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日本語を勉強しててずっと気になってるのが、外来語、特に英語から来た外来語が多いということです。そして日本語のポッドキャストを聞いてる限りでは、それがものすごいペースで増えてるらしいです。

もちろん、英語や他の言語も同様、外来語が多いでしょうが、日本語での外来語が一番多いような気がします。

本当に日本語には外来語が多いのでしょうか?本当だとしたらこれはどうしてでしょうか?

誰か教えてくれたら幸いです。

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A 回答 (2件)

そもそも日本語は「常にリフレッシュされる外来語を取り入れるのに便利なようにした」言語であると言っても過言ではありません。



助詞を利用した文法構成のゆるさ、カタカナ・ひらがなの書き分けによる外来語の峻別、漢字の読みの多様性、などで、漢字を受容したときから大和言葉と統合できるように言葉を進化させてきたのが、日本語であるといえます。

しかし、それだけでは外来語が増えるわけではありません。外来語がなぜ増えるか。それは日本人が「新しい知識・概念・思想」として外国のものを自分に常に取り入れているからです。
日本人は「思想は外国からやってくる」ものだとおもっており、儒教思想・仏教思想・西洋思想、アメリカ思想などを効率よく学ぶために、外来語を常にとりいれているのです。

たとえば「サスティナビリティ」という言葉が最近流行っています。日本語にすると「持続可能性」となります。

これは地球温暖化の問題の本質が「人類の生活がこのままどこまで持続可能か?」というところから、引用されるようになった言葉であり、日本でサスティナビリティといえば、原則的「温暖化に関する持続可能性」に特化されています。

このような表現を常に外国語から借りてきて、その時代に合うように利用するのが日本語だといえます。

日本人は「思想」がだいすきです。しかもその思想持ってきて切れるのは外国だと思っています。今は欧米の思想が一番有利だからみんな西洋風の言葉を利用して、カタカナでその思想らしきものも利用しようとするのです。
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この回答へのお礼

興味深いご回答どうもありがとうございます!

回答の最後の方によく分からない分があるんですけど、説明してもらえませんか?

「しかもその思想持ってきて切れるのは」

これはもしかして、「持ってきてくれる」の間違いじゃないでしょうか?

お礼日時:2015/02/05 23:58

私は言語学者ではないので、あくまで、海外在住経験を持ち、仕事で海外や外国人と接する機会が多い1個人の感想としてお答えさせていただきます。



>本当に日本語には外来語が多いのでしょうか?
多いと思います。日本語における外来語の比率は、ある調査によると、1956年に9.8%だった外来語が、1994年には34.8%に増加しています。2000年以降の数値はカテゴリーが非常に細かく分けられた為、みつけられませんでしたが、ご指摘通り、カタカナ英語や和製英語がものすごい勢いで増えていますから、過去以上に比率が高くなっているものと推察します。

>本当だとしたらこれはどうしてでしょうか?
もともと日本は中国から漢字そのもののみならず、漢語も導入してそれらを日本語に変換してきたので、外来語を受け入れることに対する対抗感がもとから少ないのだと言えます。
ひとつの国の言葉に、「ひらがな」「カタカナ」「漢字」の3つがあるのは日本特有です。本来自国にない言葉や、知らない文化や物をカタカナを使うことで、紹介しやすくなるという利点があります。
ですから、日本では昔から外来語の多くがカタカナで表されてきました。
・室町時代:ポルトガル語から「ビロード」「パン」「テンプラ」「カルタ」など
・江戸時代:オランダ語から「メス」「コンパス」「ガス」「ポンプ」など
・明治時代:フランス語から、「アトリエ」「デッサン」、イタリア語から音楽用語の「ソプラノ」など

加えて、明治維新後英米から学んだ「英語」が外来語として定着した上、第二次世界大戦で敗戦国となり、アメリカの占領下となったことで、英語教育および英語由来の外来語がグーンと増えたのではないかと考えます。
最近は、本来英語にはない言葉を、勝手に作りだして使用したりが多すぎて、個人的にはちゃんとして英語教育の為にもよろしくないなあと思ったりします。外来語に拒否反応がないのはいいことですが、由来や本来の形をちゃんとわかった上でアレンジするようにしてもらいたいものですね。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。

お礼日時:2015/02/05 03:15

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Q日本語にはどうして外来語が非常に多いのか?

