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友人の話です

先日、榛名神社に行った際に御神木ではないですが境内にある木に惹かれ、その木を触った瞬間に手の平がピリッと静電気みたいな痛みを感じ、ビックリして2、3歩後ずさりしたら上から直径5センチ位の木の枝が落ちてきたそうです

本人曰く、頭や身体に落ちてきていたら怪我していたと思うくらいの木の枝だそうです

木に触れた時の静電気のような痛みや落ちてきた木の枝の意味が少しでもわかる方がいたら教えてください


宜しくお願いします

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A 回答 (4件)

こんばんは



気を付けた方がいいよ、という事じゃないでしょうか

呼び合ったということも考えられます
榛名神社って力が強いですからね
道の真ん中歩いてきたとかきゃあきゃあ騒いだとか
何か神様のお怒りに触れたかもしれないですね
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この回答へのお礼

遅くなりました。
返信ありがとうございます( ^ω^ )

確かに…気を付けなさいとかだと私も思います。
榛名神社の神様は万能な神様で力が強いと言いますしね。

ありがとうございます。

お礼日時:2015/05/17 17:46

枝が落ちるのにわざわざ呼び寄せ、危ないからと信号をだす、その木はなんなんでしょうね。



この世は偶然で成り立っており、神が降臨したと思われることも沢山あります。
ですが、枝の落ちたことによる意味はないでしょう。
意味があるなら手に静電気の感覚があったことですが、、、。
身体で木の折れる音を聞き、それが脳で考えるより先に手に来て静電気ののような感覚を与えたという説を唱えたいと思います。
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この回答へのお礼

返信ありがとうございます。
なるほど…そういう考えもありますね。
すごく為になります

わかりやすい説明、ありがとうございます( ^ω^ )

お礼日時:2015/05/17 17:48

お告げです

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この回答へのお礼

お告げですか!!!
どんなお告げなんだろう……

返事ありがとうございます

お礼日時:2015/05/14 20:25

偶然


気のせい
たまたま
話を盛っている

だいたいこの辺で説明出来る
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この回答へのお礼

偶然だとは思いますが…
彼女の人柄盛ってはないと思います
盛ってそうな話ですけどね(笑)


ありがとうございます( ^ω^ )

お礼日時:2015/05/14 20:24

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Q妙な体験

こちらのカテゴリーで良いのか少し不安がありますが
よろしければお付き合いください。

以前、ある神社へ友達と参拝した時です。
本殿でお参りを終えて、少し離れた場所にある遊歩道のような所を
一緒に歩いていました。
その時、草花が生い茂った地面を見ると、
風もないのにある葉っぱだけが異様に揺れていたんです。
笹の葉に似たような品種で、全体が揺れるのでなく、
その一本だけがゆらゆらと揺れ続けていました。
不思議に思い、友達にその事を告げると「妖精が挨拶してる(笑)」と言ってたのですが(まぁ冗談でですが)
あたしには異様な感じが先に走り、とても笑えませんでした(^^;

別に大した事ではないのでしょうか?
こういった現象って多々ありますか?

近所の神社さんに何気なく立ち寄った時も、
しめ縄の間に飾られている紙垂がひとつだけ揺れてる時がありました。
風は吹いてなかったのですが…

小心者なのでちょっと怖いです(^^;
似たような経験されている方はいらっしゃいますか?

Aベストアンサー

神社参拝大好きの、korosuke31といいます。
特定の葉っぱだけが揺れていたというのは、良くはわからないのですが・・・、
比企理恵さんの『神社でヒーリング』という本で、
★神社にお参りして雨が突然降ってくるのは『禊(みそぎ)の雨』といい、神様が喜んで迎えてくれいる証だそうです。
★もう一つは、これも神社へ参拝した時にですが、小石が飛んでくる事は『天狗のつぶて』といって、天狗が歓迎してくれているんだそうです。

確かに葉っぱが1枚だけ揺れているというのは、ただ単に風のせいということもありますが、神社とは直接は関係無いけど『虫の知らせ』という言葉だってあります。
ってことは・・・、何か知らせてくれた、あるいは神様が喜んでくれていたというように解釈した方が、得(徳)なんじゃないのかなあ!って思いますね!。
それと神社なので、“妖精”っていうよりは、その神社の“神様”(神様はたくさんいますので、その神社は誰を祭っているのかはわかりませんが)だと思いますよ!
とにかく、何か良いことがあると良いですね!!
ちなみに僕も、1度だけ1枚の葉っぱが揺れているのを見たことがあります。とても不思議ですよね~~~。。。

p.s 本は『比企理恵 神社でヒーリング』と検索すれば、たくさん出てきますよ!

