Dann erst hatten sie Mut genug, des Wehrlosen frech zu höhnen und ihm, wie sie sagten,
zum Andenken an diese Stunde, Haarbüschel aus seinem Bart zu reissen, bis
das Blut des entstellten Antlitzes des Helden über die Brust rann.

出典 Hans Schmölzer, Andreas Hofer und seine Kampfgenossen. Ein Jugend-und Volksbuch, Innsbruck 1900,S.203f.

1行目のhöhnenは昔は2格支配の動詞だったのでしょうね?目的語はdes Wehrlosenになりますね。
現在でも存在する2格支配の動詞は数少なくて、gedanken, bedürfen, entbehren などと書いてありますが、これらは会話でも2格目的をとりますか?

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A 回答 (3件)

höhnenが2格を取ったのはだいぶ昔のことですね。

普通の独和辞典には載っていないはずです。シラーの作品などには出てくるようです。
gedenken(gedankenという動詞はないので、見まちがいか書きまちがいと思います)、bedürfen、entbehrenなど現在でも2格を取るとされている動詞ですが、ものによっては今でも2格で使いますが、誤って3格で使われるようになっているものもあります。2格を取る動詞の中には、雅語になっているものもありますので、そういうものは日常会話ではもともとあまり使われないでしょう。bedürfenを使わなくても、brauchenやnotwendigを使えば済みます。私も日常会話ではbedürfenは聞いたことがありません。読んだことはもちろんあります。下のQ&Aサイトには、bedürfenが3格目的語を取るようになっているという説を読んだ人が、どのくらいそれが広まっているのかという質問を出していますが、ほとんどの人がそんなのは聞いたことがない、bedürfenは絶対2格で使う、と言っています。また、5番目の投稿者Derselbeという人は、bedürfenは日常会話では使われなくなっていると書いています(In der Umgangssprache wird "bedürfen" wohl schon deshalb nicht mit Dativ verwendet, weil "bedürfen" insgesamt eigentlich kaum in der Umgangssprache verwendet wird.)。ただし、この質問の内容からはちょっと離れてしまいますが、複数形で2格がはっきり認識できない場合に限り3格で置き換えることがあるという指摘があります。これは、wegenなどの前置詞でもあることですが、「Der Dativ wird dann genommen, wenn man ihn in Pluralkonstruktionen nicht als Genitiv erkennen würde」という規則を挙げている投稿者がいます。「Er ist wegen Diebstählen angeklagt worden.」という文では、2格ならDiebstähleですが、わかりにくいのでnを付けて3格にしています。もちろん、定冠詞付きの場合はわかるので、wegen der Diebstähleなら問題ありませんが、定冠詞を付けない場合は、「wegen Diebstähle」よりも「wegen Diebstählen」の用例の方が多いです。この規則に従うと、

Bedürfen arbeitslose Kinder reicher Eltern Sozialbezüge?
裕福な親の失業中の子供に生活保護の受給は必要か?

という文の最後の「Sozialbezüge」は、このままでは1格か4格かが一見してわからないため、「Sozialbezügen」と3格にした方がよいということです。

http://forum.wordreference.com/threads/bed%C3%BC …

いずれにしても、bedürfenという動詞自体、日常会話ではほぼ使わないので、2格か3格かという議論そのものにあまり意味がないということのようです。しかし、書き言葉ではあるので、目的語が単数のときは必ず2格、複数のときは、場合によっては3格になることがあるということは覚えておいた方がよいかもしれません。
これに対して、gedenkenは3格で誤用されるケースが結構あるようです。たとえば、

Am Sonntag wird in Kampehl dem 354. Geburtstag von Ritter Kahlbutz mit einem Konzert gedacht.
日曜日にカンペールでは、騎士カールブッツの354回目の誕生日がコンサートで追悼される。

