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古代から本当に皇室は男系相続だったのでしょうか?
商家は商才重視であり基本的に長女が婿を迎えて相続する
女系相続が一般的でした。北関東や東北の魚農村では
後に長男が生まれても関係なく最初に生まれた子供が女子であったならこの長女が婿を迎えて相続する姉家督がよく行われていました。武家は息子が出生しなければ他家から養子を
迎えて家督を相続していました。これらは中国式の相続法では絶対にありえない事です。まして男系相続は武家社会に
なってからの事。皇室だけがずっと昔から男系継続だったとは思えないのですが...明治の皇室典範で男系が定められたのは記録上歴代全て男系だったからなだけで本当に男系で無ければ皇統の継続にならないかは正確には不明です。
律令を読んでも男系で続けて来た理由も男系で無ければならないとも全然書かれていません....

A 回答 (5件)

古代から本当に皇室は男系相続だったのでしょうか?


 ↑
科学的にどうか、と問われれば
判らない、としか言えません。

そもそも神武天皇など、学術的存在では
無いからです。

男系にしろ、というのはもっと実際的な
理由です。
理由があったので、男系だった、という
物語と作ったのかもしれません。


なぜ男系にしたのか、といえば変な男が
皇室に入り込み、権力闘争をやることを
未然に阻止しようとしたのです。

西洋では男系にしなかったので王位を巡る
紛争が絶えませんでした。
これを承継戦争といいます。

日本は男系にしたので、権力闘争が比較的
少なくて済んだのです。

つまり、男系としたのは先人の知恵なのです。


wikより。

継承戦争の一覧[編集]
アンティオキア継承戦争(英語版)(1201年 - 1219年)
シャンパーニュ継承戦争(英語版)(1216年 - 1222年)
フランドル継承戦争(英語版)(1244年 - 1257年)
テューリンゲン継承戦争(英語版)(1247年 - 1264年)
エウボイア継承戦争(英語版)(1256年 - 1258年)
リンブルフ継承戦争(英語版)(1283年 - 1289年)
リューゲン継承戦争(英語版)(1326年 - 1328年、1342年 - 1354年)
ブルターニュ継承戦争 (1341年 - 1364年)
ブラバント継承戦争(フランス語版)(1356年 - 1357年)
第一次カスティーリャ継承戦争(1366年 - 1369年)
リューネブルク継承戦争(英語版)(1370年 - 1388年)
ゲルデルン継承戦争(英語版)(1371年 - 1379年)
シュテッティン継承戦争(英語版)(1464年 - 1472年)
第二次カスティーリャ継承戦争(1475年 - 1479年)
ブルゴーニュ継承戦争(英語版)(1477年 - 1482年)
ランツフート継承戦争(英語版)(1503年 - 1505年)
ポルトガル継承戦争(英語版)(1580年 - 1583年)
ポーランド継承戦争 (1587年 - 1588年)(英語版)
ユーリヒ継承戦争(英語版)(1609年 - 1614年)
モンフェッラート継承戦争(フランス語版)(1613年 - 1617年)
マントヴァ継承戦争(英語版)(1628年 - 1631年)
ネーデルラント継承戦争(1667年 - 1668年)
プファルツ継承戦争(1688年 - 1697年)、「大同盟戦争」や「アウクスブルク同盟戦争」とも
スペイン継承戦争(1701年 - 1714年)
ポーランド継承戦争(1733年 - 1738年)
オーストリア継承戦争(1740年 - 1748年)
バイエルン継承戦争(1778年 - 1779年)
ディアドコイ戦争(紀元前323年 - 紀元前281年)
第四次内乱(英語版)(811年 - 827年)
イングランド無政府時代(1135年 - 1154年)
百年戦争(1337年 - 1453年)
ビザンティン内戦 (1341年-1347年)(英語版)
ポルトガル空位時代(英語版)(1383年 - 1385年)
オスマン空位時代(英語版)(1402年 - 1413年)
リトアニアの内戦 (1431年-1435年)
薔薇戦争(1455年 - 1487年)
インカ内戦(英語版) (1529年 - 1532年)
チュニス反乱(英語版)(1675年 - 1705年)
ポルトガル内戦(1828年 - 1834年)、「ミゲリスタ戦争」とも
カルリスタ戦争(1833年 - 1840年、1846年 - 1849年、1872年 - 1876年)
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相変わらず、女性天皇と女系天皇を混同している方がいますね。



