中島敦の山月記が書かれたのは、彼が漢文の教師をしていた女学校の試験の用紙の裏であると聞いたことがありますが、現物はまだ残っているのでしょうか?またその写真などが掲載されている書籍などはあるのでしょうか?
ご存知でしたらお教えください。

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A 回答 (2件)

申し訳ありません!前回答で「山月記」とした部分は、すべて「名人伝」についてのものです。

確認しないまま回答してしまい、失礼しました。
改めて「山月記」についてですが、原稿、草稿などは残っていない様です。
しかし、この作品を含めた四篇が一括して「古譚」と題されており、その中で「木乃伊」「文字禍」の二つが、例の試験用紙ノートに下書きや覚え書きの形で残されているという事ですので、同じ時代に構想された作品であるという可能性はあります。
詳しくは前出の中島敦全集第一巻を参照して下さい。
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この回答へのお礼

早速アドバイスいただきありがとうございました。大変参考になりました。

お礼日時:2001/05/23 20:41

横浜高等女学校勤務時代に、生徒の答案用紙を裏返して綴じて作ったノートに、作品の草稿や下書きなどを書いていたという話ですね。


しかし、「山月記」の草稿はその中には無い様で、戦時下の粗悪な原稿用紙に書かれた他作品の草稿の、さらにその裏に書かれているとの事です。決定稿とはだいぶ違ったものですので、読み比べてみると面白いですよ。
筑摩書房の中島敦全集第二巻にそれらの多くがまとめられていますので、詳しくはそちらを。ハードカバーの全集本なので、図書館で探してみて下さい。残念ながら、「山月記」草稿の写真は載っていません。
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学校で山月記を学んでいます。
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「山・月」の語は、小説中の詩に「此夕渓山対明月」とあるところからのイメージかと思われます。
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なにか考察するにあたって他のテーマや考え方をご教授願えないでしょうか?
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宜しくお願い致します。

Aベストアンサー

子路は孔子の弟子で実在人物で、野蛮な性格だったようなので、
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孔子の弟子の中では顔回が敦に似ていると思うのですが、なぜ、
子路を主人公にしたかは分かりません。

子路のような野蛮人でも、孔子のような大聖人に出会い、修行を
積めば人間の本来持っている聖なるものに気づくということを言
いたかったのでしょうか?戦争も体験したようですから。
しかし、最後は戦いに巻き込まれて死んでしまいますが、戦争と
の対比で、その辺の不条理も感じていたのでしょうか。

私も、中島敦は好きで、特に山月記、わが西遊記が好きです。
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ください。

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あぁー、、、山月記・・・・・懐かしい。
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最後のほうで

◎◎(←名前忘れちゃったけど虎になっちゃった人)が
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とあるが、なぜ◎◎はこの事を先に言わなかったのか

みたいな問題が出た気がします。

あと、↓の方も言っていますが

己の毛皮の濡れたのは、夜露のためばかりではない

の毛皮を濡らしたのは夜露以外に何か、とか
ほかの理由はなんなのか、とか出たと思います。

あとは、とりあえず作者の名前も出た気が。
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あとは漢字の読み書きでしょう。
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とりあえず問題文が出るとしたら後半部分じゃないかと思います。


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またまた質問してすいませんが、なんで山月記では李徴が虎になったのですか??授業中にこんなことを聞かれてすっごく困っています。だれか助けてください、お願いします。

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 一般的な答えでよければ、「自分の中の欲とか見栄とか利己心、強すぎる自負心を制御できなかったから」と学びました。
 人間は誰でも、「個としての自分」と「社会人としての自分」に折り合いをつけて生きているけれども、李徴はそれに失敗したのですね。で、自分の内面の性質である「猛獣」つまり「怖くて強すぎて、誰も相手にしてくれない存在」が、自分の外形をそのように変えてしまったということでしたが、先生によっていろいろ変わるようです。先輩はまた違う話をしていました。

Q初めての投稿です。 宿題に山月記の読書感想文があります。文字数は1201字以上です。誰か助けてくださ

初めての投稿です。
宿題に山月記の読書感想文があります。文字数は1201字以上です。誰か助けてください!

