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司馬遼遼太郎の[空海の風景]より書きます。

司馬は、空海の出目は蝦夷・毛人と説明しています。

景行紀に英雄的な王子が征討軍をひきいて東を征し、多数の蝦夷・毛人を捕虜にした。彼らの一部が讃岐に住まされ、佐伯(さへき)氏に発展した。その氏から空海が出た、とのこと。
なお、佐伯(さへき)氏は、古代王朝の武を担当した大伴氏の一派である佐伯(さえき)と別である。しかし、空海の死後、佐伯(さへき)氏は、佐伯(さえき)氏と同族であると朝廷に懇願し許された、そうです。

質問は、空海は蝦夷・毛人が出目というのは、かなり有力な説ですか?

A 回答 (4件)

捕虜の一部を讃岐に住ませた→佐伯部


佐伯部を支配した地方豪族→佐伯直、佐伯造
天皇に仕えた→佐伯連
で、佐伯連が地方豪族の佐伯直や佐伯造を”自分の同族”みたいにした。
ということのようです。

空海は、地方豪族の佐伯氏の出ですね。
司馬氏はこれを、佐伯部のトップが佐伯直となり、空海を輩出し~なんじゃないか?という説のようですね。
資料がほとんど残っていないでしょう。一般的には”違うでしょ”ということになりますが、”もしかしたらそうかもね”程度にはありえそうですね。
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この回答へのお礼

早速のご回答ありがとうございます。
<一般的には”違うでしょ”>ですが、
”もしかしたらそうかもね”程度にはありえそう>ですね。
質問には書きれなかったのですが、空海は語学の天才であることの由来も理由にしています。なお、よく理解できないのですが、捕虜の管理をしたのが佐伯と称していた、そうです。(紛らわしいのですが)

お礼日時:2021/11/07 10:33

蝦夷・毛人はタトゥーの習慣があったはずなので、違うと思う。

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この回答へのお礼

早速のご解答ありがとうございます。
<タトゥーの習慣>の有無ですね。

お礼日時:2021/11/07 07:42

目は出て無いと思います。



出自では?
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この回答へのお礼

御尤も

お礼日時:2021/11/06 18:42

そもそもの話ですよ


その蝦夷が何者なのかも良くわかって居ません
アイヌなのか日本人なのかまた別人種なのかも解って居ませんのでその説が成り立たないのです

司馬遼太郎は歴史家ではなくあくまでも小説家です


おどきょ
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この回答へのお礼

御尤も

お礼日時:2021/11/06 18:34

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