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文字を読んだり読書をしてるとき頭の中で自分の声が聞こえるのってなんでですか。
小さい頃からの疑問です

A 回答 (5件)

ちょこっと検索してみたら、8割の人が声が聞こえるらしい。

いや2割の人が聞こえないというほうが少し不思議な感じではあります。(私も聞こえる)
声は、自分の声と他人の声の時がありますね。なんかこう、こんな感じの人が話してるんだろうな、みたいな感じ。

この声ってのは10歳くらいのときに、ものごとを客観的に解釈したり、抽象的なものを理解したりするのに役立っているとかなんとか。そう悪いことではないようです。

ただ、大人になって”音読のクセ”が抜けきれないと、読む速度が遅いという弊害も出てくるようです。練習?すれば、声無しに読むことも?

テキトーな単語だけをひろって、だいたいこんなことが書いてあるんだろうなぁなどと勝手に解釈してることも、時々ありますが・・
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自分の声が聞こえるという感覚に、へぇ~そうなんだ、と思いました。


でも、外から耳に入って聞こえる感覚とは違いますよね。
私は頭の中で自分の言葉でやりとりしている感覚です。そして、もちろん日本語ですね。

まず、二つの事を考えて見ましょう。
〇あなたが感じる感覚について、他の国の人や2か国語や3か国語話せる人はどうなんだろうと考えて見ましょう。
 たぶん答えは、英語の国の人は英語で、というように頭の中でその国の言葉が聞こえていると思います。
 2か国語や3か国語話せる人に聞いたことがあります。
答えは、例えば日本人だったら、英語で会話して考えている時などは、頭の中では日本語ではなく英語が聞こえているそうです。バイリンガルの人の頭の中は母国語しか話せない人とは違うようです。スゴイですね。

〇次に、不幸にも言葉を覚えることなく育った人には、頭の中でどんな声が聞こえているのでしょうか?
 たぶん言葉ではなく、感じるとかイメージするということだと思います。大昔の言葉の数が少なかった時代は、言葉よりも感じたりイメージしたりする方が多かったのではないかと思います。

以上から言えることは、言葉を覚えてから脳の理性をつかさどる部分と聴覚の部分の情報のやり取りができるようになって、頭の中で自分の声が聞こえるようになったのだと思います。

聴覚には以下の三つの特徴があります。

〇例えば、お父さん。我が子が私に対して言うこの言葉には、その強弱や語感によって子供たちのいろんな感情がこもっています。例えば甘えたりおねだりしたりする時や批判したり反抗したりするときには全く違って聞こえます。
聴覚には、この短い言葉を文字にしたら消えてしまう情報、その人の感情を感じる力があります。

〇「音楽の力」と言う言葉がありますが、クラシック音楽など楽器だけで演奏される音楽には、万国共通のいろいろな感情を沸き上がらせる力があります。
 しかし、歌詞がついている言葉は別です。私は日本の国家は暗いイメージを抱くので嫌いですが、アメリカ国歌は明るい感じで好きです。しかし、歌詞の内容は悲壮で戦いの歌そのものですが、彼らにしか理解できない希望の歌なのではないかと思います。

〇視覚と聴覚の大きな違いですが、視覚は目をつぶれば見らずに済みますが、聴覚は耳を塞いでも聞こえてしまいます。
しかし、世の中には、ある状態になった時に周りの声や音が全く聞こえなくなる人もいます。これは自分では制御できなくて、テレビやマンガ本など、なにかに極度に集中している時におきます。

これで結論と言うとちょっと飛躍するかもしれませんが、頭の中には言葉で考える理性の部分と言葉だけではない感情の部分があって、それが相互にやりとりしていろんなことを考えます。

これが脳の中で行われる思考ですが、世界共通の感情にはもともと言葉はない、ということも覚えていた方が良いと思います。
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人間の思考は「言語」を土台に成り立っているから

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動物は、五感(視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚)で外部情報を取り込みます。


そしてヒトの主なコミュニケーション手段は、視覚と聴覚です。つまり、体の動きや音声でコミュニケーションして理解するわけで、長い間、古くからこの能力を発達させました。

そして文字が誕生して、文字によるコミュニケーション手段も加わることになり、ヒトは莫大な量の同じ情報を共有することが可能になりました。
科学技術などの文明の進化が、それまでよりも異常ともいえるほど加速度的にスピードアップすることになります。

とはいえ、文字情報の歴史は、長い人類史の中ではついこの間のことでしかありません。
視覚と聴覚は、生まれたほぼ直後から、先天的とも言えるほど(実際にはやはり後天的)、教えられなくても自然に覚え始めます。脳の部位でも大抵のヒトは「視覚野」と「聴覚野」という映像情報や音声情報を処理する中枢部分を発達させているからです。
ところが、現代人類は、歴史が浅い文字情報を処理するための「文字野」をまだ持っていないようなのです。(※そんな複雑な情報処理をする脳部位が将来的にもできるのか疑問は疑問ですが・・・)
いずれにしても、ヒトは、ある程度成長してから、他の人に文字を長い時間をかけて教わりながら習得し、ある程度文字情報を自分で処理できるようになって初めて、自分でさらに勉学を積んで文字情報を拡張することができるようになります。

しかし、どんなに文字情報処理が巧みになったとしても、文字情報中枢が脳内にできるわけではありません。
どのように処理しているかと云えば、それこそ五感中枢と記憶中枢など、多くの脳内部位を使い、それぞれのヒトがオリジナルの回路を発達させて文字情報を使えるようにしているわけです。その回路はひとつでなく複数あると思われますが、よく使われる回路が特に発達することになります。
速読が得意な人は、おそらく文字を主に視覚情報として処理する回路を発達させたヒトでしょう。あなたのように脳内で自分の声が聞こえる人は主に聴覚情報を処理する中枢を経由して理解していると思われます。

※トム・クルーズのように文字をうまく読めない・理解できない人も存在します。失読症です。脳の学習機能に何らかの障害があると推測されています。
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頭の中で音読しているということですか?


こういうタイプの人はいまして、私自身もそのタイプです。
しかし、多くの人は(割合は定かではありませんが)文字を音声に変換しないで読んでいるそうです。
確かにその方が速く読めるでしょうから効率的です。
こういう人たちは(成長の)早い段階で文字→意味の辞書が頭の中で生成されているそうです。

このような違いは認知の傾向の違いによるもので、
人はそれぞれ得意な認知(情報処理方法)があって、
視覚、音(聴覚)、文字(言語)などどれかに特に頼る傾向があるそうです。
文字情報の認知が得意な人は文字は文字としてダイレクトに(音に変換しないで)受け入れられますし、
映像を見てもわざわざ文字に変換して認知している人もいるそうです。

逆に我々みたいに言語に得意でない場合は、
言葉をいったん音声にしてみたり、映像を思い浮かべたりしながら
文章を読むということになります。
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