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高野新笠は、光仁天皇の妃でしたよね。

A 回答 (2件)

事実誤認です。

高野新笠は朝鮮人ではないです。高野新笠は百済の王・武寧王から数えて10世の子孫、和氏として日本に帰化してから6代目ということになっています。渡来系氏族出身とされていますが、そんなに代を重ねていればもう純然たる日本人であります。
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中国系に関する記録はない。


まあ、弥生人である天孫族は出自が長江中下流域の稲作民族であると思われるので、元々は南部の中国系だったとは思うが、大和朝廷確立後に渡来した中国系氏族との結婚は無いと思う。

光仁天皇は非主流派の天智天皇系で、即位前の落ちぶれ、主流派の天武天皇系に目立たないようにひっそりと暮らしていた時代は白壁王と呼ばれていた。
高野新笠は、そのひっそりとつましく暮らす白壁王の日常生活の世話をする雑仕女で、実際には身分不詳の卑しい女性だった。
そういう時代に新笠は白壁王に手を付けられ、後の桓武天皇を産むことになる。

そして、天武系が途絶えたために、白壁王は光仁天皇として即位したが、桓武は母親が身分不詳なほど身分が低かったので、天皇にはなれないと思われていた。
それが政変で有力な時期天皇候補が倒されたために、宇佐八幡神託事件などでも暗躍した藤原百川が強引に桓武を天皇に押し込んだ。

桓武が天皇になってしまうと、流石に母親が卑しい身分というのはマズイ。
だから、百済系旧王族の末裔の血筋に新笠を押し込んだのだろう。

有力豪族の一族と云う背景にすれば、何かと藤原百川にとってもウルサイ話になる。だから、力のない百済王族の家系に新笠を入れる捏造工作を行ったのだろう。

新笠は本当に百済王族の末裔だったかもしれないが、当時は陰謀に次ぐ陰謀という政界工作が盛んに行われた時代だ。
私は、新笠の生まれが百済王族の家系であった可能性は非常に低いと思う。おそらく家柄的には百済王族と比べてもかなり下級だったと思う。
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