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世界の富の95%は上位5%の人が握っていると良く聞きます。
大半はお金や債券など電子的な情報に過ぎず、本質的に価値がないような気がするのです。
仮に、全員の資産を没収して全員に再分配した場合、社会全体での効用といいますか幸福度はどの程度上がりますか?

この質問をしますのは日本でも高齢者が殆どの資産を持っているという話がありますが、現金で持っています。仮にそれを放出したとしても生産性が上がり富が増えるわけではありませんので、現金の所有には偏在が存在するが、それ自身が生産性には影響してない気がするのです。

経済は苦手で、ちょっと上手く言い表せないのですが、
世界の富の95%は上位5%の人が握っていると良く聞きます。
の議論には何かおかしな物を感じるため質問させて頂きました。

A 回答 (7件)

生産力、生産性という言葉を、どのような意味で使われているのでしょうか。


wiki
生産性とは、経済学で生産活動に対する生産要素(労働・資本など)の寄与度、あるいは、資源から付加価値を産み出す際の効率の程度のことを指す。 一定の資源からどれだけ多くの付加価値を産み出せるかという測定法と、一定の付加価値をどれだけ少ない資源で産み出せるかという測定法が在る。  【生産性=アウトプット/インプット】 
生産性には何を基準に置いて評価するかによって幾つか種類がある。これはインプットとアウトプットの対象によって、生産性という言葉の意味が異なるためである。① 資本生産性:資本(機械・貨物自動車等の設備)1単位に対してどれだけ価値が産めたかを指す。② 労働生産性:労働力(単位時間当たりの労働投入)1単位に対してどれだけ価値を産めたかを指す。 ③ ④ ⑤ ⑥ ⑦……⑳全要素生産性(TFP):上記の①~⑲項の生産性を含めて、全投入要素1単位に対してどれだけ価値が産めたかを指す。
原子力発電や太陽光発電、水力発電なども、多くの場合、消費電力量に応じて給電量を調整しますが、その給電量の時々刻々・日々・月々の変動に対して、資本や労働力、購入資材や原材料の購入量を増減することは、あまりないです。 多くの化学工業は装置産業と呼ばれることもある業種です。おそらく、原材料やエネルギーと触媒以外の労働力や設備装置は増減と関係なく、製造物産出量は数割の増減は容易でしょう。 いわゆる社会インフラの一部である物流関係も船舶、港湾、鉄道、道路、車両、運転操作要員や保守要員を増減させることなく[取り扱い日量・月量]の数割の増減は可能でしょう。 卸売業や小売業でも、営業時間や要員・店舗倉庫などを増減させることなく[取り扱い日量・月量]の数割の増減は可能でしょう。 教育、医療、行政、情報通信報道などのサービス分野でも、似たような者でしょう。
個人別に比較すると生産性の高い人・低い人がいるのは確かだと思うのですが、また機械装置でも効率の高いもの低いものがあるのは確かですし、企業組織のような有機体システムにもそのようなシステムを比較して評価すると反応性や目標達成度合いのような面で、レベルの高い低いがあるのも確かです。 しかし、そうであっても、実際のアウトプット・産出量・実現量というのは、固定的ではなくて、大きく変動するものです。 もしも、【生産性=アウトプット/インプット】で定義する・計測すると、インプットはさほど変わらないのに、アウトプットは大幅に変わる⇒生産性は大きく変わるのが、実際に起きていることです。

おそらく、日本の現状で、いわゆる実労時間は変わらずとも、設備装置や店舗、運送装置や車両の稼働時間は変わらずとも、生産量、物流量、販売量、売上高の数割の増減は、個々の事業所、企業でも可能だし、日本全体でも可能でしょう。 もちろん、取扱量・販売量の増加が見込めれば一層の事業拡大に対応可能なように設備更新や増強、従事者の変更や増員も考え実行したり、取扱量・販売量の減少が危惧されれば事業縮小の方向で事業所や従業者の見直しや固定費削減に向けて検討実行することもあると思います。 しかし、そのようなインプットの見直し量は、アウトプットの変動よりもかなり少ないものです。 常識的にも現実にも、【生産性変化量=δアウトプット/δインプット】はかなり大きいです。