バ○の言い掛かりにまで答えて、無駄な字数を使いたくないので、質問の主旨を確認させていただきますが、
この質問では、皇統の血筋については問題にしていない という解釈でよいのでしょうか。
(男女に限らず、皇族が天皇になっている → 皇統の血が入っていない不倫の子は即位していない)

バ○ほど「歴史は勝者に変えられる」とか言って記録や資料を無視して、歴史通を気取るから度し難い。(それらの人達は皇室の記録がどれだけあると思っているのやら)



ここで、何度も民間の入り婿や夫婦別姓について熱心に語っていらっしゃる方ですね。
しかし、皇統を語るには知識や考察が不足しているように思います。



あなたは武士や平民の習俗を根拠にしているようですが、皇統をそれと比較するのは無意味だと思います。
平民の「家」:一族の利益を守る為の器。
皇統の男系:神の子孫という「血統」を継承する為のもの。



>古代から本当に皇室は男系相続だったのでしょうか?
>皇室だけがずっと昔から男系継続だったとは思えないのですが...

あなたが、無知な人達にどのように思わせたいのかはわからない上に、この質問での「古代」の範囲が不明ですが、飛鳥時代から男系で継承されていたのは事実です。

ところで、あなたの疑問はどのような根拠によるものなのでしょうか。
「思えない」と思うにも、そのように考える為の資料は必要だと思います。

理由も出さずに疑問を表明する事で、無知な者に相手の主張への疑問を抱かせるのは、卑怯者の常套手段です。



>明治の皇室典範で男系が定められたのは記録上歴代全て男系だったからなだけで本当に男系で無ければ皇統の継続にならないかは正確には不明です。

世界でも女系は王朝の交代として認識されています。
そして、継続されたものは「伝統」になります。
それを、必要もなく変えるのは伝統の破壊でしかありません。



>律令を読んでも男系で続けて来た理由も男系で無ければならないとも全然書かれていません....

書かれていないのは、書くまでもなく当然と思われていた事と、そのように書かなくても男系が維持されていたからです。


(5:45 女系なんて継体天皇よりはるか手前にやっちゃいけないって、当たり前すぎて禁止するまでもないですよ)


当時は女性皇族の結婚相手は男性皇族に限られていました。
(これも慣習なので、律令には書かれていません。 この程度も知らないで何を言っているのやら)
→女性皇族の子でも「男系」



あなたの主張ですが、私には古代から男系で継承されていた事実を無視して、
制度として男系が明記されていない事を理由に、男系に限る根拠がない と叫んでいるだけのように思えます。

あなたが、そこまでして男系を否定したい理由は何でしょうか。
「古代から本当に皇室は男系相続だったのでし」の回答画像5
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古代は女性天皇ありました。


6世紀~8世紀10代8方。
第33代 推古天皇 在位 592年~628年
第35代 皇極天皇 在位 642年~645年
第37代 斉明天皇 在位 655年~661年
第41代 持統天皇 在位 690年~697年
第43代 元明天皇 在位 707年~715年
第44代 元正天皇 在位 715年~724年
第46代 孝鎌天皇 在居 749年~758年
第48代 称徳天皇 在位 764年~770年

17世紀~18世紀

第109代 明正天皇 在位 1629年~1643年
第117代 後桜天皇 在位 1762年~1770年

歴代女性天皇が即位した経緯。
政権内に有力者の意向。
皇位継続者候補者複数存在したり幼小などで容易に皇位継続が出来なかった。
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歴史上の人物や出来事は、その時々の権力者によって都合よく書き換えられているので、本当のことは何も分かりません。

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古代の話だから


どんなにあがいても
確証は獲られないですね

とりあえず
皇族がそう言ってるんだから
信用するしか
ないですよ~
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