No.1ベストアンサー
- 回答日時:
「カラ」の語源は朝鮮半島南部の地域名で「加羅」「伽羅」「伽耶」と言う風に呼ばれていました。
日本史でいうところの任那に相当する地域です。魏志倭人伝にも「金官加羅」という地名が出てきます。<加羅>
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8A%A0%E7%BE%85
その後日本国内で、外国を表すの総称としても「カラ」を使うようになり、朝鮮半島が新羅によって統一され、また中国大陸との直接交渉が盛んになって、当時最大の外国であった唐に「カラ」を当て字して呼ぶようになったと言われています。
No.3
- 回答日時:
ANo.1さんの回答が有力のようです。
参考URLによると「から」は「和」に対して、「海の彼方の国(外国)」という意味で使われ、漢字では、唐、漢、韓、加羅があてられます。
特に中国由来の文化に対して「からもの(唐物)」などの使い方がされています。おそらく、200年以上続いた遣唐使の時代に、中国などの文化が多く取り入れられ、日本の文化の形成時に大きな影響を与えたことから、その後「から」には「唐」の字が当てられているものと思われます。
参考URL:http://www.kagufun.com/ich005.htm
No.2
- 回答日時:
唐という字に「カラ」を当てるようになったことは確かなんですけど、どのような経緯でそうなったかを立証するのは難しいと思います。
それが出来たら文学博士になれるのではないでしょうか?唐土という言葉があって「モロコシ」と呼びますが辞書では『中国南方の越(えつ)(浙江(せつこう)省付近)の諸国・諸族の「諸越」の訓読みから起こり、最初その地方をさしていたのが、しだいに中国全土をさすようになったという。一説に、その地方から諸物が渡来した意とも』と言う説明がありました。
「唐」に関してはこのような辞書的な記述を見つけることが出来ませんでした。
「とうもろこし」という農作物の名前は、上記のこのふたつが合わさって出来た呼び名です。
私見ですが、平安時代の清少納言の「枕草子」に中国を「モロコシ」と呼ぶ事例がありますので「唐」に「カラ」を当てたのも平安文学の長い流れで自然にそのような用法が確立したのではないかと推測します。それ以上の回答は出来ません。
能力不足で申し訳ありません。
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