> 人々は必要な物は自分の生産能力に応じて限界まで、必要なだけ手に入れている

たぶん、そうではないと思います。 「欲しいと思うものを、欲しいと思うタイミングと量で、可能量を手にする」ケースが多いのだと思います。 なにをいつどれだけ欲しいと思うのかは、その人のいろいろの事情で変わります。 2歳児、15歳、20歳、30歳、60歳、80歳、90歳、男女、健康、志向や嗜好でも違いますし、それまでの習慣や経験、付き合っている仲間たちの状況、あるいは自由に出来る金の持ち高にもよります。 逮捕されたゴーンさんは、軽自動車や自転車、発泡酒を買いたいとは思わないかもしれません。 75歳以上の後期高齢者で自動車や自転車を買おうとする人は減っていきます。 金融資産3000万円以上の個人や核家族を調べても、年齢65歳以上だと年間の消費購入総額が400万円を超える人は少なくなっていると思います。 不動産収入や投資からの稼ぎが年間1000万円を超えていても、年齢65歳以上だと年間の消費総額が500万円を超える人は少ないでしょう。 消費行動には、個人を巡る多くの事情が絡まっています。 20歳~45歳くらいまでならば、男女とも、年間収入額の20%近い金額が一時的な所得として入手できたり、年収が10%近く増加することになったら、その増加額の1/4~3/4くらいは、消費か投資に使うのではないかと思います。その社会を構成する人の30%近い人が、年収の10%増の1/2を追加購入に回すと、(それがその社会の平均所得の50%ライン層という低所得層だとしても) その購入に売る人や組織は売上も上がりますが、仕入や仕事が増えます。その仕入や仕事の増加に対応して、何かを売ったり仕事をする人や組織も経済活動が増えます。そうした経済活動の連動・連鎖が次々と起きます。
また、4時間のコンビニバイトでも、対応出来る顧客数や販売点数や売上額、商品整理の数には大きな幅があります。能力には限界があるには違いないですが、実際に扱っている量は、能力の限界のはるか下の量であるのが普通です。 企業の経理や総務、あるいは管理監督者、技術者、あるいは倉庫入出庫係、フロアの作業員でも、多くの場合、かなりの変動は容易に対応可能です。

> 仮にお金が増えたからと言っても生産能力を上げる方法がないため商品が不足してインフレになる。

週間、月間、季間、年間の購入・販売・売買量・物流量・生産量が増えるのに、生産能力の増加は必要不可欠条件にはなりません。
人類という中で個々人を見ると、おそらく、1850年、1900年、1950年、2000年で、それほど資質には変わりのない個体が生まれ成長していると思います。1960年、1970年、1980年、1990年の生まれで、それぞれの受けた教育や成長期の社会環境は違っていますが、さほど能力差があるとも思えません。(スマホやゲームへの慣れなどは大きく違うし、情報機器の取扱に対する心理的親疎には違いが大きいでしょうが、識字、会話、操作、監視などの労働によって何かを移動加工変質保管生産消滅などさせる能力面では大差ないでしょう)
この下のURLに、一人あたりの(日本の名目GDPの推移)(日本の実質GDPの推移)の1980年からのグラフがあります。1980年は、1960年生まれが20歳になったときです。
http://ecodb.net/country/JP/imf_gdp2.html
私には一人あたり生産性が年々上昇しているように見えます。(落ち込んだときもあるように見えます)

生産を(日産、月産、年産)のような期間指標で見るなら、人の個人能力や機械装置の最大能力、システムの最大処理能力とは関係なく、経済活動を活性化させれば、生産は増えます。
多くの場合、購入が増えそうだという見込みを持つとその期待によって経済活動活性化の動きが強くなります。

世界の富の大半を持つ人々が物財やサービスをこれまでよりも多く購入しそうだという見込みが多くの人にもたれれば、その期待によって経済活動活性化の動きも強くなると思います。 しかし、そういう見込みを多くの人が持つ可能性は低いと思います。
貧困にあえぐ・生活が苦しい?と思う人々は結構います。そいう人は、どうも稼ぎ手の1/3以上にはなるようです。
https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/k-tyosa/ …
図13、図14、表11、図22、図23
そのような世帯、人々の場合、何かの幸運で、所得が、名目で数十万円増えるということになれば、その総額は相当なものに期待されます。 仮に、5000万世帯のうち1500万世帯に各20万円となると、3兆円ほど必要になるのですが、日本の家計の総金融資産は1800兆円ですから、10年連続で毎年3兆円を大資産家から巻き上げて貧乏世帯にばらまいたところで、大資産家の一部が怒る程度で済むでしょう。 底辺から1500万世帯に各20万円となると、年収が10%ほど増えた計算になると思います。貧乏世帯は少しは楽になり購入が増えます。その貧乏世帯が使った金が順番に次々連鎖連動すれば、経済はかなり活性化する可能性は高いと思います。 
( なんども言いますが、生産性の壁とか限界などは関係ないです ) 
経済がかなり活性化すると、大金持ちや投資家は一層儲ける機会に恵まれるので、また一段と金持ちになるというようになっていく可能性は高いと思います。
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> このように考える場合、どのように思われますか?