という文では、Ritterを2格とするか、でなければ、少なくともGeburtstagの方を2格にするべきだと、「Spiegel Online」の「Zwiebelfisch」に記事が出ています(2格をとる動詞がいくつか最後にまとめられています)。

http://www.spiegel.de/kultur/zwiebelfisch/zwiebe …

この記事の途中には、ネオナチの連中が政治集会を開いたときに持って歩いたスローガンの旗に、「Wir gedenken den Opfern des alliierten Holocaust」と書いてあったと出ています。「der Opfer」と2格で書くのが正しく、これを見た人の中には、「それよりもまずうちに帰って学校の宿題をやれ!」と思った人もいるだろう、とあります(笑)。ただ、先ほどのQ&Aサイトで言われている複数の場合のケースに当てはめると、「der Opfer」では見かけが単数1格のようです。先ごろのパリのテロに関して、「Wir gedenken den Opfern von Paris」と書いているサイトもありました。

https://www.piraten-nds.de/2015/11/14/wir-gedenk …

用例としては決して多くはないので、やはり正しくはないのでしょう。
entbehrenも、使うなら2格が正しいことは間違いありませんが、やはり日常会話では使わない表現です。2格目的語を取る動詞のほとんどは、書き言葉として儀礼的に用いられるだけだと思います。古いドイツ語には2格を取る動詞がたくさんあり、sterben、fragen、vergessen、beginnen、wartenなども2格を取ったようです。もちろんこれは本当に古いドイツ語で、綴りも全く違います。
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この回答へのお礼

Tastenkasten先生、詳しいご回答をありがとうございました。

>gedenken(gedankenという動詞はないので、見まちがいか書きまちがい

gedenkenの間違いでした。hoehnenは今の辞書には4格でしか載っていませんでしたが、2格支配だったのはそんなに古い時代だったのですね!

今では4格支配になっているか、そうでなければ、他の動詞などで言い換えているのですね。

この質問とは関係ないのですが、Ich bin unterwegs manchem Kollegen.
という文を見ました。これはbegegnetが省略されているものと思いますが、このような省略はよくなされるものでしょうか?尻切れトンボみたいな印象を受けますが、普通ですか?

お礼日時:2015/12/28 23:32

>これは例の梅津時比古氏の『冬の旅』156ページに出ています。



ああ、それでしたか。やっぱり感心しませんね。まず例文についてですが、私はその辞書を持っており、begegntは省略されずにちゃんと書いてあります。著者は、「manch」の意味を示したかっただけなのでそういうぞんざいな引用の仕方をしたのでしょう。
それと、manchの意味の取り方を批判するにあたって、独和辞書のいくつかの例だけで検証するというのはどういうことでしょう。ほかの解釈を退けて自分の独自の解釈を主張することが先行しているようだと、研究としては長くは残りません。「たくさんあるもののうちのいくつか」と主張しても、詩の題名が「Wasserflut」です。そして、Folge nach nur meinen Tränen, Nimmt dich bald das Bächlein auf.とありますから、小川になると解釈できます。manchを独和辞典ではなく、Dudenの辞書を引くとこう書いてあります。

1. einzelne Person oder Sache, die sich mit andern ihrer Art zu einer unbestimmten, aber ins Gewicht fallenden Anzahl summiert
2. einige, in ihrer Anzahl aber trotzdem ins Gewicht fallende Personen oder Sachen unter anderen

「いくつかの」ではあるが、その「数において重要な」量の人間や事物、ということになっています。ですから、郁文堂の辞書の和訳でも、「幾つもの」「幾人もの」「何人もの」となっていて、「いくつかの」「数人の」とはなっていません。そこから無理矢理「たくさんあるもののうちのいくつか」という意味だと主張しているわけです。ドイツ語そのものへの語学的配慮を重視せず、哲学的新解釈にこだわっているのではないでしょうか。そのうち図書館で借りて見てみます。

「manche tränen」を書籍検索にかけて、出てきた例文を読んでみても、必ずしも「幾粒かの少ない涙」とは取れないように思いました。
https://www.google.co.jp/?hl=ja&gws_rd=cr,ssl&ei …
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この回答へのお礼