神社参拝大好きの、korosuke31といいます。
特定の葉っぱだけが揺れていたというのは、良くはわからないのですが・・・、
比企理恵さんの『神社でヒーリング』という本で、
★神社にお参りして雨が突然降ってくるのは『禊(みそぎ)の雨』といい、神様が喜んで迎えてくれいる証だそうです。
★もう一つは、これも神社へ参拝した時にですが、小石が飛んでくる事は『天狗のつぶて』といって、天狗が歓迎してくれているんだそうです。

確かに葉っぱが1枚だけ揺れているというのは、ただ単に風のせいということも...続きを読む

Q神社参拝の際、「祓い給い 清め給え」と唱えたほうがいいのでしょうか?

神社参拝の際、「祓い給い 清め給え」と唱えたほうがいいのでしょうか?

以下のホームページを見ると、次のような神拝詞(となえことば)があるようです。
http://allabout.co.jp/gm/gc/4971/2/

<神拝詞(となえことば)>
祓い給い 清め給え(はらいたまい きよめたまえ)
神ながら(かむながら)
奇しみたま(くしみたま)
幸え給え(さきわえたまえ)

そこで、質問です。

神社参拝の際、上記の「祓い給い 清め給え・・・(中略)・・・幸え給え」と唱えたほうがいいのでしょうか?
また、個人的なお願いごとは、上記の神拝詞(となえことば)を唱えたあとに、お願いすればいいのでしょうか?

それとも、個人的なお願いごとをする場合は、上記の神拝詞(となえことば)を唱えなくてもよいのでしょうか。よく、神社やパワースポット関係の本には、参拝作法に、上記の神拝詞(となえことば)を唱えなさいと書かれていないと思います。

ただ、時々、神社に行ったとき、拝殿の御賽銭箱の近辺に、上記の神拝詞(となえことば)のうち、
「祓い給い 清め給え(はらいたまい きよめたまえ)」と書かれた表示物を見たことがあります。

そもそも、参拝の際に、神前での願い方について、何を唱えればいいか、何が正しいかわかりません。

よろしくお願いします。

神社参拝の際、「祓い給い 清め給え」と唱えたほうがいいのでしょうか?

以下のホームページを見ると、次のような神拝詞(となえことば)があるようです。
http://allabout.co.jp/gm/gc/4971/2/

<神拝詞(となえことば)>
祓い給い 清め給え(はらいたまい きよめたまえ)
神ながら(かむながら)
奇しみたま(くしみたま)
幸え給え(さきわえたまえ)

そこで、質問です。

神社参拝の際、上記の「祓い給い 清め給え・・・(中略)・・・幸え給え」と唱えたほうがいいのでしょうか?
また、個人的なお願...続きを読む

Aベストアンサー

私は、宗教が神道ではない者として、口を挟むつもりはありませんでしたが、書かざるをえない気がしました。出来れば、新興宗教の方は、その身分を明らかにしてほしいものです。知っている人には分かります。教義に書かれていた内容は、必ずしも一般的な情報とは違いますから、読み手は間違った認識を持ってしまいます。私自身は宗教団体には関係してませんが、生まれながら、仏教と神道の狭間で、相矛盾した中で割り切れない問題を背負って育ってきましたが、ある意味で時代に翻弄された一人だというしかありません。

昨年でしたか、大相撲の朝青龍が、手刀を切り、懸賞金を左手で受け取り、大ひんしゅくをかいました。相撲というのも、神の御前でする神事ですが、形から入り、心が入り、そして、そこに美と調和が生まれるわけです。これを「様式美」と言い、ただ、勝てばそれで良いというわけではない、という端的な例を表しています。

神社では、鳥居の前で脱帽し、礼をし、二礼二拍手一礼のマナーというものがあります。また、手水舎(てみずや)で片方ずつ手を清め、口をすすぐというのは常識ですが、直接、ヒシャクに口をつけてはいけません。今は、常識が常識でなくなってきているようです。確かに、出雲大社などでは違う作法があるところもありますが、それは注意書きが入っていたはずですし、こういう作法は、混沌としているということでもありません。明治以降、二礼二拍手一礼(二拝二拍手一拝)を一般としてしてきているわけですから、それに従えば済むことです。知らなければ、覚えれば済む話です。この作法は、明治時代に作られた「神社祭式」を根拠としています。

