ショボ短歌会

心とはなんですか? 脳ですか?

A 回答 (12件中1~10件)

私は誰でしょうか。

大抵の人は、これが私ですと自分の体を指すでしょう。

 では仮に、手が切り取られたらどうでしょう。手と残りの体とでは、どちらが私でしょう。手は私では無く、残りの方が私ですと答えるでしょう。では首が取れたらどうでしょう。首の方が私ですと答えるでしょう。では脳を取り出したらどうでしょう。脳の方が私ですと答えるでしょう。では脳を半分に切ったらどうでしょう。どちらが私でしょうか。脳を切り刻んだらどうでしょうか。どれが私でしょうか。脳の中のどの部分が私なのでしょうか。

 そもそも、体の中の物質は、3年に一回全てが入れ替わっています。では、3年後の私は私ではなくなっているのでしょうか。

 赤いとか熱いとか感じているのが私です。では、赤い熱いと言う感じは、物質でしょうか。赤い色は、心の外の世界には存在しません。物質の表面に当たって反射する光の波長が存在するだけです。

 では、音はどうでしょうか。外界には、色々な波長の空気の振動があるだけです。私たちが感じている様な音は存在しません。

 この様に、心が作り出したものを取り去ると、何も残りません。従って、赤い熱いと言った感じは、物質ではありません。幾ら科学が発達して、全てを見ることが出来る顕微鏡が出来たとしても、脳の中を覗いたところで、熱いと言う感覚を見ることは出来ません。触ることも出来ません。ただ、私が感じるだけです。物質ではないものを感じている私も物質ではありません。

 私の感じている世界は、私が心の中に作り出したものです。心の外の世界がどうなっているか、私には全く知る術がありません。しかし、心は外界に出来る限り似せて、心の中に世界を作り出しています。

 例えば部屋の中で、テレビを見ている様なものです。テレビは、実際の現場に似せて場面を作り出しています。しかし、決して現場そのものを見ている訳ではありません。あくまでも、テレビが作り出した場面を見ているだけです。
 部屋の中にいる限り、外の現場を直接見ることは出来ません。

 テレビを見ているのが私です。決して、テレビが私なのではありません。 テレビが壊れても、修理すればまた見える様になります。見ている私が壊れた訳ではありません。

 もし、見ている私が壊れたのであれば、幾らテレビを修理しても元通りに見える様にはなりません。テレビを修理して、元通りに見える様になったと言うことは、私自身は何も変わってはいなかった事を証明しています。

 同様に、もし病気で脳が壊れて、何も感じなくなったとしても、医学が発達して、脳を直す事が出来る様になれば、また私は前と同じ様に感じることが出来る様になるでしょう。

 この事は、私は何も変わっていなかったことを証明しています。病気をしても、年を取ってボケても、そして死んでも脳を元の状態に戻せば、元通り感じることが出来るので、私自身は何も変わってはいません。

 ただ脳が信号を送らなくなったので、何も感じなくなっただけです。テレビが壊れて直せなくなっても、新しいテレビを買えば元通りに見ることが出来ます。脳が死んでなくなっても、新しい脳が私に信号を送る様になれば、また元の通りに感じることが出来ます。

 科学が発達し、かつて脳を構成していた、物質を掻き集めて、元の通りに組み合わせて、脳を作ったら、また、私は元の通り感じるようになるでしょう。

 私自身は、生じるものでも無くなるものでもありません。穢れるものでも、清くなるものでもありません。増えるものでも、減るものでもありません。宇宙の初めから存在しており、宇宙の終わりまで全く変わらずに存在するものです。

 死んだ後の状態は、生まれる前の状態と何一つ変わりません。何か違いを指摘できるでしょうか。
 生まれる前の状態から、人は生まれてきました。死んだ後の状態から生まれることは、何ら不思議なことではありません。
 「不生不滅不垢不浄不増不減」です。

質問者さん、この様に脳が死ぬと精神である私に刺激を送るものが無くなるので、私は何も感じません。新しい脳がまた私に刺激を送る様になると、私はまた元のとおり感じる様になるでしょう。
死んだら、気が付くと母の胸に抱かれていることに気が付きます。誰しもそうです。ですから、死んだ人にもまた次の生或はその次の生で出会えると考えます。

詳細は、下記のホームページを参照下さい。
http://catbirdtt.web.fc2.com/sitohananika.html
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思い

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>心とはなんですか?