>begegntは省略されずにちゃんと書いてあります。著者は、「manch」の意味を示したかっただけなのでそういうぞんざいな引用の仕方をしたのでしょう。

やはりそうでしたか!いくらなんでもおかしな文だと思いました。

>「つまりここでの涙は、切れ目のない激しい涙ではなく、どこか徹しきれない、逡巡するような涙と言ったらいいだろうか。」
とあります。

>主張することが先行しているようだと、研究としては長くは残りません。「たくさんあるもののうちのいくつか」と主張しても、詩の題名が「Wasserflut」です。そして、Folge nach nur meinen Tränen, Nimmt dich bald das Bächlein auf.とありますから、小川になると解釈できます。

この人は自分の「新解釈」を誇示したかったのでしょうね。でも小川になるようなものであればやはり滂沱の涙の方がふさわしいように思えます。

Tastenkasten先生のご説明がまっとうです!!ありがとうございました。

お礼日時:2015/12/30 14:19

>Ich bin unterwegs manchem Kollegen.



こういうケースは聞いたことも読んだこともありませんが、どこで御覧になったのですか。これだけでは意味が通じません。begegnetが省略されているというのは、それを示唆するような日本語訳が付いていたのでしょうか。前後に行われている会話の内容によって省略はいくらでもあると思いますが、これだけでは、sein支配の動詞や3格を取る形容詞、あるいは状態受動など、省略されているものとしてはいろいろな可能性があります。会話の流れで省略されているとしても、ちょっと中途半端な長さの文です。「途中で誰かに会ったか?」という質問のあとなら、「manchem Kollegen」だけで済みますし。この一文だけでは何とも回答のしようがありません。あまりあり得ない文だと思いますが・・・
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この回答へのお礼

はい、私も変だなあと思いました。これは例の梅津時比古氏
の『冬の旅』156ページに出ています。Wasserflut の中でmanche Traenenの解説として例を挙げてmancheのニュアンスを説明しているものです。

日本ではほとんどの場合<manche Traenen>が「あふれ出る涙」「とめどない涙」などと訳されている。無論間違いではないが、これではまさに滂沱の涙といったイメージになる」中略 manchはたくさんあるもののうちのいくつか、ー略ー独和辞典の例文を任意に拾っても<Ich bin unterwegs manchem Kollegen(私は途中で幾人もの同僚に出会った)>郁文堂「独和辞典」)となる

以上の記述があったものですから、???と思った次第です。私の辞書は郁文堂ではありませんので確認できませんが、こんな変な例文が載っているのかといぶかしく思いました。

お礼日時:2015/12/30 00:28

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Qフランス語文法について(de,des,du)

はじめまして。以下文章中のde,des,duについて
文法的解説をしていただきたくお願いいたします。

La prise de conscience des dangers du tabagisme passif
a rendu progressivement la societe moins tolerante aux fumeurs.
(lefigaro.comから抜粋,アクサン記号省略をお許しください)

(1)La prise de conscience→de+du(不可算名詞につく部分冠詞?)
それとも同格のde?
(2)des dangers→de+les
(3)du tabagisme passif→de+le

新聞を読んでいると(1)の冠詞+名詞+de+名詞(冠詞なし)のパターンに
いつも戸惑うのですが、自分が使うときは La prise de la conscience
と絶対言ってしまいそうなのですが、これは連語として覚えるしか
ないのでしょうか?何かコツがありましたら教えてください。
le risque de consultation, les lieux de travailなど

以上、お手数ですが何方かご教授いただきたく宜しくお願いします。

はじめまして。以下文章中のde,des,duについて
文法的解説をしていただきたくお願いいたします。

La prise de conscience des dangers du tabagisme passif
a rendu progressivement la societe moins tolerante aux fumeurs.
(lefigaro.comから抜粋,アクサン記号省略をお許しください)

(1)La prise de conscience→de+du(不可算名詞につく部分冠詞?)
それとも同格のde?
(2)des dangers→de+les
(3)du tabagisme passif→de+le

新聞を読んでいると(1)の冠詞+名詞+de+名詞(冠詞なし)のパターンに
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Aベストアンサー

はじめまして。

ご質問1:
<(1)La prise de conscience→de+du(不可算名詞につく部分冠詞?)
それとも同格のde?>

部分冠詞でも同格のdeでもありません。

1.このdeは動詞の直接補語を導く前置詞になります。

2.この名詞句は元々、動詞句prendre conscience de qch「~に気がつく」を名詞化したものです。この動詞句では、conscienceは動詞prendreの直接補語になっています。