また、女性は、柏手(かしわで)を鳴らさないというのは、占い師の細木数子氏が言ったそうです。しかし、女性は鳴らさないというようなことはありません。柏手は、神様を呼び出すという意味を持っているのですから、死者の前(葬式やお墓)では鳴らさない時(しのび手)があるという常識さえ知っていればよいことです。また、お寺では、二礼二拍手一礼はしないということも心がけてほしいものです。

それが、いつの時代に作られたものであれ、統一されたものなら、それに従わないということはありません。マナーのひとつとして、ぜひ、守って欲しいものです。それを守らなかったら、どうにかなるということではありません。日本的な表現ですが、「美しくない」ということです。

それから、祝詞というのは、簡単にいうと、「かむながら」という言葉がある通り、「神の御心のままで」という意味ですから、もともとは、「神の言葉として上から下に申し伝える言葉」だったわけです。唱え詞(となえことば)で一般的に知られているものは、

「祓い給へ 清め給へ 守り給へ、幸(さきは)え給へ」
というものです。私は、特に参拝客が声を上げて唱えるという話は聞いたことがありませんが、神社に詣でたときに、どこかに書かれていたら、黙読し、心の中で、「清い心で、神様の御心のままに、みなを守り、みなが幸せになれますように」と祈ればよいと考えています。

なお、浄土真宗の話に触れておきます。
日本の宗教の中で、戦前戦後、妥協を許さなかった宗教であり、西洋哲学でいうなら、日蓮宗が日本型の強者の理屈を持つ宗教なら、(浄土)真宗は、それに対抗する弱者の宗教です。

浄土真宗は、現代まで靖国神社を反対している唯一の仏教団体です。ここでは、日蓮系の新宗教団体は除きます。明治政府は、事実上、仏教と神道を分離しました。祝詞を唱えると願いが叶うという発想は、空海の真言密教を起源とする両部神道であるかもしれませんが、仏教色が残るものとして、これ自体も廃仏毀釈運動によって排斥されました。

浄土真宗の「南無阿弥陀仏」と唱えることは、日蓮宗のように題目を唱え利益(りやく)が得られるというような意味合いを持ちません。念仏は念仏を唱えること自体に意味を持ちません。それは、信仰そのものの現れだと考えています。

真宗大谷派大阪教区『銀杏通信』靖国神社に対する考え方。
http://www.icho.gr.jp/faq/q_a_042.htm

明治の初期、森有礼の建白書や浄土真宗の島地黙雷僧侶が、明治政府に信仰の自由を訴えましたが、逆に神道側は、その体制を整えることになりました。

明治憲法が発布されたとき(明治23年)に、神道とは国家神道として、別格な地位を得て、「国民の道徳」としました。断じて、浄土真宗が、神道に影響されたり、政府に擦り寄り、神道に影響を与えたなどということはありません。

また、見えない霊自体を肯定するかどうかは別としても、霊体が危害を加えようとするという、オカルティズムは、私たちの一般社会には馴染まない考えだと思います。

参考:国家神道

参考URL:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%BD%E5%AE%B6%E7%A5%9E%E9%81%93#cite_note-6

私は、宗教が神道ではない者として、口を挟むつもりはありませんでしたが、書かざるをえない気がしました。出来れば、新興宗教の方は、その身分を明らかにしてほしいものです。知っている人には分かります。教義に書かれていた内容は、必ずしも一般的な情報とは違いますから、読み手は間違った認識を持ってしまいます。私自身は宗教団体には関係してませんが、生まれながら、仏教と神道の狭間で、相矛盾した中で割り切れない問題を背負って育ってきましたが、ある意味で時代に翻弄された一人だというしかありませ...続きを読む

Q神社で気分が悪くなるのはおかしいですか?

