準・究極の選択

カントをよく知らないのですが国連に結実している点、孤独な点、平和を希求した点を肯定しています。

カントの思想をベースにした為政者選定シミュレーションの妥当性を問います。

市民が代議士や為政者を選定するさい、その候補者がもし他の全ての代議士の地位を占めたとして世界がよい状態になるかどうか、という問いを有権者が自らの心裡に設けることや、さらにシステム化して客観的に候補者ごとの政治哲学からその普遍妥当性を数値化し比較すること(を投票における世論形成のさいにも社会的にひろく導入してみせること)は、世界の良化に資しますか?

また現今や過去の為政者、代議士、その他の人々のうち、そうした普遍化の検討にじゅうぶん耐えそうな人に誰がいますか?

(私にとっては世界の良化は非戦化のことと思うため、例えばメルケル氏やタムトモ氏や鳳唐氏やNZ首相やカントとうが、主戦論をとらない点で、普遍化するに妥当な為政者です。
そして理想はもし抽選制で代議士や為政者が選ばれるとしても万人またはなるべく多くの市民がその政治判断に普遍妥当性を持つ者であることです。)

このシミュレーションはひとりの為政者をもって全ての国や地域の為政者に換えるという手順をふむため、よき独裁者を選ぶという側面があります。しかし目的化の方式を格率に含むことにより、自治の多様性や主体性は保てるとします。

質問者からの補足コメント

  • 名前間違えてました
    鳳唐氏→唐鳳氏

      補足日時:2021/02/06 13:38
  • シミュレーションの具体例として、わかりやすく図説するとこういうイメージです。
    こちらは、為政者として普遍妥当性がみこめそうな場合。オードリー・タン氏。及第です。
    カントといっていますが理性だけでなくほとんど感性的な判断も含みます。
    しかしいちおう、当政治家の政治哲学として非戦論者であるかどうか、人間性が信頼できるか否か、為政者としての能力が確かにあるかどうかを指標にしています。

    「市民がカント的の普遍化と目的化の格率をも」の補足画像2
      補足日時:2021/02/07 19:19
  • 為政者として普遍的妥当性が見込めるか否かのシミュレーション。
    アーダーン氏は及第です。人間性も信頼できます。

    「市民がカント的の普遍化と目的化の格率をも」の補足画像3
      補足日時:2021/02/07 19:22
  • メルケル氏も及第です。能力も人間性への信頼も政治哲学においても、為政者として普遍妥当性があると思います。
    世界地図はフリー素材で、写真はウィキペディアからとりました。

    「市民がカント的の普遍化と目的化の格率をも」の補足画像4
      補足日時:2021/02/07 19:26
  • 小池百合子さんの場合、為政者としての普遍化妥当性は低いです。
    政治家の人間性への信頼がなく、能力にも不足があります。非戦論者でもなさそうです。及第しません。

    「市民がカント的の普遍化と目的化の格率をも」の補足画像5
      補足日時:2021/02/07 19:33
  • プーチン氏。主戦論者であり、また政敵に対する手段として毒殺を用いるなどの疑惑から人間性への信頼が低いです。普遍化してみるに妥当ではありません。

    「市民がカント的の普遍化と目的化の格率をも」の補足画像6
      補足日時:2021/02/07 19:36
  • 習氏。プーチン氏と同じような理由から普遍的妥当性がありません。

    「市民がカント的の普遍化と目的化の格率をも」の補足画像7
      補足日時:2021/02/07 19:38
  • スガ氏を普遍化してみるシミュレーション。中国並に特高が跋扈しそうです。及第しません。

    「市民がカント的の普遍化と目的化の格率をも」の補足画像8
      補足日時:2021/02/07 19:41
  • 田母神氏を普遍化してみるシミュレーション。無限の軍拡に陥るため、やはり主戦論者では世界平和は達成できそうもありません。

    「市民がカント的の普遍化と目的化の格率をも」の補足画像9
      補足日時:2021/02/07 19:43
  • というわけでカント的の、というか、カントの思想のうち普遍化の部分のみを借りて、それを自身の行為についてではなく、政治家を吟味するさいにもちいてざっくりシミュレートしました。
    補足欄に載せられる枚数に限りがあり、顔ばかりできもちわるいため、とても少ない例ですが、
    もし普遍化してよさそうな面々にしぼって為政者を選択すれば、そうでない場合よりは平和が達成保持しやすくなります。
    非戦論一色にするリスクはあり、しかしその必要悪といわれる戦力については、副次的のさらに副次的の要素のみにとどめるべきとおもいます。

    「市民がカント的の普遍化と目的化の格率をも」の補足画像10
      補足日時:2021/02/07 19:57

A 回答 (5件)

