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征韓論は、当時の国軍にまだそんな力がなかったのに、清やロシアの影響を排除したいからといっても、なぜ、発生したのでしょうか?
国内の旧武士勢力のストレス発散のため、以外にその発生の理由はありますか?

A 回答 (3件)

開国間もない日本は富国強兵策の一環として朝鮮との貿易を進めたかったのですが、朝鮮側はそれを認めなかったのです。



一種の貿易摩擦も原因です。戦争の原因は大抵貿易摩擦ではないでしょうか? 

余談ながらTPPの行方は気になりますね。
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昔から、半島は日本の安全保障の要でした。



元寇は、半島経由で日本を侵略しています。

あそこが、ロシアの領土などになったら
日本の安全保障が脅かされます。

日清日露戦争は、まさに半島を巡る戦いでした。

キューバにミサイル基地が出来る、というので
米国は第三次大戦覚悟で、海上封鎖をしました。
隣国に強大な軍事力が出来る、というのは
大変なことなのです。

そもそも明治維新は、上海などで中国人が
奴隷化された現実を目にした、高杉晋作らの
危機感が基になっています。

それ以降の歴史は、なんとしても植民地などには
されないぞ、という歴史でもありました。
日清日露戦争はそういう戦争です。

そういう地政学的な位置にある、韓国を何とかしなければ、
というのが征韓論です。


余談ですが、西郷隆盛の書見にあります。

「反日激しい韓国に行けば、暗殺されるだろう。
 それを口実に征韓できるだろう。
 だから俺を韓国に派遣しろ」

当時、既に反日だったのです。
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当時は帝国主義の真っ最中、どこの国の空いている土地、政府が機能しない土地があれば進出するのが当たり前、というのが前提です。



日本というのは、大陸の蓋のような場所にあります。ロシアからみればオホーツク海は冬に凍ってしまうため、朝鮮半島まで出てくると凍らない海があります。だから朝鮮半島まで行って軍港を作りたい、そして軍港を作って自由に太平洋に出るためには、日本を無力化する必要がある、という段取りになります。

日本は日本海海戦でなんとかロシアに勝ちましたが、凍らない海に軍港を作られてもう一度攻められたらどうなるか分かりません。だから「朝鮮にロシアが来ないようにする必要があった」わけです。

中国の基本は北京です。北京からほど近い天津そして黄海の出口になる大連に軍港があれば北京を守れます。ちょうど日本でいえば横須賀と富津の位置になるわけです。

中国はこの二つを押さえると黄海から出られますが、やはり太平洋に出るためには日本列島が邪魔になります。特に九州から沖縄あたりが目障りです。
じゃあ、朝鮮半島を押さえて釜山と済州島に軍港を作って、日本とやりあえば日本に邪魔されることなく太平洋に出られることになります。

これは日本から見れば中国が朝鮮半島の突端まで来ると死活問題になる、ということです。

この二つを防ぐために日清・日露戦争をしたわけですが、やっぱりこの2国は強大ですぐに復活してくるので、結局朝鮮半島自体を日本が支配することで、ロシア・中国に奪われないようにした、というのが合併の真相であるといえます。

 もっとも、日本は最初、合併する気はなくて、朝鮮国が独立することを望んでいました。つまり今の韓国のような形になってくれればよかったのですが、そういうことはせずに中国やロシアに応援を頼んでいたので、日本としても合併しかなかったわけです。

今でも、韓国があるからいいですが、北朝鮮側から統一されたら、大変なことになりますよ。
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