2017年時点でオリックスと楽天どっちが旧近鉄色が強いでしょうか?

質問者からの補足コメント

  • どう思う?

    楽天は梨田監督ですし旧近鉄の選手も二人ばかりいたと思います。オリックスの方は旧近鉄の選手はいなくなってしまいました。

    No.1の回答に寄せられた補足コメントです。 補足日時:2017/02/22 19:24

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A 回答 (2件)

今となっては、どちらも近鉄色はほとんど感じなくなってしまいました。



が、これまでの経緯を考えるとオリックスですかね。
確かに楽天も、近鉄の選手が多数移籍して出来上がった球団でしたが、あくまでも新規球団と言う形でしたから。
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この回答へのお礼

わかりました。
どうもありがとうございます。

お礼日時:2017/02/25 08:59

そらゃ、オリックスでしょう。

逆に、楽天て何か関係ありました?
この回答への補足あり
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旧近鉄ファンが現在のオリックスを応援するかどうかは別として、旧近鉄ファンにとっていま何よりも辛いのは、近鉄バファローズという球団を「なかったこと」にされることではないでしょうか。

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保つことが非常に困難になっていたといいます。
この件に関してはオリックス球団の経営手腕だけではなく
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オリックスファンにも責任があるといえるかもしれません。

2.近鉄ファンの方々は間違いなく必死だったと思います。
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やりようはなかったのかなという気はしないでもないですが。

4.仙台は新球団のフランチャイズとしてあげたものです。
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このときもまだフランチャイズは大阪を予定していました。
しかし、合併後も大阪をフランチャイズとして
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5.経済の沈下に伴うクラブチームの冷遇はプロ野球や関西に
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集中せざるを得なかったという事情がありました。
しかし、全国中継というドル箱があるセ・リーグに対して
パ・リーグは地域密着を武器にして行かなくては生き残ることが出来なかった事と、
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パ・リーグの地方分散を促し、もともとパ・リーグ球団が
集中していた関西地区の球団数減につながったのだと思います。
残った近鉄と旧オリックスはオーナー企業(旧オリックスは前オーナー企業)が
鉄道会社だったためにフランチャイズを移せなかったという事情があります。

個人的な意見も混ざり無駄に長文となってしまいましたが参考になれば。

1.イチローの放出により確かに観客動員数は激減していますが、
実際はイチローが抜ける前から減りだしています。
このため、オリックス球団は当時球界最高年俸のイチローを
保有しつづけることが非常に厳しい状態となり、
イチローも観客が減りつづける中で自身のモチベーションを
保つことが非常に困難になっていたといいます。
この件に関してはオリックス球団の経営手腕だけではなく
常にグリーンスタジアム神戸(当時)を満杯に出来なかった
オリックスファンにも責任があるといえるかもしれません。

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