3.つまり、La prise de conscienceでは、priseはprendreが名詞化したもので、conscienceはprise<prendreの直接補語(目的語)になっているのです。
例:
prendre conscience(直訳)「知覚を得る」
→La prise de conscience「知覚を得ること」→「自覚」


ご質問2:
<(2)des dangers→de+les>

その通りです。

このlesは、du tabagisme passifでdangerを特定しているために、使われてている定冠詞です。


ご質問3:
<(3)du tabagisme passif→de+le>

その通りです。

このleは、passifでtabagisme を特定しているために、使われてている定冠詞です。


ご質問4:
<自分が使うときは La prise de la conscienceと絶対言ってしまいそうなのですが、これは連語として覚えるしかないのでしょうか?何かコツがありましたら教えてください。>

1.基本的に、deの後に来る名詞が不特定の名詞、抽象名詞、総称的に使われる名詞、種類・性質・材料を表す名詞などの場合は、定冠詞を用いないのが一般です。
例:
un homme de courage「勇敢な人」
robe de soie「絹の服」

2.conscienceの場合、「知覚」「意識」は抽象名詞なので、無冠詞で使われます。
例:
avoir conscience de「~を覚える」「~を知る」

3.一方、conscienceが「良心」「本心」の意味で使われる時は、部分冠詞や定冠詞が付きます。これは、「良心」に特定性があるためです。
例:
avoir de la conscience「良心的である」
avoir la conscience large「寛大である」

上記の句を用いる場合、conscience「良心」は文脈の中の、ある特定の人に関して使われます。そのため、定冠詞や部分冠詞がついているのです。


ご質問5:
<le risque de consultation, les lieux de travailなど>

1.le risque de consultation:

このconsultationは「診察」という総称的な名詞として使われています。特定していないので、定冠詞は必要ないのです。

2.les lieux de travail:

(1)このtravailも「仕事」という総称的な名詞として使われています。特定していないので、定冠詞は必要ないのです。

(2)この句全体で一般的な「職場」というニュアンスで使われています。

(3)もし、この「仕事」に定冠詞がつき、les lieux de travailとなっていれば、前出の特定の仕事を指し、「話題に出ているその仕事の職場」という特定性が出てきます。

3.以上のように、deの後の名詞に定冠詞がつくかどうかは、その名詞の総称性、抽象性、特定性によります。総称的なニュアンスでは、定冠詞をつける必要はないのです。


1月1日から実施されたこの法律、元旦はややtorerantで監視も緩めでしたが、2日からはcontroleurも見回りして、厳重な規制が敷かれています。タバコを吸わない身としては、大歓迎の法律です(笑)。

以上ご参考までに。

はじめまして。

ご質問1:
<(1)La prise de conscience→de+du(不可算名詞につく部分冠詞?)
それとも同格のde?>

部分冠詞でも同格のdeでもありません。

1.このdeは動詞の直接補語を導く前置詞になります。

2.この名詞句は元々、動詞句prendre conscience de qch「~に気がつく」を名詞化したものです。この動詞句では、conscienceは動詞prendreの直接補語になっています。

3.つまり、La prise de conscienceでは、priseはprendreが名詞化したもので、conscienceはprise<prendreの直接...続きを読む

Qドイツ語の前置詞 auf,zu,in+gehen (kommen)の使い分け

auf die Schule gehen, auf die Uni gehenだと「学校へ通っている」、「大学へ通っている」という意味になると記されています。普通に大学などへ授業を受けに行くという場合は、in になりますか?

ins Konzert gehen, in die Stadt gehenのようにinを使う場合はその場所に入って何かをする場合という説明がありました。それでは、zum Bahnhof fahrenなら単に駅という場所に行くということになりますか?