No.5=4です。

 市民の人数の多少で共通する関心の範囲の狭広が変わります。多いほど共通点がなく打ち出せる政策もないです。77億人くらいとしました。質問として市民の数はどのくらいと考えていますか?
 老荘思想の人は政治や便利な道具を避けるはずです。大臣の Audrey Tang 『唐鳳』https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E5%94%90%E9%B3%B3さんを老荘思想の良くしそうな為政者の具体として推されました。政治の成果を出している人は可能性が大きいです。台湾の人口は2357万人です。道教を念頭に置いているか確認できませんでした。COVID-19 の対応がうまく行っている人だと中国の習さんがより大きな人口を抱えているのでより優れています。
 すべての人に共通の目的は隕石に注意することくらいしかすることがないです。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます

市民は大衆とはちがい理性的主体的に思考する人々で、人口の殆どがそうなら良いと思います。

普遍性を吟味されるべき為政者は、国会議員や大臣や首長のみならず、市議会議員や各有権者じしんも含まれます。

自他の人格を、手段としてのみではなく無上の価値ある目的としてもみなした場合、各地域や各個人ごとの多様性も保つ必要があり、ために小さな政府、地方自治、主権在民は理念として妥当で、たしかに国という広い範囲では政府は無為に近づきます。

唐鳳氏が道教について話す記事です。
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/77287?page=2

ウイグル、チベット、モンゴル、香港、中国自国民などに対するジェノサイドや弾圧をみるに、中国共産党の諸議員やトップの習氏はおそらく地上の全人格を目的として扱っていないため、もしコロナ対策に功があるようにみえても、その政治哲学は狭隘で未熟で、唐鳳氏を下回ります。

 カントのいう目的の方式は、自他の人格にたいし、まったくの手段すなわちキネシスでなく、エネルゲイアつまり目的として扱うというものです。
 これはさいきん普及した人権の基礎であるらしく、ためにすべての人に共通の目的は、隕石に注意することにくわえ、すべての人じたいということになります。
 このことは当たり前のようでいて、しかし主戦論者や純粋資本主義者による妨害のため、未だなっていません。

 隕石対策や宇宙開発は非戦論下で行うかぎり普遍妥当な試みです。

お礼日時:2021/02/08 15:28

おはようございます。

 良くなりません。河原で石を売っている人を為政者にします。各々の市民が普遍で目的を持っています。各々が他者の目的を尊重します。為政者が何かをすると損をする人がいます。何もしない人を為政者に選びます。『考察をいただきたい、(多様性、)』https://oshiete.goo.ne.jp/qa/12093468.htmlさんと似た質問です。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます

無為といえば老子ですね。鳳唐氏は政治家兼アナキストで道教を念頭に置きつつ政治をするそうです。

損はいやですが、もしその損に倫理的妥当性があれば損すべきであろうと思います。
徴税や徴兵や軍の場合、不平等で非倫理的な強制力ですから、廃すべき損です。

多様性に関する質問はたしかにカント的で似ています。

お礼日時:2021/02/06 11:23

・理念を最重視するカントに立脚し、、


・カントは論理を重視するあまり、、

鋭い洞察力と思います。

『人倫の形而上学の基礎づけ』でカントが理想として掲げた「目的の国」とは何か、これについて考えると手段を弄する政治じゃダメだと言うことになるのだと思います。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。

すみません間違えました。カントは、フランス革命に否定的でしたが民主主義じたいには非戦的効果があるとして肯定的だったようです。

目的の国にすむ諸人格が絶対的価値をもつ根拠は、カントでも批判しえない神にあるらしく、神仏を人格に限定せず一切にみとめる仏教国がそれに近いと思いました。

お礼日時:2021/02/05 00:28

カントの思想を学ぶと政治に興味が失せると思うよ。

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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。
理由を考えました。

・理念を最重視するカントに立脚してみると、現状は理念より私欲を優先する有権者や政治家が殆どであり、ために絶望し政治に興味が失せる。

・カントは論理を重視するあまり暴力的デモクラシーを好まず、民主主義を否定したため、その政治哲学は現代においてあまり効果がないと思われ、かれの思想に失望するとともに、政治にも興味が失せる。

お礼日時:2021/02/04 12:16

たぶん


お釈迦様とキリスト様と、あるいはムハンマド・・・
そのような方々を、一回粉にして、混ぜ合わせたような人なら
普遍化に妥当かも知れませんが、為政者になってくれるかどうか・・・
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。

たしかに聖人の方々はたぶん了見が超俗的なため、自らの属する党派や地域をこえ、普遍的な政治判断をする可能性があります。

かれらのいた時代から20世紀以上たつ今、かれらの残した哲学はひろく伝わり人々にその超俗的普遍性を影響しているとすれば、現今の有権者たる市民はみな部分的には意識としてかれら聖人らの末裔ともみなせます。ために超俗的普遍性を過去の聖人とくゆうの属性として外化することは惜しいことです。

お礼日時:2021/02/03 22:16

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