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古典での敬語のはなしです

尊敬語▶目上の人の行動
謙譲語▶自分の行動を目上の人に言う

みたいなことですか?

A 回答 (8件)

有名な文章では、


1.既に議論が終わっている。
2.似た様なものだが、どうでも良い。
3.議論中。
些末な文章では「無視」されます。
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皆さん難しいことを仰っていますが簡単に言えば



尊敬語▷動作を起こす人に対する敬意
謙譲語▷動作を受ける(される)人に対する敬意

現代で使われる謙譲語と古文での謙譲語はほぼ違うと思いますよ。
問題で慣れていくのが古文での敬語を掴むのには早いと思います。
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済みませんが加筆があります。


「これを二方面の敬語などと言ったりします。」の前に「一方身分の高い方には尊敬語を用います。」を書き加えます。
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>尊敬語▶目上の人の行動


天皇などは、自分の行動を尊敬語で表現しこれを自敬表現と言ったりしますが、これを除くと概ねその通りです。

>謙譲語▶自分の行動を目上の人に言う
人物がふたりの場合はその通りですが、3人の人物(例えば、話者・作者と人物Aと人物B)の時は、話者の視点からAよりBが身分が低い場合、Bの動作に謙譲語を用いることはあります。これを二方面の敬語などと言ったりします。
単に自分と相手が対面して話す、と言うような場合は仰るとおりです。ただ、そのような場面は直接引用された会話文だけの話で、私達が目にする古文は大抵物語で、作中には登場しない作者が存在します。その視点で、特に地の文では登場人物身分に応じその動作に対して尊敬語や謙譲語が配分されるという事になります。
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文化庁の文化審議会というところが<敬語の指針>というものを出しています。


http://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkashingikai/so …
役所の仕事にしては、わかりやすく書かれていると思います。
興味がおありでしたら一読なさってみるとよろしいでしょう。
とりあえず、第2章(20ページ程度)だけでも。
ここを押さえておけば、敬語についてひととおりの知識は得られますし自信も付くはずです。
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古典でも現代語でも同じですが、



尊敬語▶目上の人の行動
謙譲語▶目上の人に対する自分の行動
丁寧語▶自分や他人の行動を目上の人に言う

です。
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この回答へのお礼

現代語も同じなんですか!!
ほんとに無知で恥ずかしいです
簡潔にありがとうございます!!

お礼日時:2018/02/20 22:21

大事なことを言い忘れていました。

「自分の行動を目上の人に言う」の「自分が」が質問者のことのように聞こえてしまうのですが、質問者が古文体で書かないかぎり、自分が話の中に登場することはありません。屁理屈を言うようですが、「古文」に登場するのは、すべて(想像上の人物を含めて)過去の人が登場しますから、意識を変えなければなりません。ネット上にも古文の学習ページがありますから、それを読んだ上で質問があればしてください。その文章の書き手、登場人物のかわす会話などが、いわば二重構造になっていて複雑です。
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この回答へのお礼

古文は深いですね、、、
とても詳しく丁寧に教えてくださってありがとうございます(^-^)

お礼日時:2018/02/20 22:22

簡単に言えば、まあ、そういうことです。

しかし、実際にはなかなか厄介なことがいろいろあります。実際の文章を挙げてしか説明出来ません。例えば、同じ人物の動作に「謙譲語」と「尊敬語」を重ねて使ったりしますから。
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Q尊敬語と謙譲語の見分け方

古文の尊敬語と謙譲語の見分け方を
教えてください。

Aベストアンサー

古文だけではなく、「敬語」とは「待遇表現」だとされています。この待遇とは(敬語の場合)話し手(または書き手)が、話題に登場する人物に「敬意」を持つか、どうかを意味します。次のサイトの下方にある図を見てください。

http://oecc.open.ed.jp/hs/hs16.htm

 これは、「謙譲語」を説明するため描かれた図で、話し手が話題の中に登場する複数の人物(当然、最少で二人ですからAとBとします)に敬意を持つとして、BがAに向かって「言う」という動作をした場合(動作をする人を「仕手」と呼んでおきます)、「言われた」人はAで(受け手と言います)、話し手がA(Bでなく)に敬意を表したい場合には、Bの「言う」という動作を「謙譲語」に変えて「申す(現代語なら申し上げる)」と話します。すなわち、「謙譲語」とは「受け手尊敬」(動作を受ける人を尊敬する)ということになります。この場合、敬意を表す矢印(点線の)が話し手からAに向かっていることが肝要なのです。実線の矢印は「見かけ上の」敬意です。