auf,in, zuという前置詞の使い分けが今一つわかりませんので教えてください。







s

Aベストアンサー

いつも言葉の一番微妙なところをお尋ねになりますね。文法知識や経験があっても簡単には答えられない御質問が多いです。

今回も、乱暴に言うとauf、in、zu、どれも同じように使っている現実があります。もちろん、全く同じというわけでもなく、それぞれの前置詞の本来の意味が関わってくる場合もありますが、個人によって、また地方によって傾向が異なることもありますし、慣用的に決まった言い方もあります。
私自身は、学校や大学へ通う場合も授業を受けに行く場合もinを使うことに慣れていました。ins Konzert gehen、in die Stadt gehenもそれぞれ決まった言い方として覚えていましたし、役所や駅ならzum Amt、zum Bahnhof、郵便局や銀行ならauf die Post、auf die Bankと覚えていました。周りの人がそう話しているので、単に慣用的に定着したものと考えてそのまま使っていたのですが、もう少し複雑な事情があるようです。

in die Schuleかzur Schuleかという質問は、日本のQ&Aサイトにもよく出ます。一応ある程度の回答はつくのですが、この質問はドイツ語圏のQ&Aサイトにもよく出ていて、ネイティヴスピーカーたちの意見は実に様々で、それを見ていると混乱してきます。

私が普段使っている古い郁文堂の独和辞典のSchuleの項には3つの例文が出ていますが、これはドイツのDudenの辞書の例文に倣ったもののようです。

1. er geht in (od. auf) die höhere Schule  彼は高等学校へ行っている
2. noch in die (od. zur) Schule gehen まだ学校へ行っている(その学校の生徒だ)
3. das Kind kommt dieses Jahr in die (od. zur) Schule この子は今年学校に入る

括弧の中に書いてある通り、1番目の例文ではinでもaufでもよく、2、3番目の例文ではinでもzuでもよいことになっています。これらの例文を見る限り、「通っている」という意味ではinもaufもzuも使うということになります。ただ、文法書に細かい説明がありませんし、1番目の例文に使われているのがdie höhere Schuleであることが少し引っかかっています。私自身は、auf die Schule gehen という言い方にはあまりなじみがないのですが、この場合のaufは、高等学校という「上の」ランクの学校に進学することと関係があるかもしれません。オーストリアのあるサイトにも、Schuleの場合はin die Schule gehenと言い、Uniの場合はauf die Uni gehenというんじゃないかという書き込みがあり、次の回答者も同意していました。とはいうものの、Schule以外のところへ行く場合もaufを使うことがあるので、そう簡単には片付きません。aufの使い方に関しては、ほかにもいろいろな情報があるので後述することにして、ひとまず脇に置きます。
2、3番目の例文も「通う」という意味で使っていますが、in die Schule gehenよりもzur Schule gehenの方が、その学校の生徒であるという「所属」の意味が強いという説明があちこちで見受けられます。しかし、基本的にはどちらでもよいようです。ただ、これもオーストリアのサイトには、ドイツではzur Schule gehenと言うがオーストリアではin die Schule gehen としか言わない、と言う書き込みが複数ありました。私がin die Schule gehenにしかなじみがないのは、オーストリアにいたせいかもしれません。国によっても違いそうです。
inとzuの使い分けにはもう一つ問題があって、それは各前置詞の本来の意味に関係します。inは中へ入ることで、zuは場所の移動です。つまり、学校という「場所」へ行く場合はzuであり、学校の中へ入るのはinであるという説明です。道を歩いている途中で、これからどこへ行くの、と聞かれ、学校、と答える場合はzur Schuleだと言う人が(少なくともドイツのサイトでは)多いです。チャイムが鳴って生徒が学校へ入いる、と言う場合は当然in die Schule gehenで、zur Schule gehenではありません。これははっきりしています。ほかにも、授業があって学校へ行かなければならない、と言う場合はinではなくzuという説明も見受けられますが、そんなにはっきり区別しているかどうかは疑問です。「教会へ行く」という場合も、in die Kirche gehenとzur Kirche gehenの両方が辞書には出ています。

これまでにも何度か書名を挙げていると思いますが、白水社の「ドイツ語不変化詞辞典」というのがあり、aufの項にはこう書いてあります。

公共の施設,建造物,たとえばRathaus「市役所」,Post「郵便局」、Bank「銀行」,Schule「学校」,Platz「広場」などには好んでaufが用いられる.その他の用例は多く慣習的に固定したもので,またin,an,zuなどと交換できるものも少なくない.

