いよいよ公開!ア・ゴースト・ストーリーのみどころ紹介!

日露戦争は日本の勝利でいいんですよね?

ロシア人の友達はロシアでは日露戦争はロシアが勝ったと教えられたらしく何がなんだかわからなくなりました。日本はロシアのバルチック艦隊を撃破しロシアの旅順陥落などほとんど日本の勝利だと聞いたのですが本当に正しいのでしょうか教えてください!

A 回答 (16件中1~10件)

もんちゃん!!



>明治天皇と日露大戦争

嵐寛寿郎ですか?古すぎますよ!
せめて坂の上の雲で説明してあげてください

でも負けていたら周りはシャラポアちゃんみたいな美人に囲まれていたでしょうね。
私も日本人もたぶん存在してないと思いますが
    • good
    • 0

海戦は、日本の完勝。

旅順攻略など、陸戦では日本側の戦死者が多いので、解釈しだい。
海戦直後に和平工作開始ですから、その外交戦略も含めて日本の優勢勝ち。
ロシアは、第二次世界大戦での対ドイツの対応でも判るように、序盤で押され、そこから巻き返して勝つのが手法。だから、もし戦争が長引いていれば、ロシアの勝ちだったといいたいのでしょう。
    • good
    • 0

二百三高地の時代ですか、あの頃はまだ武士の魂が有った頃ですから。


兎に角軍人が優秀でした、今の自衛隊だって世界に誇る軍隊ですから。
・明治天皇と日露大戦争・って映画を見るとよく分かるかな。
あの辺の戦争って中原の戦争で面倒の多い日本は入りたくないけど泣きつかれるみたいな感じですよね、日清戦争からの日露戦争だしゴチャゴチャの女帝が二人いましたからおかしな事に成ったんですね。
案の定朝鮮絡みです、清の西太后がアホですから直ぐに絡みたくなる、そこにロシアの三国干渉です。
兎に角日本は余り戦争したくないのですが引きずられてしまいます、その辺の重し補遺漫画が有るんですよ。
田川水泡ののらくろです、これを読めば南京大虐殺などふざけんなよってなりますから。
ロシアって国は清との戦争が覚め止まぬうちにですから卑怯者め~。
日清戦争で勝利して下関条約で多額の賠償金と土地を譲り受けます、遼東半島ですね。
これを各国狙ってくる訳です、ハイエナみたいなもんです。
日本はロシアに三国干渉で真に遼東半島を返せと言われ、泣く泣く返しましたがハイエナが租借地として借り受けるんだな。
それも今の国連常任国がですよ、アメリカ、イギリス、フランス、ロシア、ついでにドイツです。
その先は宗教団体義和団事件が有り西太后が支持して、ダメダメで負けて進は北京議定書で反植民地化が進むのです。
隣国の日本以外の国は各国引き揚げていきますが、なんか政策のロシアは満州に止まり占領してしまうのですね。
他の国には返せって言ったのにお前はなんだですよね、そうだそうだって言ったのがイギリスで日英同盟です。
そこで堪らずロシアは引き揚げる約束をするのですが約束を守らないんですね、今もそうですけど国民性なんでしょうか。
朝鮮半島迄狙ってきましたから日本と戦争になる訳ですが、なめて掛かったロシアが我慢できなくて負けたんですね。
日本もヘロヘロでしたが我慢勝ちです、そうです最後まで我慢したんですね。
    • good
    • 0

原爆投下まで、日本は負け知らずですよ。



ロシア(今は違いますが)や北はね。エジソンもライト兄弟もアインシュタインも、みーんな自国の英雄にしちゃってるのよね!

日本もね。大きな出来事は別として、例えば昔の酒鬼薔薇事件とか佐川さん辞任とか、英字新聞を読むと少しだけ、情報ズレてるのよね!

もしも、深ーく知りたい情報があれば、別の言語で情報取り入れるといいですよ。
    • good
    • 0

戦争の結果をみれば判ると思います。



ロシア領の南樺太は日本領となり樺太庁が設置され、
ロシアの租借地があった関東州については日本が租借権を得て、
関東都督府が設置されることになりました。

一方、日本は失ったモノはありません。

従って、日本の勝利です。

ノックアウト勝ちではなく、判定勝ち、という
ことですが、勝ちは勝ちです。


ちなみに、中国では日露戦争は教えていませんでした。

だから、中国人の知人に日露戦争の事を話したら
笑われました。

日本がロシアと戦争した?
あはは、そんなバカな。
勝った?
まさか。

信じさせるのに10年掛かりました。
    • good
    • 0

”ベルリン陥落”のような明確な場合を除き


戦争の勝敗は両国とも”自国が勝った”ことにする例が多いです。
”負けちゃう”と為政者は責任を取らされるのです。
    • good
    • 0

日本の勝ちは譲れないところですが、少なくとも日本が負けたと言える戦争では有り得ません。



ただ、ロシアが負け惜しみ的に、「ロシア側に『負けた』と言える被害はなかった」などと言うのは、ロシア側の勝手です。
    • good
    • 0

誰も、日本がロシアに負けた、などと言ってるわけではないのに、日露戦争では日本が勝ったと教えているのに、どうして自虐史観云々というアホが出てくるのか理解に苦しみます。