こんにちは。素朴な質問ですが、それに今更という感じも否めませんが、どうして日本語には夥しい外来語が流入しているんでしょう。日本語で表せないのは仕方ないにしても、れっきとした日本語があるのにわざわざ外来語を使うのはなぜでしょう?
出来ればありきたりではなく、鋭い回答、奇抜な回答をお待ちしております。

Aベストアンサー

一つには私達日本人のライフスタイルが言葉相応にアメリカナイズ、グローバル化されてきている、と言えると思われます。
これも外来語使い過ぎでしょうかね?(笑)

インターネットで「チェックする」。
インターネットで「調べる」というより外来語のinternetにつられた形で外来語の「チェック」を用いたほうがより統一感が感じられることがあります。

また、「ポケモン、ゲットだぜ!」の場合、「ポケモン」が日本オリジナルのものであれ、
カタカナ言葉である以上は、やはり「手に入れるぜ!捕まえるぜ!」より「ゲットだぜ!」のほうが
よりシンプルで(単純で)スマートに(垢ぬけて)感じられる一文になるように思われます。
特に話し言葉の場合は、映画の字幕翻訳同様に「より短く、明快に」が求められるので、
カスタマー(お客、顧客)である子供達にとても自然に受け入れられてきたことは周知の事実です。

また、クリーンな環境という場合の「クリーン」に関しても。
日本語に相当する「清潔な」を用いた場合、「クリーンな環境」と「清潔な環境」とでは微妙に意味合いのズレを感じます。
後者の場合の「クリーン」には代表的な訳語の「汚れのない、衛生的な」のニュアンスよりも、
「手入れをすることにより綺麗にする」といった英語の意味合いの一つをイメージ(想像)した方が「よりしっくりくる」と思われます。

またビールの宣伝によくある「ライトな飲みあたり、すっきり感」も
単なる「軽やかな」に英語本来の「アルコール分を控えた」という多義的なニュアンスを含ませているケース(場合)も挙げられるのです。

以上の点から、私はNo.5様のご意見に少なからず同調致しております。
そしてこれらは戦前には一般的に普及しなかった「生活習慣、生活のあり方」の「欧米化」「国際化」に端を発していると思えなくもないのです。

言葉は時代につれ、用いる人につれ、日々リアルタイムに(即時に)進化していきます。
外来語が私達日本人のライフスタイルに追随して斬新さを醸し出している面も否めませんが、
むしろ言葉の世界のほうが実際は私たちの想像する以上にフレキシブルで(融通がきき)、
現実世界の数倍先を進んでいる、とあらためて認識せざるを得ないのです♪

一つには私達日本人のライフスタイルが言葉相応にアメリカナイズ、グローバル化されてきている、と言えると思われます。
これも外来語使い過ぎでしょうかね?(笑)

インターネットで「チェックする」。
インターネットで「調べる」というより外来語のinternetにつられた形で外来語の「チェック」を用いたほうがより統一感が感じられることがあります。

また、「ポケモン、ゲットだぜ!」の場合、「ポケモン」が日本オリジナルのものであれ、
カタカナ言葉である以上は、やはり「手に入れるぜ!捕まえる...続きを読む

Q日本語にはなぜ「漢字、平仮名、カタカナ」があるのですか

大学の授業の発表で、「日本語にはなぜ『漢字、平仮名、カタカナ』があるのか」という疑問を調べていますが、漢字、平仮名、カタカナの歴史はわかりました。
でも、なぜ今もその漢字などがなぜ使われているのかという疑問が浮かんできました。英語やその他の外国語が日本に入ってきたのに、なぜ、今も漢字、平仮名、カタカナが使われているんでしょうか。しかも、なぜ日本語には、漢字、平仮名、カタカナの3種類が今でも存在しているのでしょうか。よかったら参考文献も教えてください。よろしくお願いします。