しかし、私になじみがあるのは、auf die Post gehenとauf die Bank gehenで、ほかはzum Rathaus、zum Platzの方が普通に感じます。Amtに関してもドイツ語のQ&Aサイトのスレッドがあり、zum Amtが普通だと思うが、地方によって違うんじゃないか、とか、どちらも同じのようだがよくわからない、などの書き込みがありました。その一方、別のサイトでは、北ドイツではzum Rathaus gehenと、南ドイツではauf das Rathaus gehenと言うという情報、aufは古くさいという意見、また、お金を引き出しに銀行へ行くのならzur Bank gehenで、歩いている途中で雨が降ってきて、雨宿りに銀行の建物の中に入るのならin die Bank gehenだという人、「仕事に行く」というのはzur Arbeit gehenで、in die Arbeitという言い方は聞いたことがないというドイツ人に対して、オーストリアではin die Arbeit gehenと言うという書き込み、スイスドイツ語ではRathaus、Bahnhof、Post、Bankいずれもaufを使うという人、かと思うとaufは文法的に間違いと決めつけるひと、いろいろです。
このような回答では混乱するばかりかもしれませんが、一つ言えることは、場所の移動はzuであり、この場合は必ずしも建物の中に入ることを意味しない、と言うことです。たとえば、zur Bäckerei gehenもin die Bäckerei gehenも「パン屋へ行く」という意味で同じように使えますが、もし、「パン屋まで行ってそこを右に曲がって」と言う場合はパン屋には入らないので、zur Bäckerei gehen, dann nach rechtsとなります。駅も同様で、zum Bahnhof gehenは駅のあるところへ行くという意味でしかないので、駅の前でも横でも構わないわけです。インターネットに、Zum Lachen in den Bahnhof gehenという見出しがありました。これは、駅の構内でお笑いの催し物があって、その宣伝のようです。駅という場所へ行くのではなく、ステージのある駅の中へ行くということでin den Bahnhof gehenとなっているのでしょう。あるいは、駅と直接つながっている建物から駅構内へ入る場合もin den Bahnhof gehenになります。
ins Konzert gehenはかなり決まった言い方ですが、これもドイツのQ&Aを見ていると、コンサートホールの中で行われるコンサートならins Konzert、ロックなどの野外コンサートならaufs Konzertという人がいました(笑)。中には、自分はaufは使うけれどinは使わない、などと言う人も・・・
Stadtの場合はin die Stadt gehenが標準で、zur Stadt gehen、auf die Stadt gehenはあまり言わないようです。

何とも回りくどい回答ですが、どちらでもよい場合、地方によって違う場合、意味によって使い分けがはっきりしている場合など、多少でもヒントになれば幸いです。

いつも言葉の一番微妙なところをお尋ねになりますね。文法知識や経験があっても簡単には答えられない御質問が多いです。

今回も、乱暴に言うとauf、in、zu、どれも同じように使っている現実があります。もちろん、全く同じというわけでもなく、それぞれの前置詞の本来の意味が関わってくる場合もありますが、個人によって、また地方によって傾向が異なることもありますし、慣用的に決まった言い方もあります。
私自身は、学校や大学へ通う場合も授業を受けに行く場合もinを使うことに慣れていました。ins Konzert...続きを読む

Qundでつなぐ文の動詞の省略について

Nicole,Tobias und Anette haben im Wald Pilze gesucht. という文に einen Steinpilz gefunden habenを付け加える場合、
Nicole,Tobias und Anette haben im Wald Pilze gesucht und haben einen Steinpilz gefunden.というのが解答ですが、この場合、後ろのhabenは省略可能でしょうか?

