「夫を成功」へ導く妻の秘訣 座談会

みなさん、こんにちは。
先日、読み物をしていたら、
「あなたは ひきが強い人間だから、
 面白いこともツライことも人の倍体験する、
 と人から言われました。」
という文章がありまして、この「ひきが強い」っていう
言葉の意味を どなたかご存知の方、いらっしゃらないでしょうか? よろしくお願い致します。

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A 回答 (5件)

皆さんおっしゃるよう、マージャンやカード等で言うのがふつうだと思いますよ。


「引きが強い」人ってのは、たとえば最終巡、最後のドラをツモって上がっちゃうような人のことです。周りがひっくり返っちゃうようなパイをたびたび引き当てちゃうような人。(しまいには怖がられたりする)

でも、ことわざにもありますよね。「禍福はあざなえる縄の如し」って。いいことだけってわけにはいかないです。

運気が強い人だから、面白いこと、嬉しいことにもたくさん出会うだろうが、それとおんなじだけ、しんどいことにも出くわすだろう。(あんたも難儀やなぁ。けど、おもろいことで得もするんやから、辛抱するときは辛抱せなあきまへんで)って、

この人の哲学というか、上のことわざにあるような一種の人生観も含めて語られたんでしょう。
(と思います。あやしげな関西弁が入ってしまってすみません)

「放浪記」の中で、下町のおっちゃんが、屋台の暖簾の下で酌みかわしつつ主人公の女性にふと言ってしまいそうなせりふだなぁ、と思いました。 味わいぶかいと思いました。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございました。
書かれていらっしゃる内容の光景が想像できました。笑
とても理解りやすい文章でした^^
どうやらみなさんのおっしゃってる通り、運が強い人のことを言うようですね。意味がわかってきてすっきりしました。

お礼日時:2004/10/06 08:42

例文はあまり使わない例なので本当の意味は分かりません。



『引きが強い』は運が強いと同義語的に使われます。
賭博、人生などで何をしても運がよい人などに使います。小さな魚だが引きが強い・・・これは物理的にひっぱる力が強いという意味です。

例文の意味から強いて当てはまる漢字を探せば『悲喜』
があります。これは喜びと悲しみが同時に存在することなので例文と意味はあいますが、口頭でこのような意味で使うことはほとんどありません。

作者が引きが強いの意味を間違ったか拡大解釈をした可能性がありますね。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございました。
なるほどー、何をしても運が強い人に使うのですね。
じゃあ あのような使い方はちょっとおかしいってことですよね? 言葉の意味がわかって嬉しいです。

お礼日時:2004/10/06 08:39

 辞書を見ると「引きが強い」は釣りのときに、引っ張られる力が強いというような意味ですが、これは違うようですね。



 意味的には「運が強い」でしょうね。
 麻雀などで、山牌から引いてくるときに、運が強いという意味でしょう。俗語ですね。運の弱い人は「引きが弱い」とも言います。

 もっとも、質問者さんの文例では、単に運が強いというより、
「数奇な運命を体験する」というように用法に若干脚色がかかってる感じですね。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございました。
辞書で調べて「引きが強い」は載ってたのですが
それは意味がちょっと違うっぽいなぁ?と思い
ここで質問してみました。どうやらギャンブルで
運が強い人のことを言うようですね^^

お礼日時:2004/10/06 08:35

この場合の意味は、


引き寄せる力(何か特別な魅力等)があるという意味では、
ないでしょうか?
本来は魚を釣るときに使う言葉だと思いましたが…
あとギャンブルの時にチャンスに恵まれる人にも、
そういう言い方をしますね。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございました。
辞書で調べてみて、私も引き寄せる力があるって
いうことかな?とは思いましたけど、
いまいち意味が分からなくてここで聞いてみました。
ギャンブルの時の言葉が由来のようですね。

お礼日時:2004/10/06 08:32

元々は麻雀用語で、良い牌を立て続けに引いてくる人のことを「ヒキが強い」と言います。


その文章って用法がちょっとおかしいような気がしますね(^^;
         
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございました。
私も辞書で自分なりに調べましたが
あの文章のように使われる場合どういうこと
なんだろう??ってさっぱりわかりませんでした(笑

お礼日時:2004/10/06 08:29

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Aベストアンサー

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づら・い 【▽辛い】
(接尾)
〔形容詞型活用([文]ク づら・し)〕動詞の連用形に付いて、その動作をすることに困難を感ずる意を表す。…にくい。
「老眼で辞書が見―・い」「読み―・い本」「無愛想で話し―・い」
http://dictionary.goo.ne.jp/search.php?MT=%A4%C5%A4%E9%A4%A4&jn.x=24&jn.y=14&kind=jn&mode=0

ずらい
検索結果に該当するものが見当たりません。
キーワードを変更して再度検索をしてみてください。
http://dictionary.goo.ne.jp/search.php?MT=%A4%BA%A4%E9%A4%A4&jn.x=29&jn.y=11&kind=jn&mode=0

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参考URL:http://dictionary.goo.ne.jp/search.php?MT=%A4%C5%A4%E9%A4%A4&jn.x=24&jn.y=14&kind=jn&mode=0

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づら・い 【▽辛い】
(接尾)
〔形容詞型活用([文]ク づら・し)〕動詞の連用形に付いて、その動作をすることに困難を感ずる意を表す。…にくい。
「老眼で辞書が見―・い」「読み―・い本」「無愛想で話し―・い」
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その解き方は、人それぞれですが、解く方程式は、人の数だけあります。

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計算する能力はとても高いです。

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広辞苑ではめど(目処)もくと(目途)と分けて記載されているだけで説明がなく
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解決のめどがつくとか、目標達成のめどが立ったなどと使われるので、
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Q拘らず・関わらず??