神社で気分が悪くなるのはおかしいですか?
北海道から京都に旅行に来ていて、前々日に平安神宮に行き、今日は稲荷神社に行ったのですが…
稲荷神社を見た瞬間から何だか嫌な感じがして、入って千本鳥居という鳥居を山の上までずっと歩いて行ったのですが、どんどん気分が落ち込んだ感じになって、何故か涙が少し出て来ました…
平安神宮に行った時は逆に凄くパワーを貰えたというか幸せな気分になったのですが今日は全く逆で行ったことを後悔しています…
変にイライラして一緒に行ってる家族にもあたってしまうし…
スピリチュアルに少し詳しい知人に相談すると、稲荷神社のようなパワースポットは陰と陽の気が混在していて陰の部分を受けてしまったのではないかと言われました。
そんなことってあるんでしょうか?
あと狐がいる神社でお参りするのは縁起が悪いと聞いたのですが、本当でしょうか?
有名な観光地で非常に楽しみにしていただけに、複雑な気分になりました…
(何だか稲荷神社を批判しているような書き方ですいません;)

Aベストアンサー

僕は、稲荷神社に夜中にうろうろしていましたが、別にそういうことはありませんでした。


頂上に神主さんが住んでいる家があるのですが、そこでおじさんが、ステテコで廊下に座りながら、
笛の練習をしているのが、印象的でした。僕には稲荷神社はいい思い出として残りました。


僕にとって、神社と寺はかくれんぼしたり、お汁粉のんだり寝るところだったので、神社全般に嫌な気持ちを感じたことがありません(僕が鈍感なだけで、何かいるのかもしれません)。


僕は、人間の思い込みの力、何かないものをあるようにする力というのは、ものすごいものだと思うので、質問者様が、第一印象で、嫌だと思ったから、だんだん嫌なものが見えてくるのじゃないか、と思ったりします。僕はそっち派です。


幽霊の正体みたり、内臓が出ているけどまだ生きている人(もしくは枯れ尾花)、と偉い人はおっしゃりましたが、僕はそっちじゃないか、と思ったりします。


山本七平さんの『空気の研究』
京極夏彦さんの『姑獲鳥の夏』 


が、そういうことを説明しています。特に京極さんの小説はとてもおもしろいので、お勧めします。


パワースポットというのは、人が集まって、物語が一人歩きをしているところだと、僕は思います。
物語が一人歩きしだすと、人に対してパワーを持つのだ、と思ってます。


>稲荷神社のようなパワースポットは陰と陽の気が混在していて陰の部分を受けてしまったのではないかと言われました。

>あと狐がいる神社でお参りするのは縁起が悪いと聞いたのですが、


これらは、人が作った物語だと思います。だけれども、それを信じる限りにおいて、それはリアリティをもって信じる人に影響を与えるものです。


陰の気があると思う人には、本当に陰の気があるのです。そういうものだと思います。


僕もなにか、神社に行って、非現実的なものを感じますが、質問者様のような、何かをもらったりとられたりするような取引のようなものは感じません。


神社に対する考え方の違いが、そういうところでも出ているのではないか、と思います。


かなりごちゃごちゃした書き方になってすみません。

参考になれば、と思います。

僕は、稲荷神社に夜中にうろうろしていましたが、別にそういうことはありませんでした。


頂上に神主さんが住んでいる家があるのですが、そこでおじさんが、ステテコで廊下に座りながら、
笛の練習をしているのが、印象的でした。僕には稲荷神社はいい思い出として残りました。


僕にとって、神社と寺はかくれんぼしたり、お汁粉のんだり寝るところだったので、神社全般に嫌な気持ちを感じたことがありません(僕が鈍感なだけで、何かいるのかもしれません)。


僕は、人間の思い込みの力、何かないものをある...続きを読む

Q神社に行くと、ふらつきや意識が軽く飛びそうに

たまに神社やお寺にお参りに行きます。神頼みですね。

僕の住む近くにある神社は日本でとても有名な大きな神社もあるし、護国神社や、大きな寺もあります。


以前僕は、神社の作法も全く知らずに、神社の参道の真ん中は神様の通り道だと知らずに、堂々と歩いていました。

その時、脈動が少々荒くなったり、意識が上に押しては引いてというような、何か頭に引っかかってる意識を何かが取ろうとして、ぐいぐいと引っ張られるような感覚が多々あります。

後に参道の真ん中は歩いちゃいけないと知った後も、端を歩いていても、その症状は起きてます。軽かったり、少し強かったりと。


今年も厄除けの為に護国神社にお参りしたのですが、そこでも起きました。印象深いのは、手水場にて、コピー用紙にコピーしてきた手の洗い方を見ながら洗った時です。心臓が裏返るというか、ドックンと強く一回脈打ち、意識持ってかれるじゃねえかってドキドキするくらいな鼓動と意識の揺らぎが起きました。


