よく自分が人形みたいに思えます。

感情が感じられなくて、現実感が感じられなくなるカンジです。
説明するのが難しいのですが、
例えば、外を歩いている時、景色と自分とに一体感が感じられません。
世界と自分とが分離している感じです。
自分はここにいるのに、
それが自分に思えなくて
まるで人形の自分を観察している錯覚に陥ります。
感情も鈍麻してる感じです。
例えると、そこに焦点が落ちてしまうのですが、
スタンリー・キューブリックの人物の描かれ方に
感じが似てると思います。

これって何なんでしょうか?
こんな経験はないですか?
説明できないヤな気分になります。
教えて下さい。

A 回答 (5件)

そういった感情にはいくつかのパターンがあると思います。

病気という人もいれば、SF界の天才、フィリップKディックのように哲学的な自我による人もいます。
そもそも、「人間がこの世に本当に存在している」ということは証明されてなくても「この世に本当に存在している人間は誰一人としていない」ということは証明されています。長くなるのでやめときますが、パラドックス的なものであり、真ヒューマニズム論の本質です。
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追加回答をします。


別名、現実感喪失体験とも言います。その意味では感情的要素もありますが、不眠等が出現し、気分変動が根底にあるなら別の要素も考えられます。 
主治医にきちんと話されたほうがいいですね。深刻に考えすぎる必要はありませんが、と言って無理に”普通”と思い込むことには感心しません。
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自分にもありました。

現在は、26歳です。
もう、昔のような感覚になってしまいましたが、「人形のような自分」というのには共感できます。

私の場合は、二十歳前後にありました。自分でも感情の起伏が感じられなくて、鈍感になったのかと思うくらい、表情が出なかったのを思い出します。まるで、能面のようでした。
何か自分以外のものに動かされているような感じがあり、常に自分が自分でないような感じがありました。と同時に、誰かにいつも見られているような緊張感もありました。

今思えば、何かを押さえ付けていたような感じでした。笑ってはいけない、楽しんではいけない。何となく、罪悪感があって、自分を痛めつけているようなところもあったと思います。
幸い、私は実習地が精神科であったため、その時に指導とともに自分の治療もしてもらいました。
そこでわかったのが、自分はあまりにも他人を信じようとしていなかったこと。何もかも、一人で背負い込んでしまおうとしていたこと。
すべて悪い方に考えてしまっていて、いつしか被害妄想的になっていたこと。

何故、自分はそう考えてしまっていたのか、何故、そういう行動に出たのか。自分の考えたことをノートにまとめてみて、指導してもらいながら、ひたすら客観的に分析してみました。・・・地獄のような日々でしたけど。
その中で、自分の嫌な部分というのが見えてきたんですね。
でも、そうこうするうちに、現実と理想の自分のギャップが埋まって来て、何となく、ありのままの自分が受け入れられるようになりました。
信用できそうな人に悩みとか聞いてもらううちに、とっても楽になってきて・・・今に至ります。

周囲の人にそういった経験を話すと、大抵は奇異な目で見られます。
そこで諦めると、ますます自分が情けなくなって来ますので、やはり、そういった話を真摯に聞いてくれる相手は必要と思われます。ここでは、やはり専門家でしょう。
自分から壁を作ってしまうと、適切なアドバイスももらえなくなると思いますので、やはりここは思いきりよく、すべてをぶちまけるつもりで話すのが良いと思われます。
・・・怖いとは思いますけど。(私はものすごく怖かった)

私の人形は、4年程前まで何も無い部屋で一人きりで置かれていました。そこで、部屋の窓がほんの少しだけ開いて、風を感じてほっとしたのです。
それからは、自分から窓の外を覗いたり、飛び出したり、街を行き交う人々とぶつかって自分と他人を感じるようになって、いつしか・・・人形は私という人間になっていました。(まだ少し、人間になりたいと思う気持ちは残ってますが)
ほんのわずかなきっかけで、どんどん自分が解放されると思います。

長々と書いてしまいました。
私の経験が少しでも参考になれば、と思います。
phiさんが、ゆっくりと自分を感じるられるように、願っています。
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phiさんの性別、年齢も分れば尚確かですが、恐らく離人症体験だろうと思われます。

