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刑法に従うなら賭博は罪ですが、この法律を見直すべきと考える法律家は多いそうです。つまり、「賭博は善」「賭博合法化賛成」と多くの法律家が意見表明しています。というのも、「賭博は罪」は刑法でそうなっているからそういうことなのであって、事がそうなっているワケが曖昧なんだそうです。

ワケは射幸心(楽して利益が天下り的に落ちて来るのを期待する心)が邪悪で、これが勤労な態度を阻害しており、賭博を罪に定めて規制しているんだそうです。金が欲しけりゃ自分で働いて稼げって話なんだそうです。でも、利益の手段は任意だから、賭博も射幸心も認めるべきと法律家は語ります。

さて、前置きが長くなりましたが、質問はここからです。

私は「賭博は悪」「賭博罪必要」「競馬も宝くじも廃止にすべき」と考えています。下に理由を書きますので、これを読んで感想を回答ください。

理由
賭博は勝負であり、負けた人の出費や債務など失うものを考えると、これを規制すべきである。賭博に負けると経済的に打撃があり、そのルールに合意して賭博に参加しているのだろうが、勝負の結果を理由に敗者は地獄に堕ちて当然とする考え方は人権を尊重する態度に反する。敗者にも人権があって尊重され、苦痛から救済されて容赦しても良いはずだが、賭博の制度は敗者に出費を強いていて酷い。出費や苦痛が嫌なら勝てば良いのだが、誰かが負けるから賭博になり、1名以上の者は必ず痛い思いをする。動機は、欲しいものがあってそのイベントに参加して勝負に勝てばゲット出来るから。それで、勝ってそれを得ることを願ったが、負けてしまった。それなら欲しいものが入手出来なかったことを悔やむだけで済ませば良く、出費を強いるのは変である。普通は欲しいものに商品としての売値を定め、勝負を省略し、単純にお金を支払ってそれを買うのである。射幸心で楽に金儲けするのは勝手だが、参加費は無料にすべきである。これなら負けても出費がゼロで、勝ったときの利益が単純に期待できて楽しい。

射幸心は良いと私は思います。だけど私は賭博を嫌い、勝負に負けた者・弱者をいたわる考え方に欠けてそうなところが嫌です。賭博罪の理由は、射幸心の排除というより、敗者の苦痛や損害を防ぐ事だと思うのですが、どうかしら?

A 回答 (3件)

>参加費は無料にすべきである。

これなら負けても出費がゼロで、勝ったときの利益が単純に期待できて楽しい。

>こういうイベントは少ないです。勝った時の利益は、イベントの開催者が負担します。


よし。わかった!!

それならまず質問者さんが1000円でも2000円でもいいから負担して、そのイベントを開催してくれ。
「意見としてのべるが、私は開催できない。」なんてアホなことをいうなら、もともとおかしな意見なんだから、最初から言わんでくれ。

この回答への補足

そういうイベントを、過去に私は4回くらい開催してます。小規模ですよ。参加料無料でトランプとかマリオカートやって、勝った人に石鹸1ダースとか、お菓子の詰め合わせをプレゼントしました。

世の中には太っ腹な人が居て、参加料無料で勝った人に何万円もの賞金が出る大規模なイベントを催したりします。開催者は単純にお金を失いますが、参加者の楽しむ姿を見たり、イベント開催の名誉にもなるんで、満足すると思う。

補足日時:2014/07/14 20:11
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”刑法に従うなら賭博は罪ですが、この法律を見直すべきと考える法律家は多いそうです。


 つまり、「賭博は善」「賭博合法化賛成」と多くの法律家が意見表明しています”
     ↑
永年法律を勉強してきましたが、賭博が善、なんて
主張している法律家が多い、というのは初耳です。
その多い、という法律家達の名前を教えてくれませんか?
お願いします。


”賭博は勝負であり”
   ↑
極めて不正確です。
「偶然」の勝敗、という点がポイントです。
そうでないと、スポーツの試合も賭博になってしまいます。


”出費や苦痛が嫌なら勝てば良いのだが”
    ↑
そもそも参加しなければ良いだけの話です。
そして、参加する、しないは自由です。


”出費を強いるのは変である”
    ↑
自分の意思で参加した、ということは出費することを
約束したことになります。
だから、強いる、ということにはならないでしょう。
借金した人に、返せ、と言うのは強いるとは言いません。
当然の権利です。
それと同じでしょう。


”普通は欲しいものに商品としての売値を定め、勝負を省略し、
 単純にお金を支払ってそれを買うのである”
    ↑
賭博はスリルを買うのです。
スリルの対価として金を支払うのです。


”参加費は無料にすべきである。これなら負けても出費がゼロで、
 勝ったときの利益が単純に期待できて楽しい。”
     ↑
勝ったときの利益はどこから出るのですか?


”賭博罪の理由は、射幸心の排除というより、敗者の苦痛や損害を
 防ぐ事だと思うのですが、どうかしら?”
    ↑
まともな部分はここだけですね。

賭博罪は社会的法益に対する罪とされていますが、
それを個人的法益に対する罪として捉え直せ、と
いうのですね。

これは一考の価値があります。

御指摘のように、社会的法益を保護するとするから、何の為の
立法なのかが曖昧になるのです。
これは公然猥褻などと同じです。
個人的法益にすれば、保護法益が明確になり、罪刑法定主義
にも合致するという利点があります。

学説の大きな流れとして、そういう傾向にあることは
確かです。

この回答への補足

その法律家を1名だけ、津田岳宏さんです。多いかどうかは私の記憶違いかも。

賭博は偶然性が重要との事ですが、偶然か必然かは参加者の主観が決める事かと記憶しています。強敵が相手で、実力差が明確で負けが濃厚でも、僅かな望みで勝ちを狙い戦えば、その勝負は偶然だそうです。というより、必ず負けると参加者が確信していれば逃げたり勝負を避けるはずで、勝負に参加するという事は勝ちを狙っているんです。逆に必然とは、イカサマや反則技やエコヒイキ審判などで勝敗をコントロールする事だそうです。これで金品を騙し取れば、賭博から詐欺になるそうです。

スポーツや芸術コンクールなども、賭博になります。参加料を払って、結果で利益が変われば賭博だと、近所の交番のお巡りさんが話してました。

>そもそも参加しなければ良いだけの話です。そして、参加する、しないは自由です。
 ↑
負けたときの出費が嫌ですが、欲しい物が景品なら参加したくなります。単純に市販されてれば、そのイベントの参加を避け、お金を支払って買います。

>勝ったときの利益はどこから出るのですか?
 ↑
太っ腹の開催者の財布から出ます。

補足日時:2014/07/14 20:50
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>参加費は無料にすべきである。

これなら負けても出費がゼロで、勝ったときの利益が単純に期待できて楽しい。


ふーーーーん。

参加費が無料なら、買った時の利益は誰がどのような形で負担するの?

よもや税金で負担する、なんてあほなことは言わないでね。

この回答への補足

こういうイベントは少ないです。勝った時の利益は、イベントの開催者が負担します。金を余らせて使い道に困っている太っ腹の富豪がイベントを起こします。

補足日時:2014/07/13 21:37
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