 この図を使って「尊敬語」「丁寧語」を説明できるのですが、その説明をつづけるとややこしくなる(謙譲語だけで「ややこしい」と思っているでしょう)ので、自分で考えてください。「尊敬語」や「丁寧語」は「謙譲語」に比べれば実は簡単です。(必要なら質問してください)

 「古文の参考書」や、高校で買わされる「国語便覧」等には、多分このような図が載っていると思います。

 本来の質問は、「尊敬」と「謙譲」の区別だったので付け加えますと、「尊敬語」は動作をする人に話し手が敬意を表す「仕手尊敬」だと考えてください。どういう語が「尊敬」や「謙譲」を表すかは、実際に古文を読みながら覚えるよりありません。(現代語だってそうでしょう)

 この場合「謙譲語」と「尊敬語」を続けて使う「申させ給ふ」と言い方が、平安時代を中心とする古典文法には、よく使われています。「古文」では「せ給ふ」のような「二重敬語」は「有り」でした。参考までに。

古文だけではなく、「敬語」とは「待遇表現」だとされています。この待遇とは(敬語の場合)話し手(または書き手)が、話題に登場する人物に「敬意」を持つか、どうかを意味します。次のサイトの下方にある図を見てください。

http://oecc.open.ed.jp/hs/hs16.htm

 これは、「謙譲語」を説明するため描かれた図で、話し手が話題の中に登場する複数の人物(当然、最少で二人ですからAとBとします)に敬意を持つとして、BがAに向かって「言う」という動作をした場合(動作をする人を「仕手」と呼んでおきま...続きを読む

Q古典文法・敬語と補助動詞について

敬語と補助動詞の区別がいまいち理解できません。
どう区別すれば分かり易いでしょうか。
お願いします

Aベストアンサー

こんばんは、疑問はつきませんね。

さてご質問の件ですが、たぶん敬語法のお勉強をなさっているのでしょうね?敬語の中で、本動詞・補助動詞の区別が分かりづらいと言うことだと思います。

現代語でもありますよ、ケーキをください。(「ください」本動詞)
駅まで送ってください。(「ください」補助動詞)

どちらも「ください」です。元々は「ちょうだい」という意味でしたが、その意味が薄れ、丁寧の意味を添えるだけになってしまっています。「駅まで送ってね」という意味になっています。

古典の敬語法の本動詞と補助動詞も同じで、
衣を給ふ (本動詞)     歌を作り給ふ(補助動詞)
「給ふ」は元々「くれる・いただく」という意味の敬語でしたが
その意味が場面によっては、薄れてしまって「なさる」という
敬語の意味を添えるだけになってしまっています。
見分け方は、上に動詞があるかどうかです。また、敬語はとりあえず
その動詞をすべて暗記しなくては始まりません。大変ですが
頑張りましょう。

Q古典の敬語表現について

二方面の敬語表現について、尊敬語の次に謙譲語が来ないのはなぜでしょうか?

Aベストアンサー

それはほとんど、日本語の成り立ちを訪ねているに等しい、ということですか?

もっとシンプルに考えれば、
   ~なさる は最後に来て当然
だと思いますよ、日本語として。

どんな人のどんな行動でも、最後に ~給ふ(なさる) と付けておけば、敬意を払っていることになるのです。
私が、文の最後に ~です と言うのと同じ理屈です。できます を ましできる と言ったらおかしいでしょう?