なんでもかんでも自虐史自虐史言いたいだけなのでしょうね。
    • good
    • 1

黒を白という呆れた論理です。

回答にも自己卑下的なものが多くみられます。

世界はこれをどう見たのか、それがその後の世界にどう影響したのかを見る
必要があります。

それで世界の見方の代表例として英語とドイツ語のWikiの主要な点をを紹介
します。反論する時に必要でしょうから原文もコピペしておきます。
訳はいずれも拙訳です。
英語Wiki
ロシアは日本に対し度重なる敗北を重ねた、しかし皇帝ニコラウスはロシアが
勝利することと戦争を継続することを望んだ、最初に然るべき海戦*の結果を
待った、その後屈辱的な平和を回避することでロシアの権威を守ろうとした。
戦争はアメリカ大統領セオドア・ルーズベルト大統領の仲介によるポーツマス
条約により終わった。日本軍の完璧な勝利は世界中の観察者を驚かせた。帰結は
東アジアの力バランスを変え、日本の世界の舞台への再評価を結果としてもたら
した。あるアジアの力が一つのヨーロッパの力に近代に於いて軍事的な最初の
勝利であった。哲学者は今なほその戦争の歴史的な重要性を論じている。
* バルチック艦隊の勝利(訳注)
<Russia suffered multiple defeats by Japan, but Tsar Nicholas II was
convinced that Russia would win and chose to remain engaged in the war;
at first, to await the outcomes of certain naval battles, and later to preserve
the dignity of Russia by averting a "humiliating peace". The war concluded
with the Treaty of Portsmouth, mediated by US President Theodore Roosevelt.
The complete victory of the Japanese military surprised world observers.
The consequences transformed the balance of power in East Asia, resulting
in a reassessment of Japan's recent entry onto the world stage. It was the
first major military victory in the modern era of an Asian power over a
European one. Scholars continue to debate the historical significance
of the war.>
https://en.wikipedia.org/wiki/Russo-Japanese_

独逸語Wikiです。
露日戦争は、1904年2月日本帝国海軍のポートアルセイユ港(旅順港)への攻撃に
始まり、1905年の夏一連のロシア帝国側の損失の多い敗北で終わった。アメリカ
合衆国の仲介の下で取決められた1905年9月5日のポーツマス講和条約で、アジア
人のヨーロッパ巨大国家に対する100年来の初めての意味のある勝利を確定させた。
<Der Russisch-Japanische Krieg begann im Februar 1904 mit dem Angriff
des Japanischen Kaiserreichs auf den Hafen von Port Arthur und endete
nach einer Reihe verlustreicher Schlachten im Sommer 1905 mit der
Niederlage des Russischen Kaiserreichs. Der unter US-amerikanischer
Vermittlung ausgehandelte Friedensvertrag von Portsmouth vom 5.
September 1905 besiegelte den ersten bedeutsamen Sieg einer asiatischen
über eine europäische Großmacht seit Jahrhunderten.>
https://de.wikipedia.org/wiki/Russisch-Japanisch …

つまり戦いと云うものは、ゴングが鳴った時点で、勝ち名乗りを受けた者が
どんなにヘロヘロであろうが勝者であり、歴史にそう記録されるのです。
その後の経過、ロシア帝国の崩壊、日本帝国の勃興を見ても明白な事実です。
これは当時虐げられていたアジアの人々に勇気と希望を与えた事実でも有ります。
(ただし、これはいわゆる副産物です。日本が狙ったものではありません。
誇大に宣伝するのも考え物です。)
    • good
    • 1

ある意味日本の勝利で正しいかとは思いますが、正確には日本有利な段階で講和が成立した、その時点での勝利ってことじゃないですかね。

講和の結果得られた租借地や権利などを見ると日本が勝ったように見えますが、賠償金をとったわけでもないし。
 勝った勝ったといわれている戦闘(戦争ではない)でも、少なくとも陸戦では予備戦力は使い果たし、銃砲弾は枯渇に近い状態です。対するソ連軍は動員可能な予備軍が100万単位で残っていますし、銃砲弾に不足したという話も聞きません。講和時点では以降の戦闘継続が不可能な状態になっていましたから、仮にポーツマスでの講和が不調に終わったとしたらその後の会戦で日本は極めて厳しい状況に陥ったものと思われます。

 ロシアのお友達にしてみれば、「アメリカが止めに入ったから途中でやめただけで、そのままやってれば勝ったはず」が「勝った」になったのではないかなと思います。
    • good
    • 0

お探しのQ&Aが見つからない時は、教えて!gooで質問しましょう!

このQ&Aを見た人はこんなQ&Aも見ています


このQ&Aを見た人がよく見るQ&A

人気Q&Aランキング

おすすめ情報