心とは、現象です。

大脳の活動により発現する現象です。
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心とは 深層心理学的に言えば


   、五感(眼・耳・鼻・舌・身体)からの情報に反応し、
    推量して働く理性で「知る心」「判断する心」です
    左脳中心の私たちの表層意識で 第六感も含まれます
    
    心の又は 意識の発生場所を第七識として定義 おもに左脳を管理していて、
    一般的に言われている「潜在意識」に該当するものです
    潜在意識はオーストリアの精神分析の創始者であるフロイトが解明したものです
    夢や心も この「潜在意識」が影響するのです
参考
九識論  http://rokusann.sakura.ne.jp/newpage8.html


心 精神 理性 を
科学的に解明を目指す 生命科学 等もあります
道半ばではなく 初歩の初歩

更に 哲学 文学 宗教などの分野からの解明も必要です
西洋哲学の祖 ソクラテスの結論は(汝自身を知れ)です
哲学者 文学者 詩人 宗教家 等を含めた哲人の答えは
くしくも ソクラテスと同じ方向をむいているのです 
その ほんの一部を書きます  異論もある事は承知
シラー ・・・・・(汝の運命の星は汝の胸中にあり)
デカルト・・・(我思うゆえに我あり)

宗教では象徴的に キリスト教の愛とか 仏教の慈悲とか 
    儒教の「仁愛」「大同」墨子の「兼愛」「非攻」を説きます


仏教の慈悲を簡単に説明
  慈(いつくしむ)悲(共に悲しむ)
  別名 抜苦与楽( ばっくよらく)
        苦を抜き 楽を与えるの意味
   心に慈悲があるか無いかは すべて行動で現れる



やさしく 現実的に どう理解すればよいか
心の中でも一番大事な心は 精神は
感謝の心です

感謝がある人は 
心には豊かさがあふれ 喜びに満ち
生き生きとして明るい
多くの人に慕われるんです・・信頼があるから

感謝の心のない人は
いつも不信があり 不平と不満
嫉妬と恨みと愚痴
暗雲が渦巻いている
人が離れていく人生惨め・・不信のため

ゲーテ
「感謝しなければならぬ人と出会いながら
感謝を忘れている事がどんなにしばしばだろう」
と言っています

影で支えてくれた方々に
感謝の声を掛けていくこと
けっして 当たり前とおもってはならない
声一つ 言葉一つで 人間の心は動くのです
先ほど
慈悲があるか無いかは すべて行動で現れる
と言いましたが
どんな心を持っているかは 行動で現れるのです

又 心の問題 方向性 差別化 個性化 個別化 深層の原理
などあります

参考
法則 http://rokusann.sakura.ne.jp/newpage17.htm
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あなたは物事をお尻で考えているのですか。

脳でしょう。こころは脳にあるに決まっているじゃないですか。いまさら何を。
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心を脳と同視するのは、デカルトの心身二元論


の影響でしょう。
つまり、肉体は心の入れ物に過ぎない。


脳の作用が中心ですが、イコールではありません。

内蔵に、記憶物質が発見された、という報告が
あるように、人間の人格というものは、脳を含む
身体全体で構成されているのです。
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あなたの見ている世界は、心の中に生じています。


即ち、心=宇宙なのです。
あなたは、自分の外の世界を見ている、と信じていますが、
実際に「見て」いるのは、網膜における量子相互作用
(=光子)であり、その相互作用のパターンに対し、
“外の何か”を仮想しているに過ぎません。
「外の世界」と「自分の心」を先入化し、その間に
感受を置きますが、その実、確かなものはその中間の
感受=量子相互作用だけなのです。

全ての存在は量子的な不確定性に基づいており、無限に詰
め込むと存在確率の山が平らになって、無と等しくなります。
この「絶対無=不確定性無限」において、その無限の闇に、
潜在的な認識可能性の仮定断面の運動(プランク定数hの
収束の時系列化=物体収縮=宇宙膨張)を想定すれば、相対
的に無の風は光になり、認識体はその光(量子相互作用パタ
ーン)の向うに、自己の補完(相補的不確定性)としての
宇宙を認識するのです

即ち、自我仮説(時間軸=記憶=過去=超光速)と空間仮説
(空間軸=予測=未来=光速下)の、無(仮説的時空への無
の射影=量子相互作用=光速)からの相補分化。
その非光速性は、根源的に超弦(量子定常波=光速)に還元
される存在を、階層現象(超弦(量子)<クォーク<素粒子<
原子<分子<細胞<個体(認識))を表面的に(経験的・いい
加減に)捉える事で派生しているのです。
つまり、無とは分からない事が有なのです。
「心とはなんですか? 脳ですか?」の回答画像6
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脳の中には架空の人体が構成されていて、それを使って身体全体を統御しているんではないかと思ったりする。


その架空の人体の中で、心とは心臓辺りを指すんじゃないかな。
あまりにも適当なことを言ってしまったけど。
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脳の働きの一部でしょうね。



人間の脳は、動物の脳を中心にしている、と聞いたことがあります。外界の事象に、反応して、生存するだけにエネルギーを消費する動物の脳を包んで、人間らしい内省的な働きをする、外皮があるらしいです。

心が痛むと、本当に心臓のあたりが苦しくなるのは、面白い現象ですが、それも、脳からの指示で、起こっていることになるのでしょう。
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心とは、他者に共感する能力のことです。


あなたがある人に共感できれば、あなたはその人に心があると感じます。
もし共感できなければ、あなたはその人には心がないと感じます。
同じように、もしあなたが自分自身を客観的に省みることをできなければ、
あなたは自分自身を感じることができません(無我または忘我)。
あなたが自分に心があると感じるのは、あなたがあなた自身を客観的に観て、
内的な自分に共感しているときです。
他者に共感する、または他者の心を推し量る能力を人は持っているという考え方を、
「心の理論」と言います。
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