Aベストアンサー

まず、漢字については、中国の影響を受けて一番はじめに伝わったものとされる。その後、日本国内で独自の発展を遂げ、漢字と漢字の組み合わせにより、例えば、「峠」(とうげ)のような文字も付けられるようになった。
カタカナについては、諸説あるが、仏教の法典を訳すために、付すために使われることが多かった。当然仏教関係と言うことで、男性が使うことが多く「男言葉」と呼ばれていた。
ひらがなについては、平安時代女性貴族が、使い始め、「女言葉」あるいは「やまとことば」と呼ばれた。それが、紀貫之により、日記文に男性でも使うようになってきたのである。
と言う3つの主な流れがあり、漢字だけでは、微妙な表現が伝わらない事があるために、日本語と漢字はイコールでないため、また、漢字で表現することが大変難しいため、庶民には、ひらかなやかたかなが、江戸時代前期まで、通用した。(←表音なので、簡単単!!)
そのような流れの中で、漢字は(意味と音)かなは、漢字と漢字をつなぐ役割で使われるのである。
明治中期までは、カタカナ主流だったのが、現代仮名遣いの、樋口一葉らによって、現在の形に近くなり、
もとの、仏典を訳すために使われたことより、海外のものを訳す時には、カタカナを付すようになった。

と言う大まかな流れがあります。

※「日本文学史」の参考書と「日本教育史」でも見てみてはどうでしょうか?

まず、漢字については、中国の影響を受けて一番はじめに伝わったものとされる。その後、日本国内で独自の発展を遂げ、漢字と漢字の組み合わせにより、例えば、「峠」(とうげ)のような文字も付けられるようになった。
カタカナについては、諸説あるが、仏教の法典を訳すために、付すために使われることが多かった。当然仏教関係と言うことで、男性が使うことが多く「男言葉」と呼ばれていた。
ひらがなについては、平安時代女性貴族が、使い始め、「女言葉」あるいは「やまとことば」と呼ばれた。それが、紀貫...続きを読む

Q外来語のカタカナ表記のメリット・デメリット

タイトル通り、カタカナ表記のメリット・デメリットを探しています(><)
私が考える中に、「ビ」「ヴィ」と異なるように書いても発音は一緒になってしまう。、、、これはメリット・デメリットどっちなのでしょうか??
これ以外でも、色々な意見お願いします(><)!

Aベストアンサー

メリットというのはまさにこのメリットという表記が示している様に簡単に一応日本語として取り入れることが出来るということではないでしょうか。デメリットとしてメリットとかデメリットという単語から日本人が新しい概念を持った言葉を作れないということではないでしょうか。アメリカ人やイギリス人が作ってくれないと困るわけです。幕末明治の日本人はカタログを型録、クラブを倶楽部の様に表記しました。カタカナ語の直接的なデメリットではないですが、漢字による造語力がなくなってしまった結果カタカナに頼らざるを得なくなったということではないでしょうか。

Q日本語にはなぜこんなに外来語が入っているのでしょうか?

日本語には夥しい外来語が入っていますよね。中には既に日本語にあるのに、わざわざ外来語というか英語を多用しますが、それにはどんな要因が考えられますか?

また、最近の質問「http://oshiete1.goo.ne.jp/qa2636206.html」である方の回答によると、常用漢字の制定により常用漢字外の使用が制限され、また義務教育で中国語を習うこともないので、同時代的で国際的な繋がりも弱まり。日本語では漢字の成長力が止まってしまったそうです。それで、その方の意見によりますと「中学校で英語の代わりに中国語を教えたら 外来語の不必要な使用にも歯止めがかかり、状況が変わってくるかもしれない。」というようなことを仰っていました。私はこれも満更悪くないような気がします。というのは、初めての外国語なら英語よりは中国語の方が取り付きやすいだろうし、どうせコミュニケーションの為ではなく、試験の為の外国語なら何語でも同じだろうとも思います。それに、幼稚園から英語を習っても出来ない人は出来ないし、大学で第2外国語を始めてもマスターする人はマスターするので、高校で英語を始めても大きな支障はないようにも思います。論点がはっきりないと思いますが、タイトルにある質問と合わせてご意見を戴ければ幸いです。

日本語には夥しい外来語が入っていますよね。中には既に日本語にあるのに、わざわざ外来語というか英語を多用しますが、それにはどんな要因が考えられますか?