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例えば

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国語辞典で調べてみたのですが,よく分からなくて(+_+)
すみませんがよろしくお願いします。

Aベストアンサー

「物書き」のひとりです。

まず、重要なことですが、「関・係・拘」のすべてが常用漢字ではありますが、その音訓表に「かか(わる)」がないことです。常用漢字は、「こうしなくてはいけない」といった性格のもではありませんが、一応、すべての文章を書き表す場合の指針ではあります。音訓表に無いものの代表的なもの(よく使われるもの)として「全(すべ)て」「画(えが)く」「〇〇に依(よ)れば/拠(よ)れば」などが思いつきます。

本件の「関・係・拘」に関して言えば、「係」に「かか」の読みが認められているのみです。それも「かかわる」でなく「かかる」です。「人命に係(かか)る問題」「係(かか)り結び」など。前者は、「人命にかかわる問題」のように表記されることもありますが、この場合(常用漢字の基準では)「係わる」でなく「かかわる」です。

結論としては、「それにもかかわらず」などにおける「かかわらず」は仮名書きが無難でしょう。漢字の場合は「拘わらず」が正しいといえます。ただし、パソコンでは「関わらず」と変換されることが多いようですネ。

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ただし、肯定的な「拘わる」が誤りだと言っているのではありません。念のため。

「物書き」のひとりです。

まず、重要なことですが、「関・係・拘」のすべてが常用漢字ではありますが、その音訓表に「かか(わる)」がないことです。常用漢字は、「こうしなくてはいけない」といった性格のもではありませんが、一応、すべての文章を書き表す場合の指針ではあります。音訓表に無いものの代表的なもの(よく使われるもの)として「全(すべ)て」「画(えが)く」「〇〇に依(よ)れば/拠(よ)れば」などが思いつきます。

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Q「目からうろこ」ってどういう意味

よくテレビを見ていると、(バライテー系の情報番組)アナンサー諸氏が「これが本当の”目からうろこ”ですね。」
と、コメントしている場面をみかけます。この
「目からうろこ」とは、どんな意味ですか?

Aベストアンサー

目からうろこが落ちる
普通、「目から鱗が落ちる」という場合、思いもよらなかった発想や考え方に、目が開かれるような思いになったことや、全く新しい体験を経験することによって、考え方がいっそうされたようなときに使うようです。つまり、偏見や先入観から解放されて、自由なものの見方や考え方に至った場合に、「目から鱗が落ちる(あるいは落ちた)」と言うようです。

実は、この「目から鱗が落ちる」という言葉は、「豚に真珠」と同じように聖書の中の言葉なのです。この言葉は、使徒行伝の9章にでてくるのですが、この9章は、イエス・キリストが死んでまもなくの、キリスト教がキリスト教としての歩みを始めた極めて初期の時代のことが記されています

アナニヤがサウロの上に手を置き、「イエス・キリストが、あなたのところに私をおつかわしになった」ということを告げたとたん、サウロの目が見えるようになったのです。このとき聖書は、「サウロの目から鱗のようなものが落ちて、再び見えるようになった。」といっています。そしてここに、「目から鱗が落ちる。」という言葉の語源があるのです。

 サウロという人は、当時のユダヤ教の学者の中では一級の人物ガマリエルと言う人の弟子でした。そういった意味ではエリートと呼ばれるような立場にあり、自分の力と才覚でいろんなことを考え実行できる人であったと言えるでしょう。そのサウロが、人生の一大転機の時に視力が奪われ、人に手をひいてもらい、自分の力ではなく他人に頼らなければ何事もできないということを経験するのです。まさしく、人間の能力や力の限界といったものを経験したのです。

それは、厳格なユダヤ教徒からキリスト教徒になるという、信じる内容の変化だけでなく、自分の力と才覚によりすがって生きていく生き方から、自分の力と才覚の限界をしって、ただ神によりすがって生きていく生き方へと目が開かれていく転換でした。その境目に「目から鱗のようなものが落ちた」のです。
 そういった意味では、「目から鱗が落ちる」ということの本当の意味は、人間が自分の力や才覚を誇り生きていくような生き方ではなく、自分の限界や無力さを知り、神に頼るということに気がつくということなのかもしれません。

参考URL:http://homepage2.nifty.com/mitaka-christchurch/scales.html

目からうろこが落ちる
普通、「目から鱗が落ちる」という場合、思いもよらなかった発想や考え方に、目が開かれるような思いになったことや、全く新しい体験を経験することによって、考え方がいっそうされたようなときに使うようです。つまり、偏見や先入観から解放されて、自由なものの見方や考え方に至った場合に、「目から鱗が落ちる(あるいは落ちた)」と言うようです。

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