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何年も前と云う事ではありませんが以前にマスコミを通して、細胞自体に記憶する能力があるのかも知れない、と云った事を見聞きしたことが有ります。

 人間は“私”が生きていると普通は思っていますが、よくよく考えると“私”はこの肉体を生かすための役割としては補助的な事しかしていないのではないかと思ったのです。

 内臓器官はそれぞれの役割を“私”抜きで自立的にこなしていて、その状況を伝達物質を通して脳に送っていて、脳はその判断と指令という役目をしているとすれば“私”はこの肉体自体の生命力に依って“存在”しているに過ぎないと思えます。

 生命体の司令塔としての脳は一体、生物のどの段階で発生したのでしょうか?
 教えてください。

質問者からの補足コメント

  • いただいた回答はどれもベストアンサーなのでgood を入れる事にしました。
    有り難うございました。

      補足日時:2015/03/17 12:36

A 回答 (4件)

体中に散らばった神経節における条件反射によって


行動していた生物が、脳で情報を統括・蓄積して、
条件反射以上のコントロールを始めたのが明らか
なのは、カンブリア紀の大爆発で知られる5億年前
の劇的な種分化の時期に現れた、我々脊椎動物の
祖先だと考えられるピカイアだと言われています。
ピカイアは何の特徴もないノッペリした柳の葉の
ような形状ですが、それ以外の種にはない大きな
特徴として、脊索(我々の脊椎の原型)があった
のです。

脊索は、必ずしも神経の通路だけではなく、他の
多くの種が、外敵から守るために外骨格であった
のに対し、内骨格的な働きをして外側についた筋肉
の力をより効果的に運動力に転化できたのです。
そして、その被捕食者としての用心+逃げるための
前方への注意が、脊索を通じた統合的な感受&行動
コントロールを発達させた事は当然でしょう。
「脳、の誕生日(生物学的な年代)はいつ頃で」の回答画像4
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この回答へのお礼

哺乳動物にある脳とは違うけど、それに似た働きを太古の生物に認められる、という事のようですが、やっぱり私には難しいですね。

ありがとうございました。

お礼日時:2015/03/17 12:30

他の方もおっしゃる通り、司令塔はありません。


個々に独立した動作及び、独立した都合による連絡を取ります。
このようなネットワークは全ての多細胞生物が行ない、その連絡手段は神経の使用に限定されません。
>神経ネットワークが形成される多細胞生物とはどんな生物ですか?
http://en.wikipedia.org/wiki/Eukaryote 左下から日本語にリンクされます。

ご質問の件ですが、
生物学と言うより地質学ですが、哺乳類が持ち合わせる基準となる脳は、
単弓類または双弓類以前の有羊膜類、四肢動物には安定性を得ています。
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この回答へのお礼

学問の世界ってすごいですね。大変なところに首を突っ込んでしまった、と云う思いです。
 かる~い気持ちでした質問でこんなに気分が重くなるとは・・・
 もっとも心地よい重さですけれど。

 さしあたり、四肢動物に“脳”は認められていると受け止めておけば良いのかな、と思うことにしましたが要するに小・中学校で学ぶ生物から始めなければ解らないよ、と云うことなんですね。

 ただ、反射運動のように“司令塔”をたよらずに勝手に反応してしまう?という肉体の動きを「個々に独立した動作」と関連させて良いのか、あるいは内容が違うのか、それさえも分かりませんが各部位の情報がなぜ脳に集まるのかと考えると、やはり“司令塔”としての役割を担なわされているからではないか、と思うのです。

 生物学での実験では司令塔的物理現象は確認されてないんですね?

 ありがとうございました。

お礼日時:2015/03/13 09:38

私も、司令塔のように管理するシステムはないと思います。

(思うと言うか普通は断定されます)。
コンピューター(中央サーバーシステムを採用した仕組み)のように人為的に整理して綺麗に作ったものではないですから、
仕組みと言う意味で、その質は生物のほうが(比べようもないほど)劣悪です。
脳は最も神経が交わる場所です。(情報同士が参照し会いそれぞれの情報内容に影響を与え合う事ができる)。
ですが、交わるのは別に脳に限ったことではありません。

ただ、あえて言うなら単細胞生物が最も質問のそれに合致するのではないでしょうか。
単体でそれ全てですから、細胞ごとが持つ情報やその扱いによる差異、欠損などは一切起きません。

>細胞自体に記憶する能力があるのかも知れない
むしろ記憶できないと証明するほうが難しいと思います。(これは私個人の考えとして)。
「形式やその精度を問わないのなら」ほぼ全ての物はありとあらゆる記憶が行なわれるのが自然で、
記憶されない(と言うより記憶として使う事が手を尽くしても不可能である)と言う特殊な状況を見つけ、そしてそれを証明するのが筋ではないか?と言う考えです。
もちろん生物の記憶も、様々な方式が偶然の成り行き上何重にも重なって作られています。

まんなか付近の "私" の意味がよく分かりませんでしたが、
西洋哲学など古典的な意味で用いられる、自分ありきと言う意味での "私" でしょうか?

一応生物学では、一連の細胞の結合全てを一区切りにして、1単位が形成されてると思うです。
だから死ぬまで一切意識なかったことも、存在に気づかなかった場所や仕組み、またその動作に関しても私ですよ。
(まぁ気づかない部分が全体の99%以上なのですけど)。
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この回答へのお礼

ロボットは自分では動きません。ただの物体です。
 人の赤ちゃんも死産、と云う状態であればただの物体です。
 有機物質として、変化していくばかりで、赤子としては活動しません。
 有機体としての細胞は自身で活動して自身を維持します。
 細胞がロボットでない証拠です。
 でもまだ“脳”はないんですよね?
 単細胞生物から発展して複雑に、そして高度になった生物は“司令塔”の制御能力によって身の保全をしているはずで、その役割の場所は“脳”以外には考えられないのですが。
 私はひそかに細胞の記憶する能力ということに“細胞の精神性”を感じていて、その精神の集まりが心となったのではないかと考えています。
 また、単細胞生物に記憶する能力があると云う事は、細胞には精神性があると云う事を意味している、とも思っています。
 TANUKIAさんにとっての“司令塔”は“こころ”ですか。
 ありがとうございました。

お礼日時:2015/03/12 18:53

学者でないので憶測ですが



脳は神経の集合変位体だと思っています。
そして、脳は『司令塔ではない』と考えます。
脳は現在でいう『クラウド』のサーバーみたいな存在で各臓器のリクエストを淡々と処理しているだけなのかも。

つまり、神経ネットワークが形成される多細胞生物にが脳の始まりと言えるのでは?

と考えます。(´・ω・`)
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この回答へのお礼

“神経の集合変位体”と云う私の知らない言葉を使うということは、私よりも識者であることが分かります。
 私が“司令塔”という表現を使ったのは“リクエストを淡々と処理している”という意味で使ってみたんですが。
 なぜならば生物に脳が発生した時にはまだ“わたくし心”は微々たるものだったと思うから。

 実際には脳は“私”的精神の影響を受けているとは思いますし、“司令塔”という表現にそのことが含まれてしまっているとも思いますが、ここではそのことを外して受け止めてみてほしいです。

 神経ネットワークが形成される多細胞生物とはどんな生物ですか?
 知りたいです。
 
 再度の回答、期待します。
 ありがとうございました。

お礼日時:2015/03/12 11:20

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