また、最近の質問「http://oshiete1.goo.ne.jp/qa2636206.html」である方の回答によると、常用漢字の制定により常用漢字外の使用が制限され、また義務教育で中国語を習うこともないので、同時代的で国際的な繋がりも弱まり。日本語では漢字の成長力が止まってしまったそうです。それで、その方の意見によりますと「中学校で英語の代わりに中国語を教...続きを読む

Aベストアンサー

>関係代名詞がないとすれば、どのような言い方をするのでしょうか?
英語よりも簡単で、むしろ日本語に近いかもしれません。修飾句が必ず修飾される語の前に来て「的」で結びます。勿論、冠詞もないので、その点も非常に楽です。

英語を話す友達→a friend who speaks French→ 説英語的朋友

私が好きな音楽→the music which I like→我喜歓的音楽

しかし、英語の“of which”の類は中国語には訳しにくく、英語の関係代名詞に親しんだ人にとっては かえって中国語が面倒に感じるかもしれません。

>それと、仮に中国語が英語の代わりに教えられたとしたら、具体的にはどのような利点と欠点が考えられますか?
非現実的な仮定ですが、外交的にアメリカと中国の位置付けが入れ替われば可能性はありますね。しかし、貿易も対中が対米を上回りつつあるし、日本に駐在している人や日本に旅行で来る人も、現在に置いてもアメリカ人よりも中国人の方が多いと思いますので、中国の必要性は高いですね。現在でも第2外国語ではフランス語を抜いて1位の座にありますからね。しかし、義務教育で英語から中国語にシフトするとしたら、いきなりは絶対に無理なので、中学校では英語と中国語の選択から徐々に中国語が英語を追い抜く過程を踏むでしょうね。でも、外来語の流入を考えるなら、世論的な嗜好も大きく作用しますからね。政治だけでなく、文化的にも日本人のアメリカ離れが進めば、英語の流入が著しく減少するでしょうね。例えば、アメリカ映画はストーリーが幼稚でつまらないとか、英語を多用するとチャラチャラして安っぽいイメージがあるといった考えが浸透するようなことです。

英語の代わりに中国語を教える利点としては、中国文化を古代から現代までを通して深く知り、強いては東アジアの連帯を強めることでしょうかね。#7でも答えたように、日本人と中国人が英語で会話しても白ける部分が多いですから。
欠点としては、コミュニケーションのフィールドが狭くなることでしょうかね。
しかし、現在の英語教育では代わりに中国語を教えても Ceiriosenさんの仰るように大して変わりはないですよ。何しろ、専らセンター試験に一生懸命に勉強しても、英語圏の国でトイレすら尋ねられないんですから。ですから、何語を教えるかよりも、何語でもいいから どのように教えるかの方が重要とも言えます。何しろ、現代の英語教育でも本来の外国語を学ぶ意義のエッセンスが大きく捻じ曲げられているんですから。
実用性を2の次にすれば、日本人が最初に学ぶ外国語は英語よりも中国語の方が適していると私も思います。(難易度だけでの問題でもないし、実用性にしても、近い将来、中国語と英語が肩を並べるかもしれませんし。)日本と最も国交が古く、日本に非常に大きな影響を及ぼし、世界最大の人口を誇り、最大の貿易相手国で、人的交流が最も多い国の言語が第1外国語になっても何らおかしくはないと思います。それに、これもCeiriosenさんも仰っていますが、日本ももっと外国語に力を入れ、中学で中国語を始めても、高校では英語をすれば、そっちの方が
コミュニケーティブだとは思います。

>関係代名詞がないとすれば、どのような言い方をするのでしょうか?
英語よりも簡単で、むしろ日本語に近いかもしれません。修飾句が必ず修飾される語の前に来て「的」で結びます。勿論、冠詞もないので、その点も非常に楽です。

英語を話す友達→a friend who speaks French→ 説英語的朋友

私が好きな音楽→the music which I like→我喜歓的音楽

しかし、英語の“of which”の類は中国語には訳しにくく、英語の関係代名詞に親しんだ人にとっては かえって中国語が面倒に感じるかもしれません。

>それ...続きを読む

Q「ご連絡いたします」は敬語として正しい?

