
No.27ベストアンサー
- 回答日時:
たとえば画家は、その初心の時間を、名画の模写や、写生などをしてその技と目を培う事に費やしますが、ついには”自分の絵(その人固有の、その人にしか描けない絵)”に辿り着かなければ画家としては大成しないでしょう。
人生も同じで、その初心の頃には、様々な教えや考えに触れ、又経験を積み、人とはなんであるか、どのような人に成りたいのか、或いは人生の意味などについて考究するでしょう。そして同じく、ついには、”自分自身の人生”に辿り着くことが無ければ、その人生も満たされることは無いでしょう。
その様な境地に至る人がどれほどいるだろうか?ほとんどの人々が、迷いの生存に沈んだまま人生を終えるのではないか?このように思って二の足を踏んでも、道は実現しません。画道を志す人が、自分の目を信じて絵を描きものを見る様に、人生を完遂する道の完成を目指す人は、自分自身を信じて、歩むべきだと考えられます。
達成できる人はほとんどいないからと言って諦めるのなら、その道はその人にとって、その程度の評価でしかなかったのかもしれない。
他の人は関係が無い。他ならぬ自分自身に問うて、この道を歩んで後悔がないか?それに応えるべきであるでしょう。
その様であってはじめて、同じ志を持つ道友にも恵まれるでしょう。
No.25
- 回答日時:
感覚を研ぎ澄ます簡単に方法です
晴れた日に外に出たら太陽光が肌に当たるのを意識し続けるだけです
意識せずに太陽光簡単に肌に当たる感覚が芽生えたら感覚が研ぎ澄まされた証です

No.22
- 回答日時:
生存と言うのは形成された流れと空洞の輪郭であります。
何処から生まれたと言う出自は無く、無い故に認められる一切の可能態とエンテレケイアの中に起こる無数の時の流れに生じた渦と泡沫なのであります。人生の意味を考えると言う事は、生成と消滅を繰り返しながら組織化と崩壊をして変化し続けるこの世界の意味を問う事でもあります。
その意味とは、例えば画道を志した人が、どの様な絵画を完成したなら満足するのかと言うことと似ています。
人生を歩いて、どの様な人生を生き切ったなら満足するのかと言うことです。
人を完成して、満足を得る。人の完成とは一切無我のことであります。
心地は涼しく、質感は滑らかで、世界は明るく、振る舞いは温か。
その様な境地であることでしょうか。
その様な境地であることで、私は満足します。何によって満足するのかによってその人が何者かであるかが知られます。
不満こそが人生の推進力であると言う人も居るでしょう。しかしいつかはその人も完成するに違いない。歩めば辿り着くのが道であるからです。
この回答へのお礼
お礼日時:2020/02/21 19:46
ご回答ありがとうございます。
>人を完成して、満足を得る。人の完成とは一切無我のことであります。
その境地に達する人はいかほどおりますでしょうか。
大多数の人間は、目の前の苦楽に振り回され人生を終えていく気がします。
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この曲が鬱ソングだとは知らなかった、、、。