すごい基本的なことなんですけど、レポートとかで「考察しなさい」っていわれた場合何を書けばいいのですか?自分の考えですか?それとも現状とかをまとめるだけですか?

A 回答 (7件)

文系のレポートか、理系のレポートかわかりませんが、とりあえず理系のレポートと決め付けて回答させてもらいます


結果と考察がゴチャゴチャになる人が多いですが、結果と考察は似ているようで異なります。

結果は、実験事実などをそのまま書くだけです
こういう数値が計測されて、グラフがこうなっている。
ということを書くだけです。
単なるデータのまとめの作業です。

考察とは、結果から何か得られる情報を元に新たな発見をしようとする試みです。
作業ではなく、思考です。
私が最近提出したレポートの考察は
○結果から得られたグラフを実験内容を元に、微分方程式を立てることでグラフの形を表す式を導き出した。
○結果にある法則性が現れ、この法則性を幾何学的に説明した。
などです。

わかっていただけたでしょうか?
ps:「これはこういうことを表しているだろう」という表現(推測)はしてはいけません(推測は誰にでもできる)
「これはこうである!」と、断言できる、根拠ある考察を書いてください
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直接の回答ではありませんが,以前に類似の質問に回答した事がありますので,紹介しておきます。



カテゴリ-「教育 > その他(教育)」の質問 QNo.24444(レポートの考察について。)を御覧下さい。

参考URL:http://www.okweb.ne.jp/kotaeru.php3?q=24444
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ああ、僕も困りましたね。

考えろといわれてもどう考えたらいいのかとか。

現状をまとめるだけでは「報告」であって、それに対して、自分の見解をさしはさむことによって「考察としてのレポートの形」ができあがるんだと思います。
しかし、生半可な考えではいけないのです。なぜ、とか、どのように、とか、何を意味しているか、とか、いろいろなことを考えて自分で結論を出す。それは自分の見解だから他人がどうのこうの言えはしない。

おそらく教授もそういうところを求めているんでしょう。何のレポートかにもよるんですけどね。

現役大学4年生の意見でした。
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oodaikoさんが書かれていますように、レポートにせよ論文にせよ、書かなければならない項目は決まっており、中でも考察は大切なものです。


結果は自分が行なった実験による結果事実だけを述べる場所であり、他人が行なったデータなどは入る場所ではありません。
そして、考察の部分では他のデータと今回の結果とを比較検討したり、或いは、今回のデータから導き出されるであろうことを述べるのです。
ですから、考察がないレポートや論文は単なる実験記録になってしまうのですネ。
理科系でない場合、実験の部分を調査という言葉に置き換えるとよいかもしれません。
調べた結果を述べる部分と考えを交えたことを述べる部分ということで結果と考察は異なるものです。
以上kawakawaでした
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「考察する」とは、自分独自の意見を書くということです。



以前、「いくら授業の勉強を一生懸命しても、よい点が取れない。WHY?」という質問がありました。

この方は、簡単に言えば、「自分の考察」がないんです。
いくら授業のことをよく理解しても、先生にとっては感謝はせよ、あまり嬉しくないものです。さらにその受講者自身の考察に基づく独自の意見があって、はじめて「優」がとれます。
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理工系の実験レポートであればやはり自分の考えをまとめることが求められるでしょう。


例えばある実験をしてそのレポートを書く場合、最低限
(1)実験の目的
(2)実験の手順、方法
(3)実験の結果
(4)結果についての考察
などは書かなくてはいけません。stssさんの言われる「現状とかをまとめる」というのは
(3)の段階で終らせてしまうことになります。

何か検証したいことがあって実験をするのですから当然実験の前に結果を予想して
おかなくてはいけません。
そしてもし予想と異なる結果が出てきたら、「実験は失敗した」で終らせずに、なぜ予想
とは異なる結果が出てきたのか考えなくてはなりません。それが「考察する」ということです。
うまくいった場合もそれでおわりにするのではなく「更に条件を変えてみたらどうかなるか」
とか「予想通りの結果が出たが本当に理論が正しいため成功したのか、ひょっとしたら他の
条件のためにたまたま予想通りになっただけではないか」などと考えを発展させること。
それが「考察する」ということです。

人文・社会系のレポートでも基本は同じでしょう。統計資料や新聞記事や文献資料などを集めて
「こういうデータがあって現状はこのようになっています」では「考察しなさい」と言う課題に
答えたことにはなりません。
ではなぜそうなった(なっている)のか。現状の何が問題なのか。その問題を解決するには
どうすれば良いか。等に対する自分の考えを書いてこそ意味のあるレポートです。
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「考察」とは考えて調べることなので、まず与えられたテーマについて自分なりに考え(仮説)、それに沿って可能な限りの資料を取材し(検証)、得られた結果から自分の結論を導き出さなくてはいけません。


その際、当初の自分の考えと矛盾する資料に行き当たった場合でも、それが十分に客観的で信頼に足るものであれば、無視することは許されません。
その結果、自分の考えと異なる結論になることもありえます。
自分の考えが含まれても良いが、それらは客観的に論証(誰にでも納得できる材料を挙げて証明)できていなくてはならない、ということです。

この回答への補足

今回大学の講義でIT革命と銀行業というテーマの1回の講義がありました。その講義の最後に小レポートという形で課題が出ました。そのタイトルがIT革命と銀行業について考察しなさいというものでした。量もB5一枚程度と非常に少ないものです。なのにタイトルは大きくて、いったいこの課題は、なにを書くことを期待しているのかなと思いました。そこで質問させていただきました。

補足日時:2001/05/31 03:01
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