Aベストアンサー

1600字くらいあります。
助けになるかどうかは分かりかねます。


山月記の中で虎に変化した李徴は自分の事を卑下し自分は尊大な羞恥心などの良くない心根によって自分の外形が内心にふさわしいものに変えてしまったと嘆きましたが実際の所彼が詩人として名を成した結果したかった生活というものは正に彼が虎に変化した結果としてするようになった生活なのだと思います。
この話の中において一貫して李徴が虎に変化したできごとは不幸として扱われていますが私はそうは思いません 彼は生活のため地方の小役人に就職して屈辱を感じつつ生活を送っているとある日山に消え虎に変身し、この結果彼は何か後悔している様子で虎の姿で旧友の前に現れたわけですが実際の所虎になって何より強い存在として獣や人を無意識に食らいつつ生きる暮らしは彼がかつて望んだ詩人としての気ままな暮らしと本質として類似したものだと思えます。それどころか実際には彼は詩人になりたかったわけですらなく本当は何より強い存在として獣や人を食らいつつ生きるような放埓な生き方がしたいという本音が詩人になりたいという歪められた形で心に浮かんでいただけで実際には虎になって常人では一生叶えられない望みを完全に達成したのではないでしょうか。
また この話の中においてさりげなく実現されている発狂したあげく人間から虎へ変身すると言う現代のみならず恐らくこの話が書かれた当時であってもあまりに荒唐無稽すぎて到底何かの比喩としてしか捉えられない表現は、実はこの文章を読んだ読者に人間が変身し別の生物になりうるという奇跡が現実に起こりうるというできごとを現実として潜在意識に認識させ、そのような奇跡的で劇的な変質が読者の人生に起こりうるように読者の潜在意識を改良しようとするもくろみがあったのではないでしょうか? 不可能だと潜在意識が信じていると例え実際には可能であってもできなくなり、一見不可能であっても可能だと潜在意識が信じると実際に可能になったりする原理からして、この山月記の中に記された描写を読んだ後読者の中で生活に不満を持つものはいくばくかこの李徴のようにー例え肉体までは変質しなくともー生活に変化が生じ自分が本当に望んでいた生活を送るような変化が起きるようになる可能性があるように感じます。この文章には発狂という本来理性持つ人間にとっては死と同義の意味合いを持つできごとが実は本質的な、理性が自分にとって正気であると判断できる程度の状態のままでは達成できない程の大きな変容の開始になりうるという深い洞察が込められているようにも感じられます。この文章を読んだ後精神状態が不安定になったり生活に不安が出てきたりという人生での失敗の結果起きる不幸に見舞われた人間はこの話を思い出しいくばくか自分もその虎のようになるのかも知れないという漠然とした不安にとらわれる可能性があります。と、ここで願望の実現と起きて
欲しくないできごとが逆転するのです 本来いかなる方法をもてしても常人には達成できない変身という大業をたかだか自身一人の不幸や発狂程度が原因で成し遂げられてしまうかも知れないという奇怪な不安をしかしここでこの文章を読んだ人間は持つ事に成功するのです。不安に感じるできごとが頭の中で何度も再生され自分はそうなってしまうのではないかとつい思うーここに本質的な希望、「人間が変身できる」という希望ーそしてここで本来人間社会においては決して考える事を許されない考えー「森の中で仕事等の苦悩から逃れ最強の獣として悠々と生きる」といった風に実際に自分がなるというできごとが自分の人生の上にも本当に起きるかも知れないという考えが浮かぶ事が許されそうならないように自分は努力しようという社会的に見ると謙虚な努力が生じるようになるーこれらから考えてこの話は巧妙に組み上げられた、この話を見て反省するものにとっては社会的に容認される方向の努力を促進される警鐘としての意味を持ち反省できなかったり反省してもそれでも努力できず生活への不満を捨てられなかったり精神が不安定になってしまった人間にとっては自身の肉体的変質という奇跡か自由な生活への劇的な変化いずれかが促進されるどのような人間にとってもどのような状態の人間にとっても有用な文章だと考えられるのです。

1600字くらいあります。
助けになるかどうかは分かりかねます。


山月記の中で虎に変化した李徴は自分の事を卑下し自分は尊大な羞恥心などの良くない心根によって自分の外形が内心にふさわしいものに変えてしまったと嘆きましたが実際の所彼が詩人として名を成した結果したかった生活というものは正に彼が虎に変化した結果としてするようになった生活なのだと思います。
この話の中において一貫して李徴が虎に変化したできごとは不幸として扱われていますが私はそうは思いません 彼は生活のため地方の小役人に就...続きを読む

Q中島敦の弟子で、出典を教えてほしい箇所があります

以下の話の出典はどこからでしょうか?

陳の霊公が臣下の妻と通じその女の肌着を身に着けて朝《ちょう》に立ち、それを見せびらかした時、泄冶《せつや》という臣が諫《いさ》めて、殺された。百年ばかり以前のこの事件について一人の弟子が孔子に尋《たず》ねたことがある。泄冶の正諫《せいかん》して殺されたのは古の名臣|比干《ひかん》の諫死と変る所が無い。仁と称して良いであろうかと。孔子が答えた。いや、比干と紂王《ちゅうおう》との場合は血縁でもあり、また官から云っても少師であり、従って己の身を捨てて争諫し、殺された後に紂王の悔寤《かいご》するのを期待した訳だ。これは仁と謂うべきであろう。泄冶の霊公におけるは骨肉の親あるにも非ず、位も一大夫に過ぎぬ。君正しからず一国正しからずと知らば、潔く身を退くべきに、身の程をも計らず、区々たる一身をもって一国の淫婚《いんこん》を正そうとした。自ら無駄に生命を捐《す》てたものだ。仁どころの騒《さわ》ぎではないと。
http://aozora.jp/misc/cards/000119/files/deshi.txt 

Aベストアンサー

孔子の言行や門人との問答を記した『孔子家語』ってありますよね。
あれの「子路初見第十九」に、この故事についての問答が出てきます。

手元の岩波文庫のですとP.124-125です。
どういう目的で必要なのか知りませんが、
岩波文庫のは訓読がメインなので、場合によっては不便を感じるかもしれません。
註もほとんどありません。

明治書院の新釈漢文大系にも入ってます。


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