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現在日本国内に居住している在日朝鮮人の大半は強制連行で無理やり連れてこられた朝鮮人やその子孫は殆どいなくて、出稼ぎで来た連中か大半は戦後に密入国してきた連中です。
これは日本の右翼知識人のみならず在日朝鮮人知識人の著書
朴慶植「朝鮮人強制連行の記録」
や金賛汀「証言 朝鮮人強制連行」
鄭大均「在日・強制連行の神話」
金英達「朝鮮人強制連行の研究 (金英達著作集) (金英達著作集 2)」
でも検証して書かれていますが
『戦後に残った朝鮮人はGHQなどによって財産の持ち出しを制限されていたから朝鮮半島に戻りたくても戻れなかった』という反論もあります。
しかし
当時の帰国時財産持ち出し制限は日本のみならず韓半島の日本人もされていて、内容は朝鮮人の場合金額で千円、荷物は250ポンド(112kg)に対し、日本人の場合は金額1000円は同じですが荷物は100kgしか持ち出せないと、朝鮮人の方がはるかに有利でした。
にも関わらず朝鮮半島の日本人はほぼ帰国して、反対に日本の在日朝鮮人は帰国せずに残っているので、『戦後に残った朝鮮人はGHQなどによって財産の持ち出しを制限されていたから朝鮮半島に戻りたくても戻れなかった』という反論は成立しないと思います。
皆さんはどう考えるか?色々ご意見教えてください。

質問者からの補足コメント

  • うーん・・・

    日本で出入国管理が始まったのは1949年からであり、朝鮮から合法的に入国する朝鮮人は、これによって他の外国人と同様に扱われています。日本人扱いはされていません。

    在日朝鮮人は実質的に1945年に日本国籍を喪失しており、法的には1947年の外国人登録令により日本人ではなくて『外国人』として登録されました。
    当然済州島四・三事件の起きた1948年4月3日の段階では日本人ではなくて『外国人』です。
     在日朝鮮人は1952年までは占領軍により、外国人であるが当面の間日本人と同様に取り扱うという変則的な立場となりました。

     ですので正確に言うと、日本は1952年までは占領下ですから「密航」、52年以降は独立国家となりましたから「密入国」となります。

      補足日時:2022/12/15 18:48

A 回答 (9件)

SCAPIN 1015 Suppression of Illegal Entry into Japan.


(日本への不法入国の阻止)
ここまでの回答を拝見させてもらって、勘違いしている人が多いけど、
戦後に朝鮮人による日本へ許可のない入国は密入国です。
GHQでもそう定義されて取り締まりの対象でした。
国立国会図書館にSCAPIN1015の原文(英語だよ)があるから
興味があれば見てみてね。(id:000006848174)
日付(1946年6月12日)を見てもわかるように済州島の事件以前の話で、
不法入国の逮捕者は1946年6月1344人、7月9580人、8月7990人と
この時期の逮捕者(密入国者の総計ではない)だけで約2万人。
密入国者が増えた要因は本文を見てね。

在日朝鮮人が悪いではなく、在日朝鮮人の語るウソが悪いだけど、
その辺りを考えないで単なる批判と思われるのはどうでしょう。
ちなみに、終戦直後の朝鮮は殆ど空襲などが無かったので
焼け野原になんかなっていませんよ。


>朝鮮半島に戻りたくても戻れなかった

強制連行とされる徴用は強制でしたが、社会が変わることで
そのまま勤務できないことからほとんどの会社は全員クビです。
つまり、生活基盤がないので戻らないと暮らせません。
逆に強制連行でない移住は生活基盤を移しているので
帰るかどうかの選択は本人の意志です。

「内鮮関係通牒書類編冊」P26
(アジア歴史資料センター レファレンスコード:A06030086000)