いや・・。
まず、質問が変わってることに、お気づきでしょうか?

すなわち質問は、「幸福度はどの程度上がるか?」であって、「生産性が上がるか?」ではないでしょ?
むしろ、生産性に関しては「変わらない」と言う「前提」で。
従い、富を平準化することにより、「生産性が変わるか?」であれば、考えるまでもなく「変わらない」ですよ。
ただ、それはあくまで計算上の話であって、先の回答にも書いた通り、社会主義的な考え方なので、現実には、恐らく生産性の低下を招きます。

あるいは、「生産性=幸福度」と言う考え方なんですかね?
そこが、かなり違ってるんじゃないでしょうか?

少数を犠牲(不幸)にすることで、大勢が豊かで幸福になるなら、「幸福の総和」は拡大する方向で、生産性の拡大も期待されますよ。
コチラは経済学と言うより、経営学的な「モラール」とか、政治学,幸福論などの話ですが・・。
簡単に言えば、「ヒストグラムの最大分布付近を幸福にすること=幸福の最大化」で、実際にも日本が「一億総中流」と言われた高度経済成期あたりが、生産性も著しく向上した時代でしょう。

それと、インフレに対する考え方も、決定的に間違ってますよ。
景気対策の基本は、インフレ誘導が多い訳で・・。
質問者さんのミクロで考えた結果が、インフレを招くのであれば、どちらかと言えば、「生産性を上げる操作」そのものです。
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> 幸福度はどの程度上がりますか?



定量化は難しいですが、結構、上がるんじゃないですかね?

マクロモデルを考える場合、まずミクロで考えてみれば?
たとえば、20人くらいの会社で、1人のオーナー社長(5%)が、給与財源1億円の90%を占有している様な状況。
すなわち、社長は年収9千万円ですが、従業員の年収はわずか50万円です。
ちょっと有り得ないシチュエーションですが、それは無視しましょう。

仰る様に、生産性が変わらなければ、給与財源は1億円のままで、これを21人で平準化して分配すれば、一人あたり約476万円。
社長の所得は約20分の1となり、不幸のドン底かも知れませんが・・。
しかし、従業員20人は、所得がほぼ5倍で、大喜びです。
平準化により、幸福度の総和は、かなり大きくなりそうでしょ?

また、毎年9千万円も使い切れるかどうかですが、476万円なら、充分に使い切れる金額であり、ストックからフローに転換しそうです。
給与財源1億円の一部がストック化していたものが、ほぼ全額、フローになれば、経済の活性化にもなるでしょう。

ただ、現実には、これじゃ社会主義で・・。
社会主義が理想主義的でもある理由であって、現実は競争原理や市場原理を作用させないと、生産活動自体は停滞しちゃいます。

とは言え、富の著しい偏在は好ましくなくて、そこそこ公平な分配が行われる状態が最善じゃないでしょうか?
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この回答へのお礼

給与財源を10億円。このようにすると社長は9億円。社員は500万円。
これであれば日本の実情(社員の給与水準が同程度という意味で)にあっているかと思います。


社長といえどもそんなに無駄遣いしないと仮定すると年間1000万円利用。(お金持ちだと言っても使えるお金には限りがある)
社員は500万円利用。
この場合、社会での消費金額は1000万+500万×20=1.1億円
これがその社会に置ける生産力だと思うのです。

社員の給料は4800万円になりますが、生産性を上げる操作は何もしていませんので、社会で生産する商品やサービスなどは同数量。
そうなると、社員の給料が約10倍になれば物価も10倍になる。
このように思うのです。

