつく苗字はすべて藤原氏の出



加藤
佐藤
伊藤
江藤
紀藤
工藤
山藤


左側は守護していた領地 加藤なら加賀守の藤原氏というように☆
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この回答へのお礼

ありがとうございます。

お礼日時:2012/09/20 20:20

すくなくとも、歴史学的には関係性は指摘できるでしょうね



いわゆる特定勢力が集結してしまう村落ではありえる話です

この類は、日本に限ったことではなく、世界的に存在する話です


顕著なのは、「平家の落人」の村落や「隠れ里」の部類


特異な名字の場合など色々想起される話もあるが、地名との関係がある名字は実は適当に名字を考えた結果の産物でしょう
まぁ、名字の価値・意義などは一部の特権階級にしか意味がない時代が長い日本では、自由奔放に名字が形成されているとのが現実でしょう
まぁ、いくらでも家系図を捏造・改ざん出来る時代のおかげで、名字の価値と地名との相関性などは審査できないのが現実
如何に、国学の部類が、日本の社会基盤を考察するための要素を破壊したか?という好例でもある


・・・・・・・・・・・

・ある人がその地で活躍して、その人の功績をたたえて、その人の名前を地名にした
・地名が先にあって、その地で活躍した人が、権力者から地名と同じ名前を与えられた

上記二つは確認されるものが多い。特に鎌倉時代~戦国時代まで。
逆に平安時代以前にはそういう話はむしろ少ない。


>・地名が先にあって、苗字を持たなかった農民などが、地名からそのまま苗字をつけた

庶民の名字取得は、地名というよりも、村落での地位・現住所などを表象する名字がつけられる傾向が強いらしい
もっとも、一種の豪農・地主の類は、古くから名字を持っているので、それを分家継承することも多いわけだが

・・・・・・・・・・・
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この回答へのお礼

ありがとうございます。

お礼日時:2012/09/20 20:20

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