尊敬語と謙譲語を、何か英語のcanとwillみたいな同列に考えていると、順番が
   尊敬語→謙譲語 でも
   謙譲語→尊敬語 でも
意味を付加するだけだから同じ、と思ってしまうのかも知れませんが、意味を付加する順番を考えれば、
   参り給ふ
の語順以外ありえないとわかると思いますよ。
   いらっしゃい 申し上げる
不自然でしょう。

まるで
   行ってあげる ことを してさしあげる
というような、「敬意を受けている人が無理矢理へり下る」という困惑を覚えます。
   行かせていただく ことを なさる
というように、「へり下っている人が敬意も受けている」という方が、自然です。

単純に 上げて下げる と 下げて上げる はプラマイゼロで同じ ではない のです。最初に上げてしまうと、次下げられなくなる、という説明でいかがでしょうか。


もし何か具体的に こう言えないのはなぜですか というのがあればお答えしますよ。

それはほとんど、日本語の成り立ちを訪ねているに等しい、ということですか?

もっとシンプルに考えれば、
   ~なさる は最後に来て当然
だと思いますよ、日本語として。

どんな人のどんな行動でも、最後に ~給ふ(なさる) と付けておけば、敬意を払っていることになるのです。
私が、文の最後に ~です と言うのと同じ理屈です。できます を ましできる と言ったらおかしいでしょう?

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   尊敬語→謙譲語 で...続きを読む

Q古典:尊敬語、謙譲語の活用方法がわかりません!

まず最初に・・尊敬語や謙譲語(給ふや承る)には、動詞のように活用はありますか?

それで教科書に給ふの活用が載ってて覚えたんですが、テスト時にこの尊敬語を文に合うように変化させなさいっていう問題があって、やったらまったく合っていませんでした。
文章のドコを根拠に活用したらいいか、教えてください。

Aベストアンサー

「動詞のように」というか、動詞または補助動詞そのものじゃないですか。それらの品詞をいったい何だと思っていたんですか?^^;

普通の動詞の活用規則で考えてOKです。(自分で辞書ひきますか? それとも全部教えてほしいですか?)

ただし「給ふ」は注意する必要があります。
尊敬と謙譲の場合で活用がことなります。尊敬と謙譲を間違えたら重大です。まるで反対の解釈になってしまします。ですから試験問題の格好の対象となるのですね。

2段階で憶えましょう。

1.尊敬は四段、謙譲は下二段活用

尊敬は四段、謙譲は下二段活用なんです。これを知っているだけでも終止形以外のものが出たときに尊敬なのか謙譲なのかがわかります。
終止形(給ふ)が出てきたらどうすんの? って、これが幸いなことに、下二段つまり謙譲の終止形の用例はほとんどないのです。
まとめると
「給」+(は/ひ/ふ/ふ)であれば尊敬
「給」+(ふる/ふれ)であれば謙譲
となります。

2.「給へ」は接続をしらべる

ちょっとまった! 「給へ」はどうするの?
これだけは四段と下二段でダブっていますので、接続から活用形を判断するしかありません^^;
当然ですが、未然・連用であれば下二段なので謙譲、已然・命令であれば四段なので尊敬ですね。

※余計なお世話
ここまでで面倒! なんて思ったりすると(いや面倒なんですけどね)、ついついある誘惑にかられてしまいます。
それは、現代文を読んで上下関係が関係がわかっていれば尊敬や謙譲なんて簡単じゃん、というずっと昔から世の高校生たちを魅了する悪魔のささやきなんです。
確かに、学校の教科書主体の定期テストなどではそれでも点数が取れるかもしれません。しかし、センター試験や一流大学の試験なんかではそんな有名な文章なんてでてません。本番では役にたたないのです。険しい道を越した人だけが古文のサクセス・ロードを歩けます。

「承る」は謙譲しかないと考えていいです。

「動詞のように」というか、動詞または補助動詞そのものじゃないですか。それらの品詞をいったい何だと思っていたんですか?^^;

普通の動詞の活用規則で考えてOKです。(自分で辞書ひきますか? それとも全部教えてほしいですか?)

ただし「給ふ」は注意する必要があります。
尊敬と謙譲の場合で活用がことなります。尊敬と謙譲を間違えたら重大です。まるで反対の解釈になってしまします。ですから試験問題の格好の対象となるのですね。

2段階で憶えましょう。

1.尊敬は四段、謙譲は下二段活...続きを読む


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