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他人のために頑張るとは?

私は個人競技をやっているのですが、強くなって勝つために自主練習をしています。誰かのためにではなく、自分のためです。

昨日友人3人(A、B、私とします)とお話しした際に、Aさんが『人間って自分のために頑張るには限界があって、最終的に一番頑張れるのは誰かのために、って思うことだよ』と言っていました。

するとBさんもそれにかなり共感していました。

考えてみると、私は他人のために頑張るというような経験は、競技のほかにも今まで一度もないと思います。
私からするとなんで私の人生なのに他人のために頑張らなければならないんだ、と思ってしまいます。

仕事も誰かの役には立っていますが、やはり結局は自分の給料のために働く、といく気持ちが大きいです。

一般的に、自分のために頑張るものではないのでしょうか?
他人のために頑張れば、何かが向上したりするのでしょうか?

ご回答お願いします。

A 回答 (6件)

自分や他人の為でもどちらでも同じじゃないか・・。

でも、
周囲を見てきて、自分の為に頑張って独学で有名な大学に入られ、親のお金じゃなく
奨学金といっても高レベルのものを獲得しました。貧乏生活を十年以上続け、
その後、大学の教諭になりましたけど、結果的に、周囲に良い影響を与えてます。
82歳でまだ教えています。その方の場合、自分の為であると同時に皆のためにも
なっています。他人の為に頑張ってきたんではなく、あくまで自分自身の為です。
私の考えはどちらかというと自分の為であるほうがいいとは思います。
他人のためだと、色々精神的負担がのしかかってくる気がします。
またあなたの為に頑張ったのにと、依頼心も強くなる気がします。
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個人競技では自分のために頑張るのはおかしくはありません。


あなたが上達するのに支えてくれた人には感謝します。
チームで行うことは自分の為、みんなのために頑張ります。
AさんとBさんが言ってるのは人生のことです。
自分の利益のために頑張っても限界があります。
ある程度自分を向上した人は他人を指導したり支えることで更に向上します。
例えばイチローさんは今は自分を高めるために頑張っている。
引退したら野球を目指す人達のために頑張るでしょう。
次の世代のためにね。
一定レベルまでは自分を高めるために頑張る。
技術知識をマスターしたら頭打ちになります。
次は人のために頑張ると更に技術は上昇します。
人のために頑張れる人は自分も他人もよくなるということです。
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一般的に、自分のために頑張るものではないのでしょうか?


  ↑
その通りですが、他者の為、という
ことになるともっと頑張れます。




他人のために頑張れば、何かが向上したりするのでしょうか?
  ↑
自分だけの為、というのは動機付けが
弱い場合があるのです。
自分の為なんだから、苦しかったら適当に
サボれば、ということになりがちです。

ところが、家族の為、大切なモノのため、と
なると、そう簡単にサボれません。

オリンピックでマラソン二連覇した
アベベ、という選手は
「愛国心が無ければこんなに頑張れない」
と告白していました。
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ここで言う「他人」とは、不特定多数の「他人」ではなく、特定された「他人」です。


例えば、あなたは個人競技をしていますが、
その競技の「コーチ」が、ものすごく丁寧にあなたを指導し、これまでの記録を飛躍的に伸ばしてくれた、とします。
このことに貴方は深く感謝しています。
貴方が大きな大会に出て、ゴールがまじかに迫っているのに物凄く苦しくて倒れそうになった時、ふと「コーチ」の顔が浮かび、「ここで倒れたらコーチに申し訳がない。コーチのためにも頑張らねば」と奮い立ち、ゴールに飛び込んだ。
これが、「誰かのためにがんばる」という実例です。
いろんな場面で、奥さん、おかあさんなど最も身近な人のために頑張る事はよくあることです。
仕事でも、上司からつらく当たられて、本当に仕事が辞めたくなった時、「いやいや、ここで短気を出したら妻や子供が路頭に迷うことになる。家族のためにも、ここは我慢して頑張らなければ」というのも、よく聞く話です。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。

その例はたしかによく聞きますが、私のチームにはコーチがいませんし、まだ独身ですので私自身その経験はありません。
正直、子供や配偶者がいても自分優先にしてしまいそうで怖いです。
実際に守るべき人がいればそうなれるのでしょうかね。

自分で自己中心的なところがあるとは自覚しているのですが、やはり普通と少し違うのかと思ってしまいます。

お礼日時:2018/04/10 17:51

自分の卒業した高校は仏教の高校だったこともあり、日頃から「自利利他」のことを言われてました。



「自利利他」とは自らの為に修行し努力することと、他の人の救済のために尽くすことを
「同時」に行うこと。

そうすると、自らの努力により得たものを他人にも還元する、他人の為に動くことで自分も成長し何かしらのものを得るという考え方です。
まぁ、今の自分を見返して実行できてるとは思えませんが…(-。-;
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。

自利利他、ですか。
素晴らしい考えだと思いますが、自分の努力の他に他人の救済のために尽くせるようにするには、相当な余裕と気力が必要そうですね、、、。

お礼日時:2018/04/10 17:44

はじめまして。



僕は、Aさんの言うこと、「他人のために頑張る」・・・そうなかぁ???って思います。

結局、皆、自分のため、自分のことで精一杯、自分のことで限界だよ。

Aさんみたいな人は、そういう人ほど、自分のことが出来ていない、意外とね。

じゃあ、「私(貴方)は、貧乏だから、頑張っても生活苦だから、私のために働いて頑張って!」って言ってみると、絶対に断ってくるから。
言い訳は、「 私(A)も自分のことが出来ていないから、また今度ね」とか。

結局、「人なんか信じてはいけない(家族を除いて)」と、僕は、思っています。学生の頃は、他人を当たり前のように信じていました。

でも、社会に出て、その逆でしたね。

受験の時の話だけど、いちいち、僕に、「ああすればいいじゃん、こうすればいいじゃん」とか余計なことを言ってきた奴がいたけどさ、その通りにしなくてよかったよ。

だから、受験にも自分の思い通りに、満足の行く結果になったしね。

そんな奴の言うことを聞いていたら、今頃、すごく後悔していると思うし、どうせ、今なんて、会いもしない、責任なんてとってくれないんだから。

まあ、受験を例にとったけど、お金なんて、貸しても返ってこない、仕事の人間なんて、信じられない、ようは、他人のことなんて、信じられないし、何で、そんな人達のために頑張らなきゃいけないの?という思いです。

僕の考えですけどね。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。

私も、結局はみんな自分の事で精一杯だと思います。
やはり自分を信じて行動するのが良いですよね。。

お礼日時:2018/04/10 17:40

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