 朝鮮人集団移入労務者等の緊急措置に関する件
 一.関釜連絡船は近く運行の予定にあり。
  朝鮮人集団移入労務者は、次の如く優先的に計画輸送をなす。
  尚、石炭山等に於ける熟練労務者にして在留希望者は、
  在留を許容すること。
  但、事業主に於て強制的に勧奨せざること。
 (1) 輸送順位は概ね土建労務者を先にし、石炭山労務者を
  最後とし、地域的順位に付ては運輸省に於て決定の上、
  関係府県・統制会・東亜交通公社に連絡す。
 (2) 所持品は携行し得る手荷物程度とし、有家族者の家族も
  同時に輸送す。
 (3) 内地輸送中の弁当に付ては考究中なるも、可及的多量に
  携行せしめること。
 (4) 釜山迄は必ず事業主側より引率者を附し、
  釜山に於て引渡のこと。
 (5) 目下の処、輸送能力僅少(1日平均1,000名以内)
  なるを以て、輸送完了迄には相当長期間を要する見込に付、
  其の間動揺せしめざる様指導すること。
 (6) 帰鮮者の世話は、地方興生会をして極力之に当らしむる
  と共に、下関の宿泊施設には中央興生会経営の
  移入労働者教育施設を利用せしむる方針なること。
 二.帰鮮せしむる迄は、現在の事業主をして引続き雇傭せしめ置き、
  給与は概ね従来通と為すべきも、8月15日以降差当り左の如く
  措置すること。
終戦時に残留していた朝鮮人は、日本の国費で帰鮮させました。
帰国するお金がなかったという理由は通用しません。

これを、自費で帰国した人の旅費をよこせと言ったのが朝連。
それに対する回答がSCAPIN685(朝鮮人が負担した鉄道運賃)
あくまでも帰鮮の運賃なのに、鉄道は全てタダと無賃乗車が
朝鮮人(と中国人)に蔓延したことの問い合わせがCLO780
(在京中国人朝鮮人等の都電バス料金不払等不法行為に関する件)
以前にNHK広島で終戦直後の列車内での行為をツイートしたものが
問題視されていましたが、当時を知る人には当然の話でした。

ちなみに、持ち帰る有価証券などについても適宜緩和されて
SCAPIN1966 Property Individuals are Authorized to Carry on
Entering and Leaving Japan 1949.1.18
個人の日本入国及び出国時に携帯を許可される財産)
ではお金100,000円、荷物4,000ポンドになっています。


>国籍について

終戦とともに朝鮮人は一時的に日本国籍とみなさない事になりました。
だから三国人という言葉ができたのですが、在日への蔑称ではなく
在日朝鮮人自身は戦勝国民という意味で使っていました。

ちなみに、1946年11月13日の新聞(朝日・読売、毎日は15日)に
朝鮮人が帰国を拒否した場合、朝鮮(韓国)が正式に独立するまで
日本国籍とみなす。という記事が出ましたが、朝鮮人側は猛反発して
「我々は敗戦国である日本人ではない、戦勝国民だ」
と猛反発して日本国籍を拒否しています。
この時はGHQの誤報として1週間後に当該記事を撤回しています。
それくらい彼らにとっては日本国籍など必要なかったのです。


日本にとどまることを選択した朝鮮人を非難するわけではありません。
むしろ北朝鮮のミサイルが飛んだから彼らが悪いなどとんでもない話。
しかし、彼らの強制連行説はデマばかりなので賛同できません。
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>強制連行で無理やり連れてこられた朝鮮人やその子孫は殆どいなくて



一般労働での労務動員の徴用は、1944年9月から終戦までの「一般徴用」に限られます。実際には1945年に入ると航路の安全が保てなくなり、実質数ヶ月間の実効期間でしたし、徴用以前に自発的な出稼ぎが多く、巷で言われる程、「本人の意思無く日本に動員、移送された」という人は多くありません。

そういった方も、日本の敗戦にともない最後の給与や退職金を受け取ることなく自発的に職場を去った例が多く、これがいわゆる未払い金として懸念されたものでした。これらの方々は独立復光の希望に燃え、またGHQによる「外地日本人は既に日本人ではない」との方針により、GHQ統治下にほとんど帰国しました。残った人が皆無とは言いませんが、自発的に残留したと理解されます。

>出稼ぎで来た連中か大半は戦後に密入国してきた連中です。

一方、占領下の日本の立場の弱さを利用して密入国の出稼ぎにやってきた人、韓国の圧制で逃げてきた人(済州島の人が多い)、朝鮮戦争で避難してきた人は、自らの立場を正当化するために「強制連行されてきた」と嘘を吐き、居座りました。

