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目覚まし時計とかない時代
どうやって仕事とかに遅れずに出てたんですかね

A 回答 (6件)

当時の時間は太陽の動きを目安にしていましたから、出勤等の一日の


活動の始まる時間は季節の移り変わりに応じて変わったわけです。
下記はあるHPの一部を要約したものです。
<当時の時刻法は、太陽の位置によって定められ、日の出から日の入り
までの、明るく、仕事のできる時間を昼とし、残りの暗くて仕事が
できない時間を夜として、それぞれを6等分して時刻を定めている。>
<朝、薄明が始まった時を明け六つとし、夕方、薄明が終わった時を
暮れ六つとした。そして、昼と夜の時間のそれぞれを五つ、四つ、
九つ、八つ、七つと数え、太鼓や鐘を五、四、九、八、七回打って
知らされた。>
https://kotobank.jp/word/%E6%98%8E%E3%81%91%E5%8 …

これによると、朝の出勤は明るくなってから、ある程度の時間が経った
時で、次の時報の前とか、生活習慣として体が覚えていたのでは
ないでしょうか。
昼に成れば、腹時計も時刻を知る手段の一つだったかも知れません。
薄暗く成ってくれば、そろそろ勤めの終わる時間だとか。

太鼓や鐘の音の届かない屋外では、太陽の位置・高さが時刻を知る
目安だったと言われています。

今でも山歩きでは、太陽の高さで判断しています。薄暗く成る前に
下山しようとかです。
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この回答へのお礼

生活習慣か・・・なるほど

お礼日時:2016/02/09 12:32

私も今目覚まし時計とか使ってないけど、毎朝同じくらいの時間に起きられるよ。

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この回答へのお礼

俺もそれほど遅れて起きることはないですが
体調の悪い日はなかなか・・・

お礼日時:2016/02/09 12:32

基本的に、日が暮れて2~3時間もすれば寝ていました。

今で言えば9~10時くらいでしょうか。なので朝日が出る前に起きることは普通に出来ていたようです。また一日の内で日の出前が一番気温が低くなります、これが自然の目覚ましになっていたと思います。

春は曙などと言いますが、春は隣に寝ている男性の体温を感じつつ見る日の出が一番良いって本当ね~などと女の人は思っていたのでしょう。
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この回答へのお礼

あざっす!
やっぱり自然と起きてたんでしょうね

お礼日時:2016/02/09 12:31

お寺の鐘の音が時計代わりになっていたのでは?



また、晴耕雨読の生活ではないですが、日が昇れば起きて、日が沈めば早めに寝ると。
今のように夜更かしなんて早々できるとは思えませんから。
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この回答へのお礼

たしかに、夜更かしするようなツールなんかなさそうですし
自然に起きるんでしょうね
でも生まれつき寝起きが悪いのもいると思いますが

お礼日時:2016/02/09 12:31

日時計を一家に一つ作るなり買うなり、そういう文化だったとか!

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この回答へのお礼

日時計か、ありえますね

お礼日時:2016/02/09 12:30

すごいところに気づきましたね。


太陽の方角とかで時間を過ごしてたんですかね
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この回答へのお礼

あざっす!
太陽の光ですか
なるほど、雨とかじゃなければ確実ですね!

お礼日時:2016/02/09 12:30

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 当時の日本標準時ですね。
 なので、江戸城内では1時間刻みのスケジュールくらいでしたら十分組めたのですが、やはりたいていの人たちは鐘の音です。

 寺子屋の場合、タイムスケジュールを組んで教えるというプログラム形式ではなく、随時生徒が来てそれにあわせて先生が教えるというスタイルです。とにかく形を真似ることが学習でしたから。
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追加です。
実際に江戸の人が不定時法のなかで暮らした、それを現在に追体験した(だけでなく、腕時計用に不定時法の文字盤まで用意した)記事が以下の本にあります。文庫ですので、結構簡単に見つかると思いますよ。

『大江戸生活体験事情』講談社文庫(い10-19)
石川英輔 ・田中優子著、(533円+税)
ISBN 4-06-273390-0 C-CODE 0195 NDC 382.1


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