放送では、主語は同じなので、undの後の主語は省略するということでしたが、habenを省略してよいとは言いませんでした。

Es sei nicht nötig, dass die Belagerten in Chiffern schreiben, ihr elender Zustand sei
ohnedies weltkundig und nur die gerechte Strafe・・・というふうにund の後にseiの省略がありましたが・・・

Aベストアンサー

このような場合のhabenはもちろん省略できます。口語ではその方が普通でしょう。

"wir haben * gesucht und einen * gefunden"(73件)
https://www.google.co.jp/?hl=ja&gws_rd=cr,ssl&ei=ntjwVabiH-GMmwX6q7SYDA#hl=ja&q=%22wir+haben+*+gesucht+und+einen+*+gefunden%22

"wir haben * gesucht und haben einen * gefunden"(11件)
https://www.google.co.jp/?hl=ja&gws_rd=cr,ssl&ei=ntjwVabiH-GMmwX6q7SYDA#hl=ja&q=%22wir+haben+*+gesucht+und+haben+einen+*+gefunden%22

NHKの語学講座のサイトにも、habenを省略した形を書いている学習者の方がいますが、説明はありませんでしたか?

http://gogakuru.com/mypage_284115/diary/2015-12/15.html

検索結果を見ると、habenを省略する方が多いとは考えられますが、もしかすると、省略する場合としない場合とで微妙な違いがあるかもしれません。また今度友人に聞いてみますが、改めてhabenを言い直すと、前半で言っていることと後半で言っていることの間に時間的な間が出るような気がします。つまり、探した時間の長さに少し意識がいくような感じです。この点については、はっきりした回答は保留します。

seiを使った方の文は省略されているのではなく、単純に補語が二つ続いているだけなので、現在完了のhabenの省略とは比較できません。

Der Junge ist groß und stark. (S + V + C und C)

と普通に言いますよね。それと同じです。修飾語を取り払ってみると、

ihr elender Zustand (S) sei (V) weltkundig (C) und die gerechte Strafe (C)

となります。

このような場合のhabenはもちろん省略できます。口語ではその方が普通でしょう。

"wir haben * gesucht und einen * gefunden"(73件)
https://www.google.co.jp/?hl=ja&gws_rd=cr,ssl&ei=ntjwVabiH-GMmwX6q7SYDA#hl=ja&q=%22wir+haben+*+gesucht+und+einen+*+gefunden%22

"wir haben * gesucht und haben einen * gefunden"(11件)
https://www.google.co.jp/?hl=ja&gws_rd=cr,ssl&ei=ntjwVabiH-GMmwX6q7SYDA#hl=ja&q=%22wir+haben+*+gesucht+und+haben+einen+*+gefunden%22

NHKの語学講座のサイトにも、hab...続きを読む

Qドイツ語の1格、3格、4格の違い

こんにちは。ドイツ語を習っていて、もうすぐ試験があるのですが、最近授業がややこしくなってきて分からなくなってきてしまいました。
どなたたか、どうか助けてください。

いきなりですが、たとえば、

1格 Der Mann liebt die Frau
4格 Die Frau liebt den Mann
1格 Die Frau liebt der Mann
4格 Den Mann liebt die Frau

これらの違いが良くわかりません。これはすべてその男性はその女性を愛しているという意味なのでしょうか???1格と4格とではこの文ではDie Frau と den Mann または Die Frau と Der Mann がひっくり返っただけなのでしょうか? 文法的にも、こんがらかってしまいます・・・。

それから、3格と4格の違いもあいまいです。
日本語では、3格は’に’4格は’を’という意味だと聞きましたが、
たとえば、

3格 Die Tochter dankt dem Vater 娘は父に感謝する
4格 Die Mutter liebt den Vater 母は父を愛している

・・・これなら理解できますが、

3格 Die Tochter hilft dem Vater 娘は父を手伝う
4格 Die Mutter fragt den Vater 母は父に尋ねる

・・・これでは、’を’と’に’の意味があべこべになっていませんか?こういうところが難しくてよくわかりません・・・。

どなたか、ドイツ語にお詳しい方、教えてください。
よろしくお願いいたします。

こんにちは。ドイツ語を習っていて、もうすぐ試験があるのですが、最近授業がややこしくなってきて分からなくなってきてしまいました。
どなたたか、どうか助けてください。

いきなりですが、たとえば、

1格 Der Mann liebt die Frau
4格 Die Frau liebt den Mann
1格 Die Frau liebt der Mann
4格 Den Mann liebt die Frau

