これ何て呼びますか Part2

こんばんは。早速ですが質問、というより、ご相談申し上げます。

私は今、佛教大学院の通信制、臨床心理専攻を受験していて、既に二浪目です。倍率は10倍が基本的ですが、前回は15倍に跳ね上がっていました。
現在の勉学状況は、予備校(週一回、レギュラーレッスン)、佛教大学院の出題傾向であるDSM-5のまとめ、英語版ヒルガードの心理学の翻訳、です。
後述しますが、滑り止めが無いため、現在別の通信制大学で教職課程を履修しています。
正直言うと、通信制でなければ一つ二つほど受かるのではないか、と考えています。

何故通信制でなければならないかというと、それは私が病気だからです。

私は中学校の頃不登校でした。その時、不登校の仲間が受験のために学校に戻った三ヶ月後自殺。私自身も精神病を発病するまで至りました。元々適応指導教室の教師になりたいという夢が確固たる物になった瞬間です。それ以来、「中学校に行った奴らに負ける物か」「全日制に負ける物か」「不登校だって社会人になれるって証明してやる」と、死に物狂いで働き(バイトですが)、結果的に言うと高校、中学校の勉強を埋める塾の三分の一(現在残りの三分の二を返すべく計画中)、自動車教習所、一つ目の大学(心理学)、家庭教師、予備校の学費全てを出し切りました。その為、大学院でも自分のお金で行きたい、という思いが強く別個にあります。

しかし、この「死に物狂い」ということが本当になり、実際に二度死にかけ、二度狂い精神科に入院し、二度目の入院の直前には母親に殺されかけました。理由は、心理学専攻の通信制大学の教授の不適切な指導が原因だったのですが、(あまりに無慈悲と思ったのか、事務の人が掛け合ってくださったことも屡ありました)何よりも質問票を出しても解答が得られない、親族で大学、それも通信制(つまりレポートを書く)の大学に行った人間がおらず、正しく孤軍奮闘、二度目の入院で障害者になり、現在はかつての収入の十分の一になりながらも、年金などを使って細々と学業を続けています。

このような状態のため、全日制に切り替えたくても、切り替えられないのです。既に身体を壊してしまったため、毎日学校に通ったり、遠い土地まで行ったりすることが出来ません。第二種大学院という手も考えましたが、既に精神科の病院に通っている事などを考慮すると、現実的ではありません。
東洋英和女学院大学院夜学も考えましたが、夜眠ることも治療であり、田舎に住む私にはとてもではありませんが六本木まで行くことは出来ません。東京福祉大学は毎週通うことになるので、やはり群馬まで通いきれません。

そこでお聞きしたいのは、実際に心理学専攻の大学院の、通信制に行った方の勉強方法、何年かかったかということです。
予備校の教授は、「もし正解がかかれていても、それよりも良い解答をする上位10%前後しか通らない」と仰っていて、物凄い絶望感があります。

親戚中の反対を押し切って、身体を壊してまでもぎ取った「心理学士」という学位は何だったのか。
身体を壊し、バイト先に迷惑をかけながらも信頼と忠誠一本で繋いで、体調不良の中泣きながら仕事に行き、学費を稼いだことは何だったのか。
認定心理士の資格を使って手に入れた心理相談員の仕事も出来ず(ドクターストップ)。

そして何より、私にとって教師や学校、教育機関は、僅か中学三年生の友人を自殺に追いやった殺人機関です。社会が認めないから、親御さんが認めないから教員免許を取るんだ、私は子供を学校に帰すのでは無く社会に返すのだという強い意志があります。つまり、仮に現在の勉学によって適応指導教室で指導できても、臨床心理士という肩書きで無ければ、彼らはメンタルヘルスの専門家として見てくれません。例え私が当事者だったとしても、臨床心理士という肩書きが無ければ、意味が無いのです。