連絡するのは、自分なのだから、「ご」を付けるのは
おかしいのではないか、と思うのですが。
「ご連絡いたします。」「ご報告します。」
ていうのは正しい敬語なのでしょうか?

Aベストアンサー

「お(ご)~する(いたす)」は、自分側の動作をへりくだる謙譲語です。
「ご連絡致します」も「ご報告致します」も、正しいです。

文法上は参考URLをご覧ください。

参考URL:http://www.nihongokyoshi.co.jp/manbou_data/a5524170.html

Q「15日まで」とは、15日は含まれますか?

15日までに書類を提出しなくてはいけなくて、
私は15日も含まれると思っていたのですが、
14日中に書類を提出してほしかったと言われてしまって。。

「●日まで」というのは、その日は普通含まれるのでしょうか。。

Aベストアンサー

>「●日まで」というのは、その日は普通含まれるのでしょうか

言葉の上では、その日は含まれます。

ここから先は独り言

だだし、これが仕事上のこととなると話は別かも。

 仮に会社で上司が「15日までに書類を提出してく
 れ」と言ったとします。言外には「16日の出張で 商談に使うからな」ということもありますよね。
 もし、そうなら15日の早いうちに書類をチェック
 したいかもしれないですね。できれば
>14日中に書類を提出してほしかったと
 言われることも会社組織のなかではあることですよ
 ね。

 「だったら、そう言って下さいよ。」って言えませ
  んよね。

  また、本当に15日中で提出がいいとしても終業
  間際に提出してたらだめですよね。

もう一つ、ちょっと違うけど、

  「15日までに相手銀行口座にお金を振り込んで   ください。」と言われたら、15日のうちなら
  何時に振り込んでもいいのではないですよね。
  当然相手口座に15日中に入金されていなくては
  ならないですよね。質問とは関係ないですけど。

「書類」という言葉から勝手に仕事の事と考えました
から。
  
14日に欲しいと言わないアンタが悪い、ではね。
確かに質問者は正しい。でもネ。
人生、先手先手。

「15日と言われましたが早めにお持ちいたしました。」

な~んてね。

>「●日まで」というのは、その日は普通含まれるのでしょうか

言葉の上では、その日は含まれます。

ここから先は独り言

だだし、これが仕事上のこととなると話は別かも。

 仮に会社で上司が「15日までに書類を提出してく
 れ」と言ったとします。言外には「16日の出張で 商談に使うからな」ということもありますよね。
 もし、そうなら15日の早いうちに書類をチェック
 したいかもしれないですね。できれば
>14日中に書類を提出してほしかったと
 言われることも会社組織のなかで...続きを読む

Qなぜ日本人は横文字(特に英語)ばかり使うのでしょうか?

表題の通りですが、昔から日本人は意味もなく英語を使いますよね。
日本人のほとんどはろくに英語を喋れないのに・・・

最近ですと、「1点ビハインド」、「セレブになる」、「ビフォーアフター」
「場内は一斉にスタンディングオベーション」、「ホワイトカラー・エグゼンプションの導入」
・・・・等、枚挙にいとまがありません!!
これらの言葉を本来なら日本語を正しく使うべきテレビ局や出版社、それから政府関係各所が
何のためらいもなく多様していることに愕然とします。

なぜ日本人は日本語という素晴らしい言語があるにもかかわらず
こうも横文字ばかり多用したがるんでしょーか?
同じ日本人として非常に恥ずかしいし、またとても腹立たしいです。

日本語の方が英語を使うより直接意味も伝わるし、文字数や誤解されることも少ないと思います。
「美しい日本」を目指すなら先ずは「美しい日本語」を使うべきではと思います。

長くなりましたが、皆さんは現状の日本の横文字文化を見てどう思ってますか?
ご意見、ご感想をぜひ聞かせて下さーい!!