これらの違いが良くわかりません。これはすべてその男性はその女性を愛しているという意味なのでしょうか???1格と4格とではこの文ではDie Frau と den Mann または Die Fra...続きを読む

Aベストアンサー

> 1格 Der Mann liebt die Frau
> 4格 Die Frau liebt den Mann
> 1格 Die Frau liebt der Mann
> 4格 Den Mann liebt die Frau

この文の1番目と3番目、2番目と4番目は語順が違うだけで、意味は同じです。

・その男がその女を愛する
・その女がその男を愛する
・その女をその男が愛する
・その男をその女が愛する

それぞれ直訳するとこんな感じですね。
女性名詞の定冠詞は1格も4格もdieなので、どちらの格なのかは
文脈で判断しなければなりません。
上記の場合は、男が1格(der)なら女は4格、
男が4格(den)なら女が1格ということになりますね。

ドイツ語の語順は、基本的には定動詞が2番目の位置に来るという
決まりになっており(副文の場合は末尾ですが)、
文頭に主語(1格の名詞または代名詞)を置かなければいけないという
決まりなどは別にありません。

Den Mann liebt die Frauという文の場合、Den Mannが1番目の位置、
liebt(定動詞)がちゃんと2番目に来ていますね。
主語(die Frau)は文頭に置いていませんが、それで構わないのです。


さて、3格と4格の違いについてですが……。
3格が「に」、4格が「を」という覚え方はまあまあ有効ですが、
せいぜい「日本語に訳する時にそうなることが多い」という程度のものです。
実際には、動詞の種類によって目的語にどの格を用いるのかが
決まっており、これを「動詞の格支配」といいます。

hilft(helfen)は3格支配なので、目的語を3格に。
fragt(fragen)は4格支配なので、目的語は4格になります。

面倒ですが、動詞を覚える時、どの格の目的語になるのかも
一緒に覚えるようにしましょう。
辞書で動詞を引くと目的語の格も書いてあるので、それをしっかり
チェックしておくことです。
またドイツ語を覚える時、単語単位で覚えるのではなく、文をまるごと
覚えるようにしたほうがいいでしょう。
そうすれば「この動詞にはこの格」ということが自然と身に付いていきます。

2格だの前置詞だの副文だのが入ってくるともう少し複雑になりますが、
とりあえず、以上の基本的なことは覚えておいてください。
試験、がんばってください。

> 1格 Der Mann liebt die Frau
> 4格 Die Frau liebt den Mann
> 1格 Die Frau liebt der Mann
> 4格 Den Mann liebt die Frau

この文の1番目と3番目、2番目と4番目は語順が違うだけで、意味は同じです。

・その男がその女を愛する
・その女がその男を愛する
・その女をその男が愛する
・その男をその女が愛する

それぞれ直訳するとこんな感じですね。
女性名詞の定冠詞は1格も4格もdieなので、どちらの格なのかは
文脈で判断しなければなりません。
上記の場合は、男が1格(der)なら...続きを読む

Qドイツ語の2,3,4各支配の文についての質問です

ドイツ語の2,3,4各支配の文についての質問です
statt mein() Vaters,trotz d() Regens, wahrend d() Lesens,wegen d() Unfalls

などの()の中に入れる語尾ですが

上のは2各支配のなので
mein(es) d(er) d(er) d(er)でいいのでしょうか?

それとも自分で文を和訳して適切なものをいれるのでしょうか?

Aベストアンサー

これらは全部属格支配で、名詞が男性(Vater, Regen, Unfall)、中性(Lesen: 不定詞の中性名詞化)ですから

statt meines Vaters, trotz des Regens, wahrend des Lesens, wegen des Unfalls

(trotz 以下は与格をとることもありますが、与えられた名詞が全て属格形になっているため、meines/des にしなければなりません)

属格が der になるのは女性名詞と複数形です。女性と複数では名詞に s はつきません。

和訳しても名詞の性別と変化は分かりませんので、名詞と冠詞の性別と変化形を知らなければなりません。

なお、男性名詞でも属格形に (e)s がつかないものがあります(人や動物を表す名詞に多い:弱変化名詞)
des Menschen, des Loewen, des Affen, des Studenten...


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