>『戦後に残った朝鮮人はGHQなどによって財産の持ち出しを制限されていたから朝鮮半島に戻りたくても戻れなかった』という反論は成立しないと思います。

戦中に動員され、かつ戦後も日本に残った人は極少数ですし、それがGHQの持ち出し制限によるものかどうか、極少数の大多数を占めたとしても、極少数です。大多数は戦後の密入国出稼ぎ者、圧制や戦争の避難者(とはいえ、これも密入国者が多い)ですから、そういった反論はもとより成立しません。

そういった方は、韓国政府の棄民政策、反日テロ工作を利用して、身分を確立したのですから、本質的には唾棄すべき存在です。嘘とイメージ戦略、迷信に騙されるべきではありません。

まぁ、犯罪を犯さず、嘘による権利主張をしなければ無害なので、居ても気にはしませんし、露骨に軽蔑の情を示すことはありませんが、嘘を展開していくようなら、私は反論します。

もちろん、「戦中に動員され、かつGHQの方針を受け入れられず、戦後も日本に残らざるを得なかった人」も極少数いることは存じていますし、同情しますが、当時でも200人にも満たなかったそういう人の子孫が、数万人、数十万人に膨れ上がることはありえません。そうであれば人ではなくプラナリアか何かなんでしょう。
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告発文に依ると 朝鮮人は日本へ連れて来られてません



戦後 他国の面倒見る国力も無いでしょうし

戻れなくても戻れなかった 大噓です
キム君の証言

朝鮮へ戻れとイワレたのに居座ったのです
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要らんようになったから帰れってのが間違ってるわな。

自発的に来たとしても、需要があったわけだから。自国ですりゃあ良かったわけだし。あの焼け野原で帰れないことはわかりそうだがな。日本人側から見ても、あの頃の日本は、今の北朝鮮と同じ思想だったし。
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質問者さんのご理解通りだと思いますが、在日朝鮮・韓国人も一時は日本人だった人たちであり、今も日本で税金および年金保険料や健康保険料などの社会保険料を支払って生活をしています。

 また、プロスポーツや芸能界で活躍している人たちも多く、そういう人たちは我々を楽しませてくれているわけゆえ、私は在日朝鮮・韓国人に特別な感情を持っていません。
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戦前は日本の一部だったのですから、密入国という概念を持ち出すのは間違いです。

在日韓国人で割合が一番多いのは済州島から逃げてきた人です。嫌韓も好きになさればいいですが、エビデンスに基づいた正しい知識を持つことは倫理的に必要だと思いますよ。

https://president.jp/articles/-/22839
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誤解をもたれているようですが、戦前は在日朝鮮・韓国人という人達も日本国籍を所有していました。

だって朝鮮半島も日本と同様、連合軍の統治下にあったのです。ただ戸籍に出身地として「朝鮮」と記載されていました。

昭和27年のサンフランシスコ講和条約の発効により日本が朝鮮の独立を正式に認めました。このことに伴い、朝鮮戸籍の登載者はいわゆる平和条約国籍離脱者として正式に日本国籍を喪失したのです。これは本人の意思関係なしにです。

おっしゃるとおり、在日韓国・朝鮮人の人達は戦前からいた人達だけではありません。戦後の昭和23年の済州島大量虐殺事件、また昭和24年からはじまった朝鮮戦争の混乱から逃れて日本に来た人も「日本人」だったのですよ。「戦後に密入国してきた連中」という表現は正しくありません。

朝鮮籍(wiki)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%9D%E9%AE%AE …

済州島四・三事件(wiki)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B8%88%E5%B7%9E …
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そもそも大方の朝鮮人には民族意識自体が当時には無かったんだと思います。


日本も朝鮮半島も戦争で滅茶苦茶なのでどちらがマシとかいう話は無かったでしょう。
そして「日本の方が朝鮮より豊か」という刷り込みがあって朝鮮には戻らなかったんじゃないでしょうか?
その後の朝鮮戦争で南朝鮮は更に焼土となるので尚更帰りたくない。
北朝鮮は地上の楽園とか言ってたけど、騙されて帰国した人も少ない。
結局のところ自分達の国土、文化、風習を自分達で守り発展させるというプライドがない民族なんです。
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半島に居た日本人は替える場所が有るから帰った、一方日本にいた朝鮮人は帰っても独立したばかりで苦労が絶えないだろうと帰らなかった...駅前の1等地の住民が空襲で亡くなったため、代わりに住んでいたら自分のモノになった(優良財産)



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