Aベストアンサー

No.4です。お礼のなかで疑問を書かれていらっしゃったので、書かせていただきます。質問者さまに反対するような書き方をしますが、この問題を考える上ではこのような視点もあろうかと提案するまでで、基本的には質問者さまに賛成です。

●外来語でない日本語で表現できるのに、なぜ外来語を使用するのか。

「1点の負け」ではなく、「1点ビハインド」という表現がなされるのは、それに見合う意味があるからです。単に紛らわせているのではありません。そして重要なことは、「1点ビハインド」が「1点ビハインド」としての独特のニュアンスをもつのは、「1点の負け」という元来の表現との対比があってこそでしょう。逆にいうと、「1点ビハインド」を常用している人間にとっては、「1点の負け」という表現も、元来とは異なるニュアンスをもつようになっているはずです(少なくとも、「1点ビハインド」が割りこんできた分はまったく同じニュアンスをもつことはできなくなっているはずです)。「1点ビハインド」を使う人にとっては、それがふさわしいから使っているのであって、「1点の負け」と言い換えることができるとしても、十分ではないのです(純粋に語義的なニュアンスの差異がなかろうと、ノリ、雰囲気、しっくりくる、といった感覚があるのだと思います)。スポーツの場合などでは、やはり「1点ビハインド」のほうが雰囲気が出るということもあるのでしょう。“同義の和語、漢語があるのに外来語を使いたがる”のにはそれなりに文脈上の理由があるということです(そうでなければ、そもそもそのような言葉は使われるはずはありません)。一方で、そのような言葉を習慣的に用いてなければ単なる同義語であり、和語、外来語を使えばいいのに、ということになるのでしょう。

ただし、それを踏まえて、雰囲気だけで外来語を使用するのはよくないというのは、もっともな批判だと思います。ただ、これに対しては私の考えは2つの点で反対です(どちらも条件つきの反対です)。

1) そのような「ビハインド」や「リスペクト」などの語は、まさに雰囲気が必要だから使用されているという側面があるからです。スポーツなどでは、たとえ容易に言い換えられるとしても、その「ビハインド」「アウェイ」などの専門用語を使うことで、まさにゲームについて話しているだという感じを出せます。また、「ビハインド」を知らない人はそのゲームの結果にそれほど興味はないでしょう。「リスペクト」は、ラップをやっている人がよく使っていると思いますが、それも雰囲気を共有するために使われているところが多分にあります。雰囲気の共有のためのレトリックであるなら、まさにそれは表現力であり、それを否定するのは言葉狩りであろうと思います。ただ、そのようなレトリックがふさわしくない状況で外来語を使用する(サッカーのルールも知らない相手に「ビハインド」だの「アウェイ」だの言ったり、軽いノリのときでないにもかかわらず「リスペクト」と使ったりする)のは、意思疎通上問題のあることだと考えます(この意味で条件つきの賛成です)。そこで私の立場は、聞くと想定されている対象者がその言葉を知らないはずなのにその言葉を使用するのはコミュニケーション的な問題を孕むゆえに反対するが、聞くと想定されている対象者がたいてい知っているはずなら、レトリックとしておおいに活用されてよいだろうというものになります。

2) そのような反対が、反動的な和語への回帰になってしまうかもしれないからです。これを機会に日本語のよさを見直そうということであるので、その意味では、回帰自体が悪いといっているのではありません。しかし、外来語“と比べて”和語ないし漢語のほうがよいというのは、[1] 伝統的なものの尊重に加えて [2] 外来語との対比によるところがあると思います。つまり、外来語があるからこそ“その対比でかえって”日本語に伝統的なものを感じてしまうというところがあるはずです([2])。それは外来語の効能ですよね。そこで私の立場は、純粋に日本語のよさを日本語のよさとして感じていないかぎり、つまり外来語との対比でよさを感じているという面があるかぎり、外来語を批判する道義を欠くだろうというものになります。伝統的な日本語を重視することと、外来語が存在すること(過度にはびこることではなく)とは矛盾するものではなく、むしろ相補的であるところもあるということです。