非常に疲労した時、例えば何日も徹夜状態であったとか、の場合にも現れることがあります。
ただ、phiさんの場合は日常的に出現しているのでしょうか?もしそうであれば、精神科を標榜している医療機関を受診することをお勧めします。
ご自分がこのような状態になれば、さぞかし驚かれ御心配のことと思いますが、よくある症状なのであまり深刻に考えすぎないようにしてください。
良くなられるようにと願っています。
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この回答へのお礼

marutakaさん回答ありがとうございます。

僕は現在30才で、24,5才くらいの頃から
人形みたいに思える体験が始まりました。

症状は軽くなったり、重くなったりします。
気分が沈んでいる時、
気分転換に散歩をすると起こりやすい様です。
突然ではなく、徐々にそう感じ始めたので、
最初は感情的なものかと思っていたのですが、
だんだん気分的、生理的なものに
移行していきました。

今は不眠の為、病院に通院しています。
先生にはなくとなく話しづらいので、まだ話していません。
放っておいて大丈夫なものなのでしょうか?

お礼日時:2001/06/26 01:17

私もかつて一度だけ経験したことがあります。


合宿でお酒を酷く飲んだ次の日。
ひどく現実感がなくて、分離したような不思議な感じになりました。
母に言ったところ、母も疲れている時にたまになると言っていました。
私は当時これが「離人症」かな、と思いました。
離人症は神経がやられる病気の一種で(精神病とは違います)
「自分が自分でなく感じる」という症状が有名です。
解説ページを探しときました。
私も疲れていると最近、時々なりますが
気になるようだったら病院に相談してみてはどうでしょう。

参考URL:http://www.geocities.co.jp/SweetHome/3509/kaiset …
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この回答へのお礼

kyakosaさん解説ページ有難うございます。

参考になりました。
ぼくは頻度が高いみたいです。
今は前よりよくなっていますが、
ひどいときには、
自分にまわりに透明な膜がある妄想?がありました。

ほんとは「離人症」的体験はフツウなことだと
思いたかったんですけど。
どうなんだろう。

お礼日時:2001/06/26 00:51

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魂ここにあらずみたいな状態です。
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どうしたら、悔しさ、怒り、喜び、悲しみを
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『無意識の私が、生きてゆくための情報を流しているのだとしたら、そして対立しているのなら、私の辛いという感覚は、やっぱり生きていくためにはあってはならない思い、でいいのでしょうか。

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と云う事に付いて書いてみます。

貴方の場合普通の人よりも『深い人間性の理解を求めているからです』鈴木大拙博士は、そういう不安になり易い人の事を総称して『人格が高い』と表現しています。貴方の人間性がより深い自分自身への洞察力を求めている事の表れをそう表現しています。

この場合より深い自分自身への理解を『悟る』と表現しています。

辛い気持ちのままでそのままで、生きてゆく事が大事です。何時か分かる時が来たら、ピタリと分るはずです。自身に湧き上がる感情に『好きと嫌い』と言う分別で今の貴方は生きています。

湧き上がる自身の感情をそのままにしておく事を学ぶ時、辛い気持ちから抜けることが出来ます。その時は思いがけない形で実現すると思います。願わなくなった時がその時です。

人間の『意志』に反してその時は訪れます。人間は心の矛盾を生き難い想いとして受け取っています。言葉を替えて言うなら『辛い気持ちから抜け出そうとしなくった時』がその時です。

ただ単なる雑念を貴方は嫌っているだけです。湧き上がる雑念をそのままにする事、或は湧き上がる雑念の相手をしなくなる事、或は湧き上がる自身の感情に右往左往しなくなった時、貴方の不安は『妄想』だった事が分かります。

その深い理解が熟成されるまで、辛い気持ちが続くかも知れませんが、貴方にはそういう深い人間性があるための試練として理解してください。不安になり易いという意味は『本当の安楽を知るための条件だからです。』

『無意識の私が、生きてゆくための情報を流しているのだとしたら、そして対立しているのなら、私の辛いという感覚は、やっぱり生きていくためにはあってはならない思い、でいいのでしょうか。

私はそれを無くしてしまいたいと切実に思っていて、これは、無意識の私に近づこうとしている行為と言えるのでしょうか。』

と云う事に付いて書いてみます。

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(自律訓練法が役立つ・・・etc)


あとやはり自分は離人症だから…と考えたり、離人症のことを思い出すということはよくないことなんでしょうか?
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Aベストアンサー

具体的な質問を頂きましたので、具体的にお答えしたいと思います。

『私は離人症になってからいつも離人症のことが気になってしまい、最近は「時間とは何でできている?」とか「自分という存在(魂)とは何でできている?」とか哲学的なことを考えてしまいます。
このこともやはり離人症によるものなのでしょうか。』