勿論、社長がため込まず全員分の給料分を消費していれば、社会の生み出す生産能力はそれだけあるわけですから、物価は変わらず維持されるので社長以外はハッピーになれると思うのです。

マクロでしか考えていませんでしたが、ミクロで考えることで私の感じている疑問がハッキリ気がしたと思います。

このように考える場合、どのように思われますか?
結局の所、お金に価値があるわけではなく社会の生み出す生産性がどの程度あるか?この部分が本質的に重要なのではないかと思うのです。
勿論、現在の世界情勢を見ると食べるのにも困る人がいますので歪みは大きすぎるのですが、マクロで全体を眺めると言うほど意味がないのではないかと思うのです。

お礼日時:2018/11/21 23:56

一応経済学部卒業ですが、勉強してないので、専門知識はないです。

 ただ、面白そうな話題なので、悪のりさせていただきます。

①オレオレ詐欺で、高齢者のタンス預金や銀行預金から数千万円をだまし取ったとすると、だました側は首謀者も使いっ走りも、金回りがよくなって、その数千万円のうち1千万円くらいは、何かの購入やサービス利用に使用します。その1千万円は経済活動になったことになります。仮に高齢者のタンス預金や銀行預金のママであれば存在しなかった経済活動です。 上位5%の人が握っている世界の富の95%(総額x兆円)を没収して、下位60%の人々に再分配すると、おそらく、x兆円のうちの1/5~1/3くらいは、住宅購入リフォーム、住宅機器更新、自動車購入、衣服購入、食品購入、旅行、医療や娯楽、教育などに使用され、その分は経済活動が増え、また盛んになるだろう需要を見込んでの投資活動が盛んになるでしょう。 上位5%の人が握っている世界の富の95%(総額x兆円)を没収しないとすると、たぶん、そうした経済活動や投資活動は創出されないでしょう。また上位5%の人が全ての資産を没収されたとなれば、その人々がそれまでしていた消費や購入、投資はできなくなり、減少します。ただ上位5%の人の行動消失のよる経済活動の減少は、没収再配分されたx兆円のうちの1/5~1/3が経済活動に回るものよりは小さいでしょう。 結果的に言えば、経済的富が大きく偏在してほぼ固定化している状態では、大きな富を保有する者がその持てる富で経済活動を増やす効果は減少する傾向があり、富が少ないために欲望を抑えざるを得ない者に富を分配した場合、その分配した富の1/5~1/3が消費的に使用されることで増加するのであっても、その経済効果は大きくなる傾向があり、一人1千円の富増加では効果はないものの、一人1百万円の富増加だと相当の経済効果が出るということだと思います。
絶対王政で君主とその周辺に富の大半が集中してしまった状態と、君主と富裕者の富を没収してその没取した富を10%~20%程度の多数の人々に分配して自由経済・競争経済にした状態では、後者の方が経済は活性化するでしょう。

②「日本でも高齢者が殆どの資産を持っているという話がありますが、現金で持っています。仮にそれを放出したとしても生産性が上がり富が増えるわけではありませんので、現金の所有には偏在が存在するが、それ自身が生産性には影響してない気がするのです」
《仮にそれを放出したとしても生産性が上がり富が増えるわけではありませんので、》
放出するという言葉でどのような状態を言っているのでしょうか。預金口座の残高が、A氏からB氏に移転するだけならば、総体の富は変わらないし、それで生産性が上がることもないと思います。 A氏とB氏で、預金や現金の使い方/使わない方(?)が同じということはまれです。 何かしらの違いがあるものです。 海外預金にする人、株や通貨・為替の相場で運用し資産額の増加に熱心な人、タンス預金に励む人、不動産投資で稼ごうとする人、少しは良い生活や娯楽をするために金を使う人、etc 
日常的消費財にしろ耐久消費財、医療教育娯楽饗宴などのことにしろ、生産設備増強更新、インフラ整備にしろ、金を使うということは、金を稼げる機会と量を増やすことになるので、経済活動は増え、活発化すると思います。 生産性(産出/投入の比率)が高まるか、低下するかは、なんとも言えませんが、産出も投入も総量は増加すると思います。

