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独歩はキリスト教徒でしたが、彼の自然観は「汎神論的自然観」というようなことがよく言われます。つまり、宗教の対象である「神」と、人間も含めた「自然」との区別が曖昧だといった意見です。言うなれば独歩にとっての「神」とはキリスト教の人格神とは違うという見解です。
これはキリスト教徒に限らず一般の批評にも見られる通説的批判ですが、果してそう言い切れるのか、必ずしもそうとは言えないのではないかという疑問があります。
たとえば『欺かざるの記』明治30年3月13日には、「神を知らんと欲して、ただ自然のみを見るは大なる誤謬なり」云々の記事があり、また、彼の祈りのような言葉は明らかに人格神観を表わしているからです。
要は、この文言の補強として、独歩作品の中に、自然界ないしは宇宙が「神」によって造られたもの、あるいは「神」の支配下にあるといった主旨の表現があれば、彼を汎神論者の如く言うのは当たらないということになるのですが、そういった表現が認められる作品はないでしょうか?ジャンルは問いません。お気付きでしたら、よろしくお願い致します。
A 回答 (1件)
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No.1
- 回答日時:
まず
> つまり、宗教の対象である「神」と、人間も含めた「自然」との区別が曖昧だといった意見です。
> 自然界ないしは宇宙が「神」によって造られたもの、あるいは「神」の支配下にあるといった主旨の表現があれば、彼を汎神論者の如く言うのは当たらない…
というのは、汎神論の定義と少しずれているのではないでしょうか。
少なくとも独歩が心の友としたエマーソンのいう「汎神論」というのは、神と自然の区別が曖昧なのではなく、そうして自然が神の被造物であることを否定するのでもなく、自然の中に神を見出す、というものであるように思います。もちろん、汎神論にはさまざまな主張がありますが、独歩のそれは、人間と自然の中に魂の統一を見たエマーソン的な汎神論に近いものを感じます。
1870年代に地方で生まれ、東京に出て私立大学に進み、後に自然主義の作家となった人びとに、島崎藤村や正宗白鳥、国木田独歩らがいますが、彼らはみな十代後半、キリスト教の洗礼を受けています。
というのも、当時、西洋文化にあこがれを抱いた青年たちが、西洋文明にじかにふれる機会は教会しかなかったからです。留学という道は官学出身者に限られていたために、若い彼らが行くことはかなわなかったけれども、教会へ行けば外国人(多くはアメリカ人)宣教師がおり、そこで英語を学ぶことができ、彼らを介して言語、思想、文学(カーライル、エマーソン、ワーズワースなど)と直接にふれることができました。そうして彼らの多くは、四、五年教会に通ったのちに、そこから葛藤もないままに離れ、棄教しています。
独歩がいつ、教会から離れたのか正確なところはわかりませんが、たとえば『岡本の手帳』にあるこのような一節
「信仰と言ひ、悟道といひ、安心と云ふ。されど要するに心理的遊戯ならざるは稀なり、何となれば彼等は驚異の感に打たれて天地の間に俯仰介立し、求めざるを得ずして神と道と安心とを求めたるに非ざればなり。われは已に此心理的遊戯に倦みたり」
と信仰を「心理的遊戯」と呼んでいるところを見ると、この時期の独歩は、キリスト教から気持ちが離れていたことがうかがえます。ただ、独歩の場合は、完全にそこから離れてしまった藤村らとはちがって、キリスト教は少しちがうかたちで根を下ろしていたように思います。
芥川龍之介が独歩のことを
「自然主義の作家たちは皆精進して歩いて行つた。が、唯一人独歩だけは時々空中へ舞ひ上つてゐる。……」(「文芸的な、余りに文芸的な」)
http://www.aozora.gr.jp/cards/000879/files/26_15 …
と評しています。おそらくこれは「竹の木戸」や「二老人」のように、独歩が人間世界のどうしようもない現実を見据えながらも、それを超えた自然、宇宙、神をたえず心に持ち続けたことを言っているのでしょう。
おそらくそれは独歩の生まれ育った風土や幼い頃の経験、個人の資質という土壌に、キリスト教というよりも、エマーソンやワーズワース、カーライルの思想や作品が根を下ろし、それが作品に結実していったということではないでしょうか。
たとえば「武蔵野」のこのような一節。
http://www.aozora.gr.jp/cards/000038/files/329_1 …
「右側の林の頂いただきは夕照鮮あざやかにかがやいている。おりおり落葉の音が聞こえるばかり、あたりはしんとしていかにも淋しい。前にも後ろにも人影見えず、誰にも遇あわず。もしそれが木葉落ちつくしたころならば、路は落葉に埋れて、一足ごとにがさがさと音がする、林は奥まで見すかされ、梢の先は針のごとく細く蒼空あおぞらを指している。なおさら人に遇わない。いよいよ淋しい。落葉をふむ自分の足音ばかり高く、時に一羽の山鳩あわただしく飛び去る羽音に驚かされるばかり。」
ここでは自然は、人間の外側に拡がり、愛でたり鑑賞したりする「対象」ではありません。落ち葉や山鳩の羽音は、自分のさびしさや孤独のあらわれであり、自分の心がそこに一体となることで「武蔵野」の風景が完成するのです。ここに独歩の詩があり、汎神論的という評価がまさにふさわしい箇所であると思います。芥川の言う「空中へ舞ひ上つてゐる。」という評も、このようなところを指しているのではないでしょうか。
「欺かざるの記」というのは、独歩がある時期まで書き続けていた日記ですが、まとまった思想を記したものではないでしょう。関川夏央の本に以下のような一節があります。
「アメリカ行きをあきらめた独歩は、自分の作品もしくは作品の原型と考えていた日記に、「恋女房の逃亡、貧窮、ヨシヨシ何事にも堪えん」「断乎文学界に突入せんと欲す」と書いた。しかるにそのすぐあとに、「われは宗教の人たらんと欲し、文学の人たらんと欲するが如きをせず」とも書いた。明治人は矛盾した内面をもっていた。あるいは、彼らが自己の内部にはじめて発見した「内面」とは、実に矛盾に満ちたものだったのである。
(p.120 関川夏央『二葉亭四迷の明治四十一年』文藝春秋社)
ですので、その「矛盾に満ちた」日記の一節をもって「これが独歩の神観である」と考えるのは、少し無理があるかなと思います。少なくとも『武蔵野』や『牛肉と馬鈴薯』『岡本の手帳』などを見る限り、独歩が汎神論的自然観を持っていたと見るのは、まちがってはいないでしょう。
おそらく質問者氏が求めておられた回答ではないと思いますが、参考まで。
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