と言う質問の答えは、貴方の性格によっていると思います。そもそもそういう性格の中に『離人症』と言うものが育っています。貴方の性格は『自分自身に敏感』と言う特徴があります、ことばを替えて言うなら『疑問を抱きやすい、或は不安を抱きやすい性格です。』

こういう不安になり易い性格が、離人症に変化しています。それは『心の奥底での、自己防衛機制』が働くと言う意味です。受容れたく無いものを、『心から追い出そうと言う機制です。』

もう一つの質問です『また離人症、神経質体質な人は日常生活をどのような心構えで送っていけばいいのでしょうか。』と言う質問の答えが、神経症を解決する答えになりますが、今の貴方には信じがたい事と思いますが、よく読んで置いて下さい。

その解決する道筋は、決して難しい事では在りません、只私の言葉を信じられるのか或は、貴方が自分自身の考え方を信じられるのかの違いです。

神経症の症状は、離人症の他にも沢山存在しますが、その症状は『意識した事柄全てが、症状になるる可能性を秘めています。何故なら意識した内容を嫌っているだけだからです、

嫌っている感情の『虜にならないように、意識してその意識している感情を追い出そうと規制を掛けている事が、症状の発生となって、更なる厳しい規制の掛け方が、しっかりとその感情を固定させています。

その機制の対象が貴方の場合では『離人感』と云う事です。

その症状が、離人症であっても、対人恐怖症であっても、強迫行為であっても『湧き上がる自身の感情を意識した内容として嫌っている事』は神経症では共通項となっています。

と言う事で、神経症の治し方を書いてみます。是は飽く迄も神経症の治し方を書いていますので、『貴方が願う、離人感の治し方とは、全く別です。』

離人症は治そうとすればするほど、離人感が強くなってゆきます。離人症は治そうとしなければ治っています。離人感を無くそうとする事が『反って、離人感を生じさせて、その感情を打ち消そうと言う心の働きが、固定させています。』

神経症の正しい治し方は存在していますので、この事をもう少し詳しく書いてみます。

神経症とは『湧き上がる自分の感情を、打ち消したくなってしまう現象です。』神経症が一生治らないでしまう場合では、一生湧き上がる自分の感情を打ち消そうとし続ける場合です。

神経症が治る場合では『湧き上がる自分の感情に、優劣や、良し悪しを付けなくなる場合です。』

離人感に襲われた時でも、良いとか悪いとかを言う必要がなくなった場合には『離人感』は消滅しています。此処まで来た時に完治したといいます。

離人感など、有っても無くとも良いや、と言う態度です。それは『離人感』を受け入れる事が出来た時です。

今の貴方は『湧き上がる自分の感情の中で、離人感のみを嫌っているだけだからです。』湧き上がる自分の感情には逆らう事など出来ない、と言う諦めが必要です。

神経症の完治を望むなら、『症状などの相手をしない人間性を確保する事が有効です。』

今の精神医学の方向性は間違っています。症状の改善を望まなくなるという人間性が確保出来た時点で『症状が消滅する事=完治する事』を知らないで、闇雲に『症状の改善のみが図られています。』

是では治らないように、治らないようにしている事を意味するからです。

『また離人症、神経質体質な人は日常生活をどのような心構えで送っていけばいいのでしょうか。?』

と云う事をもっと具体的に書いてみます。

『心の使い方を学ぶ事です。』

何も考えずに生きる事をやめて、『丁度のところを学ぶ事が有効です。』この意味は、例えば挨拶一つでも、『心を砕いて使う事です。』挨拶する相手の距離をどのくらいが丁度良いのかや、声の大きさはどのくらいが丁度良いのかと言う風にして、全身全霊で『丁度のところを探る事です。』

意識を集中させる事の意味は『意識を分散させていながらなおかつ、目の前に意識を集中させる事です。』

歩く場合では『靴の底の減り方を、気にしながら歩く事です。』この意味は、靴の底が平らに減る様な工夫をしながら歩く事を意味します。

自分の一挙手一投足に付いても『全身全霊で対処する事』を学ぶ事です。

又今度にします、聞きたい事には答えたいと思います。

具体的な質問を頂きましたので、具体的にお答えしたいと思います。

『私は離人症になってからいつも離人症のことが気になってしまい、最近は「時間とは何でできている?」とか「自分という存在(魂)とは何でできている?」とか哲学的なことを考えてしまいます。
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