③「限界効用でも同じ?」
限界効用を気にしていることがよく分かりません。 年収200万円の人と、年収2000万円、年収2億円の人で、収入の増減10万円の効用は、年収が増えるほど減る傾向がありそうな気がします。(案外、年収2億円の人が収入減の効用は強かったりするかもしれませんが) 限界効用って、特定のことを考える際に便利な前提を作るのに役立つとは思いますが、実際の経済行動や社会を理解する上で、あまり役立つことはないような気がします。

④「世界の富の95%は上位5%の人が握っていると良く聞きます。の議論には何かおかしな物を感じる」
言いたいこと?、述べようとしていること? おかしく感じていること? が、なんなのかが分かりません。 《の議論》というのは、例をあげると、どのような議論のことでしょうか。
https://www.cnn.co.jp/business/35059203.html
この上のwebには、次のように書かれています。
「今回の推計によると、1%の富裕層が握る資産が世界の富に占める割合は、2009年の44%から、14年は48%に増加した。このままのペースが続けば来年までには50%を超す見通し。~~中略~~
オックスファム幹部のウィニー・ビヤニマ氏は、各国の首脳に対して広がる格差問題への対応を呼びかける方針。"富裕層とそれ以外の層との格差は急速に拡大しつつある""より公正で、より豊かな世界の妨げとなっている既得権者に立ち向かうべき時だ"と指摘している」
これを議論の一つの意見だとすると、「格差が広がることを止めるorより豊かな世界を創るための妨げになっている既得権者に立ち向かうこと」を述べているのですが、私には「おかしなもの」は感じられません。
「人は誰でも競争に同じような参加条件に近いものを請求する期待や希望があるものだ」と私は思うので、「富裕層の子は富裕層、それ以外の層の子はいつまでも富裕層にはなれない & 富裕とそれ以外は隔絶していく」というように認識した人が、格差の原因となっている資産保有に関わる現在社会のあり方にプロテストするのは、自然な流れだと感じています。

道徳的?見地からすると、どういうことになるのか分かりませんが、百姓一揆、打ち壊し、市民革命、ロシア革命のようなこと、あるいは、政権転覆の武力行使のようなものも、現状や金持ち・権力に対するむかっ腹の暴発のようなものです。こうした暴発や、「ストレスが溜まったので、だれでも良いから殺したかった」という類いが増えるのは、芳しくないと思った場合、取り締まりを強化するとか、治安対策、道徳教育や法遵守教育、宗教教育という手をするよりは、経済社会の活性化・再活性化を図った方が効率も良いし効果が長続きするということはあると思います。
独禁法や不正競争防止法というのもあるように、経済立法で、相続の制限、最大所有資産制限をする、非流動資産保有制限をするなどの方法でも、社会の資産を流動化させる手法はあると思います。
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この回答へのお礼

回答いただきありがとうございます。

当方化学科で経済を習う機会が殆ど無く、非常に興味深い内容でした。#5のお礼欄でも書いたのですがかなりシンプルに考えていました。

何度か読ませて頂いたのですが、今のアベノミクスにも通じるような気がしたのですが、社会の生産性は実際にはまだまだある。しかし、お金が広く分配されていないため、生産能力を十分に引き出すことが出来ていない。こんな感じでしょうか?
確かに絶対的にお金が足りてない人が多ければ分かる気もします。例えば、お金が無い人にお金を配り彼ら自身の生産能力を高めるなど。グラミン銀行などその様な感じに見えます。

ただ、日本にいるからそう感じるのかも知れませんが、人々は必要な物は自分の生産能力に応じて限界まで、必要なだけ手に入れている。仮にお金が増えたからと言っても生産能力を上げる方法がないため商品が不足してインフレになる。このように思うのです。特に今の日本ではお金が増えても消費する物がない為に誰もがため込む。結果的にいくらお金を増やしても物価もGDPも上がらない。こんなイメージがあったりするのです。

お礼日時:2018/11/22 00:16

>現金で持っています


それは第二次世界大戦前の話で、現在は全て預貯金や債権、株式などに代わっていますから、社会にちゃんと回っているのです。
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この回答へのお礼

回答いただきありがとうございます。預貯金の大半は国債、株式になっていますよね。
良く、富の偏在はダメだ。分配する必要がある!みたいな主張を聞くのですが、
例えば、ある程度のお金があれば、国債や株になっているでしょう。しかし、ある人が大量に持っている状態と全員が平均的に持っていたとしても生産性は一切変わらないのではないかと思うのです。本質的に富を分配する意味が分からない。こんな風に思っています。質問自体がちょと曖昧で分かってないところがあるのですが、富を分配したからといって富の生産性が上がるわけでなければ、富を分配したとしてもあまり意味がないのではないかと思ったりもするのです。