ということは、「教師として」適応指導教室に就労することは、私の中では「殺人鬼に媚びを売った」と同意義なのです。

勿論この考え方が歪んでいるのは分かっています。それでも、自殺した友人の無念を晴らしたい、その一心で高校から十年近く、勉学と仕事に励んできました。
毎日徹夜で勉強出来る身体ではありません。予備校で使う論文の文字さえ読めず、ノートに全て書き写して授業でその場その場で訳す方法をとっています。(後天性難読。原因は心身のストレス)
かといって休養に専念する、ということも、「この回の問題だったら(受かるかは別にして)解けたのに!」と悔しがってヒステリーを起こすことも目に見えています。

精神科医達からは、「自分たちは幻覚や幻聴、被害妄想は知識でしかしらない。実体験をしている君は、精神を病んだ子供達の力に絶対になれる」と言われていますが、それでも院に入らなければ受験資格すら与えられません。

どなたか、先輩のご意見をお聞かせください。又聞きなどでも結構です。お願いします。

A 回答 (2件)

肩書きがなければ、というのは十分理解できます。

なんとか心理臨床の業界に飛び込みたいという意欲、そのためになんとしても大学院へ、という気持ちも理解できなくはありません。

当方がわかる通信制は放送大学のみですが、論述は厳しいです。予備校の先生の話は少し甘いくらいではないですか。5%前後といっても過言ではないです。
さらに2次はかなりの圧迫面接という評判があります。実際あれを経験すると、昼間部の大学院など本当にたいしたことないです。すごくきつい試験です。
通信制で無ければならないという体力・病状の都合なども加味すれば、ご質問への回答は「限りなく厳しい」と申し上げざるをえません。

その他にも、不安要素を感じさせますので、適性が低いとみなされてもおかしくないと思います。
まず、「殺人機関」だとの「殺人鬼」だのという過激な表現を平気で使用できる言語感覚。「媚びを売る」と表現するほどの過剰なまでの学校への敵視。「母親に殺されかける」のように家族さえも安心できる環境におけない孤立感。肩書きさえあれば全てが解決するという短絡性(#1氏の指摘の通り対人接触能力がないと肩書きがあっても仕事になりません)。

これらは一般的には、感情的になっていると判断されますし、かつここまでしっかり考えがまとまっているくらいですから、根強い=修正不可能と考えるでしょう。ご自分でも述べられているように、考え方が歪んでいる、それもかなり深いレベルで、と読み取る方が多いと思います。

となると、あなたが社交的であろうとなかろうと、心理相談を任せられる状態にはないとみなされるでしょう。少なくとも、精神的に弱っている立場の人との接触は難しいと考えるはずです。つまり、心理臨床の現場に出せない人材だろう=資格を与えるべきではないだろうと考えることになりますので、多くの試験官は試験の合格や単位の認定を、敬遠するだろうと思います。

どうしてもというのであれば、今の環境が大きく変わることを覚悟する必要があると思います。もちろん、医師と十分相談して判断する必要もあるでしょう。
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この回答へのお礼

ご解答ありがとうございます。
教授の言葉に齟齬があったようですね、もうしわけありません。定員の10倍応募されていたから10%、面接に関しては全くノータッチでしたので、多分そういう事だと思います。
母に殺されかけたのはもう10年も前で、今では母子密着と言われて離れるように言われているくらいです。
教育に関しては……例えば医療事故で#2さまが親しい人を亡くしたら、医療機関が信じられなくなりませんか。それとも学校に行かないなら死んでくれと繰り返された私たちは感覚が狂っているのでしょうか。
#2さまは放送大学院のお話、ということは確か心理の倍率は33倍ですよね。一次すら通っていません。一次の筆記を突破したのはどのように勉強なさったのでしょう?

お礼日時:2016/08/19 17:57

対人関係に難があるんですよね?


じゃあ卒業できませんから、資格は取れませんよ

通信大学でも実地での研修が必ずありますから、人と接します。
人と接する事ができないのであれば、単位が得られないですから、卒業できません。

教育関係、医学関係以外の学校を受験されるのがいいですよ、それだと人と接するのは最低限で済みますから
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この回答へのお礼

ご解答ありがとうございます。対人関係には問題ありません。実際不登校だったのは中学だけで、それ以降はどちらかというと社交的だそうですから。
それと出来れば、趣旨をご理解された上でご解答ください。

お礼日時:2016/08/19 01:15

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