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藤原姓の人や名字に藤が入る人の先祖は
武士や華族などの身分の高かった人なのでしょうか?

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A 回答 (8件)

#7さんに補足すれば、藤原貞幹も一般には「藤貞幹(トウ・テイカン)」と名乗っており、本姓は藤原、名は貞幹(サダモト)、字は子冬、通称は叔蔵となり、#7さんご指摘のように「姓(かばね)」を一文字で称するということに当てはまります。


当然、今の近衛さんや九条さんなども姓(かばね)は藤原ですから、私の知人も同様に朝廷に上がるときは水無瀬ではなく「三位中納言藤原朝臣**」ということになり、藤原**と名乗っても間違いとはいえません。
因みに私は先祖代々の庶民(江戸期は村の鍛冶屋)で、系図を辿っても姓がありませんから「近江の国の住人**」ということになります。
現在の苗字は鍛冶屋をやっていたころの屋号だったようです。
こういった姓と苗字の違いが分かっていれば、混同して付けるということは無いと思いますけど、「伝藤原氏子孫」という方もいますから、現在の藤原さんで貴族の藤原氏の血を引いると信じている方を否定することはできません。
ただ、私の友人も大阪島本の水無瀬神宮の系図の端に名前を載せてもらい、遡れば藤原北家隆家まではっきりしていますけど、こういった明確に藤原氏と認められる方で、藤原と名乗る方はいないのではないかと思います。
本来は氏の長者しか名乗れませんから、近衛さんを差し置いて藤原など名乗れないのでは無いでしょうか。
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「無学どころか江戸時代の大儒学者藤原惺窩はれっきとした冷泉家の流れで、正真正銘の藤原さんです。

また国際主義的考古歴史学者の藤原貞幹のような、本物の藤原さんかどうか知りませんが、藤原を名乗る人は維新以前にも存在しています。」

儒者の間では、苗字ではなく姓を一文字で名乗るのが流行っていました。例えば、荻生徂徠は「物徂徠」(物部徂徠)と名乗ったこともあるようです。儒者が手本とする中国人の名前を真似たものです。藤原惺窩という呼び名が現在は定着していますが、同時代の実際の表記は「藤惺窩」ではないでしょうか。儒者の世界の「遊び」であり、一般社会とは関わりのないことです。

「また本物の藤原さんの出でも、すべて公家として存続していたわけではありません。公家の血筋を引きながらも庶民に落ちた人も大勢いるはずです。これらの人が維新のときに、隠し名字として持っていた藤原を名乗った可能性もあります。」

そういう人は「貴族」ではなく「庶民」です。また、「藤原」は「姓」であって「苗字」ではありません。その程度の社会常識も知らない人は「ド田舎の無学者」と呼ばれても仕方ないでしょうし、そんな「庶民」が「公家の血筋を引いている」という話は、三国志の劉備が漢皇室の血筋であるという話や、豊臣秀吉が天皇の落胤であるという話(秀吉が自ら作って流布した)同様に信憑性に乏しいものです。
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 「いま藤原さんと名乗っている人で、本物の藤原さんはいない」というお説は大方当たっていると思いますが、大方であってすべてではないと思いますので一言。


 無学どころか江戸時代の大儒学者藤原惺窩はれっきとした冷泉家の流れで、正真正銘の藤原さんです。また国際主義的考古歴史学者の藤原貞幹のような、本物の藤原さんかどうか知りませんが、藤原を名乗る人は維新以前にも存在しています。
 また本物の藤原さんの出でも、すべて公家として存続していたわけではありません。公家の血筋を引きながらも庶民に落ちた人も大勢いるはずです。これらの人が維新のときに、隠し名字として持っていた藤原を名乗った可能性もあります。
 ということで、現代の藤原さんの名誉のためにも一言いわせてもらいました。
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そもそもの藤原姓は「かばね」ですから、現代では「苗字」として名乗れないのだと思います。



ちなみに私の母方も「藤の付く苗字」で江戸時代から続いている様(檀家となっているお寺の過去帳では筆頭になっているそうですから、相当昔だと思います。実際には見てないので断言できませんが)ですが、まあ、それほど「高い身分とは言えない」と思います。城勤めでもなかったようですし。

もちろん「それ以前」もあるとは思いますけど、さすがに戦国時代にまではさかのぼれないようです(笑)。残念。
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たまに


「藤原」さん
「源」さん
「平」さん
などという人がいます。こういう人は「明治初期は身分が低く、無学文盲で藤原氏とか源氏のことをまったく知らなかった。政府の指示で苗字をつける必要が生じたので、何も分からずに苗字をつけた人」の子孫です。質問の趣旨とは正反対となります。ド田舎の漁村で、明治初期に適当に苗字をつけた結果、村の中に「蛸さん」とか「烏賊さん」とか「鯛さん」とかいう珍苗字のオンパレードになって子孫が迷惑しているという話がありますが、それと同類です。

歴史に登場する、例えば「藤原道長」の正統の子孫は、例えばこの方です。「藤原さん」ではなく「近衛さん」です。
近衞忠煇
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%BF%91%E8%A1%9B% …

近衛家を筆頭とする藤原氏の正統は、「摂家」と呼ばれ、戦前はいずれも公爵でした。いずれも「藤原さん」ではありません。
摂家
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%91%82%E5%AE%B6
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私は江戸時代でもかなりの人が姓を持っていたと聞きました。

普段はありまり使いませんでしたが、公式な文書などには記載したようです。納税の記録やお寺の過去帳などには結構姓が書いてあるようです。

本題ですが、身分が高かったかもしれないし、そこそこだったかもしれないし、低かったかもしれないし、全然関係なかったかもしれないとしか言いようがないようです。
遠い違先祖から姓を受け継いだ人もいますし、その家の家臣でご褒美として姓を賜ったケースもありますし、支配地に住む農民が姓を賜ったもしくは勝手に名乗ったケースもありますし、明治時代に気分でつけたり、名家の姓を買ったケースもあるからです。
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本来の藤原さんで、現在藤原という苗字を名乗る方はいません。


藤原氏も数が増えてきて、鎌倉時代には通称で呼ぶようになり、近衛さんとか九条さんとか名乗るようになりました。
私の知人も水無瀬と名乗っていますけど、もともとは水無瀬川に屋敷があったので、藤原一族から、水無瀬川の藤原さんと呼ばれるうちに、苗字が「水無瀬」になったと思います。
明治前はご本家(といっても総本家から見れば分家ですけど)は中納言で30石の公家さんで、本家は現在でも水無瀬神社というものがあります。
話を戻すと、現在の藤原さんは、藤原氏に縁のある土地に住んでいたり、藤原氏に仕えていた人などが、明治時代に苗字を付けるときに名乗っただけで、歴史に出てくる公家の藤原氏とは関係ありません。
伊藤さんは伊勢の藤原氏、工藤、遠藤なども藤原氏にちなんだ苗字ですけど、同様に直接の関係はありません。
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公家の所領だった所の農民かも。



ほんの150年前まで日本人の多くは姓を持たず、明治になってから適
当に決めたんだという事実があります。姓の由来の多くはこじつけ
に過ぎません。
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