お礼日時:2018/11/19 23:46

これは英国社会の富の偏在(国家の富の80%は20%の富裕層が独占している)を調査で明らかにしたパレートのことを髣髴とさせますね。

パレートの法則は2:8の法則とも言われて、それが広く通用することが分かっています。たとえば売り上げの8割は2割の売れ口商品で稼いでいる、同様に売り上げの8割は2割の従業員の働きによる、住民税の8割は2割の住民が払っている、会議の8割は2割の人が主導権を握っている…などなど。

もしその不均等を無理やり均しても、自然とまた2:8に分かれていくそうです。それは、そうでないと機能しないからです。たとえば「売り上げの8割は2割の従業員による」という理由で大して貢献しない8割の従業員をクビにすると、実はその8割の従業員は出来る2割の従業員が活躍できるように下支えしているので、これがなくなれば機能しなくなるんです。残された2割が出来る従業員だけであっても、また自然とそれが2:8に分かれてしまうようです。

> 全員の資産を没収して全員に再分配した場合、社会全体での効用といいますか幸福度はどの程度上がりますか?
そんなことをすると、おそらく誰も頑張って働いて出来るだけ富を蓄えようとしなくなりますから、社会経済は停滞して発展せず、不況のどん底にはまり、国として立ち上がれなくなると思います。
みんなに均等に配分するというのは共産主義的であり、むかし「地上の楽園」と吹聴されていた北朝鮮と同じになります。働いた成果を均等に配分すれば、バカバカしくてみんな真面目に働かず、働いたフリをするとされています。
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この回答へのお礼

回答いただきありがとうございます。
確かにその懸念はありますね。しかし、戦後GHQにより日本の農奴は解放されましたよね。そして、そこからの経済成長は著しい物がありました。ソ連も革命から数年は資本主義どころではない経済成長でしたよね。
ただ、この場合には本来使われるはずの農地が一握りの人間に所有されており、ある意味でトップダウンでしか利益が上がらない構造にあったように思います。資本主義も行くところまで行けば、共産主義と同じような構造になっていたように思います。
しかし、現在のお金持ちのポートフォリオを見ると債券や株券が多くこれらは本質的に富を産むような物ではないですよね?そうすると、仮にこの富が仮に存在しなかったとしても、世界の生産性には差が生まれないのではないかと思ったりしたのです。

お礼日時:2018/11/19 22:33

仮に、全員の資産を没収して全員に再分配した場合、


社会全体での効用といいますか幸福度はどの程度上がりますか?
 ↑
全世界の富みが300兆ドルぐらいと言われて
いますから、それを世界中で分ければ、一人当たり
3万ドル弱ぐらいですか。
幸福度とは違いますが、目安にはなるでしょう。



現金の所有には偏在が存在するが、それ自身が生産性
には影響してない気がするのです。
 ↑
その通りですが、それが市中に出回れば
経済は活性化しますね。



世界の富の95%は上位5%の人が握っていると良く聞きます。
の議論には何かおかしな物を感じるため質問させて頂きました。
 ↑
富裕層からお金を巻き上げても
貧乏人が豊かになるわけではありません。

富の偏在が極端になると不満が増幅して
社会が不安定になる、
勤労意欲が無くなる、
倫理観が薄れてくる、

こういった問題だと思います。
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この回答へのお礼

回答いただきありがとうございます。

経済の活性化についてですが本当に起きますかね?
仮にですが日銀が全国民に1000万円ずつ裏付けなしでお金を配ったとします。(信用力を毀損しないよう今後二度と行わないと例えばですが憲法に明記するなど国民との堅い契約を行う)
この場合、勿論、経済の活性化は一時的には起きると思いますが、生産性があがらず預金残高だけが増えるわけですから、実際にはその生産力は変わらないわけですから、デノミの反対で物の価値が単純に0が増えただけ(インフレ)と言うことにはならないでしょうかね?

良く、富の偏在が問題になりますが、それを分配したとしても実際には経済が良くならないのではないかと思ったりするのです。

また、確かに仰るような悪影響が強くなりそうですね。

お礼日時:2018/11/19 22:40

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