話が少し変わりますが、今日、霊視が出来るとされている方に守護霊様を見てもらったら、僕は30人か50人に1人と、稀有なのかどうかわかりませんが、兎角珍しい守護霊様が側にいらっしゃって、女性の観音様か神様か、よくわからないが、良い霊様がいるよと教えていただきました。あと、まだ死んでないのに祖母が守ってくれてるとか。父方か母方の祖母どちらかは聞きそびれてしまいましたが。


そしてもう一つ、僕が小さいときに友達と大きな神社で行われた祭りに参加したとき、友達がデジカメを持ってきたので、写真をバシバシ撮ってたのですが、巫女さんが舞をしてる姿を写した写真にはオーブが沢山あって、それならまだ分かるのですが、しかし僕が映る写真にはオーブが沢山あったことを覚えてます。他の友達が映る写真にはオーブはないに等しいのに、僕には沢山写ってたそうです。


と、質問に関係ありそうな話を記述したところで。


心霊や精神世界に詳しい方がいらっしゃったら、お答えください。神社に行ったら上記の症状が起こるのは、一体僕に何が起きているのでしょう。

なんというか、その症状があるから怖いとかは分かりません。恐怖というよりは、なんだこれはと、非日常な世界に少し馬鹿みたいに楽しんでる部分もあります。

しかし、実は神社の神様達から「お前礼儀知らずだな」とか怒られてるのではと考えたら、申し訳ないです。作法とか中々覚えられなくて、毎度参ったら失敗してる感がありまして。

ご回答お願いします。

たまに神社やお寺にお参りに行きます。神頼みですね。

僕の住む近くにある神社は日本でとても有名な大きな神社もあるし、護国神社や、大きな寺もあります。


以前僕は、神社の作法も全く知らずに、神社の参道の真ん中は神様の通り道だと知らずに、堂々と歩いていました。

その時、脈動が少々荒くなったり、意識が上に押しては引いてというような、何か頭に引っかかってる意識を何かが取ろうとして、ぐいぐいと引っ張られるような感覚が多々あります。

後に参道の真ん中は歩いちゃいけないと知った後も、端を歩...続きを読む

Aベストアンサー

残念ながら心臓や脳に問題がある場合は、家を出たときから異常がおきます。なぜなら家の中では運動と行っても運動と呼べないレベルなのです。ところが外を歩くとなると運動になります。それだけ脳や心臓に負担がかかるので、脳の場合は頭痛やふらつきや一時的な健忘、虚血性貧血を起こします。心臓疾患なら多くは息苦しさ、肩の痛み、肩甲骨や背骨の痛みとなります。それらがない場合は急ぎで病院に行かねばならないほどではないでしょう。でも症状が明確でない場合もあるので定期健診はしましょう。

病気でないのに寺社に行って体調が悪くなる。コレには3つの場合があります。あくまでもスピリチュアル的な見解です。
一つは強い神気に触れて体が対応できない場合です。もう一つは寺社の空気か貴方自身が穢れている場合です。3つ目は貴方自身が形式に捉われ過ぎて心が伴って居ないという事です。

どんな特効薬でも体力のない人に使うと逆効果だったり副作用が大きく出てしまうということがあります。コレと同じように、強すぎる神気に体が付いていけないと気分が悪くなったりします。このような場合は感謝だけを述べて帰りましょう。神社の外で暫くすれば元に戻ると思います。
何度か詣でれば次第にこのようなことはなくなります。

法相宗の知人(僧侶)に聞いた話ですが、私は浮遊霊を連れて行く役を負っているんだそうです。そのような人はたまにいるようです。するとその人のが寺社に詣でる際には浮遊霊が寄ってくるんだそうです。私の場合は詣でるときに体が重くなります。そういう役を負っている人は参拝の際に感謝すると共に「迷っている人たちが成仏(昇天)出来ますように」と願ってください。これは繰り返し起こるので、それが自分を浄化する課題だと考えてください。そうすれば次第に楽になって行くと思います。
また最近ではご利益信仰の流行で慾の塊で参拝する人が多くなっています。やってきて願いばかりを上げ連ねてかえってしまうような連中です。欲の塊が境内に入れば次第に境内は穢れますから、具合が悪くなります。
人気の神社は午前中に行くようにしましょう。