上の1)、2)は、質問者さまの文言を頑固なものと受けとった、日本語に言い換えられるなら日本語に言い換えるべき、という意見に反対するものでしかなく、私も基本的には質問者さまに賛成で、外来語のせいで日本人にとって元来なじみのある和語や漢語が駆逐されているという危惧があります。たとえ日本人の人生にとって外来語や外国語が必要とされる割合が高まったとしても、教養として従来の和語や漢語を身に着けることができないというのはありませんから。

●外国語が話せないのに外来語を使うことについて。

外来語は英語に由来するとしても英語ではなく日本語です。外来語の問題と、日本語が話せない人ほど英語に飛びつきがちであるととを同時に論ずることは、あまりよいこととは思いません。日本語になった外来語を適切な文脈で使用できるのであれば、その外来語の元となった言語(たとえば英語)が話せないとしても、会話の受信者がその言葉を知ってさえいれば、意思疎通上何も問題はありません。英語もまともに話せないことが、外来語の使用によるコミュニケーションに必然的な欠陥をもたらすなら、それは問題だと思いますが、そういったことはありませんよね。

他方、日本語が話せない人ほど英語に飛びつきがちであり、それが外来語の氾濫の原因のひとつであろうと推察するというのなら、それは妥当だと思います。

●専門用語の訳語について。

専門用語の場合は、たいてい英語で使われはじめることが多いので、最初から「わかりやすい日本語」に置き換えてしまうと、原語がわからないせいで、その分野の専門家内で意思疎通がとれなくなってしまうこともありうると思われます。とくに、専門用語の場合は似て非なる用語が多いので、直訳気味のものが好まれますね。直訳ではなく意味を考えた訳語は、定着するのに時間がかかりますし。でも訳語の改変が大々的におこなわれることもあるようですね。岩波書店から『フロイト全集』が目下刊行中ですが、意欲的に訳語を変えていますね。もちろん一般的な使用に耐えうるものというよりは、より正確を期した訳語ですが。「夢判断」→「夢解釈」、「快感原則」→「快原理」、「リビドー」→「リビード」など。

No.4です。お礼のなかで疑問を書かれていらっしゃったので、書かせていただきます。質問者さまに反対するような書き方をしますが、この問題を考える上ではこのような視点もあろうかと提案するまでで、基本的には質問者さまに賛成です。

●外来語でない日本語で表現できるのに、なぜ外来語を使用するのか。

「1点の負け」ではなく、「1点ビハインド」という表現がなされるのは、それに見合う意味があるからです。単に紛らわせているのではありません。そして重要なことは、「1点ビハインド」が「1点ビハインド...続きを読む

Q"他愛のない話”という意味?

私は日本語の初心者なので、新聞を読んで時、"他愛のない話”を見て、その意味は辞書を引いてもなかなか分かりません。
ちょっと教えていただけたらありがたいんです。

Aベストアンサー

他愛のない=たわいない で調べると辞書に載っています。
以下は辞書からの引用です。

たわいない。 もともとは「たわいなし」という古語です
(古語(こご)=昔の日本語です)

(1)しっかりしたところがない。(幼くて)思慮分別がない。
  「―・く言いくるめられる」「―・い子供の言い分」
(2)手ごたえがない。張り合いがない。
  「―・く負けてしまった」
(3)取るにたりない。とりとめもない。
  「―・い話で時間をつぶす」
(4)酒に酔って正体がない。
  「酔いつぶれて―・く寝込む」

他愛のない話、はここでは(3)の取るに足らないの意味で、
どうでもいい話、とくに重要でもなんでもない話(天気の話しとか)です。


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