3番目は一番大事なことです。まず、神社での作法ですが全部嘘です。デタラメです。そんなものに捉われ形式ばかりを気にしていると心が疎かになります。やがて作法が違うから罰が当ったなどという疑心暗鬼になります。神社神道には神職の作法は定まっていますが参拝者の作法などありません。インチキ神社通のデタラメを信じないこと。

神は境内を歩きません。神社・神道の成り立ちを学べば理解できますが、貴方の行く神社には注連縄がはっていますよね。注連縄って何ですか?天岩戸に「天照大神が再び入れないように」と張ったのです。つまり神は注連縄を通れないんですよ。だから祭礼では必ず依り代に神を乗せ、それを厨子に入れるか神輿に乗せて注連縄を通過するんです。神が自分で境内を散歩することなどありません。
参道の正中は宮司や神職、僧侶、勅旨などが通るのです。神宮遷宮のテレビ見ませんでしたか?参道の真ん中は斎宮さんが歩いていますよね。それどころか衛視が歩いています。
それに町の寺社でも初詣の際は参道一杯に歩きますよね。神の通り道に例外などありません。歩いていけないなら誰も歩かないのが当たり前のはずです。

手水というのは本来昇殿参拝の際に巫女がやってくれるんですよ。桶に入った水で清めるのが本来の姿。私たちがやっている参拝はすべてが略式のセルフサービスなんです。神宮では五十鈴川で手を清めました。だから手洗い場があるんです。
そしてそれが略される際に、神仏習合で寺の習慣が神社に入った。私はそう考えています。だから手水の作法と茶道の作法が同じなんですよ。

ことほど左様に歴史を紐解けば如何に今の風潮がデタラメかわかります。そもそも今の参拝法も戦後神社本庁設立後に『一参考例』として示されたものであり、「作法」ではありません。これは私が当時を知る神職からかなり前に聞いたものであり、また某神職のブログにも別人の証言として載っていました。
皇學館では「神職は古典を学ぶ」ことを義務としていますが、近年では神社本庁さえ不勉強が多く、このような俗説に惑わされているので、実際には矛盾したり不合理な事をやっているわけです。

作法というのは一つの流れです。自分流の流れがあれば人に迷惑がかからない限り間違いだとかバチだとか関係ありません。メモを見ながらやるなんて、まるで心がこもっていないと思いませんか?禊ぎ祓えのための手水なのに、清めるための手水なのに清まっていないでしょ。清めるということは心から迷いをなくすことです。作法が合ってるかどうかなど考えている事自体が迷いです。
まずは迷いを祓って参拝してください。細かい順番など考えなくていいんです。

残念ながら心臓や脳に問題がある場合は、家を出たときから異常がおきます。なぜなら家の中では運動と行っても運動と呼べないレベルなのです。ところが外を歩くとなると運動になります。それだけ脳や心臓に負担がかかるので、脳の場合は頭痛やふらつきや一時的な健忘、虚血性貧血を起こします。心臓疾患なら多くは息苦しさ、肩の痛み、肩甲骨や背骨の痛みとなります。それらがない場合は急ぎで病院に行かねばならないほどではないでしょう。でも症状が明確でない場合もあるので定期健診はしましょう。

病気でない...続きを読む

Q生理が来ても高温期なことありますか?

赤ちゃんが欲しくて基礎体温を5月から付けています。
今までは、生理が来ると体温が下がり、低温期になり、2週間くらいで高温期→また生理で低温期の繰り返しでした。

しかし先月生理が来ても5日間だけでしたが、高温期でした。
そして、今月そのせいか、低温期から高温期に移るのが少し遅れています。
そのためか生理の周期もいつもより長めです。
普段は28日~30日周期です。今日現在先月の生理から33日目です。
いつもと違ったので気になって、、、何もなければ安心なので、もし分かる方いたら教えてください。

Aベストアンサー

ありました!私も同じようなことが一度だけですが。

現在2人目待ちなのですが、1人目でタイミング指導を受けていた時です。妊娠を強く望む気持ちがそうさせたのか、いつもは生理2日前から下がる基礎体温が高温のまま下がらずに、「もしかして」と期待満々でいたら、高温のまま生理が来てしまいました。基礎体温だけ見ると妊娠してるような感じだったんですがね。。。最後の望みで「これは着床出血なんだ」と言い聞かせて?みても、出血量はどんどん増えて本格的な生理に突入。結局基礎体温は生理4日目まで下がらず、5日目にようやく低温期のいつもの体温まで下がりました。想像妊娠でつわりが出る、なんてよく聞きますが、基礎体温まで。。。ホルモンバランスうんぬん、というのは当時の私には当てはまらないので(病院で診てもらっていて問題なかったため)、多分妊娠を期待しすぎたんだろうな~と自分では思っています。基礎体温が高いまま生理になったのは、その時だけです。

質問とは直接関係のない話ですが、2人目を希望している今の話です。7月の生理が変でした。このときもまた、「タイミングばっちり」ととても期待していたせいなのか、生理が来ても信じられず(呆れるほど強い信念・・・笑)「これは着床出血なんだ」とまたもや自分に暗示をかけてしまったみたいで、生理2日目で出血が止まりました。普通なら2日目が一番多いはずなのに。そのまま出血がほとんどない状態が半日以上続いて、3日目・・・出血量が一気に増えました!!2日目に出なかった分がまとめて出たんだと思います。「えええ~」って感じでしたよ。またもや撃沈(笑) 自分が疲れるから、期待するのはやめようって毎回思うんですけどね~。病院へ通っているので、できないことに対する不安感はほとんどないのですが、無意味に気ばかりあせってしまいます。

長くなってしまいましたが、今回一度きりなら問題ないと思いますよ。
今後、何度もあるようだったら調べてもらった方がよいでしょうけどね^^

ありました!私も同じようなことが一度だけですが。

現在2人目待ちなのですが、1人目でタイミング指導を受けていた時です。妊娠を強く望む気持ちがそうさせたのか、いつもは生理2日前から下がる基礎体温が高温のまま下がらずに、「もしかして」と期待満々でいたら、高温のまま生理が来てしまいました。基礎体温だけ見ると妊娠してるような感じだったんですがね。。。最後の望みで「これは着床出血なんだ」と言い聞かせて?みても、出血量はどんどん増えて本格的な生理に突入。結局基礎体温は生理4日目まで...続きを読む

Q猫はどうして人を見ると鳴いて寄って来るのか?

道端にいる猫でも、人を見ると、にゃあと鳴いて足元に寄ってきますね。
あれは、何故、寄って来るんでしょう。どういう意図があって、初対面でも猫は人間に寄って来るんでしょうか。不思議に思っています。

Aベストアンサー

初めまして。
どんな猫でもって訳ではなくて性格的なものも関係してくると思いますよ。
家は現在、6匹、飼っていますが、様々です。

野良猫は多分「この人なら、ゴハンくれるっ」と思って、精一杯可愛い(つもりの)声で鳴くのかも?

Q「以降」ってその日も含めますか

10以上だったら10も含める。10未満だったら10は含めない。では10以降は10を含めるのでしょうか?含めないのでしょうか?例えば10日以降にお越しくださいという文があるとします。これは10日も含めるのか、もしくは11日目からのどちらをさしているんでしょうか?自分は10日も含めると思い、今までずっとそのような意味で使ってきましたが実際はどうなんでしょうか?辞書を引いてものってないので疑問に思ってしまいました。

Aベストアンサー

「以」がつけば、以上でも以降でもその時も含みます。

しかし!間違えている人もいるので、きちんと確認したほうがいいです。これって小学校の時に習い以後の教育で多々使われているんすが、小学校以後の勉強をちゃんとしていない人がそのまま勘違いしている場合があります。あ、今の「以後」も当然小学校の時のことも含まれています。

私もにた様な経験があります。美容師さんに「木曜以降でしたらいつでも」といわれたので、じゃあ木曜に。といったら「だから、木曜以降って!聞いてました?木曜は駄目なんですよぉ(怒)。と言われたことがあります。しつこく言いますが、念のため、確認したほうがいいですよ。

「以上以下」と「以外」の説明について他の方が質問していたので、ご覧ください。
http://oshiete1.goo.ne.jp/kotaeru.php3?qid=643134

Q質問です 先日お寺からお不動さんのお札を頂いたのですが 奉り方が分から

質問です 先日お寺からお不動さんのお札を頂いたのですが 奉り方が分からずお寺に聞くと
神棚に奉っても良いといわれたのですがどうもしっくりきません。神仏は区別したほうがいいと思うのですがいかがなものでしょう。ご意見アドバイスを宜しくおねがいします
ちなみに我が家は神棚は有りますが仏壇はありません。また奉る時の注意点など教えていただければ
幸いです。

Aベストアンサー

お寺に聞くのが間違いなくて一番の方法です。
時に指示がなければ下記を基本としてください。

ご本尊でないお札は、神道のお守り札と同じ。
ご本尊でないので家の仏壇には入れません。(大きな仏壇のある家では一緒に祀っちゃう人も居ますが)
お札用の箱が売っていますが、毎年頂くものであればそのまま、ずっと祀るものであれば白い封筒か半紙に包んで、頭より高い位置に祀ればよいです。
特に水など入りませんが、寂しければ水だけで充分。方位などは関係ありません・

ご本尊であれば仏壇の中央ですが、仏壇がなければ、祀る高さは正座して札が正面に来るのが最低ラインと考えていいと思います。
上記のように専用の箱を見つけるか、その代用品を探すといいです。コチラは出来れば箱に収めましょう。
最低限。水は供えます。出来ればご飯を一盛り。小皿でいいので炊いたときに供えましょう。
方位は西側に東を向けてが基本です。
あとは西方面という事で南西から北西の範囲で充分。

Q庭の木を切ると何か災いがあるのでしょうか。

10坪ほどの箱庭に梅の老木があるのですが、これを切って違う木を植えたいのですが、
よく木を切ると災いがあると聞きますが、どうなのでしょうか。
方角として東側にその老木の梅があります。

Aベストアンサー

迷信です。
一木一草すべてに霊魂が宿ると言っていては
何もできません。
古代から宮殿や社寺仏閣を建てるために
木を切り払い巨木を伐採して来ました。
祟られた人はいません。
悪いことがおきてそのせいにするのは
心を落ち着けたいからです。

森羅万象に神が宿るのは、日本神道の考え方ですが
最近では洋式トイレにも神様がいるとか。
トイレ掃除を嫌う孫娘を諭す祖母のことを歌ったものですが、
このように臨機応変に考えれば良いと思います。
本当に神様がいたら落ち着いて用が足せません。

気になるなら、切った木を焼いてその灰を
お庭の土に返してやりましょう。

Qお寺や神社の撮影はいいのでしょうか?

閲覧ありがとうございます。
今度京都に写真を撮りにいこうと思うのですが
神社やお寺などでの撮影は控えたほうがいいのでしょうか?
もちろん撮影禁止の看板などの有無はちゃんと確認します。

看板が見当たらなくても
神社の方や巫女さんに一度
お寺(神社)を撮影してもいいですか?と確認したほうがいいのでしょうか?

カテゴリが違っていたなら申し訳ございません。

Aベストアンサー

禁止されている場所以外は、他の参拝者などに支障がなければOKです。
公開する場合は移りこんだ人の顔の処理もお願いします。

それさえ守れば、基本的にかまいませんよ。
その他の留意点は以下のとおりです。

お寺の場合は小さな所では個人住宅兼用の場合があるので注意しましょう。
普通の神社で私たちがお参りしているのは拝殿です。拝殿は“神様の居る場所”ではありません。
ですから不敬でもなんでもないのです。

不敬に当たるのは神殿、しかし正面でなければ問題ありません。
「昔から決まっている常識」という人が居ますけど、カメラが世に出て一世紀程度ですから昔からそんなきまりなどあろうはずがありません。
ただしご本尊やご神体に対しては「直視しない」という礼儀がありました。これは帝に対しても同様です。
このことから「写真も撮るべきではない」という解釈にいたったのです。
つまり、拝殿はもちろんのこと、本殿も扉が閉まっているとか御簾が下がっていれば、真正面でない限り、この風習に触れることもないと理解できます。
神社好きの人々はどんどん撮っていますから。

私の場合、鳥居の外では自由に撮っています。
鳥居をくぐり、手水を使った後は写真を撮りません。
まず参拝をし、「写真を撮らせていただきます」と申し上げ、その後拝殿やその他の施設を撮影します。
私は本殿にのみ賽銭を差し上げ、摂社・末社は参拝のみですが、撮影は必要を感じれば撮影しています。

禁止されている場所以外は、他の参拝者などに支障がなければOKです。
公開する場合は移りこんだ人の顔の処理もお願いします。

それさえ守れば、基本的にかまいませんよ。
その他の留意点は以下のとおりです。

お寺の場合は小さな所では個人住宅兼用の場合があるので注意しましょう。
普通の神社で私たちがお参りしているのは拝殿です。拝殿は“神様の居る場所”ではありません。
ですから不敬でもなんでもないのです。

不敬に当たるのは神殿、しかし正面でなければ問題ありません。
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